話が合う人との酒は美味い
「えーと……こんにちは、アイザックさん」
「こんにちは、ミーヤさん。話は聞いていましたが明日出発なんですね。ミーヤさんはダンジョンに異常発生している魔物の討伐依頼を頻繁に受けてくれていたので、頼りになる人材が去ってしまうのが残念です」
「あー……はは、何か中途半端な形ですみません」
「いえ、これに関してはこちらの問題ですから。この五日間、ミーヤさん達が沢山の魔物を狩ってくれたお陰で被害が少なく済んでいるんですよ。本当にミーヤさん達には感謝しかありません」
アイザックさんとそんなほのぼのとした会話をしていると、
「俺の存在忘れないで!?」
アイザックさんに押さえられているアレックスが叫んだ。
「てかアイザック!何ミーヤと仲良く話してるの!?アイザックって特別誰かと仲良くなろうとかする性格じゃないよね!?ミーヤに色目使うなら許さないよ!?」
アレックスの言葉に、アイザックさんは額にビキリと再び青筋を浮かばせる。
「完全にただの世間話でしかないのに妄言が酷いですねこの馬鹿領主は」
「いったぁ!?」
ギリ、とアイザックさんの指がアレックスの肩に食い込んだ。
あーあ、アレックスも冗談言うタイミングは考えて言わなきゃ…。今のアイザックさんは隈が酷くて髪がちょっとボサボサしてて肌もパサついてる状態だ。満足に体を休める事が出来てないんだろう。つまり不発弾に近い危険性があるという事である。
「ホラ、時間も無いからさっさと屋敷に戻って書類を片付けてくださいね」
「え、待って待ってアイザックちょっと待って!」
アイザックさんの手により無理矢理立たされながら、アレックスは慌てたように言う。
「ミーヤ達は明日出発しちゃうんだよ!?だから今日の夜は記憶に刻み込むレベルで楽しい宴会をして、明日の朝お見送りっていう予定があるからその間だけ見逃して!」
「今から死ぬ程頑張って仕事を片付ければ明日の朝の見送りには間に合いますよ」
「宴会は!?」
「アレキサンダー様が毎日コツコツと仕事を終わらせてくれていれば参加出来たんですがね……」
ふぅぅぅぅ……と、アイザックさんは奈落の底に繋がっているんじゃないかというレベルで深い溜め息を吐いた。お疲れ様です。
そしてアレックス、「横暴だ!」って叫んでるけどそれ全然横暴じゃないから。因果応報の自業自得だから。横暴なのはアレックスの方だから。………普通にアレックスと一緒に行動してた私が言える台詞じゃないね。
「ではミーヤさん、さようなら」
駄々を捏ねるアレックスの首根っこを掴みアイザックさんはそう言い、動こうとしないアレックスを引き摺りながら立ち去って行った。
「ミーヤ!後で絶対抜け出して宿屋行くから!絶対行くからねぇぇええええ!」
アレックス、叫ぶのは良いけど内容が内容だからあかん。あ、やっぱり。その発言で怒ったアイザックさんの拳によってアレックスは沈められた。南無。
「ありゃ明日の朝も無理かもな」
「元々仕事を溜め込んでいたようですし、その分を合わせると最低でも二日は屋敷に拘束されるのではないでしょうか」
「あり得るね」
これがアレックスとの別れになりそうだなーと思い、内心苦笑いしながら手を振っておく。アレックス気絶してるから意味は無いけど、まあ気分だよ気分。
「………………」
「?」
ふと、イースがアイザックさんとアレックスの方を見つめているのに気付いた。
「どうかしたの?何か気になる事でもあった?」
「そうねぇ……」
私の言葉にイースは少し思案するように顎に手を当てたが、すぐに考えは纏まったらしい。
「まぁ、ミーヤと私達に被害は無さそうだからスルーで良いんじゃないかしらぁ」
「……どゆこと?」
「考え方は十人十色。思惑もそれぞれ十人十色って事よぉ」
「ふーん?」
よくわからないけど、まあイースがそう言うならそうなんだろう。確かに考え方って人によって結構違うもんね。お姉ちゃんは雑食だったからあんまり気にしてないみたいだったけど、お姉ちゃんの友人達は解釈違いがどうのこうのってよく騒いでたもん。そういえば、皆が集まってリビングで騒いでる時は明け方まで騒がしかったな。
さて、思い出に浸るのは終了!昼食タイムも終わったし、ギルドに行って依頼受けて、再びダンジョン潜りしないとね。アレックスが居ないのは残念だけど仕方なし!
そんな風に考えながらダンジョンで魔物を倒し、日暮れ前に無事依頼を達成して宿屋に戻って来た。明日は早めに出るつもりだから早めに寝る準備を終わらせておきたかったからね!
既に入浴も終わらせた。現在はラミィの濡れた髪を乾かしている最中である。とはいっても、もう殆ど乾いたけどね。
「……はい、オッケー!乾いたよ」
「ん……ありがと、ミーヤ…」
「どういたしまして」
ちゃんと全体が乾いているかを確認する為にラミィの髪を軽く手櫛で梳く。うん、乾いてるね。いつもは私があげたシュシュを使って腰の辺りで結んでいる朱色の髪だけど、こうして触れるとやっぱりサラッサラな髪だと実感する。日本だったらシャンプーのCMに出れそうなくらいサラサラだ。
「ミーヤ、宿屋の人が今日で最後だからってお酒半額にしてくれるってぇ」
色々と必要な品を買う為、私達がお風呂に入ってる間に町に出ていたイースが部屋に戻ってきて開口一番にそう言った。って半額とな!?
「え、本当!?」
「本当よぉ。この五日間アレックスが奢ってくれてたでしょう?だから結構な収入になったんですってぇ。そのお礼らしいわぁ」
「うわぁ…」
ありがたいけど、それってつまり私達が凄い量食べたという事でもあり……うん、考えないでおこう。
とりあえず邪魔にならないように私はお風呂上りで下ろしていた長い黒髪をささっと結び、部屋から出て食堂へ向かう。
「お、来たな!」
「お酒いっぱいありますからねお酒!半額ですよ!」
「ただし料理は定価だからね!半額の酒たらふく飲んで、ついでに料理も頼みまくってちょうだいよ!」
「はーい!」
食堂では既にいつもの従業員さん達が他のお客さん達に料理を作っては運んでいた。この人達も良い人達だよね、本当に。気安い雰囲気だし、本当のアットホームな職場ってのはこういうのだと思う。
「あ!なあウインナーとイモを一皿に纏めたら凄いモン出来た!でけえぞこのイチモツ!ついでに葉っぱも乗っけて大人にするか!?」
「はーい下ネタ系料理はボッシュートでーす」
「いやあああああ俺の傑作が刻まれてマッシュにいいいい!!お前は何てむごい事をするんだ!」
「ちょっと、股間庇う動き止めな。次の料理作る前にちゃんと手ぇ石鹸で洗わなかったらちょん切るよ」
「怖い女しかいねえのかこの職場は!畜生!」
………うん、仲が良いようで何よりだ。
とりあえず適当に料理と酒を頼んだらすぐに来た。何故か注文していないレディキラー系の酒もテーブルの上に並べられたが、まあ料理人のおっちゃんが良い笑顔でサムズアップしてたからサービスなんだろう。多分。
もし有料だったとしても問題は無い。魔物の大量発生、そしてそれの討伐。それを連日繰り返してたら魔物の皮とか角とかが凄い量になったからね。結構な稼ぎになったよ。一応いざという時の為の貯蓄として八割はアイテム袋の中に残してあるけどね。イースのアイテム袋は中がほぼ無限だし時間経過も無いしで、こういう時凄く助かる。
「んっ♪このお肉は甘くて美味しいです!」
ハニーが舌鼓を打つのは、ダンジョンで取れた魔物の肉だ。スイートラビットという戦闘能力が殆ど無いウサギの魔物。ミツドリとはまた違うタイプの甘い肉の魔物である。甘ければハニーもお肉が食べれるから良い事だよね。
「……この、酒……ボトル、で、お代わり……」
ラミィは水を飲むようにぐびぐびと酒を飲み干し、酒瓶を空にしていく。半額だし稼ぎもあったから良いけど、あんまり飲み過ぎないように気をつけて……くれないだろうなあ。ラミィお酒強いからなあ。
まあ私は私で既に果実のお酒を二本空にしちゃったから何も言えないけどね!いや、お肉が脂っこいから口の中をリセットする感じで飲んでたらいつの間にか……ね?
「あ、俺の方もステーキお代わり!」
コンはステーキを飲むようなスピードでガツガツと食い尽くしていく。それ犬食いじゃない?ちゃんと噛んでる?と聞きたくなるくらいのスピードだけど、一応ちゃんと噛んではいるみたいだから多分大丈夫だろう。多分。
「あらぁ、このスープは野菜も肉もかなりの時間煮込んで溶かして味を染み込ませてるのねぇ?この味だったらパンを浸しても美味しいかもしれないわぁ。あ、ちょっとパンのお代わりも貰えるぅ?」
イースはスープを飲みつつ味の解析をしているらしい。運ばれてきたパンを一口大に千切り、スープに浸して食べると美味しかったのかパンがあっという間に無くなった。見てたら私も同じ食べ方をしたくなったから従業員さんを呼び止めてパンのお代わりと酒のお代わりを頼む。酒って何でこんなにすぐ無くなるんだろうね。
「あ、本当にパン浸すとめちゃくちゃ美味しいねこのスープ」
「でしょう?作り方も大体わかったし今度作っちゃおうかしらぁ」
「是非お願いします」
味で大体の作り方わかるってプロの料理人くらいしか出来ないんじゃないかって思うけど、それが出来るイースって本当凄いよね。いや、私の料理スキルがゼロだからそう思うだけ?どうなの?
……まあ美味しいご飯が食べれたらハッピーだよねって事で良いや。酒が入ってる時に細かい事を考えるのは面倒臭いしね!酒が美味くて飯が美味けりゃそれで良いのだよ!
「おや、既に盛り上がってますね」
「あれ?アイザックさん?」
ふと気付くと、何故かアイザックさんが居た。え、いつの間に?
「普通にたった今来てたわよぉ」
「あ、そうなの?」
イースが言うならそうなのかな。そうなんだろうな。
アイザックさんはあの後仮眠でも取ったのか、目の下に色濃く刻まれていた隈が薄くなっていた。少し健康的な肌色に戻ったアイザックさんは微笑みながら私達のテーブルの空いた椅子を指差す。
「もし良ければご一緒しても構いませんか?」
「全然オッケーですよ!」
「皆も良いよね?」と確認を取ると、皆もあっさりと頷いた。イースだけはアイザックさんを見て少し悩んでいたみたいだったけどすぐに、
「……まぁ、私達への誤解が生まれないようにっていう気遣いでもあるみたいだものねぇ」
とアイザックさんには聞こえないだろう音量で呟いてから笑顔でオッケーを出した。どういう事かはわからないけどまあ大丈夫って事だろう。酒が入っている今の私は深く考えないガールである。考えるのは酒を飲もうと余裕で素面なイースに任せるばい。
「良かった」
目元を細めて微笑みながら、アイザックさんは椅子に座る。
「前にミーヤさんに誘われた時、私は「後日機会があったら」と誘いを断ったじゃないですか。でもミーヤさん達が明日この町を出ると言っていたので、これは今日しか機会が無いなと思いまして」
あれは社交辞令的な返事だと思ってたけど本気で「後日機会があったら」と思って言ってくれてたのか。完全に飲み会断るプロなんだなとしか思ってなかったよ。
従業員さんから渡されたコップに入っている水を飲み干して喉を潤してから、アイザックさんは少し性格が悪そうな笑みで言う。
「それに、仕事はアレキサンダー様に任せてきましたからね。ここしばらくは外食すら出来ませんでしたから、アレキサンダー様の代理としてミーヤさんのお別れ会に参加という口実で思いっきり飲もうかと」
お別れ会て。何だか学校の卒業式っぽい言い方だよね。単純に次の町に行くってだけなんだけど。でもアレックス放置でアイザックさんだけがお別れ会参加って、アレックスに対しての最高の嫌がらせになりそうでアイザックさんが普段からどれだけストレスを溜めていたのかがわかる。それぐらいの嫌がらせをしないと許せんレベルでストレスフルな生活だったのかな。
私がそう考えている間に、アイザックさんは従業員さんにお酒と料理を人数分注文していた。注文をし終わったアイザックさんと私の目が合った瞬間、アイザックさんは優しく微笑む。
「ああ、支払いは気にしなくて大丈夫ですよ。私が奢りますから」
「待って?」
そこは割り勘じゃないの?アレックスの時も思ったけど何でそう奢ろうとするの?男のプライドか何かなの?だからってそう奢られっぱなしなのはちょっと!何というか!堕落しそうになるっていうか!
この感情をどう言葉で伝えれば良いんだろうかと考えていると、アイザックさんはくすくすと微笑んだ。あ、ずっとアレックスに対して怒ってる印象が強かったけどアイザックさんって笑うと中性的な可愛さがあるんだね。初めて知った。
「お金は気にしなくて良いですよ。ローゼンベルク家は名家ですし、ダンジョンのお陰で一定の収入もありますしね。それに……」
一度区切り、運ばれた酒を少しだけ飲んでからアイザックさんは続ける。
「アレキサンダー様は冒険者らしい出費はしますが、豪遊などはあまり好まないらしくてしないんです。私も基本的に仕事が日常なので出費らしい出費をしませんし、偶の買い物でもつい必要性を考えてしまって……結果、あまりお金を使わないんですよね」
「あー、わかります」
酒の入ったコップを片手に持ちながら私は頷く。
「私も可愛い小物とか見ると欲しいなって思うんですけど、だからってこれを部屋に置いてどうする?埃積もるだけだよね?って耳元で囁いてくる自分の声が聞こえて結局買うの止めちゃうんですよね」
「そう、それなんですよ。今の持ち物で充分満足してるし、買わなかったとしても別に後悔しないんですよね。だからやっぱり必要じゃなかったんだなって思ってより買わなくなるというか」
「食料品みたいな生活必需品は必要だけど、それ以外に対しては「買う」って行為がもう面倒臭くなるというか」
「ああ~、それ凄いわかります」
何か、思ったよりアイザックさんって話しやすい人だね。しかも話が合う。
私ってどうしても買う時にそういう事を考えちゃうんだよね。ぬいぐるみとかも、枕元に置くとベッドの上で私が自由に出来るスペースが減って邪魔じゃない?とか、棚の上に置いといたら観賞用でしかなくって抱き締めたりもしないから埃が……って考えちゃう。
お姉ちゃんには「贈り物のし甲斐が無い」って言われたな。まあ直後に「でもお菓子とかの消耗品は素直に喜ぶから安く済んで良いっちゃ良いし」って言われた。安く済むって言わないでよね。そりゃ数百円程度のお徳用お菓子パックでめちゃくちゃ喜ぶタイプだけどさ。
そんな風に会話しながら、アイザックさんを含めた私達の飲み会は明け方近くまで行われた。アイザックさん居るし、私達は滞在最後の夜だしって事でアレックスが乱入するんじゃないかと思ってたんだけど、
「ああ、大丈夫ですよ。見張りを数人付けたので仕事が終わるまで絶対に解放される事はありません」
との事だった。スポーツドリンクのCMに出れそうなくらい爽やかな微笑みだった事に闇を感じたが、今の私は酒で酔ってて考えられないガールです。酒豪の称号?知らんな。そしてアイザックさんの内側にありそうな闇も知らん。酒が美味い。
ちなみにアイザックさんはお酒に強いのか、明け方まで飲んでいてもそこまで酔った様子は見られなかった。時々羅列が回らなくなってるくらい。足も少しふらついてはいたが、歩くのが困難という程では無かったから迎えを呼ばずに自分の足で屋敷まで帰って行った。
アレックスの酔い方と比べると性格が出るなーって感じだよね。ハイテンションになって喋り捲るアレックスと、程ほどの状態を維持するアイザックさん。うん、めちゃくちゃ性格と合ってる酔い方だ。
そんな感じでイルザーミラ最後の夜は終わり、朝が来た。睡眠は少なめだがイースが魔法かスキルで調整してくれているらしく、少ない睡眠時間でもしっかりと寝たような爽快感がある。流石は淫魔というべきか、イースって夢関係とか眠り関係の魔法が得意らしいんだよね。まあイースは殆ど得意だけどさ。
ちなみにイースが私達にやってくれてる魔法は、少し寝るだけで充分な睡眠時間が確保出来たと錯覚させる系の魔法?と、肉体の魔力を操作して少しの休憩でも充分な睡眠を取った時と同じくらい肉体を良好な状態にする感じの魔法?と、私達の夢を優しく包み込むことで安心して深い眠りに就き少しの睡眠でも精神をゆっくり休めれるようになる?感じの?魔法?とかを使ってくれているらしい。詳しい説明もしてもらったけど私の理解度がポンコツ過ぎてわからなかった。
端的に言うと脳と肉体と精神に別の魔法を掛ける事で、短時間でもそれぞれがちゃんと充分な睡眠を取った時のように回復するとか何とからしい。まあ要するにイースに任せておけば私達は毎朝お目覚めがスッキリであるって事だよ。私の理解度ではこのくらいまでレベルを下げないと理解出来ん。そして私がそう結論を出したらイースには笑われたけどいつもの事なので割愛でやんす。
というか話を戻そう。グッドモーニング。
イルザーミラの朝は結構騒がしい。朝からダンジョンに向かおうとする冒険者の人達が色んな店で買い物をしたり、それに合わせて開店するお店があるからだ。
しかし、今日の朝は少し雰囲気が違っていた。窓から見える町の人達は、酷く慌てたような、焦ったような顔をしていた。何か嫌な感じがすると思ってささっと準備を整え部屋を出る。宿屋の人ってのは結構情報を取得するのが早いから、聞けば何かわかるかもしれない。
………まさか、またドラゴンだったりしないよね?
「あ!ミーヤさん!ミーヤさんミーヤさん大変ですよ大変ですよ超絶大変なんですよ!」
料理人のおっちゃんへの対応が厳しい私と同い年くらいの従業員さんが、私を見るや否や血相を変えて駆け寄って来た。そして顔を青褪めながら、泣きそうな顔で彼女は言う。
「りょ、領主様が……領主様が昨夜、屋敷に侵入した賊に殺されたって!」
………………え?
急展開。




