12 勇者の偉業
さて、失神したルマルグとベルウルフを、何かで拘束しておかなきゃならないわね。
わざと《神器》の重さを加減して気絶させるに止めたんだから、逃がさないようにしなきゃ。
「それなら、私に任せでくなんしょ」
そう言ってプルファは、魔法の詠唱を始めた。すると、何処からともなく蕀が延びてきて、二人の魔族に絡み付いていく。
見るからに痛々しい拘束状態になったルマルグ達を見下ろし、いい仕事をしたと言わんばかりに、プルファは額の汗を拭った。
「あれ……この蕀って、『闇の力』とか、そういうのじゃなかったの?」
なんか見覚えがあるなーっと思ってたけど、たしかセイライが『闇の力』云々言ってた時、彼の《神器》がこんな状態になっていた覚えがある。
だから、大丈夫なのかなと思って聞いてみたのだけれど、問われたプルファの方がキョトンとしていた。
「いや……これはただの『植物魔法』でぇ、エルフだったら誰でも使えっがらし」
そうなの?
それじゃあ、あの時のセイライの口上は……。
チラッと彼に私達が目を向けると、それに気付いたセイライはプイッとそっぽを向いた。
ああ……例のモジャさんが言ってた『思春期特有のアレ』か。
でもセイライって、すでにいい歳に見えるんだけど……エルフって長命だから、思春期も人間より長いのかしら?
ま、それはさておき、ベルウルフ達にはしっかりと伝えておく事がある。
そのためには、まず目を覚まさせないといけないわね。
私が魔法の鞄から水を取りだそうとすると、モジャさんがそれを制した。
「大切な飲料水を、気付けに使うことはない。これで十分だ」
そう言うと、ベルウルフの顔面にモジャさんは自分の脇を押し付けた!
「ぶるぁっ!」
巻き舌ぎみの声をあげ、ベルウルフは悶絶しながら目を覚ます!
「おっ、おっさん!おっさんの臭気がっ!」
ペッペッと唾を吐きながら、涙目になってる彼を見ると、敵ながら憐れに思えてくる。
「よし、次はルマルグですね」
ベルウルフに効果が有ったものだから、ウェネニーヴがモジャさんをけしかけようとしたけれど、さすがにそれは私が止めた。
同じ女性として、おっさんの脇臭で目を覚ますなんて事態に貶めるのは、さすがに気が引けるわ。
ウェネニーヴもそういう所を、もっと気遣えるようになって欲しいわね……。
「はぁー、はぁー……」
ようやく落ち着いたらしいベルウルフを囲み、なるべく威圧感を出すために頑張って睨み付けてみる。
「……してやられたよ。君達が、竜を使役している可能性がある事は知っていたのにな」
取り囲む私達を眺めながら、彼は自嘲ぎみに笑って見せた。
「で?俺を捕虜にして、何か聞き出したい事でもあるのかな?」
縛り上げられ、捕らわれた現状を確認して、ニヤリとしながらベルウルフは返してきた。
むぅ、さすがだわ。自分の置かれている立場がよくわかってるみたいね。
「どちらかと言えば、聞きたい事より言いたい事があるのよね」
私の言葉に、ベルウルフは「ほぅ……」と呟き、興味を示したようだ。
「まずは、私達は勇者じゃないって事!あと、《神器》を放棄するつもりだから、ほっといて欲しいって事!」
こっちはとにかく、ハーレムを作ろうとしてる勇者の魔の手から逃れたいのだ。
だから、邪神軍の誤解を解いて、早々に《神器》を破棄したいのである。
まあ、無責任と言われればそうかもしれないけど、天使の趣味で選らばれただけの村娘には、荷が重かったという事よ。
それよりも、使命感とやる気に満ちた新しい《神器》持ちを選んでもらった方が、世のため人のためだと思う。
……と、まぁそういった事をベルウルフに対して力説してみたのだけれど、なぜだか鼻で笑われてしまった。
「《神器》を破棄したい……ね。なるほど、面白い言い分だ。しかし、それを証明する手立てはあるのか?」
うっ……それを言われると。
「言葉の真意を証明できなければ、君達は魔族にとって脅威であることに変わりはない。故に、これからも討伐対象から外す事はできんな」
ううん、やっぱりそうなるか……できれば、話し合いで納得してもらいたかったんだけどな。
「……あなた達がワタクシ達を見逃すつもりが無いと言うなら、ここは少しでも敵戦力の排除をしておくべきです、お姉さま」
ウェネニーヴが冷たい目付きでベルウルフ達を見ながら、そんな提案をしてくる。
そうよねぇ……可哀想な気もするけど、相手は私達を殺す気でいるんだから、自分達が死ぬ覚悟は出来てるわよね。
うん、仕方ない。ここは害獣処理と割り切って……。
「まぁ、待て。そう結論を急ぐ事はないだろう」
私達の本気を感じたのか、ベルウルフが一転してそんな事を言ってきた。
だらだらと汗をかき、「農民怖ぇ……」とか呟いた後、コホンと咳払いをして提案を口にする。
「ようは、本物の勇者と君達で、どちらに比重を置くか……ということだ。勇者の方がより脅威だと言うなら、君達を見逃してもいい」
む……そう来たか。
確かに、どちらが厄介かわかれば、私達にちょっかいを出すより向こうに戦力を集中させた方が魔族としては有利だろう。
本来なら、そんな事はさせないわよ!……となるべき所なんだろうけど、勇者達の元には続々と《神器》持ちが集まってるはずだし、魔族がそっちに本腰を入れても、対抗するのに問題はないはず。
何より、魔族との小競り合いが激化して、私達を追う足が鈍るならちょうどいいかも……。
そんな考えが頭にふと浮かんだ時、隣のモジャさんがふざけるな!と声を荒げた。
「俺達は勇者と協力するつもりはねぇが、だからといってお前ら魔族の野望を、見て見ぬ振りをしなくちゃならねぇ訳じゃねぇんだよ!」
はっ!た、確かにっ!
つい、魔族の妨害に会わない+勇者から逃げれるって所にばかり目が行ってて、魔族が世界征服しようとしてる奴等っていう根本的な問題が抜けてたわ!
危ない、危ない。故郷で私の帰りを待ってる家族のためにも、魔族の口車に乗ったらいけないわ!
「ちっ……変態のくせに、なかなか吠えるじゃないか」
「誰が変態だ、こらぁ!」
いや、それは褌一丁のモジャさんでしょ。
でも、外見は変態だけど、中身は割りと正義感が強いと再認識したから、口には出さないでおこう。
「まぁ、乗ってこなかったのは残念だが……もう時間稼ぎの必要も無くなった」
え……時間稼ぎ?
なんの事かと疑問を口にしようとした時、不意に一陣の風が吹いた。それに合わせて、一瞬だけ砂ぼこりが舞って、私達の視界を隠す。
そして──目の前からベルウルフとルマルグの姿が消えていた。
「!?」
訳がわからず驚いていると、鋭い感覚を持つウェネニーヴとエルフ兄妹が、ある方向に顔を向ける!
慌ててその視線の先を追うと、そこには縛られた魔族の二人を抱えて立っている、一人の男がいた。
背が高く、ひょろりとした細い肉体はどことなくカマキリを連想させる。
顔の下半分を覆面で隠し、隠密行動に特化したような目立たぬ服装をしているその男は、ゆっくりと二人を下ろすと、彼等を縛っている蕀の拘束を断ち切った。
「遅くなりました、ベルウルフ様。ただいま戻りました」
「いいタイミングだったよ、マンハ。よくやった」
ベルウルフに誉められ、マンハと呼ばれた男は深々と頭を下げる。
自由の身となったベルウルフは、余裕を取り戻した笑みを浮かべて、私達に向き直った。
「紹介しておこう、彼の名はマンハ。俺の部下の中で、スピードと隠密行動にかけてはピカ一の男だ」
確かに、私達の一瞬の隙をついてベルウルフ達を救い出すスピードや、気配をまったく感じさせなかった隠密性は、敵ながら見事と言わざるを得ない。
「彼には、ウグズマという人間の国にいる、異世界からの勇者とやらの動向を探らせていたのさ」
っ!?……そうか、セイライがまだそっち側にいた時に得た情報ね。
それにしても、さっきは「これから勇者を調べて~」的な事を言ってたのに、実はしっかりと向こうもチェックしてたんじゃない!
「騙し合いは嫌いじゃないからね」
フフンと私を軽くあしらうと、ベルウルフはマンハに調査の結果を報告するよう、命令した。
私達に聞かれてもいいのかな?と、マンハは一瞬だけこちらを見たけど、ベルウルフは構わないと一言だけ告げる。
そんの主の意を汲んで、彼は報告を始めた。
「人間の国ウグズマに置きまして、情報の通り《神器》を持つ三人の男女を発見し、そいつらを追跡しました」
「ふむ。で、そいつらはどんな功績をあげていた?」
おそらく、ウグズマ国内の面倒な問題を解決していたに違いない。腐っても勇者だもんね。
「はっ。それが、その……マヨなんとかという、調味料を開発していました」
………………ん?
私達と同じように、ベルウルフも怪訝そうな顔をして首を傾げる。
「ん?何?調味料……?」
「は、はい。なんでも、異世界の調味料らしく、それがウグズマ国内で、一大ムーブメントとなっておりました」
「……他には?」
「いえ、奴等が為した功績はそれくらいです」
そ、それくらいって……。
ゆ、勇者ぁ!何やってんのよ、あんたはぁ!
なんで、調味料なんか作ってるの!?
せめて怪事件を解決したり、魔族倒したりくらいはやんなさいよ!
ほら、ベルウルフもどう反応していいか、迷ってるじゃないのっ!
「あー、うん……そうか。あと、何か気がついた点は?」
「そうですね……強いて言えば、勇者とおぼしき少年は、やたらと周囲の人間から持て囃されていました」
さすがは勇者、略して『さす勇』なる言葉もできていたという。
あー、アレだわ。勇者の《加護》から発生する『勇者フェロモン』の影響に違いないわ。
アレのせいで勇者の回りに肯定的な意見しか生まれなくなってるから、増長しちゃってるのかもしれない。
神様!あなたが勇者に与えた《加護》は、結構ヤバいかもしれませんよ!
「……これで決まりだな」
マンハの報告を聞き、顎に手を当てて何やら思案していたベルウルフが、ポツリと呟く。
そして、ビシッと私達を指差した。
「やはり、我々が優先して始末するのは、君達だ!」
そう彼は、高らかに宣言する。って、ちょっと待ってよ!
だから、私達は邪神の天敵である勇者じゃないんだってば!狙うのは時間の無駄よ?
「では問うが、我ら十将軍を倒す君達と、調味料を作って浮かれてる勇者。どっちが脅威だと思う?」
ぐ、ぐぅの音もでないっ!
「まぁ、今日の所は一旦引かせてもらうが、次に会う時が君達の最後だ!」
「そんな事を言われて、逃がすと思ってるんですか?」
明確に私達を標的にすると告げたベルウルフを前に、ウェネニーヴが闘気を放って戦闘体勢に入る。
しかし、それを見越していたようなベルウルフの魔法が発動して、彼等と私達の間に巨大な水の壁が形成された!
「ちっ!」
ウェネニーヴが、竜の鉤爪みたいな闘気でその壁を切り裂くけれど、すでにベルウルフ達の姿は影も形もなかった。
「逃げられましたか……すいません、お姉さま」
謝るウェネニーヴを「いいよ、いいよ」と宥めて、頭を撫でてあげる。
嬉しそうな彼女を眺めながら、私の内心は一抹の不安に捕らわれていた。
ああ……正式に魔族からも、ロックオンされてしまった。
これからは、勇者と魔族の両陣営から逃げなくちゃならないのね……。
なんで、本物の勇者よりハードそうな状態になるのかしら。
私は無言で天を仰ぎ、こんな状態に導いてくれた、天使に向かって心の中で悪態を突くのだった……。




