戦利品としてお前を寄越せ
「……てな感じのやり取りをその後二回くらいして、もう叫ぶの疲れたし普通に喋ろうよってなって世間話してました」
「従魔用テレパシーで報告しようとは思わなかったのぉ?」
「いや、その、そういや命の危険だったって事ド忘れしてて」
「毒を盛られながら命の危険だって事を忘れるって何ぃ?」
「あだだだだだだだごめんってばイース!心配掛けさせて申し訳ない!だからタイツ越しに足ツボマッサージはご勘弁くだぁったったーーーーーいっっ!!」
五分後、私は屍になっていた。
う、うう……十分間の足ツボマッサージ地獄…。でも心配掛けさせたお仕置きとしてはかなり良心的だから文句言えない。百パーセント私が悪いし。
「大丈夫でしたか?ミーヤ様。はい、ブーツです」
「ありがとハニー…」
ハニーから渡されたブーツを履き直す。歩き疲れていた足の疲れが取れたような、でもまだ痛いような感覚が足に存在している。ここで痛いだけじゃなくて私の回復も兼ねてるお仕置きをするのがイースの優しいトコなんだよね。痛いは痛いけど。
「とにかくぅ、ミーヤも無事だったし帰るわよぉ。あの男にミーヤが身代わりとして生け贄にされたって聞いたベルにもぉ、ミーヤは無事だったって報告した方が良いでしょうしねぇ」
「えっ、聞いちゃったの?」
ベルさんSAN値ピンチっぽかったのにいきなりそんな事聞いて大丈夫だった?ショックで気絶してない?
「ベルは一部始終を得意げに話したあの男の股間を潰す勢いで膝蹴り食らわせてたわよぉ」
「わあベルさん強い」
張り詰めていた糸がプッツンしちゃったんだろうか。
うーん、でも心配かけたのは事実だろうしさっさと戻らないとだね。
『おい』
「はい?」
蜘蛛の声がしたから振り返ると、目の前に蜘蛛の顔があった。……慣れたけど一瞬ビビるね、コレ。
『どこかに行くのか?』
「ああ、はい、村に戻って無事だったよって報告をしに」
ベルさんがうっかり気に病んで自殺したら嫌だし。いや、うん、ストーカー男の股間に膝蹴り食らわせるなら逞しく生きていける気もするけどね。
『どれくらいでここに戻ってくる?』
……どう答えたものか。
正直言ってもうここに来る必要は無い…というか元々来る気は無かったんだよね。でも蜘蛛の身の上話を聞いた後で一匹寂しくここに放置していくのもなー…。村の人に全部を話してもちゃんと理解してくれるかわからないし。
うーん、と返答に困っていると、イースが一歩前に出た。
「もう戻らないわよぉ?この村はさっさと出る予定だったしねぇ」
『…………何だと?』
ザンッ!と、私とイースの間に蜘蛛の足が私達を離れさせようとするかのように刺さった。尻の方からしゅるしゅると糸を出しながら、蜘蛛は低い声で言う。
『それは許さん』
何故じゃ。
「えーと…蜘蛛さん?許さんとはどういった感じで……」
控えめに挙手してそう問うと、蜘蛛は答えた。
『ミーヤは我への生け贄として捧げられた。つまりミーヤは既に我のモノだ。やらん。誰にもやらん。久しぶりにちゃんとした話し相手を手に入れたんだ。我相手に普通に話せる存在なんだ』
蜘蛛はしゅるしゅると出した糸で再び出入り口を封鎖した。
『我のモノだ。ミーヤは我のモノだ。我のモノになったんだ。我のモノが我を捨てて良いはずが無いだろう?安心しろ、幸いにもこの山の中には魔物が住んでいるから食い物には困らない。水もある。必要な物資があれば村人に調達させれば良い。適当に宝石でもくれてやれば喜んで持って来るだろう』
「あ、あれれー……村人の誤解を解きたいんじゃなかったっすかねー…」
『ああ、それはもう良い。我にはミーヤが居るからな』
引き攣った顔で私はそう言ったが、蜘蛛は優しく微笑んでいるかのような声でそう返した。ちゃうねん。そういう返答が欲しかったんとちゃうねん。
しゅる、と伸びてきた糸が私の手首に巻きつく。最初に手首を締め上げられた時とは違い、軽く手首を掴むくらいの力だ。
『だから、我を置いて行くなんて許さない』
コイツ面倒臭え!ってかヤンデレか!?アレクが可愛く見えるレベルで病んでるぞコイツ!闇毒スパイダーの闇はヤンデレの病みってか!?ヤンデレ村かこの村は!特産品はヤンデレですか!?
「許す許さないなんて知らないわぁ。ミーヤは私達の旦那様なのよぉ?ぽっと出の癖に図々しいわねぇ…」
寒気を覚える声でイースがそう言った瞬間に私の手首に巻かれていた糸が燃え、跡形も無く消えた。痛みも熱さもまったく感じなかったのが逆に怖かったとだけお伝えします。現場からは以上です。
というかイースと蜘蛛がガチの睨み合いを始めてるんですが。心象風景がブリザードだよ。まるで嫁と浮気相手がキャットファイト五秒前みたいな空気。いや、私浮気はしてないけどね。
言い合いを始めた二人からすすすと距離を取り、私はこそっと皆に問いかける。
「これ、どうしたら良いと思う?」
「放置していたらイース様によってあの蜘蛛は殺されるのではないでしょうか」
「…でも、あの蜘蛛……を、どうにかしない、と……帰れない……」
「俺らも、まあ、ミーヤを独り占め宣言しやがったあの蜘蛛は気に食わねえし…」
「要するにあの蜘蛛が死んでも良いならこのまま放置、それが駄目ならミーヤがアクション起こすしか無いんじゃないかなーって感じ?僕達はアレを助ける理由が無いわけだし」
上からハニー、ラミィ、コン、アレクの順番でそう返された。だよね、やっぱりそうなるよね……。
イースと蜘蛛の間に火花が散ってるし、そろそろ間に入らないと本気でやばそう。イースが負けるはずないってのはわかってるけど、だからこそ蜘蛛を見殺しにするのもちょっと…って感じ。色々と話した相手が目の前で嫁によって殺されるのはね、ちょっとね。
うーん………でもこう……正直言って、蜘蛛が私の従魔になっちゃえば話が纏まる気はするんだけど……。蜘蛛のね、主張がね、問題だよね。
蜘蛛の主張、「一人寂しい」「一緒に居て」「独占したい」だから。
最初と真ん中の要求は従魔に出来たらクリア出来るんだけど、最後が問題。他にも愛する従魔がいるから独占されるわけにはいかないんだよね。従魔全員に独占されるなら全然オッケーだけど、従魔の中で独占する子が出ちゃうのは問題だ。うちの子は甘えたがり多いし。
何よりもまず蜘蛛がね…私の事を生け贄認識してるのが一番の問題かもしれない。そのせいで蜘蛛の中では蜘蛛が上で私が下っていう上下関係が出来ちゃってる。だからこその許さん発言だろうし。
どうにかそこの意識を変えるなり消すなり覆すなりしないと説得出来そうにないな…。そもそも話したところで蜘蛛が私の従魔になる気無かったらそれまでだけど。
ええい!考えたってどうせ答えは出ん!何故なら私はポンコツだから!後は野となれ山となれって考えながら後悔しないように行動すりゃ結果はきっと付いてくるよそうきっと!頑張れよ私のハッピールートメイカーとかその他色々!
私は両手を合わせて強く叩き、パァンッという音を空洞内に響かせた。おおう、思ったより響いたね。でも二人の意識がこっちに逸れたからオッケーでやんす。
「イース、選手交代」
「……………そうねぇ、ミーヤがそう考えるなら大人しく下がる事にするわぁ」
私の考えを読み、溜め息を吐いて蜘蛛に背を向けこっちに歩いてきたイースとハイタッチ。擦れ違いざまに耳元で「もし駄目だったらすぐにアレを仕留めるわぁ。ミーヤに害が無い内にねぇ」と囁かれた。こ、これは頑張らないとアウトなフラグ……。
私は蜘蛛に近付く。
『…ミーヤ、お前は我とずっと一緒に居るよな?』
「それに答える前に提案があります」
ピッ、と人差し指を立ててそう言うと、蜘蛛は小さく……私から見ると大きい動きで頷き、『言ってみろ』と言った。私は蜘蛛に右手を差し伸べる。
「私は魔物使いなんだ。もし貴方が私の従魔になってくれるのであれば、一緒に居る事が出来る。どう?」
もうちょっと心をドキドキワクワクさせる口説き文句を思い付ければ良かったんだけど、生憎と私の頭はそんな高レベルなアプリはダウンロード不可能だった。スペックが低いんだよ私は。歯が浮くような台詞は脳内辞書に登録されていなかった。結果残念過ぎる口説き文句になってしまったのが残念無念である。
蜘蛛は少しの間を置くことすらせず、私の言葉に即答した。
『何故我がミーヤの従魔にならなきゃいけないんだ?ミーヤは我への生け贄だろう?ミーヤは大人しく、我の言うとおりに従っていれば良い。そうすれば、ずっとずっと一緒に居られるんだからな』
うーむ、やっぱり無理か。こういうヤンデレ系に会話は通じない。知ってた。
アレクみたいに愛が前面に押し出されてる感じならこっちの話も聞いてくれるんだけど、こういう自分の事しか考えてないタイプはこっちの話を聞く気が無いから面倒なんだよね。愛よりも自分可愛さが強いってイメージだ。
こういうタイプは自分に酔ってる状態、もしくは夢見がちって感じだから一発強い衝撃を与えるのが一番なんだよね。ハッピーなりバッドなり、何らかの衝撃を。ちなみにハッピーの場合は結構まともになるから会話が可能になり、バッドの場合は自分の記憶を改竄とかしてもっとヤバくなる事があるらしい。お姉ちゃんがヤンデレについて語ってた時にそんな事を言ってた気がする。
だからまあ、私はハッピールートメイカーに全部を託すぜ。頑張ってハッピーなルートに繋げてくれや。私の選択肢バグってるけどね!
「じゃあ、ジャンケンをしよう」
『…………は?』
私の言葉に蜘蛛は絶句した。背後でイース以外の皆も首を傾げてるのがサーチでわかる。うん、だろうね。作戦通りです。不意を撃つのが作戦だったんで。
さあこっからは勢いで行くよ!もう!このままだとこの蜘蛛がイースに始末されるコースしかないからね!そんなバッドエンドコース確定して堪るかってんだい!だからこの蜘蛛を背負っていく覚悟を決める!ヤンデレモード入る前は普通に話せたからきっと大丈夫!
っつーかあの身の上話を聞いたうえであっさりさよならできるかいってーの!
「あ、もしかしてジャンケン知らない?グー、チョキ、パーで勝敗を決めるやつなんだけど」
『いや、それは知っているが』
「なら良かった」
うん、いきなりのジャンケン発言に混乱してるね?脳内に響く声に困惑が混ざっているのを感じる。ならばここで一気に畳み掛けるぜよ!
「というわけでジャンケンです。君はグーとかチョキとかパーとか作れ無さそうなんで口頭で言う形で行こう。最初はグー!ジャンケン○○ー!って感じで。おーけい?」
『待て、何も良く無い。一体何の話をしてるんだ?』
まったくだよね。全力で同意見だよ。端から見てたら私がヤケになったのではと思われそうな言動だ。
でも!私には勢いしかないから仕方ない!どうせ細かく作戦考えたってちょっとでも予定と逸れたら一発アウトなんだよ私みたいなタイプは!脳の容量がアレでソレだから!ならば天に任せるのみなり!頼むぜ神様!
私は蜘蛛の目を…八つあるのにどれを見れば良いんだ。とりあえず下の中央二つの目を見つめよう。私は蜘蛛の目を見つめながら言う。
「で、私はパーを出すから君はグーを出すように」
『は?』
『ふざけているのか?』と蜘蛛が言った。
『我に負けろと?』
「うん、そう言ってる」
『我が違う手を出すとは?』
「君が本当に私と一緒に居たいなら、グーを出す以外選択肢は無いよ」
選択肢は無いっていうか、蜘蛛の生きる道が無いというか……。頼むからグーを出してくれ蜘蛛よ。私はパーを出すから。そして私に負けてくれ。
「はぁい!じゃあ始めるぞい!さぁいしょはグー!ジャンケン」
『………!』
いきなりの私の言葉、そして始まった勝負。思ったとおり蜘蛛は負けず嫌いな性格なのか、咄嗟に反応してしまったらしい。よし、同じ土俵に上がったね?
私達は同時に叫ぶ。
「パー!」
『グー!』
私が言った通り、私はパーを出した。そして蜘蛛はグーを出した。
どうやら時間が無い事に焦ったのと、さっきの私の言葉で動揺しちゃったみたいだね?まあその辺も作戦の内っすけどね!あー良かったグー出してくれて!
「私の勝ちだ」
ニッと笑ってVサイン。チョキじゃないよ、Vサインだよ。すると脳内でハァ、という溜め息が聞こえた。蜘蛛は少しテンションが下がった声で言う。
『……それで?これに何の意味があったんだ?言っておくが、この勝負の勝者の言う事を聞くなんてルールが事前に説明されてない以上我がミーヤの従魔になる事は無いぞ』
「うん、まあそうだね」
というかそれだと蜘蛛側に不満があり過ぎる結果になるからしないよ。これは私生け贄ちゃいまっせという主張をしたいが為のジャンケン勝負だ。
「でも、勝ったのは私だよね」
『……それは、そうだな』
「つまり勝者私。生け贄である私が捧げられるべき主に勝った以上、この私は生け贄では無いという事」
『は!?』
あとはまあ、
「それとも何?君は自分にどんな手法であれどんな勝負であれ勝利を収めた相手を格下である生け贄だと言い続ける事が出来るのかい?生け贄に負けた程度の存在になって、良いの?」
ちょいと有利な位置に立ちたいな、ってね。
『………………っ!!』
さっきから話してて思ったけど、この蜘蛛は格付けチェックをしてるっぽいんだよね。そして蜘蛛からすると生け贄として捧げられた私は格下。私の従魔も格下の格下扱いなんだと思う。だから上から目線で話を聞く気が無い。
ならばどうする?簡単だ。
要するに、無理矢理にでも勝利しちゃえば同等かそれ以上だって認めざるを得ないって事。プライドが高い奴は自分より下の存在に負ける事が許せない奴が多い。けれど勝敗の結果は事実。そういう時は、格下扱いを撤回する以外に無いよね?って事だっぺ!
……我ながらよく頑張ってこんな作戦立てたな。読み違えてたらアウトだったわ。蜘蛛の命が。
でもまあ蜘蛛は悔しそうに顔を逸らしたから、多分これで私を生け贄扱いするのは止めてくれるんじゃないかな?多分だけど。
「……私は生け贄じゃないって事でオッケーだよね?」
『………………ああ、その通り、だな……』
苦虫を噛み潰したような、絞り出すような声が脳内に響いた。今のやり取りでプライドとメンタルにまあまあダメージが入ったらしい。
よっしゃプライド高い奴は最初に対等にならないと会話通じないからって言ってたお姉ちゃんの助言は正しかった!お姉ちゃんからこの助言貰ったのは乙女ゲープレイしてる時だったけどまあ良いって事にしておこう!深く考えるなよ私!
『……ミーヤ』
腹の底から引きずり出したような声が脳内に響く。
『ミーヤは、我を置いて行くのか?』
寂しいような、悲しいような、怒っているような、苦しいような、そんな感情が入り混じっているような声。そんな蜘蛛に、私は、
「それより先に賞品の話をしようじゃないか」
にっこり笑ってそう返した。
『…賞品?』
「そう、ジャンケン勝負の賞品。ジャンケンとはいえ勝負は勝負。当然勝った方に戦利品が与えられるはずだよね?」
私は再び、右手を蜘蛛に差し伸べる。
「勝者の私は、戦利品として君を望む」
この言い方はあまりしたくないんだけど……まあ、この蜘蛛ちょっと頭が固いみたいだったしね。
「私が勝った以上、戦利品として君は私の所有物になる」
あー、そういえば他の皆に許可取ってない気がするけど…私がイースと蜘蛛の間に入った時点で大体わかってるだろう。多分。
「ね、私の従魔になってよ」
私がそう言い切って息を吐くと、頭の中に蜘蛛の声が響いた。
『……待遇は』
「私はホワイト魔物使いを目指してるからね。人里で暴れたりしなきゃ基本は好きにしててくれて構わないよ」
『……置いていったり、しないか』
「誰が大事な従魔を置いて行くか。言っておくけど今の私は従魔を手放す気皆無だからね。前は本人が私から離れたがったら契約を解除しようって思ってたけど最近はそんなつもり無いから。そう簡単に私以外に目移り出来ると思うなよ」
…言っておいてなんだけど、我ながら愛が重いな。
いや、うん、旦那としてね?旦那としてそう簡単に目移りされたくは無いんだよ。だから頑張りますって事でありんす。私だってそう簡単に離婚出来る程甘い気持ちで皆と向き合ってるわけじゃねーのだわ。
『……………ミーヤ、は』
「ん?」
蜘蛛はしゅるりと細い糸を伸ばし、その糸を私の小指に絡めた。
『…ミーヤは、我の事も、愛してくれるか?』
…………成る程、わかってはいたけどこれで確信した。この蜘蛛、寂しがりやのレベルが高すぎるんだ。
多分幼い時に闇毒スパイダーになって巨大化、直後蜘蛛嫌い勇者によって山に封印、その後は一時期楽しい期間もあったけどすぐに悪評広がりんぐで誤解パレード。そのせいで色々と拗らせちゃったんだろう。一時期だけ楽しい期間があったのもそれを助長させてる気がするよね。
さて、返答だ。
最初はデカ過ぎる蜘蛛にドン引きだったけど、普通に話せる相手だとわかってからはその嫌悪感もかなーり消えた。そして今私の目に映ってるのは化け物みたいな蜘蛛じゃなくて、ただの寂しがりやだった。
つまり、
「愛するに決まってんだろ。魔物使いの主による従魔への愛を舐めんなよ」
そう言って私はニッと笑い、小指に絡められた糸を握り締めた。
「で?私の従魔になる気はあるかね?」
『………ああ、あるとも』
蜘蛛の前足がゆっくりと私に近付き、ツルリとした足の表面で私の頬に軽く触れた。…これは、擦り寄ってるようなものなんだろうか。
『ミーヤ』
蜘蛛は言う。
『我の主になってくれ』
私は目の前にある蜘蛛の足に触れ、答える。
「任せとけ」
8メートル級の蜘蛛、背負ってみせるさ。
謎のイケメンモード。




