閑話 魔界将軍会議2
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魔界の中心であり、邪神軍の居城である魔都ニッズームにおいて、再び十将軍が集う会議が行われようとしていた。
メンバーの内、すでに集結していたのは前回と同じような顔ぶれである。
ただ、魚人間であるジャルジャウの席には本人の姿は無く、そこには彼が写し出されている水晶玉のような物だけが置かれていた。
曰く、地上を何度も行き来するのは、しんどいからだそうである。
「ちょっと前に集まったばかりで、またも召集とはな。いったい、今度は何があったって言うんだ?」
不機嫌さを隠そうともせずに、獅子人間のバウドルクは十将軍筆頭のザラゲールに問いかけた。
「今回の召集は、ベルウルフの呼び掛けだ。だから、ちゃんと珍しい顔もいるだろう?」
「んん?」
ザラゲールに言われてバウドルクが円卓の席上に視線を流すと、確かに前回には居なかった者達が着席していた。
「なんだ、居たのかよお前ら」
バウドルクが気付かなかったのも無理はない。
なぜなら、その三人はとても気配そのものが希薄だったからだ。
一人は、小柄な全身を黒い布地ですっぽりと覆い、男とも女とも知れない暗殺を生業とする十将軍、『暗爪』のラトーガ。
もう一人は、冷気を感じるほどの負のオーラを纏い、死の国から蘇った生ける屍、『壊御』のマシアラ。
そして残る一人が、病的な肌の白さに貴族然としたスーツに身を包む、太陽すら克服した吸血鬼の長、「牢拉」のライアランである。
「…………」
「久しぶりでござるな、バウドルク氏。いやー、それにしても前回の会議でござるが、愛しのルマルグたんに呼んでいただけなかったと知って、小生、ショックのあまりに死ぬところでござった」
「それで、わざわざ我まで呼び出したのは、どういうことかね?」
無口な暗殺者、ベラベラ話すアンデッド、尊大な吸血鬼。
姿を確認できた途端に、存在感が増した彼等は、それぞれがマイペースに話しだす。
静かにしろとバウドルクが宥めようとしたその時、疲労困憊といった風体のベルウルフとルマルグが、会議場へと姿を現した。
「おいおい、なんだその様は?」
十将軍の中でも知略を誇り、姉弟揃えば無敵の強さといっていい二人の無惨な姿に、声をかけたバウドルク以外の者達も、静かに息を飲む。
「全員、揃っているようだな」
「……いや、セイライ氏が居ないでござるよ?」
「うん、それでいいんだ」
マシアラにそうとだけ答え、ベルウルフ達は己の席に着く。
「それにしても、いったいどうした事でごさるか?小生の愛しいルマルグたんまで、そのような有り様で……」
「それは、これから説明しよう……あと、姉上は俺のだ」
畳み掛けようとするマシアラの言葉を遮って、ベルウルフがそう念を押してから、話を始めようとする。
それでもルマルグに世話を焼こうとするマシアラに、苛立ちを隠せなくなったシスコンの弟は突き刺すような殺気を、アンデッドへ向けた。
「その辺にしておけ」
ザラゲールの声に、火花を散らしていた二人が、無言で離れていく。
実力主義であり、問題児の多い十将軍達を、力で纏める彼の実力が伺えるやり取りだった。
そうして気を取り直し、ベルウルフはセイライが離反したこと、そして勇者と目されていた盾の《神器》を持つ女、エアル達と一戦交えたこと等を訥々と語っていく。
「──バカな、セイライが裏切っただと?」
「驚きでござるな……光の陣営から小生達の方へ与するには、並々ならぬ覚悟があったはずでござろうに……」
新参者ではあったが、比較的にセンスが近く、割りと交流のあったバウドルクとマシアラは、他の者よりショックを受けているようだった。
しかし、ザラゲールはフンと小さく鼻を鳴らす。
「セイライの離反……それもお前の予定通りか、ベルウルフ?」
その一言に皆の目がベルウルフに集まるが、彼は悪びれた様子もなく頷いた。
「元々エルフが我々の仲間に本気でなるなど思っていませんでしたから、エルフの秘薬などの情報が入手できればとは思ってましたけどね。ですが、セイライがはっきりと裏切る原因を作ったのは、姉上ですよ?」
毒攻撃の巻き添えで、セイライから怒りを買ったルマルグがビクリと反応する。
それと同時に四方から彼女を避難する声が浴びせられ、ルマルグは涙目になって小刻みに震えていた。
そんな姉の様子を、にっこりしながら見つめていたベルウルフだったが、ジャルジャウからの問いかけられて真面目な顔に戻る。
『セイライの裏切りを予見していたとはいえ、奴に漏れている我々の情報が、勇者達に伝わってはまずいのではないか?』
何を考えているかわからない魚顔のわりに、意外と鋭い所を突いてくるジャルジャウに対し、ベルウルフは敬意をもってご心配なくと返した。
「セイライが知っているのは、人間界と魔界をつなぐルートの一つでしかありません。これからそのルートに罠を仕掛け、そこを通る人間達が全滅するようにします」
自信満々にそう言ってのける知略の魔族に、またもザラゲールは小さく笑った。
「用意周到にも程があるな……さすがは、最初から切り捨てる予定で奴を推しただけの事はある」
十将軍筆頭の言葉に場の空気がざわめくが、ベルウルフは静かに口角を上げて無言の肯定していた。
味方の内に得たい情報を得て、裏切れば偽情報を敵に流す毒とする。合理的で非情な彼の立ち振舞いに、味方からもやや避難めいた言葉が出てくる。
「なんて悪どい野郎だ……」
「マジでござるか……ベルウルフ氏最低でござるな、ルマルグたんのファン辞めます」
理不尽な当たり方をするマシアラの言葉に、当のルマルグは「なんで、私が……」と、小さくショックを受けるのだった。
「それで、今後はどうしようと言うのかね?」
今まで話に参加してこなかったライアランが、退屈そうに聞いてくる。
元々、吸血鬼は自分の卷族に以外に、仲間意識は極端に薄い。それゆえに、用もなく呼び出される事を死ぬほど嫌っていた。
「我を呼び出したのだ、まさか現状の報告だけではあるまい」
暗に自分も暴れさせろと言っている吸血鬼の長を前に、ベルウルフは一枚の地図を広げた。
「現在、我々にとって脅威となりつつある勢力が、人間界には三つある。皆には、それぞれに担当してもらって、我らの勝利に貢献して欲しい」
言いながら、彼は地図上にトントンと駒を置いていく。
「さて一つは人間界の宗教国家、アーモリーの教会勢力。一つは異世界から来たという、邪神様の天敵となりうる可能性を持つ勇者。そして最後の一つが、俺達を痛め付けてくれた盾の《神器》持ちエアルの一行だ」
説明を入れながら状況の解説をするベルウルフに、口を挟むものはいない。
高い信仰心と魔族に対する戦意に満ちた国や、彼等の主である邪神の命を脅かす存在は、優先的に潰すべきだからだ。ただ、そこにカテゴライズされている盾の《神器》持ちには、いささか首をかしげざるをえない。
特に、前回の会談に参加していなかった者達は、露骨にその感情が態度に出ていた。
「ベルウルフ氏、そのエアルなる連中の情報はござらんかな?」
マシアラに言われ、ベルウルフが懐から取り出した魔道具で、エアル達の姿を映像として写し出す。
「盾を持っている、一見して普通の人間がエアル。褌一丁の濃いおっさんがモジャ。そして、こちらのパッと見で華奢な小娘が、ウェネニーヴ……」
映像をスライドさせて説明していたベルウルフを無視し、当然マシアラはウェネニーヴの画像に食いついた!
「ロリ巨乳、キタコレでござるよおぉぉぉ!」
逆転ゴールを決めたサッカー選手ばりに、全身で表現するマシアラ。
彼のニッチな性癖に、ウェネニーヴという存在がクリティカルしてしまったようだ。
「ヤベーでござるなウェネニーヴたん!心の支えを失った、小生を救ってくれる素敵な逸材でござるよ!」
「……感激しているところ悪いんですが、この娘は竜が人間に化けてるだけですよ?」
「そんなの関係ねぇ!いや、むしろ小生好みに姿を変えてくれる可能性が出て来たのでは?」
一向にブレないマシアラにベルウルフが呆れていると、二人の話を聞いていたライアランがククク……と含み笑いを漏らした。
「まったく呆れたものだ……そんな小娘に、よくも熱を上げられるな」
「なんでござると!まれに見るロリ巨乳のウェネニーヴたんに、興奮できぬと言うのでござるか?」
「当然だ。いいか?美幼女という所に価値があるのだ。無駄なぜい肉の塊など、邪魔でしかない」
その吸血鬼の意見に、一同はマシアラもアレだけど、こいつはそう来たかぁ……といった表情になっていった。
「ははぁん、ライアラン氏はガチ勢のロリ愛好家でござったか。お願いでござるから、二次元ならともかく現実にでは出さないで欲しい性癖でござるね」
「無駄なぜい肉マニアが……。我々、吸血鬼にとって若い娘は極上の贄であって、十八禁行為したい訳ではない」
「ならば、ロリ巨乳もありっちゃありでござらんかな?」
「幼女はペッタン子こそ至高だろうが!」
『どっちでもいいわ、そんなもん!』
白熱しかけた、二人のくだらない言い争いに、周囲から一斉にツッコミが入った!
「お前らの性癖云々はどうでもいいんだよ。ライアランも言ってたが、これからどうするかだ」
「それなら小生に、エアル一向の相手を任せて欲しいでござる!」
手を上げてアピールしてきたマシアラに、ベルウルフが眉をひそめる。
「大丈夫なんですか?相手は竜を使役する《神器》持ちですよ?」
「そうよ!しかも、私達が得意とする、毒の魔法がほとんど通しないのよ!」
慌ててルマルグもエアル組の脅威を伝えるが、マシアラは聞き入れようとしなかった。
「毒が効かない?無問題でごさるよ」
ニヤリと笑って、マシアラは映像のエアル達を指摘する。
「よく見て欲しいでござる。彼女等一向には、広範囲の敵を殲滅する系の魔法使いがいない様子。ならば……」
パチンとアンデッドの指が鳴ると、彼の影から無数のスケルトンが這い出そうとしてきた!
虫のように沸いてくるそれらを制止ながら、これが勝利の鍵だと彼は語る。
「魔法抜きなら、最後に物を言うのは数の暴力。無限に沸き出る我が卷族に、彼女等がどこまで耐えられるかの方を心配すべきでござるよ」
確かにそれは正論だ。
さらに、アンデッドの言葉に異議が出なかった事で、彼は正式にエアル達を攻める権利を得たのである。
「ククク……待っていてくだされ、ウェネニーヴたん。小生がすぐに、ペロペロしに行くでござるからね……」
エアル達の知らぬ所で、恐るべき刺客が彼女達に迫ろうとしていた……。




