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逃走、盾役少女  作者: 善信
第二章 輝ける弓、堕ちた弓
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10 セイライの選択

「ル~マ~ル~グ~」

幽鬼のような表情で、よろめきながら立ち上がったセイライが、毒を振り撒いたルマルグを睨み付ける。

格好付ける事に全振りしてるらしい彼が、妹との劇的な対決なんてイベントに水を挿されたら、怒りもすごいんだろうな……。

そんな鬼気迫るエルフの様子に、すっかりビビってしまったルマルグは、涙目で私にすがり付いてきた。


「我が友、助けて!」

さっきは目で訴えるだけだったのに、今度は完全に口にしたよ、この人……。

あのね、一応は敵である私に助けを求めるって、邪神軍の幹部としてどうなのよ!?

「それはそれ、これはこれよ!」

棚上げしちゃったよ、この人!

「こら!お姉さまから離れなさい!」

私の後ろに隠れようとするルマルグを、ウェネニーヴが引きはなそうとしてくれた。

いいわよ、その調子でもっと言ってやって!

「いいじゃないの、ちょっとくらい!我が友は、我が友なのよ!」

「それを言ったら、お姉さまはワタクシのお姉さまです!」

何を訳のわからん言い争いをしてるのよ、あんたらは!

あと、私はどっちの物でもないからね!?


私を左右から挟んで引っ張り合うウェネニーヴとルマルグ。そして、照準を合わせようとするセイライ……って、このままじゃ、私が的になっちゃうじゃない!

毒で意識朦朧としてるのか、明らかに矢は私に向けられている。

「ちょっ、二人とも!一旦、手を離して!」

両サイドから引っ張られて、これじゃ盾を構える事もできやしない。

しかし、私の叫びはエキサイトする二人の耳に届く事はなく、むなしく風に消えてい、た。

やばいやばい!マジで死んじゃう!

毒のせいでプルプルと震えていたセイライの手が、ピタリと止まる。さすがはエルフ、矢を放つ時は毒も忘れるほど集中するのね。

でも、矢が私を向いてる時に、その集中力を発揮するのは止めてほしい!


「待って、ほんとにヤバいんだって!」

本気で焦った私の言葉に、ウェネニーヴ達がハッとしたのと、セイライが弦を引き絞ったのは、ほぼ同時だった!

ああ、あと一秒もしないうちに、あの矢が放たれて私を射つのね……。

スローモーションになった世界の中で、そんな思いが頭に浮かぶ。


「何をやってるんです、セイライ」


だが、次の瞬間!

横から水を挿すような声と同時に、物理的な水の塊がセイライを襲った!

突然沸いたそれに押し倒されるセイライの近くに、上空から一人の魔族がフワリと舞い降りる。

「まったく……勇者を倒せとは言ったが、姉上に危害を加えろなどと言った覚えはないぞ?」

ルマルグによく似たその男に嗜められて、セイライは意識がはっきりしたようだった。……って言うか、誰なの?


「ベル君!」

私の腕を引っ張っていたルマルグが、嬉しそうな声で魔族の男に呼び掛ける。

「姉上、二人の時以外は、その呼び名はやめてください」

冷静な声で彼はルマルグも嗜めるけど、セイライに声をかけた時とはちょっと違って、どことなく嬉しそうだった。

「お、弟さん……?」

二人の会話から推測して、手を離したルマルグに聞いてみる。

「そうよぉ!私の自慢の双子の弟で、ベルウルフっていうの。私と同じ、十将軍の一人なんだから!」

へぇ、十将軍の……って、おいっ!?

あまりにもあっさり言うから流しそうになったけど、それって敵の幹部の三分の一がここに集まったってこと!?

ちょっと過剰戦力過ぎない!?


私から離れて、「わーい!」と弟に駆け寄っていくルマルグ。

「そっちの仕事は、終わったの?」

「ええ。というか、部下に任せてあります」

「そうなんだ。なんにせよ、あなたが来てくれたなら、百人力だわ!」

「ハハハ、来てくれたらというか、最初からいましたけどね」

ん?

最初からって……?

「姉上やセイライの仕事の様子を、すこし離れた所から見せてもらってました。またやらかしてましたね、姉上」

ベルウルフに指摘され、ルマルグは顔を赤く染める。

それにしても、「また」って事はいつも何かしらやらかしてるのかしら、彼女は?


「うう……だったら、すぐに助けてくれてもいいのに……」

「それは、姉上のためになりません。第一、俺は信じているんですよ……姉上はやればできる子だって」

ルマルグの頭を撫でながら言うベルウルフに、彼女は満更でもない笑みを浮かべる。

ダメな姉をフォローする、出来る弟って関係なのかしら。

魔族に姉弟愛というのはあるのね。

なんてほっこりしていると、ベルウルフはちょっとだけ黒い笑みを浮かべていた。

強いて言うなら、欲情したウェネニーヴに近いような……なんか怖いわね。


「さて……」

仕切り直しといった感じで、ベルウルフは私達に顔を向けて、一礼をする。

「すでに名は伝わったと思いますが、俺は十将軍の一人『死水』のベルウルフといいます。初めまして、エアルさん」

たぶん、セイライから私達の名前が伝わっていたんだろう。ベルウルフはこちらの一人一人に挨拶をしていく。

「我が友はエアルって名前だったのね……」

初耳といった風にルマルグが呟いたけど、なんであんたは知らないのよ……。

「興味がないとどうせ忘れるので、姉上には大事な話は軽くしかしてません。気にしないでください」

割りとひどい言い草だし、幹部クラスの人がそれでいいのかなと思わないでもないけど、実力主義の世界ならそういう事もあるのかもしれない。


「それにしても、十将軍が二人がかりで数人の人間に手こずるとは思ってませんでしたよ」

呆れたように呟くベルウルフの言葉に、ルマルグとセイライの表情が固まった。

え、なにその反応……。

「ち、違う……僕はルマルグの毒にやられて……」

セイライがそう言いかけた時、足のような形をした水の塊が、横たわるセイライを踏み潰した!

「ぐぼっ!」

「姉上のせいにするとは、許せんね。やはり君は十将軍失格だよ、セイライ」

こ、怖ぁ!?

全部見てたって言うなら、完全にルマルグのせいとわかってるはずなのに、あの容赦の無さ……もしかして、彼ってばヤバいタイプのシスコンかもしれない。


「ぐっ……僕が十将軍失格とは……どういう事だ……」

ダメージを受けながらも、セイライは再びベルウルフに食い付く。

「君の思惑はわかっていると言うことさ……」

セイライの思惑?いったい、どういう……?

「兄ちゃの思惑ってなんだ……」

毒を受けて倒れていたプルファがいつの間にか意識を取り戻し、彼等の話に割り込んできた。

「ふふ……君はセイライの妹だったね。なら教えてあげよう」

ツカツカとベルウルフはセイライに近付いて、彼の持つ《神器》を指差した。

「彼がこの《神器》を盗んで逃走したのは、君という妹を守るためさ!」

な、なんですってー!?

衝撃的なベルウルフの言葉に、プルファも驚きの表情を浮かべる!


「ど、どういうこどだべ!?」

「簡単さ、愛する妹を戦いの世界から遠ざけるために《神器》を奪い、あえて悪の汚名を被ってたという事だよ」

そうだったの!?

なんていう事実。それを突きつけられて、プルファとセイライが驚愕の表情を浮かべていた……って、あれ?セイライも(・・・・・)

近すぎてベルウルフ達からは見えてないみたいだけど、私達の位置から見るとセイライが『え?そうだったの?』といった顔をしてるのがよく見える。

図星ならともかく、なんで意外そうな顔をしてるのよ。


「そ、その話に根拠はあるんだべか!」

戸惑うプルファの質問に、ベルウルフはやれやれといった感じで肩をすくめた。

「姉と妹という違いはあるが、僕も彼も愛する双子の異性を持つ者同士。その気持ちはよくわかるさ」

いや、別に異性の双子が皆シスコンって訳じゃないでしょう!?

現に、セイライも『何言ってんだ、こいつ』って顔してるし。


「そ、そんな……だどしたら私は、兄ちゃの気も知らねえで……」

だけど、そんなセイライに気付いていないプルファは、顔を伏せてしまう。

ううん……まぁ、誤解っぽいけど、上手くすれば仲直りできるんじゃないかしら。

「フッ……まさか、そこまで読まれているとはな」

空気を読んだのか、セイライはベルウルフの話に乗っかる方向を選んだようだ。

「兄ちゃ……」

「すまないな、プルファ。お前には、逆に苦労をかけてしまったみたいだ」

セイライが詫びの言葉を口にすると、プルファの目からポロポロと涙が落ちる。

「私こそ、兄ちゃの気も知らねえで、ごめんよぉ……」

誤魔化してるだけなのに、純粋に信じたプルファの過剰な反応は、セイライの良心を刺激するのか、すごく居心地が悪そうな顔だ。


「き、気にするな。そういう作戦だったんだからな」

「うん……だげっじょ、なんだって邪神軍さなんか……」

「あ、いや……なんか格好いいし……」

あ、なんかうっかり本音が出たっぽい。そこも誤魔化しないさいよ。

「大方、俺達の戦力や内部事情を知るために潜り込んだって所じゃないんですかね?」

実は見抜いていたよといった口調で、ベルウルフはセイライに言葉を投げる。

すると、それを聞いたルマルグがちょっと驚いた顔で声をあげた。

「え?それじゃあ、セイライは十将軍辞めるの?」

「それだけじゃなく、裏切り者として口を封じなければいけませんね」

「あー、そっか……」

そんな姉弟の会話を聞いていたセイライの表情が、さらに青ざめる。

そりゃ、味方だと思ってた人達から死刑宣告されたようなもんだしねぇ。でも、さっきのベルウルフの言葉を容認しちゃったから、彼等を説得する事もできない。

詰んでるわ、これ。


「セイライ!」

身の振り方を考えて狼狽えてるセイライに、突然モジャさんが大声で呼び掛けた!

突然、どうしたの!?

「一度は悪の道に堕ちた男……それが再び光の道に戻ってきたら、美味しいよなぁ?」

あー、なんか物語なんかでは、そういうパターンもあるわね。

それは、かつて同じような若気のいたりを経験したモジャさんだから、出てきた言葉かもしれない。

でも、だからこそセイライに届いたのだろう!

「ふ……ふははははっ!」

大笑いしながら、セイライはゆっくり立ち上がる。

そうして、腕の包帯と顔の眼帯を引きちぎって、高らかに宣言した!

「そこまでバレていたなら仕方ないな……エルフ族が《神器》使いのセイライ!今から勇者に組みさせてもらう!」

格好よさを優先し、モジャさんの提案に合わせて、セイライはベルウルフの言葉を肯定してみせる。

非常に都合よい話ではあるが、セイライは邪神軍との決別を示す。

だが……それを受けたベルウルフは、「それも予想通りさ」と不敵に笑うのだった。


あ、ちなみに包帯や眼帯の下から出てきたセイライの素肌は、お前が言ってた闇の力はどこいったの?って感じで、綺麗な物だった事を追記しておく……。

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