言われて見ると結構似てる
「おっと、俺の自己紹介を先にしないと駄目か。俺はメルヴィル!」
「魔物使いやってるEランク冒険者のミーヤです……」
メルヴィルと名乗った受付の男性にそう返すと、彼は手に持った花をずずいっと私に差し出してきた。しかし受け取りません。それ受付に飾られてた花ですよね。受け取りませんよ。
ノーセンキューです、と首と手を同時に横に振った。するとメルヴィルさんはしょんぼりとした表情で手に持った花を再び花瓶に戻した。……うん、受け取らなくて正解だった。受け取ってたら手がびしょ濡れるとこだったね。
「……ん?ミーヤ?ミーヤって君の名前だよね?」
「はい、そうですが」
メルヴィルさんの言葉に頷く。するとメルヴィルさんは頭を抱えて呻き声をあげた。
「うああぁぁぁ……聞き覚えがある…聞き覚えがあるぞ…!ここ、もう、ここまで来てる…!絶対に聞き覚えがある名前なんだ、ミーヤって名前!どっかで聞いて、めちゃくちゃ可愛いって聞いて、もし会う事が出来たら絶対口説こうって思ったのは覚えてるんだ……!」
「いや、私王都に来るの初めてなんで確実に気のせいじゃないっすかね」
どっかで会った事あるよね?って漫画ではよく見るテンプレなナンパ術だったけど、リアルでやられると困るもんなんだね。しかも軽めの口調じゃないせいでお困り度が倍率ドン。倍以上の時間が掛かるの覚悟でお姉さんの方に並ぶべきだったか?
「あ!!」
今からでも遅くないから違う受付行こうかな、と考えていたらメルヴィルさんは大きな声をあげた。ハッとしたように顔を上げ、私を見て言う。
「イルザーミラでチェルシーって受付嬢に可愛がられなかった!?」
「え、あ、お知り合いですか?」
「やっぱり!!」
メルヴィルさんは頭を抱えるのを止め、答えが出たスッキリ感に満ち溢れた笑顔になった。
笑顔のメルヴィルさんは、人差し指で自分を指差した。
「俺、チェルシーの双子の弟なんだよ!」
「ほわっつ!?」
え、いやそんな事いきなり言われても信じれるわけ……わけ、が…………薄茶色の髪とか、垂れ目とか、似てるな…?面食いも、似てる……な…?
そして極めつけはミサンガの反応だ。光ってない。イースは大して効果は変わって無いって言ってたから、前と同じく嘘には白い光、害意には赤い光、そして両方ならピンクの光を放つはず。つまりシロ。いや白い光じゃなくて、クロかシロかのシロね。どうやらメルヴィルさんはガチでチェルシーさんの双子の弟さんらしい。
動揺する私をよそに、メルヴィルさんはうんうんと納得したように頷いている。
「そっか、通りで聞き覚えがあるはずだ。チェルシーからの手紙にミーヤって名前が出てきてたからさ。めちゃくちゃ可愛いってべた褒めしてたから俺もミーヤの事が気になって気になって!まさか本当に出会う事が出来るなんて、俺達の出会いは運命だと思わない!?」
「あ、すみません運命ネタはもうされた事あるんで」
「マジかネタ被りは駄目だね。ミーヤ相手の時は運命ネタ封印しておこう」
私のツッコミにメルヴィルさんは真顔で頷いた。あ、この人やっぱりマジで口説いてるわけじゃ無いね。口説くのが持ちネタってだけっぽい。
ちなみに運命ネタを先にやったのはアレクだ。生前だから正確にはアレックスだけど。まあとにかく先にやられてるネタは駄目だよねって事。芸人がネタ被りは致命傷だ。芸人じゃないけど。
「えーっと……ごめん、で、何だっけ?依頼?」
「武道大会の一般部門にエントリー希望って話ですね」
前置きが終わったからか急に冷静になったメルヴィルさんに、私も冷静に返す。武道大会についてって最初に言った気がするのにすっ飛んじゃってるよこの人。ネタに命掛け過ぎじゃない?
私の言葉に、メルヴィルさんはああ、と頷いた。
「そうだったそうだった。じゃあギルドカード出してくれる?参加者として登録するから。あ、これ一回登録するとガッツリ登録されるから、後でキャンセルしようとしたらキャンセル料掛かるけど大丈夫?」
「大丈夫です。はいギルドカード」
「はーい。さっと翳してピピッと一瞬で登録かんりょ……え!?17歳!?」
「そうですよ!?」
「マジか、成人手前かと思ってた……はい、返すね」
慣れたとはいえ、そこまで驚かれる事かな……。
驚愕した表情で返されたギルドカードを私は無言で受け取って仕舞う。
「あ、それとこの紙にサインもお願い」
「これは?」
「同意書」
出された紙を見てみると、確かにその通りだった。武道大会に参加する人への同意書。
内容はシンプルで、万が一腕や足を無くしても自己責任でねって感じの内容だった。こっちもメディカルさんを用意するけど、どうしようも無かったら最悪命を落とす事もあるからマジで覚悟してねって感じの事も書かれている。
…………まあ、最悪棄権すれば大丈夫でしょ。万が一があっても私の称号が守ってくれる気がするし。主にラッキガールとか気楽人間とかの称号が。つか万が一がある前にイースが助けてくれるだろうから深く考えなくても良いか。良いや。じゃあサイン、っと。
さらさらりっと名前を書いてメルヴィルさんに同意書を渡す。
「はい、確かに。じゃあこれでエントリー出来たから、武道大会にはちゃんと出場してね。無断で欠席したらペナルティされるから」
「うわ、気をつけます」
「うんうん」
「それと」とメルヴィルさんは言う。
「武道大会は明後日だから、間違えないようにね」
「はい!」
私は力強く頷く。……と、それよりも先にやるべき事があったわ。
「あの、ところでもう一個良いですか?」
「え、何?俺の住所?好みのタイプ?ミーヤみたいに可愛くて髪が綺麗な子とか超好みだよ」
「そういうんじゃねえっす」
サムズアップでキラキラな笑顔を見せられても反応に困るわ。
「空いてる宿屋、ありますか?今日来たばっかでまだ宿が決まって無いんですよ」
「え、今?この人口密集地帯と化している今の王都でそれ聞く?」
メルヴィルさんは「んー…」と眉を顰めて困り顔をしつつ、近くの棚から本を取り出してパラパラパラッと捲る。
「宿の希望は?ご飯が美味いトコが良いとか、酒が出るトコが良いとか、風呂があるトコが良いとか」
「広い部屋だと嬉しいです。従魔が…」
えーと、イースと、ハニーと、ラミィと、コンと、アレクと、ハイドで………ひー、ふー、みー、よー、いつ、むー……。
「従魔が六人居るので」
「多くね?あ、いや魔物使いならそんなもんか?」
「さあ…他の魔物使いに会った事無いんでわからないですね」
ブラック魔物使いの噂を聞くくらいしか無い。
「それぞれ別の部屋は?可能?」
「出来れば同室で。従魔兼嫁ですし」
「マジか。あー、いや、チェルシーの手紙にそんな事書かれてたような……了解、ちょっと待ってね」
小さく唸りつつ、メルヴィルさんはページを捲る。
最初はナンパ野郎、次の印象はナンパが持ちネタの芸人って感じだったけど、こうやって仕事してる姿は普通の職員だな。……ナンパ野郎から芸人に印象チェンジって中々無いよね。
「あ、あった」
メルヴィルさんは本を私の方に向け、開いたページを指差した。
「ここ。この宿屋ならまだ空いてたはず。ただし飯は出ないし酒も無いし風呂も無い。部屋があるだけの宿。その代わり部屋の数はあるし広さもあるから良いと思う」
「あと悪いけど、今空いてる宿屋ではここ以外に大きめの部屋空いてるトコ無いから。広い部屋を取るかその他を取るかの二択だよ」とメルヴィルさんは続けた。
…………うーん、ご飯とかは外に…空いてはいないだろうけど食べに行けば良いかな。何だったらイースがアイテム袋に入れてる食べ物食べれば良いし。お風呂も魔法使えば大丈夫だし……問題は無いね。
「じゃあここでお願いします」
「了解!」
メルヴィルさんはニッと笑った。
「宿屋にはこっちから連絡入れとくね。ミーヤの特徴教えておくから、宿の主人に名乗れば部屋教えてもらえると思う。主人は宿に入ってすぐに見える受付に座ってるはずだから」
「それと」とメルヴィルさんは悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
「チェルシーからの情報じゃ、ミーヤって結構強いんだよね?それってトーナメントまで勝ち残れる自信あるレベル?」
…………うーん、
「多分、行けると思います」
「従魔無しで?」
「従魔無しで。勝ち進むのは無理だと思いますけど、トーナメントに参加は出来ると思います」
メルヴィルさんの問いに、私は正直に答えた。鞭さん持ってるし、魔法もあるからね。一回戦で負ける可能性はエベレストよりも高いけど、トーナメントに参加するだけなら出来るはずだ。多分。
すると、メルヴィルさんは満足そうに頷いた。
「了解、そんじゃ宿屋の主人には明後日までって言っておくな」
「え?」
「参加賞、ゲットするんだろ?」
笑顔で言われた言葉に、成る程と私は頷いた。確かに参加賞ゲットしたら宿屋移動するもんね。
あとメルヴィルさんやっぱ良い人だわ。流石チェルシーさんと血が繋がってるだけはある。出会ったばかりの小娘の虚言だと断定せず、トーナメントまで勝ち進むって信じてくれてる。こういう風に信じてもらえるのは嬉しいね。
私は笑顔で答える。
「お願いします」
「はいよ、了解。宿屋の場所はその本に……ああ、いや、今メモ書くからちょっと待って」
メルヴィルさんはペンを持ち、受付に置いてあるメモにさらさらっと宿屋の場所を書く。そしてメモを一枚破り、書いた紙を私に渡してくれた。
……あ、これ地図だ。簡易的だけど地図書いてくれたんだ。住所も書いてあるけど、目立つお店とかの特徴も一緒に書いてくれてるからめちゃくちゃわかりやすい。
「ありがとうございます」
「いーえ。またギルドに来た時に俺が受付やってたら俺の列に並んでね♪」
「はーい」
返事を返し、軽く手を振って受付から皆の元へと戻る。
「エントリーも宿の予約も出来たみたいねぇ」
「うん」
流石イース。距離があっても全部把握済み。
「ならぁ……そうねぇ、宿探しに時間を使う必要も無いしぃ、軽く王都を見て回るぅ?屋台もいっぱい出てたしねぇ」
パチンとウインクしたイースの言葉に、私はテンションが上がるのを感じた。良いね!祭りだね!祭りと屋台は最高だよね!花見シーズンの、あの、サツマイモを素揚げして砂糖まぶしたアレ好きだった!あるかな!?
「それは流石に無いと思うわぁ」
無いのか。
「でも良い案だね!皆はどう?」
「あ、すぐにでも休みたいなら宿屋に直行コースでも良いよ。日にちあるし」と付け足してそう聞くと、
「先程見た時、フルーツの屋台があったのでちょっと気になってたんです」
ハニーはわくわくした様子でそう言い、
「………卵、の、串揚げ……あった…」
ラミィは涎を手の甲で拭いながらそう言い、
「肉も売ってたよな」
コンは尻尾を振りつつそわそわを隠せない様子でそう言い、
「僕はとにかく色々見て回りたいかな!」
アレクは死んでいるはずなのに生き生きした表情でそう言い、
「フルーツを風魔法でどろどろの状態にした飲み物を売っている屋台があった。我はあそこが良い」
ハイドは外をチラチラ見ながらそう言った。
……全員テンション高めだね!良いね!
「じゃあ、宿屋に行く前に軽く観光コースねぇ。ご飯が出ない宿屋らしいからぁ、気に入った屋台があったら沢山買っても良いわよぉ」
くすくすと笑いながら、イースはそう言った。あ、そういや宿屋戻ってもご飯無いんだったね。なら晩御飯とかも済ませるつもりで観光しちゃおう!
「じゃ、観光にしゅっぱぁーつ!」
そして私達はギルドから出て屋台を巡りまくり、途中で酒を飲んだせいでうっかり真夜中になるまで出歩いていた。宿屋の主人には遅いと怒られた。ごめんなさい。




