09 魔界将軍の計略
「なんだ、お前はぁ!」
「なんだ、お前らはぁ!」
モジャさんと蛙人間の声が綺麗にハモる。
こちらからすれば領主がいるはずの場所に魔族がいたわけだし、あちらからすれば褌姿の変態が押し掛けてきたように見えるだろう。
お互いに予想外の相手が眼前にいるのだから、驚くのも無理もないか。っていうか、私もビックリしたわ。
それにしても、モジャさん達の反応から、実はこの蛙人間が領主でしたって事は無さそうね……考えれば当たり前だけど。
「ぐぬぬ、やっと反抗組織が来たと思えば、変質者の集団とは……地方の奇祭じゃなんだぞゲロ!」
プリプリと怒りながら、蛙人間は頬を膨らませる。
うわー、ほんとにでっかい蛙って感じで、ちょっと気持ち悪いなぁ。
あ、でも、そんなことより!
「そこの魔族から逃げてください!」
私は蛙人間の隣に平然と立っている、領主の奥さんに呼び掛けた。
しかし、奥さんは怪訝そうに首を傾げて「なに言ってんだろう、この人」みたいな表情を浮かべるだけだった。
え、どういうこと……?
「ゲーロゲロゲロ!無駄だゲロ」
私に向かって、蛙人間が小馬鹿にしたような笑い声を上げる。
「この女は、俺様の幻術の虜となっているゲロ。お前の言葉は理解しているが、それでもこいつにとって俺様は夫であり、忠誠を誓う主でもあると認識しているのだゲロ」
そうだな?と蛙人間が確認すると、その通りですわと頷いて奥さんは頭を垂れた。
嘘でしょ……確かに幻術って、すごい使い手なら石ころを本物の宝石に見せたり、幻の炎を本物と思わせて火傷させる事ができるなんて話は、聞いたことがある。
でも、いま蛙人間が使ってるのは完全な洗脳に近いじゃない。
目の前の魔族が正体を現してるのに、それを認識できないなんて……。
そんな馬鹿げた幻術を使うこの蛙人間……見た目はちょっとアレだけど、かなりの上位魔族なのかもしれないわ。
「ゲロゲロ……俺様が何者か気になってるようだな、小娘」
蛙人間が私を指差してニヤリも笑う。
しまった、疑問が顔に出てたのかしら。
「ゲロロロ……よかろう、せっかくだから教えてやるゲロ。俺様こそ、邪神ギレザビーン様に仕える大幹部、『魔界十将軍』の一人!『幻惑』のジャズゴ様だゲロ!」
ま、『魔界十将軍』・『幻惑』のジャズゴ!!……って、誰?
チラリとモジャさん達に目配せしてみたけど、首を横に振るばかりでやっぱり知らないらしい。
私達の反応に、なんだかジャズゴも少し困っているように見えた。
「ま……まぁ、こんな平和ボケした地方の連中には、知られてないのも無理はないゲロな……」
あ、良かった。どうやら自分で自分を納得させてくれたみたい。これは、邪神の名前も今初めて知ったなんて事も、黙ってた方がよさそうね。
でも、なんでそんな魔族のお偉いさんがこんな所にいるのかしら?
「……許せねぇなぁ」
思わぬ大物の登場に戸惑っていた私の耳に、ポツリとモジャさんが呟きが届いた。その声には、押し殺しきれない怒り、そして戦意がこもっている。
そ、そうよね……。まさか、領主の悪行の裏で、魔族……しかも大幹部が糸を引いていたんだもんね。
怖いけど、こんなに好き勝手やられてたら、頭にくるわよ。
「魔族の大幹部だかなんだか知らねぇが、そうやって奥方が幻術にかかってるのをいいことに、いやらしい事をしたりしたんだろ!十八禁小説みたいにっ!」
怒るポイントが違った。
いや、そういう展開もあるかもしれないけど、こんな時に何を言ってるのよ!
しかし、モジャさんに同調する童貞達は、声を揃えて蛙人間に罵声を浴びせる。
でも、その内容の大半が、「催眠でいやらしい真似しやがって」的な罵倒っていうのは、どうなのかしら?っていうか、威勢がいいのはいいんだけど、前屈みになるのはやめてほしい。
「いや……なに言ってんだ、お前ら」
しかし、ジャズゴから返ってきたのは、困惑ぎみな声だった。
「人間相手にノクターンするわけないゲロ。ぶっちゃけ気持ち悪いし……」
あ、種族間の美的感覚の違いってやつね。
確かに奥さんは美人だけど、蛙人間からしたら完全に別種族だし、外見的にもかなりかけ離れてるんだから、そんな気分にはならないか。
「それともなにか?仮に俺様がこいつにいやらしい事していたとして、お前らはそれで興奮できるゲロか?」
そんなジャズゴの問いかけに、何人かのおじさんが、ちょっと照れたようにはにかんで見せた。全然かわいくないから、そういう仕草はやめてほしい。
そして、そんな彼等を見て、ジャズゴは「うわ……」と小さく声を漏らした。
うーん、魔族にドン引かれるとか……でも、ちょっと彼等の擁護はできそうにないなぁ。
「そ、そんな事より、本物の領主様は無事なの!?」
モジャさん達がヘコみかけてる空気をなんとか変えるべく、私はジャズゴに問いかけた。
「もちろんだゲロ。奴は最後に利用するための駒……俺様の幻術で、『転生したらお姫様でイケメン王子達にモテすぎな件』といった夢を見ているゲロ!」
……なにその夢。
いや、「利用するための駒」とか気になるキーワードはあるんだけど、ジャズゴが領主様に見せてる幻術が特殊過ぎて、そっちの方が気になっちゃう。
「……俺様だって知らんゲロ。奴が望む夢を見させようとしたら、そんな夢を見始めたんだゲロ」
むしろこっちがどうなってるのか聞きたいと、ジャズゴも呆れたように言う。
「いやー、わかるわ。責任ある立場のおっさんは、心のどこかでそういう逃避をしたいと思ってるもんなのさ……」
領主様の夢を肯定するように、モジャさん達はうんうんと頷いてみせる。
そ、そういう物なの?おっさんも大変なのね……。
心の闇を感じるから、これ以上は深入りしたくないし、これ以上は聞かない方がよさそうだけど。
「えーっと、他にも色々と聞きたい事があるのよね……教えてもらえるかしら?」
気を取り直して、再びジャズゴに問いかける。
どうも、さっきからやつの言葉の端々には、何らかの計画が見え隠れしているのよね。
それをなんとか聞き出したいところだけど、煽ってみたら素直に話すなんて事はないかしら?
「ゲロゲロゲロ……人間には冥土の土産という言葉があるそうゲロな。よかろう、どうせ死ぬのだから、なんでも聞いてみるがいいゲロ」
しかし、以外にも乗り気でジャズゴは色々と語ってくれそうだった。
あー、これは最初から話したくてウズウズしてたパターンね?
それなら、お言葉に甘えて洗いざらい話してもらおう。
「ゲロロロ……貴様らはすべて、俺様の手のひらで踊っていたに過ぎんのだゲロ」
そう切り出して語られ始めたジャズゴの計画……それは、なんとも恐ろしい物だった。
簡単に説明すると、まずはジャズゴが領主の振りをしてわざと悪政を行う。
すると、モジャさん達みたいな反抗組織が立ち上がり、人間同士で争いが始まる。
そうやって、内乱を誘発させながら国力を落とし、混乱に乗して魔族を引き入れて、人間の国を支配下に置こうというものだった。
むむむ、単純といえば単純だけど、ジャズゴの幻術があればそれも可能だと、いま実演されている。
「ちなみに、反抗組織に竜の情報を流したのも俺様ゲロ」
なんですって!?
「反抗組織がどれ程の戦力を持っているか、テストのためゲロ」
竜に負けて全滅するならそれでもいいし、万が一、竜を引き連れて来れば、その竜を幻術で支配して自分の戦力を増強すればいい。
どっちにしてもジャズゴにとってはお得という、一石二鳥の行動ということか……。
そこまで計算ずくなんて、恐るべし幻惑の魔界将軍!
「ゲロゲロゲロ!どうだゲロ?自分で動いてるつもりで、踊っていた気分は!?」
得意気に笑うジャズゴに対し、自分達が踊らされていたと知ったモジャさん達は、がっくりと項垂れていた。
「なんて事だ……」
「俺達は一体、なんのために……」
まるで道化みたいな自分達に、心が折れかけ、今にも戦意を喪失してしまいそう。
「そうだゲロ。お前ら人間の、その絶望した顔が最高なんだゲロ」
心底嬉しそうに、邪悪な笑みでモジャさん達を眺めるジャズゴ。
確かに、あんたの作戦は上手く行ってるのかもしれないわよ……だけどねっ!
「しっかりしなさい!」
私は、大声で彼等を叱咤した!
「モジャさん達のやるべき事は、何も変わってないわ!『悪徳領主を凝らしめる』から、『黒幕の魔族を倒す』に変更になっただけでしょう!」
そう、倒す対象が変わっただけで、目的その物は最初から同じままだ。たとえやつに踊らされていたとしても、踊りっぱなしで諦める必要なんかないのよっ!
私の激励に、モジャさん達の瞳に輝きが戻り始める。
よーし、これはもう一押しね。
「それにぃ、領主よりもヤバい魔族を倒した方が、モテると思うんだよね」
この一言で、漢達に火が着いた!
「うおぉぉぉぉぉっ!!!!」
雄叫びをあげながら、モジャさん達は立ち上がる!
「そうだっ!より困難なミッションをクリアした時こそ、俺達のモテ期が来る!」
「女の抱き心地も知らずに、死んでたまるかぁ!」
「オラッ、来いよ蛙!ぶっ殺してやる!」
昂りすぎて殺気だった面々が、ジャズゴに向かって手招きをする。
あ、あれぇ……ちょっと興奮しすぎじゃない?
これでモテなかったら、ひょっとして私がヤバい……?
あー……うん。
でも、まぁ……たぶん褌一丁のおじさん達でも、魔族を倒せばモテるわよね……蓼食う虫も好きずきって言うし。
私が内心焦りながらも、自分を納得させていると、不意にジャズゴから漂う気配が濃度を増した!
「人間風情が……この俺様に、本気で勝てると思っているゲロか?」
臨戦態勢になったジャズゴから放たれる圧力に、まるで周囲の空気まで重くなったように感じる。
さすが、『魔界十将軍』は伊達じゃないということね。
迎撃体勢をとる私達に向かって、ゆらりとジャズゴが動こうとした瞬間、突然窓を破壊しながら、小柄な影が室内に飛び込んできた!
その影はくるくると回りながら私の前に着地すると、宝石のようにきらめく髪をふわりとなびかせて、愛らしい笑みを浮かべる。
「お姉さまの守護者にして愛の奴隷、ウェネニーヴ只今参上!ワタクシが来たからには、お姉さまには指一本、触れさせません!」
優雅にポーズを決めて、人化した毒竜ウェネニーヴは、魔族の将軍ジャズゴと正面から対峙した。