教会兼孤児院
「ただいまー!ミーク!居るか!?」
「ただいま!ミーク姉さん!どこー?」
「あれ、レッドにコリン?何してたの?……お客さん?」
「アイリス!そう、この人達お客さんなんだ。孤児院の責任者であるミークと話がしたいんだって」
「わかった、ちょっと待ってて。兄さん達の看病してるはずだから呼んでくる。二人はお客さんを客間に案内して」
アイリスと呼ばれた金髪に紫の瞳の美少女は、そう言って奥へと走って行った。
「わかった!」
「お茶、まだあったっけ?」
「馬鹿コリン!茶葉は売って飯代にしただろ!水だけだ!」
そこでレッドは私達の方へ向き直り、
「割れてないコップは三つしか無い。残りは欠けてる。代わりに茶碗に水入れて持って来ても良いか?壊れて無くても茶碗は嫌か?」
と言った。
……そんな普通にそういう事言わないで欲しい。辛い。
「えーっと、うん、あの、飲み物も入れ物も持参してるからお気遣い無く。いやあの、本当にマジで」
「そうか、わかった。じゃあこっちに来てくれ。養子縁組希望者と話し合う時用の客間がこっちにあるから。他の部屋に比べたら綺麗だけど、ところどころ老朽化してるから歩く時は気をつけろよ」
「一箇所に体重を掛け過ぎると床が抜けちゃうから、体重を分散させるように歩いてください。あ、壁にもたれ掛かると壁が壊れるので気をつけてくださいね」
「忍者育成所か何かかここは」
鏡を見ずとも、私は自分の目が死んだのを察した。
通された客間のソファ……綿が極端に少なく、木に布を掛けただけの長椅子のようなソファに腰掛ける。硬い。ちなみにセレスは体重を分散云々の時点で歩くのを諦めたのか、タバサに抱きかかえられていた。タバサってバランス感覚優れてるんだね。
あ、現在進行形でセレスはタバサに抱えられてるよ。椅子が硬いからタバサの膝の上に座る事にしたらしい。男の膝もまあまあ硬いと思うんだけど、まあ良いか。
さて…………案内してくれたレッドとコリンが「ミーク呼んでくる!」と去ったところで、
「キッツ…………」
私は頭を抱えた。
「老朽化っつーか、風通し良さそうにも程があるよね?教会のお祈りスペースの壁がお外から丸見え状態だったんだけど。優しさか?教会の中に入らなくても神様の像が見えるから外からもお祈り可能ですよっていう優しさか何かか?」
「あ、あれ前に見に来た時は布で目隠しされてたんで、多分怪我人用に布を使ったか、薬代か何かの為に売ったんじゃないかと」
「辛い」
タバサの報告に心が折れそうだ。
見たくなくて無理矢理目を逸らしていた現実が私の柔らかい心を串刺しにしていくんですがどうしたら良いですか先生。じゃあ目隠ししたら良いんじゃないですかね。先生、その目隠しの布が無かったんですよ先生。じゃあもう目を抉ったら良いんじゃないですかね。先生エグイな!?
「……で、ちょっと質問」
どこの誰か知らん脳内の先生の言葉を振り払い、私は手を挙げた。
「とりあえず全員、見て感じた事を発表」
そう言うと、従魔全員が順番に口を開いて話し出した。
「外から見る限り広さはあるようですが、掃除が行き届いていませんね。拭き掃除なんかはしているのでしょうが、水気を取ったりはしていないようです。ところどころカビが生えているので」
「僕も報告、ここおかしいよ。教会ってのは普通治癒なんかを施す事が多いんだ。そして治癒ってのは光魔法。頻繁に光魔法を使用してたら光の魔力が教会の中にこびり付くはず。だからこそアンデッド系は教会を苦手とするんだしね。でも僕は平気。全然普通。って事はつまり光魔法の気配が無いって事で、教会としては異常」
「ご飯の匂い……しない、し、レッド…も、コリン…も、アイリス……も、痩せてた……」
「服も継ぎ接ぎだらけだったしな」
「匂いから考えて、服の替えも殆ど無いっぽいぞ。洗濯物の匂いがしない。一応服を洗ったりはしてるみたいだけどな。あと、匂いや音、感覚から察するに教会の庭は広い。庭の中には井戸もあるな。綺麗な水がたっぷりと沸いてる井戸だ。でも畑の匂いはしてなかったから……そこまでの余裕が無いのか?」
「…………ここから見る限りぃ、怪我人達は問題無さそうねぇ。ミーヤの考えのままでどうにかなるレベルよぉ。単純に怪我をして炎症を起こしてるだけで間違い無いみたぁい。あとは栄養失調ねぇ。これもご飯を食べさせれば治ると思うわぁ」
「私が考えてた内容より皆の察し能力の方が高くて凄い」
上からハニー、アレク、ラミィ、ハイド、コン、イース、私の順番である。
うーむむ……つまり総合すると、ここは服もご飯も修復も出来ないレベルで貧乏で、教会特有の光魔法の気配も無くて、畑を作る余裕すらも無さそうという………ゲームで言う所のハードモードか?太鼓でドコドンなアレの鬼モード的な感じなのか?イージーモードにしなさいよ初心者は!はいはいツッコミどころが違いますわねごめんあそばせ!
プチパニック状態の私を他所に、タバサはセレスを膝に乗せたままの状態で紙に何かを書き記していた。
「ミーヤの従魔、魔物とは思えねーくらい鋭いな。お陰で俺が思考する必要が無くなって俺超ラッキー。筆記に集中出来るってサイコー」
ふんふんと鼻歌を歌いながらそう言うタバサに私は、今までは自分で色々察して書き記してたのか……スペック高えな…。という思いを抱いた。だってほら、それスペック高く無いと無理じゃね?
すると、タバサの膝の上で手を顎に当てながらセレスはぶつぶつと呟き始めた。
「……従魔である皆様の視点から見ても明確におかしいとわかるくらいには異常…。この意見は貴重ですわ。魔物の意見など中々聞けるものではありませんもの」
そう呟いてから、セレスはバッと顔を上げて私の方へと体を寄せた。タバサの膝の上だったから一瞬グラ付いていたが、タバサがさり気なくフォローを入れてバランスを整えていた。そこまで含めていつもの事なのか、セレスは一切動じないまま、
「ミーヤ様、ミーヤ様はどう思いますか!?是非ミーヤ様のご意見もお願いいたします!」
と言った。
「え、えー……」
「いつもは私とタバサ、それと使用人くらいの意見しか聞けませんでしたから!タイプの違う方の意見程参考になるものはありませんわ!」
さっきの目隠しの布云々のアレじゃ駄目なの?駄目なのね、了解です。
何というか、セレスは知識に貪欲な性格なのかな?
「んーっと……貧乏過ぎておかしいな、って感じ?だってセレスのお家がお金を寄付してるんだよね?」
「そのはずです」
「ただまあ、途中で横領されてる可能性もあるけどな。そっちは今んトコ調査ちゅーってやつだ。だからもしこっちが被害者側でしかないなら、今の内に色々保護をって感じ?知らなかったとはいえ責任はこっち側にあるからさー」
「成る程」
確かにセレスのお父さんはシロでも、お父さんが寄付の仕事を任せた部下がクロだったら連帯責任を負わされる可能性があるもんね。あと色々と発覚したクロ野郎が子供達を人質にする可能性が無きにしも非ず。それなら今の内に色々と状況把握をしておきたい、と。オッケー、把握した。
「それで、ミーヤ様がおかしいと言ったのは?」
「え、いや、お金がちゃんと寄付されてるならこのボロボロ具合おかしいよねって。もし責任者の…ミークさん?その人がシロだった場合、孤児院側は完全に被害者で確定するんじゃないかなー……って」
「……それもそうですわ!もし本当にそうだったなら、貴族側を調べるだけで済むのでとても助かります!」
「孤児院側がクロだったら周辺の一般人も調べないとだから、確かに貴族だけの方が早く済むんすよねー。……丁度教会だし、そっちである事を祈っとこ」
そう言ってタバサは手を組んで祈りのポーズ。を、した瞬間。
「待たせて悪い!」
そう言ってレッドが客間に戻って来た。続いて、シスター服を着た女性が部屋に入ってくる。
「お待たせしてしまい、大変申し訳ありません。私がこの教会兼孤児院の責任者、ミークと申します」
ミークと名乗った彼女は、黄緑色の髪を首の後ろで太い一本の三つ編みにしていた。
……見る限り、裕福そうにはとても見えない。彼女自身も痩せているし、来ているシスター服は裾がボロボロ……というか、微妙に丈が短い。サイズも合ってないのか……。
ミークさんとレッドが向かいの椅子に座ったのを見て、私も自己紹介をする。
「始めまして、私は冒険者で魔物使いのミーヤです。それと……」
「俺はタバサで、こっちがセレスおじょーさまっす」
「始めまして」
タバサの言葉に続いて、セレスが頭を下げた。それを見たミークさんは慌てたように頭を下げ返す。……腰が低い人なのかね。
そして私はそのままイース達の紹介もしておく。数が多いので申し訳ないけどね。
「それで……何の御用なのでしょうか?養子の話というわけでは無さそうですが……」
ミークさんは、きょとりとした様子でそう言い首を傾げた。…ああ、うん、確かに異色の組み合わせだもんね。気になるよね。
「んーっと、とりあえずミークさんに色々とお話を窺いたいなーって感じですね。孤児院の状況とか、状態とか?あとはご飯と服ですね」
「……はい?」
「あっ」
私の言葉にミークさんは頭の上にハテナマークを浮かべ、レッドはヤベッという表情で肩を跳ねさせた。その動きで何かを察したらしいミークさんは穏やかそうな目を鋭く細め、レッドの首根っこを左手で力強く掴む。
「……孤児院の話をするのは、構いませんが………」
ミークさんは静かな声でそう言いつつ、冷や汗を掻き始めたレッドを猫を持つようにして宙ぶらりんにして、バタフライ並みに泳いでいるレッドの目をギロリと鋭い目で睨みつけた。
「……ご飯と服って、何?」
「ああいや、その、だな?俺はただあの変わった姉ちゃんから聞いた案を実践しようとしただけで!」
「で?」
「ひぃん……」
な、何か見覚えがある光景だ……。
レッドに昔の私の姿がこれ以上無くダブる。昔公園のジャングルジムの上で決めポーズを取る練習をして落ちそうになった私に対し、ガチおこ状態になったお姉ちゃんと同じ目なんだよね、今のミークさん。あの時のお姉ちゃんのドスの効いた「降りて来い」の声は忘れられん。
……ああ、これ、保護者が子供怒る時のやつなんだな。そりゃ私もビクッとなるわ。怒られ続けた人生でやんしたからねー。
ってこれやられてる側からすると結構トラウマになりそうなレベルで怖いんだよ!?えっと、えっと、報酬を提示したのは私だからここは乱入せねば!
「あ、あの、待って下さい!これはただの、えっと、対価でして!道案内とか責任者と話すとか、色々な質問に答えてもらう約束をしまして!その代金代わりに昼食と夕食をこっち負担、それと人数分の服を提供って契約をしたのでございますですよ!」
いまいち纏まっていないが、要点をどうにか繋ぎ合わせたから伝わるはず!
すると、ミークさんは信じられないものを見る目で硬直した。
「……ぇっ」
「あでっ!?」
声になっていない音がミークさんの口から漏れ出た。そして力が抜けたらしく、ミークさんの手から落ちらレッドはしりもちをついていた。ドンマイ。
……って、ミークさんが放心状態!?
「あ、あの、大丈夫ですか?」
「え、あ、は、はい」
明らかに動揺しているミークさんは何度か深呼吸をして精神を落ち着けたらしい。はー、と息を吐いて、
「あの、うちのレッドと一体どんな話を……?」
と、恐る恐る聞いてきた。
ちなみに床で座り込んでいるレッドは「しー!しー!」と必死の形相で訴えている。……お前、アレ勝手な独断でやったのか。そして怒られる自覚もあるのか。
うーむ、しかしどうしよう。こういうのは正直に答えたいという善の心が私には備わっているんだよね。だが同時にこういう時に真実を話されるとマジで怒られるので黙っていてもらえませんかという気持ちも充分理解出来る。何度も経験してるし。
やだなー、ダブルバインドじゃん。どう答えたものか……と悩んでいると、
「実はっすねー、最初にそちらのお子さんであるコリンって子が当たり屋をしてきたんすよ。ミーヤに。まあぶつかっただけだし、要求もしてこず失敗って感じではあったんですが、すぐにレッドに助けを求めてー」
タバサがあっさり全てをゲロった。しかも最初から、途中カットもせず、今の状況までをとても懇切丁寧にミークさんに語って聞かせた。言葉を挟む隙間が無い上手な語り方だった。
レッドは顔をブルーにしていた。私は嫌なフラッシュバックが起きてハニーを抱き締めていた。
数分で、話は終わった。
「で、俺ら元々ここに来る予定だったんで丁度良いやって感じで。そういう約束を取り付けて案内してもらったってわけっす。あ、約束はちゃんと守るんでご安心クダサイ」
「……そうだったんですね」
ミークさんはふわりと微笑み、
「私達の生活を知り、そのような形で救おうとしてくれるなんて……本当に、ありがとうございます」
と、私の手を握った。……え?
「ただ食べ物や服を渡すだけでは私達に借りを作らせてしまう……それを考え、先にレッド達に頼み事をし、報酬として渡すように考えてくれたのでしょう?何とお優しい……まるで神の使いのようです」
な、何か誤解されてる!?
まさかアレか!?タバサが交渉を私に一任してーとか話したからか!?その結果私がどうしたらその孤児院に得となるよう動けるか……って考えたって思い込んでらっしゃいますのかね!?
え、ヤダ私のミサンガが反応してないよ!?これが嘘で言ってたり害意を持って言ってたのなら反応するはずなのに!反応無し!つまりガチ!そしてイースがぷるぷる震えて笑いを堪えてるから私とミークさんの思考にめちゃくちゃ温度差がある予感を察知!何か思考が微妙にラップ調になってんだけど!?
「あの、違います。私の価値観が馬鹿だっただけなんです。そんな高尚な理由ちゃいますねん」
「まあ………!」
私の言葉にミークさんは驚いたように私から手を離し、口を手で覆い、
「そこで頷かず否定する精神!それこそ本当の高尚な精神です!」
と、感動したように祈りのポーズを取った。私の目は死んだ。イースの腹筋も死んだ。タバサの腹筋も死んだ。
「…………じゃあ、まずはご飯作る前にここについての色々を聞いても良いですかネー…」
「勿論です!」
ミークさんの元気なお返事が聞けて私は嬉しい。美人が元気な姿は良いよね。……うん、良い事なんだ。良い事だから腑に落として前へ進め私。大人は皆そうしてるから。
まあ、うん、とにかくスムーズに色々聞けそうで良い……って事にしておこう!うん!
「あ、レッドは後でコリンと一緒にお説教ですよ」
「うげっ」
そう思ってたら、真面目な声のトーンに戻ったミークさんによってレッドは逃げ道を潰されていた。ドンマイ。




