アイザックさんから苦労している社畜の匂いがする…
「おいこらアレキサンダー・シルバ・ローゼンベルク様?何を冒険者の少女の後ろに隠れてんですか貴様。さっさとこっちを見ろ」
「いや、えっと、俺そんな長い名前じゃないんで人違いじゃないかなーって…」
「何を言っているんですかアレキサンダー・シルバ・ローゼンベルク様。母親は違えど同じ父から生まれたんですよ?というかこのやり取り何回目だと思ってんですかいい加減しつこい!ほら一般の方に迷惑をかけるな!さっさと屋敷に戻って仕事をしろ!」
「嫌だ!判子押しも書類仕事も嫌だ!俺は魔物相手に剣を振るったり魔法使ったりしていたい!」
「嫌だって言ったってそんなわがままが通るはずないでしょう!?長男であるアレキサンダー様が領主になったんですから!そんな情けない姿を見たら亡くなったお父様、つまり先代領主様がどう思うか!」
「きっと「お前本当に領主の才能が無いな。アイザックを領主に変えるか」って言うと思う!」
「そんな簡単に領主が変わって堪るか!!」
………うるっさい!
何なんだよこの人達は!うるさいよ!私の前と後ろで喧嘩するな!あと二人共当然のように私より背が高いから本気で辛い!人の頭上で喧嘩するな!
はぁ~~~…と私は深い溜め息を吐き、両手を叩いてパンッと大きな音を響かせた。
「「うわっ」」
よし、意識が一瞬逸れたな?
「あの、私を挟まないでくれませんか」
二人の意識が逸れた瞬間を逃がさないよう、挙手してから簡潔にそう言うとアイザックさんは「うっ」と唸って少し視線を逸らした。そして斜め下の辺りに視線を彷徨わせてから、私に向き直ってペコリと頭を下げる。
「……確かに貴女は無関係でしたね。つい頭に血が上って……申し訳ありません」
「いえ、ちゃんと謝罪してくださったので別に良いです。ただ巻き込まれたくないだけで」
「仰るとおりです…」
ミサンガが反応していないから本心からの謝罪だと確信してちょっと安心。悪い人じゃなさそうだ。……さて、この状況ってさ、悪いのはアレックスだと思うんだよね。私の後ろに隠れたりせずさっさと屋敷に戻ってればアイザックさんが私に謝る必要は無かったと思うんだよ。
けれどアレックスはいまだに私の両肩を掴んで背後に隠れている。
……私、さっさと宿屋を確保しに行きたいんだよね。でもアレックスは離れようとしないし……というわけで、
「とりあえず誰かアレックスを確保」
従魔に命令である。背後に回られてる私はどうしようも出来ないけど、こっちには従魔が居るんだよね!頼りになる従魔が!
「はい!」
動いたのはハニーだった。ハニーは素早い動きでアレックスの手を私の両肩から離させ、そのままぐるんと後ろ手にさせてハニーは下の両手でアレックスの両手を拘束した。しかも上の両手はアレックスの肩を押さえてるから拘束を解こうとしても碌に動かせない仕様だ。数秒足らずでこの状態に持ってったハニー凄い。
「えっ、ちょ、うっわ腕細いのに力強い!?しかも腕四本とかずるい!」
「私はキラービーですから。獣人の優れた身体能力や五感は当然のものであり、誰もずるいとは言いません。同様に、キラービーである私が四本腕であるのも当然の事。つまり反則ではありません」
「正論で論破された…!」
ハニーに淡々と論破されたアレックスはガックリと体の力を抜いて頭を垂れた。よし、脱走する気は折れたっぽいね。
「グッジョブハニー。完璧な動きだった」
振り返ってサムズアップしそう言うと、ハニーはふわりと微笑んで頬を桃色に染めた。
「そ、そうですか?イース様に教わった暴漢対策の一つなのですが、ミーヤ様のお役に立てて光栄です!」
「あだだだだだ!ちょ、力!手首と肩を押さえてる手に力込めすぎぃっっったぁ!」
…どうやら私に褒められたのが嬉しかったのかハニーが力を込めすぎたらしい。アレックスが悲鳴をあげ、慌ててハニーが力を緩めるとさっきよりもガックリと力を抜いてぐったりとした様子になっていた。
「凄いなあの子。領主様の腕からミシミシ音が聞こえたぞ」
「魔物って根本的に力強いもんな」
「獣人も力強いし、エルフも魔法がとんでもないし……正直人間の劣りっぷりがやべえって思う」
「いやいや、人間も勝ってるとこはあるぜ?数とか」
「知能は?」
「力は?」
「魔法は?」
「うっせぇ人間は本気出したらとんでもねえ事になるんだからな!ニヤニヤ笑いで近付いてくんな!」
「領主様羨ましい…」
「え、何処が?弟に叱られて拘束されて腕折られかけてる現状のどこにそう思う要素があった?」
「女の子の背後って事はあの子の髪の匂いとか嗅げる位置って事だろ!?しかも四本腕の美少女に拘束されるプレイ付き!腕を折られる危険性!?最高のオプションじゃねえかお幾らですか!」
「あ、皆さん気にしないでください。こいつちょっと変態でして。魔物に痛めつけられるのが快感とか言ってマイナーな盾持ちになった馬鹿なので本当気にしないで下さい」
「放置もまた快感なり!」
「もうお前ダンジョンの地下二十階行って来いよ」
「いえ、あそこのコックローチはもう色々と別物なんでそれはちょっと」
「急に素に戻るなよ怖い!」
本当に冒険者の皆はいつでも何処でも通常運転だよね。あとちょいちょい変態が居るのは何でなんだ。命懸けの仕事だからそういう配慮すら出来ない精神状態になっているんだろうか。まあ、こっちの世界は日本に比べて色々とフリーダムだから放置で良いんだろうけどね。
………日本は日本でドラゴンと車のエロ本があったりとフリーダムを五回転ジャンプで飛び越えてる感じではあったな。ん?あれ、ドラゴンと車のやつは外国だっけ?お姉ちゃんが「流石外国。ぶっ飛んでるわ」って言ってたから外国だわ。でも日本は見るもおぞましい化け物を美少女に変えて世界に輸出する国だからぶっ飛び具合は大して変わらないよね、うん。……私は何と戦っているんだ。
「とりあえず拘束したんで、アイザックさん……様」
冒険者の皆は様付けしてたからアイザックさんじゃなくてアイザック様呼びの方が良いのかな?
そう思って様を付け足すと、アイザックさんは軽く吹き出した。
「ふ、ふふ……。いえ、普通にさん付けで良いですよ。私はただの秘書ですしね」
「あ、そうですか?」
アイザックさんが心の広い人で良かった。
「えっと、それでアイザックさん。アレックスは捕まえたので是非屋敷まで連行してやってください」
「え!?ちょっと、ミーヤ!?俺達運命の出会いを果たした赤い糸に結ばれてる恋人だよね!?」
「誰が恋人だ!?」
本当に距離の詰め方がエグいぞアレックス!いつの間に恋人認定!?
「私の嫁は従魔達なんで、アレックスとの恋人関係はノーセンキューです」
「そんな!?」
腕でバッテンを作ってお断ると、アレックスは真っ白に燃え尽きた。
……完全に燃え尽きてるけど、アレックスは言動のせいで本気かノリかわからんのだよね。色々と損をしそうな性格だ。その分得もしそうな性格だけどね。
まあでも燃え尽きててくれると連行が楽そうだし、と特に声を掛けたりやフォローしたりもせずにアレックスをアイザックさんに引き渡す。引き渡すのは私じゃなくてハニーだけどね。燃え尽きているアレックスは大人しくアイザックさんに引き渡された。
「これでやっと仕事が進む……」
仕事が本気で大変だったのか、心の底からの深い深い溜め息だった。日本の社畜を連想させるレベル。ここが日本ならコンビニまで走っていって栄養ドリンクでも差し入れたいと思うくらいには疲れが滲み出ている溜め息だったが、残念ながらここは二十四時間営業のコンビニなんて存在しない異世界。逃亡した上司の譲渡で我慢して欲しい。
「ご協力、ありがとうございました。……ええと」
私の方を見ながら困ったように眉を寄せるアイザックさんに、そういえば自己紹介してなかったなと気付く。
「私はミーヤです。冒険者で魔物使いのミーヤ。後ろに居る褐色の美女がイースで、さっきまでアレックスを拘束してたのがハニー。それとラミアのラミィに、狐獣人のコンの四名が私の従魔です」
「なんと、獣人まで…!?」
あ、やっべそういや獣人が従魔になるってあんまり前例が無いとかどうとかでいらん誤解が、
「…毛並みは良いですし、ミーヤさんを見る目は正常ですから本当に仲が良いんですね」
良かったちゃんと理解してくれる人だった!
コンの方を確認してから、アイザックさんは安心したように微笑んだ。眼鏡が似合いそうなクール系美人の微笑みが目の保養だ。例えその腕に燃え尽きた男が捕らえられていたとしても。まあ燃え尽きてる方もイケメンなんだけどね、顔は。
「それでは私も自己紹介を。私はアイザック・メイソン・ローゼンベルクと申します」
そう言い、アイザックさんは軽く会釈した。
…………アレキサンダー・シルバ・ローゼンベルクとアイザック・メイソン・ローゼンベルク…。イニシャルにするとA・S・RとA・M・R……。ミドルネームが見事にSMで揃って、
「今何か不穏な事を考えませんでしたか?」
「あ、いえそんな不穏とかまったく、はい、大した事は考えてねえっす」
こっっっっわ!
笑ってない目でアイザックさんに見つめられるのこっわ!すんませんもう考えませんツッコミません!だから、その、今のは無しって事でお願いします!
背中に冷や汗を垂らしながらそう念じ続けると、アイザックさんは怪訝そうな顔をしながら溜め息を吐いた。
「……まあ、良いでしょう」
許された!
「では、私はこの馬鹿領主様を連れて帰らせていただきます」
「はい、お疲れ様です」
仕事して追いかけっこ&かくれんぼとか本当にお疲れ様ですと思いながら頭を下げた。
そしてアイザックさんはアレックスを引き摺るようにしながら連行し、ギルドから去って行った。この後もまだアイザックさんは働かないといけないんだなと考えて本気でちょっと同情してしまう。日本だったらブラック企業の社畜扱いじゃなかろうか。
「さて、それじゃあ宿屋探しに行こうか」
そう言って従魔達の方へ振り返ると、私の顔が褐色で豊満なおっきいおっぱいに埋まった。
「そうねぇ、そろそろ探しに行かないと部屋が埋まっちゃうものねぇ?」
「もごごごが!?」
今私の顔がイースのおっぱいに埋まってますけど!?というか頭を押さえつけないでイース!不思議と呼吸できるからまだマシだけどここ公衆の面前!
「すみませんミーヤ様、ですが少々我慢してください」
何が!?と思ったら、次の瞬間右腕が柔らかい何かに包まれた。このふわふわな感触は……ハニーの服か!キラービーの時はふわふわな毛だったけど、擬態すると何故かふわふわなお洋服になってたんだよね。この感触はあの服か。そして四つ程の腕の感触と、とてもささやかなふにっと感。え、何でハニー私の右腕に抱きついてるの?いや抱きつくのは良いんだけど先に私を助けて欲しい。
「……ん、ミーヤ、我慢……」
今度は左腕がふにょりとマシュマロのように柔らかいおっぱいに包まれた。はい、ラミィですね。私の左腕にラミィの両腕が絡められるのがわかる。そして左足にラミィの尾の先っちょが絡みついてくるのもわかる。え、今私どうなってんの?今私どういう状況?
「あの野郎、あっちこっち俺らのミーヤに触りやがって…」
今度は背後から柔らかくて暖かい何かに包まれた。いや、というかこれコンだよね?毛の柔らかさと筋肉の硬さが同居してるこの感触はコンしか居ないし。え、何?何が起きてんの?
「ミーヤにわかりやすく言うならマーキングかしらぁ?」
マーキング、とな?
「あのアレックスとか名乗った男がミーヤにベタベタ触ったからぁ、ミーヤは私達の夫なのよぉっていう牽制ねぇ。本人はもう居ないけどぉ、他の冒険者達に対して牽制しておくのは大事でしょう?」
な、成る程……いや成る程じゃないよね!?今私凄い状態になってない?!褐色美女のおっぱいに顔突っ込んで、右腕と左腕をタイプの違う美女と美少女に抱き締められてて、背後からイケメン獣人にホールドされてるってこの状況端から見てどうなってんの!?
「それと私達がミーヤ分を満足するまで摂取する為にぃ、最低でもあと十分はこのままねぇ♡」
……私はいつから栄養にジョブチェンジしたんだろう。
解放されるまでの十五分間、私はずっと栄養とは何ぞやと考えて無になっていた。




