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逃走、盾役少女  作者: 善信
第一章 反抗組織と毒竜
15/96

10 幻惑を打ち砕け

「俺様の前に立つとは、なかなか度胸のあるガキだゲロ」

「それはこちらの台詞です。蛙人間ごときが、竜の眼前で臆することなく対峙できてるだけでも、誉めてあげていいでしょう」

「竜……だと?」

ジャズゴが訝しげに目を細めた。

そうよね、派手に乱入してきたけど、目の前にいるのはただの……いや、超絶美少女だもんね。

戦う以前に愛でたくなるようなウェネニーヴが、竜を名乗っても信じられない気持ちはよくわかるわ。


「あなた達、いい加減になさい!これ以上、旦那様に無礼を働くなら捕縛しますよ!」

不意に、ジャズゴを夫だと認識させられている領主の奥さんが、ヒステリックな声をあげる。

確かに向こうからしたら、私達が狼藉を働いてるようにしか思えないんだから仕方がないけど、責められるのはちょっと悲しいわ。

「うるさいですね」

しかし、ウェネニーヴは煩わしそうに、奥さんに向けてフッと軽く息を吹き掛ける。

それだけで、彼女は意識を失い床に伏せてしまった。

ちょっ、ちょっと!大丈夫なの!?

「安心してください、お姉さま。超弱毒を吹き込んだだけですので、しばらく気を失うだけです」

そ、そうなの。なら、下手に騒がれたり動かれるよりも安全なのかな。


「ゲロゲロ……なるほど、人間の小娘なんぞに化けているが、確かにこの一帯を縄張りとしている毒竜らしいゲロな」

微量の毒を操ったウェネニーヴの技を見て、ジャズゴはその正体を悟ったようだ。

むぅ、さすが魔界十将軍。お目が高いわ。

「それで、どうします?命乞いをするなら、半殺しで勘弁してやってもいいですよ?」

うーん、可愛い顔で殺気がこもってると、逆に怖い。

しかし、ジャズゴはそんなウェネニーヴを前にしてもケロケロと笑い、まったく降参するような素振りは見せていなかった。

「ゲロゲロ、確かに竜族は恐ろしいゲロ。だが、我が幻術の前には無駄だゲロォ!」

腰溜めに両手を後ろに引く、まるで何かの拳法を思わせるジャズゴの動きに対して、私達も構えをとる!


「ゲロッ波ー!」

雄叫びと共に勢いよく突き出された両手から、不可視の波動が放たれた!

「これで終わりだゲロ……」

勝利を確信したジャズゴの声と、一陣の風のような魔力が、私達の間をすり抜ける。……でも、あれ?なんともないぞ?

ジャズゴの態度からして、何かの技を放ったんだろうけど、私には特に異常は無い。

不発かな?なんて思いながら他の人達の方を見ると、そこには異常な光景が広がっていた。


「あぁん♥お姉さまぁ♥ようやくワタクシの想いを受け入れてくれるんですねぇ♥」

私の幻覚でも観ているのか、一人で発情したように体をくねらせるウェネニーヴ。

さらに後方では、褌おじさん達がそれぞれに寄り添いながら愛を囁き合うという、地獄絵図が繰り広げられていた。

「汚い光景ゲロ……まぁ、夢の中で理想の相手とイチャついてるんだから、本人は幸せだろうゲロけどな」

ま、まさかこれが、さっきジャズゴが放った攻撃の効果だというの!?


それにしたって、嘘でしょ!?

『裸がユニフォーム』のメンバーはともかく、毒竜(ウェネニーヴ)までこんなに簡単に幻術にかかっちゃうなんて!?

たぶん私は、【状態異常無効】の《加護》のお陰で正気を保っていられたんだろう。

だけど、皆がこの有り様中で一人まともだってバレたら、集中して狙われるかもしれない。

ゾッとして、ひとまず幻術にかかった振りをしながら、チラッとジャズゴの様子をうかがう。


「ゲーロゲロ。たとえ最強の竜族といえど、想い人がいる以上、俺様の幻術からは逃れられんのだゲロ!」

勝ち誇るジャズゴが、誰に言うとはなく独り言めいた笑い声を漏らしていた。

なるほど、相手の好きな人の姿を見せて、心の隙をつく訳ね……結構、えげつないなぁ。

でも、そういう事なら、私もそんな幻覚を見ている演技をしておこう。

どうやら、私に幻術が効いていない事には気付いてないみたいだし、このまま術にかかった振りをして、油断したところを《神器(たて)》でぶん殴ってやる!


「さて、まずはこの竜娘に、俺様が主人だと刷り込んでおかねばならんゲロな」

えっ!?

それって、領主様の奥さんみたいに、ウェネニーヴを洗脳するってこと!?

いけないわ!発情してる彼女が奴に取り込まれたら、絵面のヤバさがスゴい事になっちゃうじゃない!

それに、またウェネニーヴが敵に回ったら、今度は勝てる自信なんか無い。


私の焦りも知らず、上機嫌でウェネニーヴに近づいていくジャズゴ。

ええい、仕方がないわ。

こうなったら、最悪の状況になる前に一か八か、私の横を通りすぎた所で後ろから襲うしかない!


幻術にかかった振りをしつつ、ドキドキしながら、ジャズゴが私の横を通りすぎるのを待ち構える。

あと二メートル……一メートル……。

いまだっ!と、振り向き様にジャズゴに襲いかかろうとした瞬間、私よりも一歩早く動く人影があった!


「隙ありぃ!」

《神器》の槍を投げ捨てて、モジャさんがジャズゴに襲いかかる!

「って、なんで武器を投げ捨てるのよっ!?」

あ……しまった。思わず声に出してツッコんじゃった!

「な、なんだ貴様ら!俺様の幻術が、効いていないゲロかっ!?」

かろうじて対抗しつつも、襲いかかってきたモジャさん、そしてツッコミを入れた私に、ジャズゴは驚愕しながら叫んだ。

くぅっ、奇襲は失敗か、仕方ないわね……。

だけど、《加護》がある私はともかく、なんでモジャさんに幻術が効かなかったのかしら?


「ふん、お前が幻術を使うとわかっているなら、備える時間はあったって事だ!」

そう言って不敵に笑うモジャさんの手から、ぱらぱらと黒く細いものがこぼれ落ちる。

ん?なにかしら、これ?

「俺の胸毛だ!」

ヒィッ!?

ちょっと、やめてよ!思わず拾うところだったじゃない!


「貴様の幻術が発動した瞬間に、思いきり胸毛を引き抜き、その痛みで覚醒したという訳さ」

「ゲ、ゲロォ……そんなアホな手段で……」

ギリギリと筋肉を軋ませながら、力比べの体勢でモジャさんとジャズゴは睨みあう。

「だがな、その程度で勝ったと思うなゲロ!」

グッと前に出たジャズゴに押され、モジャさんの姿勢が徐々に崩れ始める。

ああ、まずいわ!やっぱり人間と魔族では、基礎能力が違いすぎる。

幻術使いの蛙人間とはいえ、単純な力なら人間とは比較にならないほど強いはず。

だから最初から、槍で突けば良かったのに!


「……心配するな、エアル」

ハラハラする私に、押されぎみなモジャさんが小さく笑いかける。

「俺がかつて、ガリガリの貧弱な坊やだった話はしたな。その俺が、どうやって現在(いま)の鋼の肉体を手に入れたと思う?」

え?どうって……。

「これが答えだ!」

そう叫ぶと、モジャさんはジャズゴと組んでいた手を突然離した。

押し込んでいたジャズゴは、いきなり抵抗がなくなったために、前のめりにバランスを崩す。

そこへ素早く背後に回ったモジャさんが腰の辺りをホールド、綺麗な弧を描きながらブリッジするみたいにジャズゴを頭から投げ落とした!


「ゲロォ!」

派手な音と共に頭から落とされ、投げのスピードと自重により思わぬダメージを受けたらしいジャズゴは、悲鳴をあげてよろめきながらモジャさんから離れる。

「古代から伝わる伝説の格闘術、『プロレ・スリング』!その技術を身に付けるための訓練により、俺は貧弱な坊やから脱出できたのだ!」

そ、そんな格闘術があったのね……。

そういえば、《神器》を持ってきた天使を泥棒だと思って、古代の格闘術で撃退したなんて事を言ってたっけ。

「調子に乗るな、人間がぁ!」

激昂したジャズゴの舌が、巨大な鞭のようにしなってモジャさんに迫る!しかし、モジャさんは臆することなく逆に前進すると、体勢を低くして地を這うようなタックルでジャズゴに組み付いた!

そのまま、まるで蛇が絡み付くみたいな技で、ジャズゴの体を固めていく!


「ゲロロロロォ!」

メキメキと全身を締め上げられて、ジャズゴは苦痛の声をあげる。

「どうだ、人間と同サイズなら『プロレ・スリング』は負けはしない!」

す、凄いわモジャさん!

正直、役に立たないダメな大人だと思ってたけど、ちょっと見直しちゃった。


「お、おのれぇ……ならば、これでどうだゲロ!」

ジャズゴの口から、悲鳴や苦痛とは違う、それこそ蛙の鳴き声みたいな声が響き渡る。

途端、幻覚の中で愛を囁き合っていた褌おじさん達がモジャさんに向かって殺到した!

「好きじゃあ!」

「俺と付き合ってくれ!」

「絶対に幸せにするから!」

どうやらモジャさんが理想の女性に見えてるようで、褌おじさん達は彼を揉みくちゃにしていく。その混乱の中で、ジャズゴは拘束から逃れていた。

「お、お前ら正気に戻れぇ!」

モジャさんがおじさん達に平手を張るけど、彼等は目をハートの形にして「ありがとうございます」とお礼を言う始末。

そんな惨状を眺めながら、ジャズゴは舌打ちしていた。


あ!ヤバい!

私も幻術が効いていない事がバレてるから、こっちに来るかも!?

そ、そうだわ、私の《加護》の一つ【気配隠蔽】を使えば!

急いで【気配隠蔽】を発動させると、間一髪で間に合ったのか、ジャズゴはまったく私を気に止めず、その横を通りすぎた。

ホッ、危なかった。


「クソどもが……この毒竜を手懐けたら、まとめて餌にしてやるゲロ」

そう言うジャズゴの前には、幻術に悶えるウェネニーヴの姿が!

しまった、そういえばそんな事を言ってたっけ!

くっ、そうはさせないわよ!


「よく聞くゲロ。お前が守り、忠誠を誓うべき者は誰だゲロ?」

「それは……お姉さま……」

「違う!それはこのジャズゴ様ゲロ!」

「ジャズゴ……様……」

「そうだゲロ。さあ、俺様に忠誠を誓うと宣言し、ひれ伏すのだゲロ」

「ワタクシ……は……ジャズゴ……様に……忠誠を……」

「だめえぇぇぇぇっ!!!!」

ウェネニーヴの言葉を遮り、雄叫びをあげながら、私は背後からジャズゴの頭目掛けて、思いきり《神器(たて)》を叩きつけた!


「ゲブロッ!」

文字通り蛙が潰れるような声と音が響き、続いて床が砕けて抜けると同時に、ジャズゴの体が沈んで消える!

あ……思わず盾の重量を最高にしてぶん殴っちゃったけど、やり過ぎたかしら……。

ソッと、ジャズゴが抜けていった床の穴から階下の様子を覗いてみると、そこにはモザイク無しでは見れないような光景が広がっていた。

ウプッ……こ、これは流石に魔界十将軍とはいえ、生きてはいないだろうなぁ……。

さようなら、幻惑のジャズゴ。なんか、こんな倒しかたで申し訳ない。


「あれ……お姉さま?」

吐き気をこらえていた私に、目に光の戻ったウェネニーヴが、首を傾げながら声をかけてきた。

やった!ジャズゴが死んで、幻術が解けたのね!

「よかった~!」

思わず私は、ウェネニーヴの小柄で柔らかい体を抱き締める!

「え?あ、あの、お姉さま?」

戸惑うウェネニーヴに構わず、私は彼女を撫で回していた。そう、決して後ろを見ないために。

そんな私の背後からは、正気に戻り先程まで揉みくちゃになって求愛行動しまくっていた漢達の慟哭と吐く声が、悲しくこだましていた。

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