05 蠢く闇の力
「ちょ、ちょっと待ってよ!私達、勇者じゃないんだってば!」
慌てて弁明するも、セイライは見苦しいなと鼻で笑う。
「僕の仲間の十将軍……ジャズゴを倒したのは君達なんだろう?」
う、確かに、それはそうだけど……。
「数日前、君達と別れた後に、ジャズゴが死の間際に送って来たという彼を倒した相手の情報として、その手配書が回って来たのさ」
な、なんですって!
あの蛙、そんな器用な真似ができたの!?
一瞬でグロい肉塊と化したから、やり過ぎてごめん……とか思ってたのに。
ぐぬぬ……さすが、十将軍の一人といったところね。
「これでもう言い逃れはできまい。さあ、行け!ゴブリン達よ!」
セイライの命令が下されると同時に、私達を囲んでいたゴブリンの群れが殺到してきた!
ええい、こうなったらやるしかないわっ!
襲いかかってくる敵の攻撃を、重量を増した盾で防ぎ、あるいは押し返して反撃する。
でも、なにかしら……このゴブリン達、その辺の奴より全然強い。
力もスピードもさることながら、やたら連携が上手いのだ。
「フフフ……そいつらは、魔界生まれのゴブリン・エリート達だ。こちらの世界の野良ゴブリンとは、比べ物にならないよ」
なんですって!そんなゴブリンがいるなんて……。
防戦気味な私の所には三匹ほどしか来てないけど、その分ウェネニーヴとモジャさんに負担がかかっているはず。
二人とも、無事でいて!
そう願いながら、そちらの状況をうかがうと、戦う仲間達の様子が目に飛び込んできた。
◆
「かかってこい、この野郎!」
なぜか顎をしゃくれさせて、モジャがゴブリンを挑発する。
それに呼応してか、鋭いナイフを構えながら、一匹のゴブリンが彼に向かって突撃していった。
「ほっ!」
モジャはそれを寸前でかわすと、伸びきった腕の間接を逆の方向から蹴りあげて、完全に破壊する!
「ギャッ!」
悲鳴をあげながら、ゴブリンがナイフを落とすと、すかさず低空タックルで下半身をキャッチし、そのまま両足を抱え込んでゴブリンを押し倒す。
「軽いなぁ……それなら、こうしよう!」
そう言うが早いか、モジャはゴブリンの両足を抱え込んだまま立ち上がり、勢いよくその小柄な体を振り回し始めた!
いわゆる、ジャイアントスイングを仕掛けながら、彼はゴブリンの集団に突っ込んでいく。
味方の体を武器代わりにされるという事態に、さすがのゴブリン・エリート達も戸惑い、動きが止まった。そうしている間にも、モジャの起こす竜巻のような回転に巻き込まれ、蹂躙されていく。
やがてモジャの回転が止まった時、そこに動いているゴブリンの姿はない。
彼に向かって来ていた敵を倒しきったモジャは、抱えていた敵を投げ捨て、静かに踞った。
「…………うぇぇぇぇ」
回転しすぎて目を回した彼の口から、キラキラとした胃液混じりの汁がこぼれ落ちる。
悲しげな嘔吐の声が、戦い終えた戦場に響いていた……。
◆
「ギュエッ!」
「ゴギャッ!」
悲鳴をあげながら、ウェネニーヴに引き裂かれたゴブリン達が、無惨に大地を転がった。
一見すれば、彼女はエアル達の中でも一番華奢で、容易く倒せそうに見える。
しかし、そんな容姿に惑わされずに、ゴブリンリーダーを始めとする精鋭で固め、もっとも人数を差し向けた彼等の戦闘勘は見事なものだった。
惜しかったのは、それでも埋められぬほど力の差がウェネニーヴと開いていた事だろう。
「あなた達ごときに遊んでいる暇はないんです。とっととかかってきなさい」
愛らしい両手に、竜の鈎爪を思わせる闘気を纏わせながら、ウェネニーヴは手招きをした。
しかし、下手に動けば瞬く間に殺されると実感したゴブリン達は、無闇に突っ込んで来ようとはしない。
「……面倒ですね。なら、こうしましょう」
ポツリと呟き、ウェネニーヴはため息にも似た吐息をゴブリン達に向かって吐き出した。
フワリと甘い匂いを、ゴブリン達は感じた気がし、スンスンと鼻を鳴らす。と、次の瞬間、突然大量の吐血と共に、苦しみ悶えながら、ゴブリン達は倒れ伏した!
「その苦しみも長くはないですよ。すぐ死ねますから、安心してください」
毒竜に相応しい、死を招く猛毒の吐息をでゴブリンを仕止めたウェネニーヴは、それは慈悲深そうな笑顔を浮かべていた。
◆
…………うっわぁぁ、エグいなぁ。
自爆気味に吐いてるモジャさんはともかく、ウェネニーヴがヤバすぎるわ。
褒めて、褒めてー!って感じでこっちに手を振ってる様子に忘れがちだけど、あの娘ってやっぱり毒竜なのよね。
あれだけいたゴブリンを瞬殺する彼女から見たら、三匹程度に手こずってる私なんか、とんでもなくショボいわ。
私の相手をしていたゴブリン達も、いつの間にか愕然として向こうに目を……って、あらやだ隙だらけ。
「そいやっ!」
まるでこちらに注意を向けていなかったゴブリン達を、重量を上げた盾で横凪ぎに殴り付ける!
それをまともに食らったゴブリン達は、グシャリと嫌な音を立て、一撃で物言わぬ肉塊と化した。
ふぅ……。食べるため以外の殺生は気分の良いものじゃないけど、これも殺るか殺られるかの自然の掟。
せめて、信じる神の身元に逝けますように。
「お見事です、お姉さまぁ!」
私がゴブリン達を倒すのとほぼ同時に、ウェネニーヴが砲弾のような勢いで突っ込んで来た!
思わず盾で受け止めると、顔面を痛打した彼女が唇を尖らせる。
「ひどいです、お姉さま……」
「いや、あなたの全力タックルなんて受けたら、私の体が粉々になっちゃうわよ」
こっちはか弱い人間種なのだ。もうちょっと手加減してほしい。
「ああ、すいません。つい、興奮が覚めやらなくて……」
「興奮?」
「はい。久々に、獲物を引き裂いた感触に、本能が刺激されてしまいまして」
はぁ……と、幼い横顔に艶っぽい笑みを浮かべつつ、ウェネニーヴは熱い吐息を漏らす。
あ、これもたぶん毒だわ。
もう、私は平気だけど、他の人が巻き込まれたら危ないじゃない。
「た、確かにそうでした……申し訳ありません」
あー、いや……助かった事は助かったんだし、そこまで落ち込まなくても……。
「なので、お姉さまがワタクシに罰を与えてください!」
「……はい?」
「ええ、それはもう、ちょっと人には言えないような罰でも、甘んじてお受けします。はぁぁ……ワタクシ、どんな事をされてしまうのかしら。期待で胸と股間がはち切れそう……」
あの、ちょっと……ウェネニーヴさん?
そんな事をする気は無いんだけどと、彼女に話かけてみるも、どこか遠い所を見つめているウェネニーヴに私の声は届いていないっぽい。
ひょっとして、狩猟本能だけじゃなくて、生殖本能も暴走してるのかしら、これ。
「さあ、お姉さま!めくるめく、百合の世界へと、いざ!」
瞳孔がハートの形になったウェネニーヴが、その細い腕からは想像もつかない、すさまじい剛力で私を捕縛する。
うわ、ヤバい!マジで逃げられない!?
「待てぇぇ!俺の目が黒いうちは、女の子同士で十八禁ノベルズな真似はさせんぞぉ!」
発情して抱きついてくるウェネニーヴを引き剥がそうとしていると、嘔吐から復活したモジャさんも口を鋏んできた!
もう、何でもいいから助けてよ!
「僕の存在を忘れるなぁ!」
突如、大声で一喝されて、私達は顔を見合わせてから、声の方へ顔を向けた。
するとそこには、顔を真っ赤にしたエルフの姿が……って、本気で頭からセイライの事が抜けていたわ。
「こ、この魔界十将軍の一人を前にして、女の子同士でイチャイチャに夢中になるとは、とことん舐められた物だな!」
別にイチャついてた訳ではないけど、彼の事を失念していたのも事実だ。
だから私は、素直にごめんねとお詫びする。
「いや、そう素直に謝られるとガチで忘れらてたんだとへこむから、そういうのはやめてくれ」
んもう、プライドの高い男の人って面倒ね……。
「ま、何にせよお前の兵隊はいなくなったぜ?」
死屍累々なゴブリン達を見回し、モジャさんがセイライに槍の穂先を突きつける。
「同じ《神器》持ちとして、せめてもの情けだ。魔族から離れて、大人しくお縄になるなら、手荒な真似はしないと約束する」
そう、持ちかけてはみるけれど、セイライの表情は余裕のままだ。
「ゴブリン達は、もともと君達の戦力を計るための捨て駒さ。お陰で、分析は済んだ」
冷たい台詞を吐き、セイライは《神器》を構える。
「見せてあげるよ……《神器》と、闇の力の融合というものを」
な、なんですって!自分でも押さえきれないと言っていた、謎の力を《神器》に宿すというの!?
「……月の刃 茨巻く十字の炎 赤い血濡れの輪廻を貫く 凛と白き最後の矢……」
んん?何かセイライがブツブツと言い出した。
何かの呪文の詠唱かしら?
だけど、以前リモーレ様が魔法を使った際に唱えた詠唱とは、何か違う。
知識の無いものには理解できない、『力ある言葉』って感じじゃなくて……何て言うか、こう……ポエム?みたいな?
何より、魔力が収束していくような雰囲気を感じないのだ。
隣を見れば、ウェネニーヴも首を傾げている。
なーんか、魔法の発動って感じがしないんだけど……。
そんな事を考えいたら、セイライの手にあった弓の《神器》に変化が現れた!
どこからともなく伸びてきた、鋭いトゲを生やした茨が《神器》に巻き付き始めたのだ!
それは瞬く間に《神器》を覆い、さながら茨で出来た弓のような様相に変貌する。
「ククク……完成だ」
禍々しく変わり果てた弓を眺め、満足そうにセイライは呟いた。
「さぁ、とくと味わうがいい。我が呪われし弓、『生命の略奪者』の威力をな!」
狂気を含んだ声と共に、セイライは弓を構え、弦を引き絞る。
「まずは、君からだ!」
放たれるべき矢の切っ先が狙うのは……私!?
盾を構えた私へと向けられた必殺の一撃が、今まさに解き放たれようとしていた。




