私は宿が欲しかっただけなんだ
「……イース、ここがコブジトゥって村?」
「そうよぉ」
「おおう……」
あれから二日経ったお昼前の時間帯。私達はコブジトゥに到着した……ん、だけど。
廃れてる……とても廃れている……。殆どのお家が隙間風酷そう…。
村って言ったらコンの住んでたコルヴィネッラも村だったけど、ここよりはもうちょっと裕福な感じだった。ゴドウィンさんは金に困ってる感じの事言ってたけど、あれで結構上手くやってたんだろうな…って感じ。
いや、うん、周りが山に囲まれてて植物が育ち難いのかなって感じの光景なんだよね。全体的に砂っぽいというか石っぽいというか。端的に言うとこのコブジトゥ、見た目からしてめっちゃ廃れてるっぽい。
歩いている村の人だと思われる人達はこっちを見たりもせず、疲れたように下を向いて早歩きだ。日本のサラリーマンを思い出す。
「……ねえ、この村って宝石の鉱山があるんだよね?」
「あるわよぉ」
「でも、今は色々と問題があって掘れないのよねぇ」と、人里だからか女性の姿になったイースが溜め息混じりにそう言った。
一体どんな問題が……アレクが言ってたここ数百年のどうのこうのってそれなのかな?
「イース様」
先頭に立ち、迷いなく村の中を進んでいくイースにハニーは声を掛けた。
「なぁにぃ?」
「この村に一泊と仰っていましたが、宿屋はあるのでしょうか?見る限り無さそうですが…」
「だよね」
ハニーの言葉に私も頷く。この村、他所の人が立ち寄ったりしなさそうなんだよね。ゆえに宿屋も無いんじゃないかって気がする。仮に宿屋があったとしても部屋が狭かったらアウトだしね。うちの子達結構幅取るから広さが必要なんですよ。
すると、イースは少し歩いた先にある他の家より大きい家を指差した。
「あれが村長の家よぉ。確かにこの村に宿屋は無いけどぉ、基本的に宿屋が無い村の場合は村長の家に泊まれるはずよぉ。他に良い家があるならそっちに泊まる事もあるけどぉ、基本は村長の家が宿屋代わりになるから覚えておいてねぇ」
「あ、それと基本宿泊だけで食事は自分で負担するのが決まりだからね」
「了解でっす」
イースとアレクの言葉にビシッと敬礼して頷く。
成る程、そういう感じなんだね。コルヴィネッラではガルガさんとコンの家に泊まったからその辺は初めて知った。冒険者の暗黙のルールはこうやって教えてもらわないとわからないから助かる。
とりあえず、イースが指差した村長の家まで歩いて扉をノック。
…近くで見ると、この家も隙間風が吹きそうな雰囲気だな。せめて補修したらどうなんだろうって感じの家だ。大きいからこそ勿体無い。
そんな事を考えながら少しの間待っていると、目の前の扉がゆっくりと開いた。
………セールスマンを警戒する人のように、ほんの少しだけ。
「…どちら様ですか?」
扉の隙間からは目元しか見えないが、声からして多分女性だと思われる。え、何?何でそんなに警戒されてるの?悪質なセールスマンでもこの周辺に出るの?
よくわからないけど、もしかしたら冒険者があまり立ち寄ったりしないから外の人って事で警戒されてるのかな?
「えっと、私は冒険者で魔物使いのミーヤです。それと従魔が五人程。ここが村長さんのお家だと思って、一晩泊めてくれませんかっていうお願いに来たんですが……」
「無理そうですか?」と続ける前に、私の言葉は遮られた。
「救いはあった!!!」
「ヴェッフ!?」
扉を勢い良く開いて私を抱き締めたお姉さんによって。
ってか何!?今の一瞬に何が起きた!?何故私はお姉さんの顔を見るより先にお姉さんの胸に顔を埋めているのかな!?自分でも何でこうなったのか意味がわからないよ!あ、でも小さいながらも大福のようなもちっと感のあるおっぱいだ。
ぎゅうぎゅうと抱き締められながらもとりあえずお姉さんのささやかなおっぱいの感触を堪能していたが、これじゃあどういう事かがよくわからない。一体何故私は抱き締められているのか。
一先ず落ち着かせて、誰かと人違いとかしてませんかって聞かないとなと思いお姉さんの背中を軽く叩いて離してくれと伝えると、お姉さんは「あ、ごめんなさい」と言って離れてくれた。あー良かったあっさり離してくれて。いきなりのハグはちょっとビビったよね。
改めてお姉さんと向き合うと、ここで初めてお姉さんの顔がちゃんと見えた。胸まである薄いピンクのゆるふわ髪を下ろしている美女だった。前髪が編み込まれていて雰囲気がとてもガーリーで可愛らしいお姉さんだ。
「で、えっと、あの、さっきのは誰かと間違えた結果とか…?」
まずはこれを聞いておこうと恐る恐る問いかけると、お姉さんは申し訳無さそうに頭を下げた。
「ごめんなさい、そういうわけじゃなくて……その、冒険者に依頼したい事があったから……つい」
「ああ、そういう」
つまり冒険者に依頼したい事があるタイミングで冒険者が来たから感極まりすぎてのハグだったと。ボディランゲージが激しいタイプの方なんだろうか、この人。
「宿泊に関しては勿論歓迎します。どうぞ中へ。……色々と相談したい事もあるから」
「あ、はい」
お姉さんの案内で私達は村長の家へとお邪魔した。
まずは客間に通され、お茶とお茶菓子を出してもらった。あ、このお茶薄いな。金銭的に貧困しているのがわかっちゃって気まずいぞ、コレ。
自己紹介なんかを済ませてわかった事は、お姉さんはこの村の村長さんの娘さんという事。通りで村長にしては若いなと思ったよ。お姉さんの名前はベルと言うらしい。
…お姉さんの依頼、聞くべきだよね。イース曰く、ギルドを通していない依頼は口約束に近いから受ける義務は無いとの事だったけど、一応話を聞くだけは聞いておこうと思う。無理な時は無理って言おう。
「それで、ベルさんの依頼って?」
「……ストーカーに、困ってて」
おおっといきなり無理そうな依頼です!どうしますかミーヤ選手!いかん、つい想定外の話をされたせいで私の脳内に見知らぬ実況だか解説だかが出現してしまった。お呼びじゃないんで帰れ。
で、えっと?ストーカー?ストーカー問題?異世界でもストーカー問題あるの?マジかよ…。
でも最初のベルさんの反応を見ると納得出来ちゃうのが悲しい。あの警戒はストーカーを警戒してだったのね。インターホンやカメラが無い異世界だと出ないといけないから辛いね、あれ。
そんな事を頭の端っこで考えながら、私はどう返事をしたものかとメインの思考で考えていた。いや、これ受ける受けない以前の問題というか…こっちのストーカーに対しての対応の仕方がわからないっていうか。日本だと証拠が必要……だよね?多分そうだった気がする。でもこっちだとどうなんだろう。証拠があっても駄目だったりするのかな。
ストーカー問題に関して考えて返事を忘れていると、ベルさんは酷く落ち込んだ様子で言う。
「…わかってるわ、どうしようも無い事だって」
うん、どうしようも無いというか……ストーカーをぶん殴って終わるならどうにか出来ると思うけどそうじゃないから問題なんだよね…。
「でも、本当にアイツのせいで辛くて…!外に出ると必ず声を掛けてくるのが不愉快だしウザいし怖いし気持ち悪いしで外に出れないし!外に出れないから王都かイルザーミラのギルドにストーカーをどうにかしてくださいって依頼も出せないし!そもそも人間関係に関しては冒険者は中々助けてくれないし……!」
叫び、ベルさんはワッと泣き出してしまった。
…えっ、え、ちょ、泣かれるのは困るよ!?私は焦りつつベルさんの近くに移動して背中を擦る。す、既にそこまでメンタル追い詰められ済みだったの!?
「うっ、うっ……父さんが最初困ってるみたいだからってこの村に連れてきたのが始まりだから、そこを突かれるせいで父さんからはそいつに強く言えなくて…!でもあのバーバヤガ野郎はこっちがどれだけ嫌がっても聞く耳持たないし!あのバーバヤガ野郎!」
「何その悪口……」
というかバーバヤガ野郎って悪口なのかすらよくわからん。バーバヤガ=良からぬ噂だらけのやべえ国、だから悪口の一種だとは思うけど……。
どう反応すれば良いのかわからないからとりあえず私はベルさんの背中を擦り続ける。
「……一応、どうにかなる手はあるのよ」
「あるんですか?」
「一応は、ね」
涙を拭ったベルさんは憂いを帯びた、諦めのような笑みを浮かべた。
「あのストーカーなバーバヤガ野郎の手が届かない場所に行くって手よ」
「その手の名前「死」じゃないですよね?」
私の新しい嫁にそんな感じの事を実行した奴が居るんで嫌な予感がビンビンなんですけど。こらアレク、ベルさんに向かってサムズアップしない!死後も結構楽しいよ!って口パクすんな!アレクの場合はリッチになれたから楽しいってだけで、なれなかったら多分死後はそこまで楽しくないからね!?
……我ながら常識が崩れてきた感じがするな…。ツッコミ場所が違う気がするけど、うん、考えないでおこう。気付かないままでいたい。
ベルさんは私の言葉にフッと微笑む。
「似たようなもの、かしら」
「待って早まらないでベルさん!」
「大丈夫よ、これは決まってた事だから」
にっこりと微笑み、ベルさんは何処か遠い所を見つめながら言う。
「今まではそれを怯えて過ごしてきたけど、最悪逃げ道があるって考えるだけで逆に心が和らぐようになったわ……。ふふ、ストーカーのバーバヤガ野郎なんかに無理矢理手篭めにされる恐怖に比べたらずっっっっっっ………とマシだわ!!」
「お願いベルさん戻ってきて下さい目にハイライトが皆無でとてもホラー!」
虚空を見つめながら「ふふ……ふふふ…」と呟いていたベルさんを揺すると、どうにかこっち側の世界に戻ってきてくれたらしい。目にハイライトが戻ってきて一安心だ。あー怖かった。
「うふふ、ごめんなさいね?ちょっと精神的にキツい事が立て続けにあって……でも大丈夫よ!あと数日で私は楽になれるから!」
「待って瞳孔開いてません!?」
お願いだから落ち着いて!と、ちょっと涙目になりながら私はベルさんを宥めた。
背中を擦っていると少し落ち着いたようなので、ハニーの蜂蜜をベルさんのお茶に混ぜてどうぞと差し出す。キラービーの蜂蜜がメンタルの回復まで出来るのかどうかは知らないけど、何も無いよりはマシだと思う。
ベルさんは蜂蜜入りのお茶を一口飲み、ホゥッと一息ついたように溜め息を吐いた。
「……まあ、つまりね?元々私はあと数日の命っていうのが最初から決定してたの。これに関しては事情があって詳しく話せないんだけど…」
「あっはい、もう、そこは詳しく聞きませんので、はい」
ようやく落ち着いたっぽい今のベルさんを不用意につつくような事だけはしたくないしね!
「だからその日までの数日、私が無事でいる事が出来ればそれで良いの。死ぬっていうのは最初から決まってた事で変えられないわ。……でもね?」
ベルさんはコップをテーブルに叩きつけるかのようにガンッと力強く置いた。
「その数日の間に!あの野郎に何かされたら?って思うと安心して眠れもしない!あの男はここ数日それをどうにかしようと恋人面して大して役にも立たないような案を何度も何度も何度も提示して!逃げるで済む事じゃないってーのよあの野郎!」
ひぃっ!?今度はテーブルに両手を叩きつけたよ!?額もぶつかってゴンッて音がしたよ!?一瞬コップ達が浮いたんですがベルさんの両手は大丈夫ですかね!?
え、ちょ、誰かどうにかヘルプ。
そう思って周りを見渡しても、イースはのんびりとベルさんを見てるし、ハニーはお茶菓子に夢中だし、ラミィも同じくお茶菓子に夢中だし、コンはビックリした様子で毛を逆立てて耳を塞いでるし、アレクは苦笑いで見守ってるし………駄目だ私が頑張るしかないぞこの状況!?
ベルさんSAN値がピンチ過ぎて情緒不安定に陥ってない?と思いながらも声を掛けようとすると、それよりも前にベルさんは顔を上げた。
「だからね?冒険者であるミーヤに依頼をしたいの。ストーカーを始末してっていうのじゃなくて、別の依頼」
「ひぇっはい……」
私を見るベルさんの目が笑ってないよぉー……。
「どんな依頼でございましょうか…」
ベルさんは言う。
「私が死ぬまでの数日間、あの野郎から私の精神と貞操を守って欲しいの」
怯えたようにベルさんは震えながら頭を抱えて下を見つめ、悲壮な声で叫ぶ。
「あの野郎の事だもの、私が死ぬ前に勝手な妄想で「離れ離れになる前に思い出を」とかほざいて私を無理矢理襲いに来る可能性があるわ……!」
うわあ、妄想タイプのストーカー男はあかん…。しかもさっきからずっとベルさんの言葉にミサンガが反応してなくてとても怖い。ガチって事じゃないですかヤダー。
「お願い!どうせ死ぬにしてもそんなトラウマを抱いて死にたくは無いの!私の所持している全財産を報酬として渡すから、私をあの野郎から守って!」
叫びながら、ベルさんは縋りつくかのように私の服をぎゅっと握り締めた。
…………私、こんなにも追い詰められてる人からのヘルプを断れるメンタルの人間じゃないんだよね。
「わかりました」
一宿じゃなくなるけど、ストーカー男の恐怖に震える乙女を見捨てるわけにもいかない、と私はベルさんの言葉に頷いた。




