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逃走、盾役少女  作者: 善信
第二章 輝ける弓、堕ちた弓
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01 新たな仲間と始まる旅路

領主の館から飛び立った私達は、一路北へと向かう。

空を飛ぶウェネニーヴの速度はすさまじく、わずかな時間でクラウローの街が見えなくなっていた。

この調子なら、数日でアーモリーに着くんじゃ無いかしら。

そんな都合のよい事を考えてると、ウェネニーヴが私に声をかけてきた。


『お姉さま、一度雲の中に身を隠します。それから、目立たない場所に着陸しますね』

え?どうしたのウェネニーヴ?もしかして、私……重かった?

『理由は降りてから話します。とにかく、しっかりと掴まっていてください』

むむ、何か緊急事態なのかしら。

なにはともあれ、私は彼女に言われた通りに、ガッチリと竜の体にしがみついた。

『ああん♥』とか『お姉さまぁ♥』とか悶えてる声が聞こえて来るけど、ここは無視よ、無視!

『それでは、イキますぅ♥』

何やら怪しく艶かしい宣言と共に、ウェネニーヴの巨体はさらに大きな雲の中へと突っ込んでいった。


ひいっ!寒い!

あと濃霧みたいで、何にも見えない!

あらゆる感覚が狂う中で、唯一しがみついているウェネニーヴの体だけが拠り所になっている。

最初に空を体験した時は爽快感しかなかったのに、ちょっと環境が変わっただけでこれなんて……。

田舎者として自然をなめていた訳ではないけど、改めてその恐ろしさを知った気がするわ!

うう、絶対に手を離さない……離さない……。


─────────。

「……さま、お姉さま?」

いったい、どれくらいの時間が経ったのだろう。

無我夢中でウェネニーヴにしがみついていた私は、彼女の呼び声にゆっくりと目を開けた。

「大丈夫ですか、お姉さま」

開けてきた視界に、私を心配そうに覗き込む、人間バージョンのウェネニーヴの顔が大きく飛び込んでくる。

え?彼女が人間バージョンって事は……ここは地上?

「はい。すでに降りてきたので、もう安心ですよ」

ニッコリと笑う愛らしい彼女を見て、ようやく私は全身に込めていた力を抜くことができた。

はぁ~、しんどかった。力を入れすぎて、体もガチガチだわ。

そうして、伸びをして体をほぐそうとした時にふと気がついた。

私、ウェネニーヴにお姫様抱っこされてる……。


「あ、あの……ウェネニーヴ?恥ずかしいから、下ろしてくれないかしら……」

「いいえ!ワタクシの結界が甘かったせいでお姉さまが凍えてしまったのですから、責任もって暖めさせていただきます!」

そう言って、スリスリを頬を擦り付けてくる。

い、いや、確かに暖かいしその気持ちはありがたいけれど、自分より小柄な娘にお姫様抱っこされてる姿は、客観的に見てちょっと……。

って、聞き逃しそうになったけど、結界って何?


「はい。通常、竜が飛ぶ高度や速度に人間の体は耐えられません。ですから、お姉さまの周りにだけ、防御用の結界を張らせてもらいました」

あー、なるほど。意外に器用な真似ができるのね。

でも、そんな結界を張ってもらったにもかかわらず、あれだけ寒さや風圧を感じるんだから、やっぱり竜の基礎能力ってすごい。

そんなすごい竜の腕から、ひ弱な私が易々と抜けられる訳もなく、とりあえずは彼女が満足するまで我慢するしか……って、危ない!

どさくさ紛れにキスしようとしてきた彼女の唇を、顔を背けて回避する!


「うう……お姉さまのいけずぅ」

ぷぅっと頬を膨らませるウェネニーヴ。

それはそれで大変キュートなんだけど、何度も言っている通り私には同姓愛(そっち)の趣味はない。

まあ、両性だから正確には同姓愛とは違うのかもだけど、せめて可愛い少年の姿ならなぁ……っと、変な事を考えちゃったわ。

妙な妄想を追い出そうと、頭を軽く振る。すると、そんな私の視界の端に、なにやら変な物が見えた。

まるで凍りついた人間のような、褌姿のそれは……。


「モジャさあぁぁん!」

反抗組織のリーダー、モジャさんが氷魔法でも食らったかのような姿で地面に転がっていた。

え、なんで!?どうして彼がこんなところに!?

「ああ、なんだか領主の館を脱出する際に、ワタクシの尻尾に掴まってきたんですよね」

ことも無げに言うウェネニーヴ。

一応聞くけど、モジャさんに結界は……。

「もちろん、張ってません!」

だよね!この状態だから、そうだとは思った!

死んでないようだから、えらく頑丈ですねと彼女はコロコロと笑うけど、笑い事じゃないよ!


んもう、なんでこんな事に……あ!

もしかして、モジャさんが着いてきてたから、急いで地上に降りたとか?

「違いますよ」

違うんだ……。

それじゃあ、なんで降りたのかと気になる所だけど、今はモジャさんの命を助ける方が先だわ。

見たところ、極度の低温状態にあるみたいだから、早く暖めないと。


とりあえず、お湯を沸かそうと魔法の鞄(マジックバッグ)に手を突っ込んだ時、モジャさんの唇が動いているのが見える。

意識が戻ったのはいいんだけど……何かを伝えたいのかしら?

彼の口元に耳を近づけると、か細い声で呟いているのがわかった。

どうしたの?何を伝えたいの!?

「暖めるなら……人……肌で……(ぬく)もり、たい……」

……まだ結構、余裕が有りそうだわ。

ひとまず魔法の鞄から取り出した毛布にくるませ、それからお湯を沸かす準備をする。

体を内側から暖めるために、スープか何かを作っておこう。


「ウェネニーヴ、モジャさんが気を失わないように注意して!」

「わかりました。おら、寝るんじゃありませんよ」

失神しそうになるモジャさん股がり、その頬にビンタを張りながら、ウェネニーヴが声をかける。

ちょっと待った!

あんまり強く叩くと、凍死する前に別の死因になりそうだから、もっとお手柔らかにね!


──そうしてしばらく時間が経ち、なんとか一命をとりとめた彼に温かいスープを勧めながら、私達に着いてきた訳を聞くことにした。だけど……

「えっと……その前に確認しておきたいんですけど……大丈夫ですか?」

結構な時間、ウェネニーヴにビンタされまくっていたモジャさんは、だいぶ顔が腫れてる。割りと平気そうではいるけど、心配だわ。

「ああ、ウェネニーヴ……さんのお陰で、なんとか無事だ。ありがとう」

そ、そう……。

助けられたからなのか、ビンタされ続けて恐怖心を刷り込まれたのか……ウェネニーヴにさん付けしながら、モジャさんは感謝の言葉を口にする。

「それに、美少女に股がられてビンタされるというよりシチュエーションに、ふふ……何て言うか、下品な話ですが『勃起』してしまいましてねぇ」

ありがとうねぇ……と再び礼を言いながら、粘着質な微笑みを浮かべてモジャさんは最低の告白をしてきた。


そういうのは、一生心にしまっておいてほしかった!正直、気持ち悪いし!

まぁ、ウェネニーヴとの心の削り合いや、マウントの取り合いみたいなもので反撃の意味を込めて言ったというなら、それは成功したみたいだけどね。

私の隣で、ウェネニーヴが理解できない物に恐怖してる表情でモジャさんを見てるもん。

とりあえず、怯えるウェネニーヴの頭を撫でながら、改めて着いてきた訳を尋ねる。


「決まってるじゃねえか!俺達を助けてもらった礼に、今度は俺がエアルの助けになろうって思ったからさ!」

えっ……。

思わぬ事を言ってくるモジャさんに、思わず驚きが顔に出た。

「あんたらのお陰で黒幕の魔族を倒せたし、どうせ俺達の組織も解散するだけだったんだ。それに……」

少しだけ溜めて、モジャさんはその言葉を吐き出す。


「あんた、勇者から逃げてるんだろう?」


うっ!なんでバレて……いや、私と勇者の会話を聞いたり、その後の行動を見てればすぐにわかるか。

「俺もあの勇者とかいう小僧が気に入らねぇし、逃げるってんなら人の手はあった方がいいだろ?」

別に、ハーレム形成してるのが羨ましいとかじゃないんだからね!と断ってから、モジャさんは何より私の味方をしたいのだと言ってくれた。

なんて事だろう……本当にいい人なのね、モジャさんは。変態だけど。


でも、一つだけ……私は彼に疑問を抱いていた。

「ねぇ、モジャさん……あなた、本当に勇者の味方を(・・・・・・・・・)する気はないの(・・・・・・・)?」

「あったりまえじゃん!」

モジャさんは、ドンと胸を叩いて答える。そう、だけどそれがおかしいのよ!

何故なら、『勇者フェロモン』の影響を受けていないという事になるじゃない!


他者に強制的な好意を抱かせる勇者(コーヘイさん)の《加護》の効果。

私みたいに、【状態異常無効】とかを持ってるなら別だけど、モジャさんは《加護(そんなの)》を持っていない。

それに、あの時の立ち位置からして、他の褌おじさん達のように影響を受けていないはずがないのだ。

私からの疑惑の眼差しを受けながらも、静かに座るモジャさん……心理的な物なんだろうけど、『ゴゴゴ……』とか『ドドド……』なんて音が聞こえて来そうな、凄み(・・)を感じるわっ!


……なんて一人で盛り上がっていたら、突然ウェネニーヴが口を挟んできた。


「大丈夫だと思いますよ、お姉さま。彼は感染してないみたいですから」

「え?ウェネニーヴには、そういうのがわかるの?」

「はい!」

自信ありげに頷く彼女の話では、褌おじさん達が『勇者フェロモン』に魅了された時、彼等の体からもそのフェロモンの匂いがしていたらしい。

竜の鋭い感覚だからこそ気付くレベルの物なんだそうだけど、今の所モジャさんからはその匂いがしないというのだ。

うーん、ウェネニーヴほどの実力者が言うなら、たぶん間違いは無いだろう。

でも、どうして……?


「彼の体から発せられる、年齢による体臭……いわゆる加齢臭のせいじゃないですかね?」

あー……言われてみれば、お父さんの枕みたいな臭いがしないでもない。

「それに、彼の体毛が加齢臭を留める効果を発揮して、勇者のフェロモンが感染するのを疎外したんだと思います」

なるほどなぁ、モジャさんのもじゃもじゃが彼を正気にさせてたって事なのね。すごいわ、加齢臭!

「……おっさんでごめん」

一応、誉めたつもりだったんだけど、おっさんである事実を突きつけられたモジャさんは思ったよりもヘコんでいた。


うーん……でも、モジャさんが正気のままだっていうなら、彼の好意に甘えようかなぁ。

確かにウェネニーヴが強いとは言っても、女だけの旅は何かと危ないし、男手があった方が助かるのも事実だしね。


そう決断した私は、彼の申し出を受けるべく右手を差し出す。

「よろしくね、モジャさん」

「おう!大船に乗ったつもりでいな!」

そう言ってモジャさんも右手を差し出し、私達は固く握手を交わした。

「ワタクシも、ワタクシも!」

そこに加わりたがるウェネニーヴに苦笑しながら、彼女も交えて今度は三人で握手を交わす。

勇者からの逃亡旅、そして《神器》を手放すための旅路だけど、ひょんな事から頼もしい仲間達が増えたわ。

そして、そんな頼もしい仲間に是非とも言っておかなきゃならない事がある。


「服……ちゃんと着てよね?」

「……了解はしかねる」


いや、着なさいよ! いい大人なんだからさぁ! 最低でも、褌姿は止めさせるからね!

私はモジャさんをねじ伏せるつもりで、握手する手に力を込めていった。

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