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逃走、盾役少女  作者: 善信
プロローグ
1/96

01 天使様が舞い降りた日

はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…………。

雨が降りしきる夕方の山の中を、私は息を切らしながら懸命に走っていた。

地上よりも早くに夜の帳が降りる山中はすでに薄暗く、雨も相まって視界はたいぶ効かなくなっている。

足元は濡れた土と罠のように顔を出している木の根などで走り辛い上、慌てている事もあって何度も転びそうになった。

正直なところ、もう座り込んで休んでしまいたい。

でも、ここで休む訳にはいかないのだ。

ちらりと後ろを振り返ると、闇の中から追っ手が姿を現しそうで、背筋が寒くなる。

せめて何処か身を隠せる場所が見つかるまで、頑張れ私!


自分を叱咤しながら走っていると、想いが天に通じたのか、近くの山肌に人が一人入れるくらいの洞穴があるのを発見できた。

私はこれ幸いと洞穴の中に入り、中の様子を伺ってみる。

洞穴は思ったよりも小さく、人が二人も入ればいっぱいになる程度の大きさしかない。

だけど……うん、どうやら野性動物やモンスターの巣ってわけでも無さそうね。

安心した私は、中に入ると念のために入り口付近に()を立て掛け(シャレではない)、簡単な偽装を施してから洞穴の一番奥まで進む。

そこでようやく、一息つくことができた。


はぁ、はぁ…………ふぅ……。

ゆっくりと呼吸して息を整えると、体がブルブルと震えてくる。

それは、体の奥から沸き上がってくる歓喜の震えだった!

本当なら大声で喜びの声を上げたい所だけど、なんとか耐えて嬉しさを噛み締める。

「やった……やったわ!やっとあのパーティから逃げられた!」

これくらいなら許されるであろう小声で現状を呟き、また込み上げてくる喜びを反芻した。

「くしゅん!」

それと同時に、くしゃみが飛び出す。


日も暮れ始めている山中で、びしょ濡れの服は急激に体温を奪う。

いつしか私の体は、歓喜ではなく寒さに震えていた。

「……とにかく、服を乾かして暖をとらなきゃ」

やるべき事を言葉にして、私は早速行動に移った。

私一人なら余裕があるとはいえ、狭い洞穴の中で火を炊く事はできないので、木の枝を組み合わせた簡易の物干しを作る。

私は濡れた服を脱ぐとそれを物干しに掛け、次いで魔法の鞄(マジック・バッグ)から保温性の高いマントと毛布を取り出して身を包む。

ふっふっふっ、なんでバッグに毛布なんか入れているのか、彼等に変な顔もされたけど、それは逃走成功(こういう)時のためだったのよ。


暖かい防寒具に身をくるむと、疲れと解放感のが一気に襲ってくる。

そのためか……いつの間にか意識は微睡み、私はゆっくりと眠りの沼の中に沈んでいった……。

そして、こんな時に見る夢は決まっているんだ……。


          ◆


それはいつものように私、エアルが両親の畑仕事を手伝っている時の事だった。

突然、雲の隙間から光が差し込んで、まるで舞台の演出みたいに私を照らす。

自然が織り成す束の間の奇跡に、これは今日良いことがあるかもしれないぞと良い気分を味わっていると、雲の合間に人影のような物が見えた。

何かの錯覚かと思い、よくよく目を凝らして見ると、なんだかそれが私の方に近付いて来ている。

え?何あれ?怖い!

ひょっとして、ハーピーとかの人型飛行系モンスター!?

身を隠す場所もない畑の真ん中で、手にした鍬を構えて迫る人影を警戒していた私だったけど、近付いてくるそれ(・・)が、モンスターの類いではないことに気がついた。


どこかから荘厳な音楽が聞こえて来そうなほど幻想的で、芸術家が筆を取らずにはいられないほど美しい……。

まさに神話なんかで語られる、天使の姿がそこにはあった。

『はじめまして、エアル。私の名はエイジェステリア』

よければエーちゃんと呼んでくださいと、天使様は気さくに笑いかけてきた。

いや、その愛称はどうなんだろう?

それに、なんで私の名前を知ってるの……?

『疑問に思うのも無理はありません。しかし、貴女は選ばれたのです……』

な、何に?

唐突な展開に言葉も無い私は、エーちゃんさんの次の句を待った。

『この世界に間もなく甦るであろう、邪神を倒すために召喚される異世界から来たる勇者……その仲間に、です!』

この世界に間もなく甦るであろう、邪神を倒すために召喚される異世界から来たる勇者の仲間!?

ちょっと、どういう事?

私なんて、ただの村娘なんですけど!?


『そうですよね……突然こんなことを言われたら混乱するのも当然です。ですが、貴女には世界を救う旅に出てもらわなければならないのです』

いやいやいや!無理でしょう、そんなの!

「そ、そういうのって、もっと強い騎士様や冒険者さんが行くものでしょ!?」

当然な私の疑問に、エーちゃんさんは首を横に振った。

『これは貴女でなければダメなのです』

私でなければって……ひょっとして、私には何か眠れる力でもあるというのかしら?

不謹慎かも知れないけれど、少しばかりワクワクしてきた私に、エーちゃんさんは私が選ばれた理由を口にした。


『顔です』

……ん?カオ?

『貴女の顔が、とっても私好みだったんですぅ!』

あー、要するに見た目がエーちゃんさん好みだったから選ばれたと……って、何よそれ!

そりゃ、確かに村の中では可愛いなんてよく言われるけど、所詮は狭い範囲での話だ。

もっと都会に行けば、私よりも綺麗な人なんて山ほどいるだろう。

『んー、そういうのじゃないんですよね。何て言うか、素朴な感じの娘が私のツボというか……』

「あなたの好みなんて聞いてません!」

これはいよいよ冗談じゃない。

私みたいな、はぐれゴブリンをやっとこ追い払える程度の娘が、訳のわからない基準で選ばれて邪神と戦えなんて、死ねと言われてるも同然だ。


『安心してちょうだい。もちろん、なにも手を打っていない訳ではないわ』

私の心の内を見透かしたように、エーちゃんさんが微笑む。

『貴女には勇者の仲間に相応しい、《神器》と《加護》を与えましょう』

《神器》に《加護》ときた!

たしか以前、村に立ち寄った冒険者さん達や、元冒険者のおじいちゃんから聞いた事がある。


《神器》とは文字通り神が作りし武具のことで、普通の魔法武具よりも遥かにすごい物らしい。

そして、《加護》とは神や天使から与えられる異能の力の事だ。

個人差はあるけど訓練すれば誰でも使える魔法とは違い、一種の後天的な才能として知られている。


どちらにしても、王族やすごい冒険者ですら手に入らないそれを、同時に貰えるなんて……。

我ながら、なんとも単純で即物的だとは思うけど、その時の私はかなり舞い上がっていた。

『では、これを貴女に!』

そう言ったエーちゃんさんの両手が光り、右手の光りは私の前に、左手の光りは私の頭に宿った。

『《神器》の《天堅の神盾》と、三つの《加護》を与えました。これより王都へと向かい、この世界に召喚されてくる勇者と共に、邪神を倒すのです!』

おおっ!ただでさえ珍しい《加護》が三つも!?

「すごい……これだけあれば、私でも邪神の軍勢に対抗できるかもしれません!」

つい興奮して大きな事を言ってしまったけれど、それに対してエーちゃんさんは、『うーん……』と首を傾げる。

『まぁ……これからいっぱい経験を積んで、修行をバリバリこなせば、戦えなくもないというか……』

わぁ、めちゃくちゃ歯切れが悪い。


「あの……ちなみに、邪神ってどのくらい強いんですか?」

念のため聞いてみると、エーちゃんさんは腕組みして考えたあげく、一つの例を出した。

『貴女が子犬だとすると、邪神は古龍くらいですかね』

死ぬわ!そんなの絶対に死ぬわっ!

古龍っていったら、神話に出てくる神に匹敵するモンスターじゃない!?

それに比べて、『神器』と『加護』もらっても子犬な私がどう対抗しろっていうのよ!

絶望のあまり頭を抱えて崩れ落ちる私に、エーちゃんさんが励ますようにポンポンと肩を叩く。


『まぁ、死んでしまっても貴女の魂は私が飼っ……保護してあげますから、そう気を落とさないでください』

……いま、「飼う」って言いかけた?

「あの……もしかして、好みの女の子の魂を侍らす為に、戦闘で死にそうな私を選んだ訳じゃないですよね?」

邪推なのはわかってる。でも、安心がほしいのよ。


しかし、そんな私の祈りとは裏腹に、いたずらでも見つかった子供みたいに、ペロリと舌を出して見せた。

こ、こいつっ!?

『まぁ、とにかく頑張って!そして、できれば時間をかけずに、天に召されてくれると嬉しいです』

そんな不吉な事を言わないでよ!

死地に送られる事になり、青くなった私を見下ろしながら、エイジェステリアは荘厳な雰囲気を醸しつつ、良い笑顔で空へと帰っていってしまった。

あ、あいつ本当は悪魔なんじゃないかしら……。

一人残された私は、渡された盾を呆然と眺めながら、立ち尽くす。

ああ……どうしよう……。

週に一、二回くらいの更新頻度となると思いますので、よろしくお願いします

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