リーダー視点
「何だと!?ドラゴン討伐の参加者が居ない!?」
「申し訳ありません!」
Sランクの冒険者パーティ「王の剣」のリーダーである俺は、今まで何度も危機に瀕した事がある。命の危機も同様に何度も。しかしその苦難を乗り越え、普通の人間よりは体力的にも精神的にも圧倒的なタフさを持っていると自負している。
しかし、そんな俺が一瞬気を失いかけた。
「どういう事だ…?」
何故俺が気を失いかけたのかといえば、このグレルトーディアという町の冒険者ギルドのギルド長であるバッカスの言葉が原因だった。
なんとドラゴン討伐に参加しようとする冒険者が一人も居ないという衝撃過ぎる言葉。
「手数が要るというのに……!」
例え下級ドラゴンだとしても、油断すれば町の一つや二つ余裕で消し去れる相手だ。
だからこそ戦いに慣れている俺達S級冒険者が派遣されるわけだが、時には間に合わない時もある。そういう時にその場所の冒険者達だけで対応出来るようにする為、ドラゴン討伐には下級冒険者の参加が推奨されているというのに!
否、それだけではない!
ドラゴン討伐には人手が必要だ。下級冒険者一人だけであれば足手纏いかもしれないが、大勢居ればそれだけの力になる。だからこそ沢山の冒険者を集める為ランク関係無しで参加出来るようになっているのに!しかも参加すればそれだけでドラゴンの鱗が報酬として支払われるというのに!
俺は怒りなのか悲しみなのかわからない感情のままに己の短い髪を掻き回す。
ここ最近、ドラゴンの強さが異常になっている。下級ドラゴン相手、しかもこっちは大勢だ。だというのに年々ドラゴンが仕留め難くなっている。討伐に参加する冒険者の数も年々増えていて圧倒的にこっちが有利であるはずなのに、どんどん被害が増していっているのだ。
最初は他の冒険者とも息が合わず大混乱だった。何人か死亡した者も居る。しかしその経験から学び!国王様がわざわざ回復薬などを支給してくださったりもしたのに!なのに被害者も被害も増えるばかり!何故なんだ!
何より異常なのは、俺達王の剣だけで下級ドラゴンを討伐する時は今までと変わりない強さという事実が異常だ。何故なのか?それは国王様と俺達とで話し合った結果、俺達だけで下級ドラゴンを倒す時は決まって人里離れた山。町を襲おうとするドラゴンのみが異様なまでの強さになっているという結論になった。
そうでなくては説明が付かん!六人パーティである俺達だけの時は群れであろうと倒せるというのに、圧倒的に数で有利な町付近での戦いではたった一匹の下級ドラゴン相手に凄まじく苦戦するという現実の説明が!
これはまずい。とてもまずい。
何故なら国への反逆者が潜伏しているという可能性が生まれるからだ。そいつが下級とはいえドラゴンに何らかの魔法を掛け、強化し暴走させ町を襲わせている………それ以外有り得ん!そうでなくては町を襲うドラゴンのみが異様な強さというのはおかしいからだ!
「落ち着けニコラス。まずは理由を聞いてからだ。焦るのはその後にしろ」
「デリック」
軽く背を叩かれ、俺の意識は現実へと戻って来た。そうだった、ここはグレルトーディアの冒険者ギルドの個室だったな。S級冒険者パーティである王の剣、そのリーダーである俺が動揺しては面子が立たん。
俺の背を叩いたのは隣にいたデリックだった。耳から下の髪を刈り上げ、耳から上の髪をオールバックにしている男。黒髪に赤い瞳のコイツは俺の幼馴染であり、王の剣で俺の右腕として働いてくれている。
実力も高い大剣使い………という事になっている。コイツは本当にあれさえ無ければ良い奴でしかないんだがなと思って少し落ち込んだ。
「……そうだな、デリックの言うとおりだ。ギルド長、理由を聞かせてくれ」
溜め息を吐いて目の前の事実へと意識を戻し、ギルド長に問う。するとギルド長は一部始終を知っている者に説明させます、と言ってエルフの女……恐らくここの受付嬢として働いてるのだろう女を連れてきた。
「始めまして、シルヴィアと申します」
「王の剣リーダー、ニコラスだ」
シルヴィアと名乗った女は氷のように表情を変えず、淡々とお辞儀をした。ミーハーな態度では無いのは好印象だが受付嬢がこの対応で良いのか?
「…氷か」
俺の背後でボソリと呟いたのは、ダークエルフのアンナ。王の剣に所属してる魔法使い。ダークエルフだからなのか闇魔法に特化していて……し過ぎていて、攻撃魔法以外使えないダークエルフだ。
見た目はダークエルフらしい尖った耳に褐色の肌、そしてゆるく巻かれた長い紺色の髪に緑の瞳と見た目だけは……見た目だけなら良いんだが。魔法を愛しすぎていて少々危険なダークエルフという事実が辛い。
今の氷という呟きも、確実に目の前のシルヴィアの得意魔法の属性なのだろう。この場で詰め寄ってどういう魔法の使い方をするのかとかを聞き出そうとしないだけ良いが。
「では説明させていただきますと……」
シルヴィアは口を開き、
「とある冒険者がドラゴン討伐の欠点について話し、納得する者が大勢出て参加者が居なくなりました。以上です」
簡潔に説明して締め括った。
…待て待て待て!
「どういう事だ!?」
「要約すればそういう事になるんです」
確かに冒険者は時間との戦いである事も多いから先に結論を言った方が良い事も多々あるが!それははたして今なのか!?いや、ドラゴンがこの町に近付いているという事実を考えると今で合っているな。
「ですが、その説明じゃ納得出来ません。詳しく、一から、説明をしていただいても良いかしら?」
頬に手を当てながらそう言い微笑むのはロロだ。王の剣のヒーラーであり、デリックの嫁。
空のような青の瞳と、輝く金の髪は見た者に天使だと錯覚させる程の美しさがある。まあコイツの普段を知っていると天使の皮を被った聖女……に見せかけたゴリラとしか思えないがな。
そう、実際ロロは美しい。長い金髪は外側が長く、中央に向かって短くなっているという変わった髪形ではあるが美しいのは事実だ。ちなみに髪型については自分で髪を掴んで切ったら長さが変わったと言っていた。だからデリックに切らせろと言ったのに。
しかし、ロロは美しくて少し抜けたところがあるヒーラーというだけでは無い。看病には力が要るんですよと言って筋肉達磨であるデリックを微笑みながら姫抱きしたあの光景は忘れん。そう、ロロはおしとやかな乙女に見せかけた筋力ゴリラだ。油断すると腕を折られる。
だから正直、適当な返答をしたら色々危険だと背筋に冷や汗を流しながらシルヴィアの動きを見る。万が一があったら俺は自分の仲間から彼女を守る必要があるからだ。ロロは回復が得意過ぎるせいで後で治せば良いという考え方をするところがある。
「詳しく、ですと少し話が長くなりますが」
「…………」
依然淡々と話すシルヴィアに苛立ったのか、ロロが一歩前に出ようとした。しかしロロが前に出るより先に前に出た男が居た。ロロの旦那であるデリックか?いや、あいつはそんな器用じゃないから無理だ。
「重要じゃない部分は端折ってわかりやすく話してくれれば良いって!」
前に出た男は片目を瞑り、気安い調子でそう言った。
コイツはローラン。元暗殺者であり、今は王の剣に所属している……ん?今も暗殺者だな。まあ良いか。
かつて国王様の命を狙って来た暗殺者だったが、まあ色々あって王の剣に所属する事になった男だ。見た目は大きめの黒い瞳に緑の長い髪を高い位置で括っている為女に見えないことも無い。口元と首周りを黒い布で巻いているせいでより性別がわかり辛い男だ。声は男でしかないがな。
もう少し男らしくしたらどうだと言った事もあるが、本人が言うには「暗殺者は性別を曖昧にしといた方が都合が良い。女の振りして情報集めも出来るしな」との事だった。実際諜報も任せている身として、そう言われると何も言えん。
ただ、相手にとって都合の良い人間になろうとする癖だけはどうにかしたい。今までの経験なんだろうが、対象の望む人間像であろうとする悪癖があるからな、ローランは。
「では、まず最初からお話します」
どうしたらローランの悪癖を無くさせる事が出来るのかと考えていたら、シルヴィアが話し始めていた。
「まず最初にドラゴン討伐の話をした際に、とある冒険者が参加しないと言い出しました。それを不思議に思った別の冒険者が何故だと質問して、その冒険者はあくまで自分の考えだけどと前置きしてからドラゴン討伐に関しての欠点を話し始めました」
そして語られる一部始終は、俺達の今までの価値観を壊すには充分な内容だった。
確かに下級冒険者がいきなり下級とはいえドラゴンと対峙すれば、まともに戦闘を観察出来るはずが無かった。明らかに混乱している様子で周りに攻撃し始めていたらその事に気付けたかもしれないが、そんな行動に出る者は居なかった。それもそうだ。皆ドラゴンから逃げるだけで精一杯だったのだから。
思い返せば確かに下級冒険者は何人か呆けたように動けない者も多かったし、アンナやロロが誘導する方向の反対側に逃げ出す者も多かった。そういう者達がドラゴンに狙われ負傷し、回復薬を使用していたなと思い出して俺は少しショックを受ける。
幾らドラゴンとの戦闘に集中していて、下級冒険者が放つ魔法に当たらないよう常に気を張っていたとはいえ……!騎士団長兼S級冒険者パーティのリーダーとして、俺が気付かなくてはならない事だったのに!
そして下級冒険者が死んだ際、俺達に苦情が来るという考え。それも当たっている。俺達に来る分にはまだ仕方ないと思えるが、国王様にまでその苦情が来た時は肝が冷えた。俺達が不甲斐無いせいで国王様にまで良からぬ風評被害が!?と思ったものだ。辞表を出そうか本気で迷った。辞表に関しては国王様に本気で止められたから出せなかったが。
……シルヴィアの語る冒険者は、一体どういう視点で世界を見ているのだろう。当事者である俺達ですら気付かなかった事実に気付き、しかし鼻にかけるでもなくあくまで個人の考えであると主張して。しかも俺達への負担まで考えてくれている。
アイテムに関しても、確かにと納得させられた。国王様はこれで負傷者が少なくなってくれればと支給していたが、確かに回復薬などは前線で戦う俺達がメインで使用すべき物だ。
アイテムがどれだけあったとしてもその分だけ人数が増えていては意味が無いという事にも改めて考えると頷ける。回復薬が十個あったとしても、二十人が負傷して回復薬を使えば十人も怪我人が出たという結果になる。つまりどれだけアイテムを持って行こうが、こちら側の人手が多ければ多い程怪我人は増えるという事だ。
何より怪我というものは、かすり傷から骨折まで全てが怪我という認識になる。重傷から軽傷まで、皆が皆怪我をする度に回復薬を使用していればすぐに使い切ってしまうのにも頷けた。だからあれだけの量を用意しても必ず使い切るという結果になっていたのか。
そして報酬。報酬を受け取る側である冒険者が、報酬に対しても欠点があると発言するだなんて信じられなかった。勿論その冒険者はあくまで個人の考えだと主張していたらしいが、普通自分に都合が良ければ黙秘するだろうに。しかも凄い具体的。
うっかりしていたが、確かに下級の冒険者では強い武器や防具を装備するのには実力不足だ。使いこなせずに家具の一つになるまでがワンセットだろう。親戚にそういう奴が居たからわかる。あいつは自信満々で幼い俺に自慢してきたが、二年後くらいにはその武器に埃が積もっていて何となく虚しい気持ちになったのを覚えている。
何より金銭的な問題もあった。材料も勿論だが、金銭的な問題は重要だ。国王様は国王様だし、俺達も結構貯金はあるからとここ最近考えた事が無かったが、確かに武器や防具を作るには金が掛かる。下級冒険者は金が入ればすぐに酒場で飲んで翌朝にはすっからかんになる奴も多い。ただでさえ報酬も少ないのに貯金をしたりもしない。そう考えると強化する為の金すら無いのも頷ける。確実にドラゴンの鱗は酒代になるだろう。
ドラゴンの鱗を報酬として渡しているのに何故皆ドラゴンの鱗を用いた装備を所持していないのかと国王様と首を傾げていたが、その理由がやっとわかった。酒代になって冒険者達の腹の中に入っていたら、装備が作れるはずも無い。
というか話を聞いていて思ったが、その冒険者は本当に普通の冒険者なのか?人里離れた所で生活していた賢者とかでは無いのか?下級冒険者がプロである俺達への報酬の心配をするなど初めての経験だ。
一応シルヴィアに聞いてみたが、その冒険者はただのEランク冒険者らしい。最近までFランクだった、とも。そんな下級の冒険者が、そこまでの観察眼を備えているとは………今の内に王の剣にスカウトしたい。スカウトが出来ずとも、話をしてみたい。色々と改善点が見つかりそうだ。
改めて報酬の話だが、まさか俺達が国王様に反旗を翻すなど!と思った。思ったが、ここまでの話を聞いていると洒落にならない。事実ドラゴンとの戦いが厳しくなっていたのも事実だ。
何より重要なのは、参加者が増えれば増える程相対的に報酬が減るという点。現時点では参加者全員にドラゴンの鱗などを報酬として渡していたし、俺達もドラゴンのレアな部位を報酬として受け取っていた。しかしこのまま参加者が増えれば報酬が段々と減っていき、かつてと比べて少なくなったと参加者が集まらなくなるかも知れないと国王様は危惧していた。
実際は参加者が増えていたせいでドラゴンとの戦いが厳しいものになっていたようだが、それを知らなかった今までは人手があればある程良いと考えていたのだ。それなのに人手が集まらなくなってはどうにもならない。ゆえに国王様は己の所持している宝石なども自費負担として報酬に加えようかと考えておられた。
俺達もそうするしかないのかと考えていたし、ここまで追い詰めるとはおのれ反逆者!とも思っていた。いざこの話を聞くと俺達は自分の尾を敵と間違えて追う馬鹿犬でしかなかったが。考え方が凝り固まっていたのかもしれない。今度からは柔軟な考え方が出来るようにならなくては。
だが、この考えを今聞けて良かったとも思う。あり得ないが、俺達と国王様とで意見の相違が生まれてからでは遅かっただろう。万が一その冒険者が言うように完全に擦れ違いを起こしていたらと思うと身震いする。帰ったらきちんと話し合わなくては。
「そして、それを聞いていた他の冒険者達も辞退し始めた結果参加者が居なくなったというわけです」
「そうか……」
説明が終わり、シルヴィアは無表情のまま茶を啜った。本気で凄まじいメンタルだな、このエルフ。
しかし、納得がいった。俺達ですら頷くしかない仮説。下級冒険者も聞けば納得するしかないだろう。俺は溜め息を吐いて己の赤い髪を掻き乱した。
「理由はわかった。納得もした。だが……」
「もしその仮説が間違っていたら、と思うとな……」
デリックも深い溜め息を吐く。確かに俺達は下級ドラゴンを何度も倒している。もしその冒険者の仮説が合っていればいつもと変わらず余裕を持って倒す事が可能だろう。しかし仮説が間違っていた場合、俺達だけで強化されているドラゴンと戦わなくてはならなくなる。
「他のプロ冒険者も来れなかったし…」
眉を顰め、ローランがそう呟いた。
そう、本当なら俺達以外のS級やA級が助っ人に来る事も多いのだ。しかしタイミングが悪かったせいで誰も来れなかったらしい。
……もうじき王都で武道大会があるからな…。
実力の高い冒険者達は皆強い魔物が居る地域に行ってレベルを上げているのだろう。そう考えると本当にタイミングが悪かった。いや、良かったと言うべきなのだろうか。武道大会が開催されている間、俺達は国王様の護衛任務だ。しかも伝統で俺はシード枠で出場する義務がある。それを放ってドラゴン討伐には行けん。万が一その大事な仕事を放棄する時は、相当危険な魔物が出た時くらいだ。
せめて他のS級……いや、A級のパーティが居てくれたらと遠い目をしていると、ギルドの表の方からバタバタと足音がした。そしてその慌ただしい足音はこの部屋へと近付いてくる。
「リーダー!ドラゴンがもう近くまで来てます!これ以上近付かれるとグレルトーディアに被害が出る可能性があります!」
扉を開けて飛び込んで来たのは、新入りのルークだ。くすんだ金髪に青い瞳の青年。まだ若いが実力は確かであり、剣士としての実力をちゃくちゃくと伸ばしている。
まだあまり顔が売れていないというのもあり、ルークには別行動で色々な場所へと様子見に行ってもらう事が多い。先日もツギルクにバーバヤガの冒険者が現れたという通報があったから向かわせた。
そいつらを捕まえたルークが言うには、少女が絡まれていたが保護者の女性がその男達と共にそういう事を目的とする宿屋に入って行ったらしい。本当はその時点で捕まえた方が良いのだが、その女性は自らついて行ったせいで無理矢理押し入る事が出来なかったそうだ。
翌朝その保護者の女性が一人で宿屋を出たから部屋に突入すると、目をつけていた三人の男以外にもバーバヤガ出身と思われる複数の男達が干からびたように気絶していたらしい。男達は意識が混濁していたらしいが、混濁している隙に色々と質問するとペラペラと罪を自白したそうだ。そしてルークはそいつらを逮捕し王都に戻ってきて……すぐにドラゴンの動向を監視するという仕事を任された。
改めて考えると休む暇も与えれていないな。反省しなくては。
だが今はドラゴン討伐だ。反省は後でしよう。
「わかった。一応アイテムはあるし、もしその冒険者の仮説が合っていれば余裕のはずだ。行くぞお前達!」
「ああ!」
「わかった」
「はい!」
「りょうかーい!」
腹を括ったのか、ルークを除いた四人が元気な返事を返した。一部始終を聞いていなかったルークは困惑を顔に浮かべながら俺に問う。
「え、あれ、リーダー、他の協力者は?」
「居ない。俺達だけで討伐する」
「は!?え、いや確かにリーダー達強いですけど!」
ああ、やはりそう思うよな。安心した。
「説明は道中でする。お前はここで待機するのか?」
返事をしなかった事に対しそう言ってやると、ルークは簡単に挑発に乗った。
「誰が待機なんてするもんか。ちゃんと説明してもらいますからね!」
ムキになるのは若い証拠だ。……若いのを相手すると自分が老けた気分になるな。
「嘘だろ……」
「これは……」
「仮説は事実だったらしいな」
上からルーク、ロロ、アンナの順番でそう呟いた。
思わずそう呟くのも仕方が無い。俺だって開いた口が塞がらないんだ。
「いや、マジで今まで苦戦してきたのは何だったんだっつーか……」
ローランのその言葉に同意しかない。
「ガアアアアァァァアアアアアアアッッッ」
デリックはいい加減バトルも終わったんだから正常な意識に戻れ。殺気と血で暴走するバーサーカーめ。オールバックで纏められていた髪がボサボサになっているが目に入らないんだろうか。
「予想していたよりもずっと簡単に終わったな…」
俺は籠手を装備した腕で頬に付着したドラゴンの返り血を拭う。
……そう、仮説は正しかったのだ。現在、俺達の目前にはドラゴンの死体が転がっていた。
最初は不安しかなかったが、戦い始めてから違和感に気付いた。否、違和感ではない。普段俺たちだけで戦う時とドラゴンの強さが変わらないという事実があった。
時間もアイテムもまだかなりの余裕がある。まさか本当に俺達は自分の首を絞めていただけだったとは……。というか普段俺達だけで戦う時のドラゴンと、大勢の味方がいる状態で戦う時のドラゴンでは異様な程差があった。何故気付かなかったんだ俺達は。最初に裏で手を引く者がいるのでは?という仮説を立てたせいだな。あの時の俺達に最低でも拳骨一発は食らわせてやりたい。
「ガァッ!アァアッ!ウグァアアアアッ!」
「なあ姉御、さっさとデリックの旦那に状態異常解除の魔法掛けて戻してくんない?ドラゴンの尻尾がミンチにされてるんだけど」
「あらローランったら。普段の不器用な真面目さんも良いけど時々は理性蒸発した大暴走モードも素敵でしょう?久々だしもうちょっとだけ♡」
「ロロは相変わらず愛が歪んでいるな」
「アンナも好きな人が出来たらわかるわよ」
完全にいつも通りのやり取りだが、いい加減デリックを元に戻して欲しい。この状態のコイツを町に連れて行くわけにもいかんしな。あと長時間放置し続けるとデリックの喉に負担が大きい。丸一日バーサーカー状態だった翌日、声が出なくなっていたからな。
「ロロ、さっさとデリックを戻してやれ。ドラゴンは持ち帰らなくてはならんのにミンチ肉にされては困る」
「い・や」
「ロロ………」
アンナが攻撃魔法に特化しているせいで、王の剣に所属しているメンバーではロロしかヒーラーが居ない。ただでさえ素手でも強いロロが相手であるし、下手に機嫌を損ねるとしばらく回復してもらえなくなる。そうなると危険だ。
はぁ、と俺が溜め息を吐くと、アンナが杖を構えた。
「王城の中の書物、その中に勇者の書があった。それによると、精神分析(物理)という物理的な痛みによって正気を戻す方法があるらしい」
「……おい」
嫌な予感がした。
アンナは止める間もなく、魔法の詠唱を始める。あ、この詠唱かなり簡略化に成功したって言っていた魔法じゃないか?
それに気付いた瞬間、魔法により作られた大きな氷の塊がデリックの頭部へ直撃した。
「ウガァッ!?」
「あ、気絶した」
ルーク、心の声が漏れてるぞ。
確かに大人しくはなったが、明らかに大ダメージだろう…。
「あれちょっとハイリスク過ぎじゃね?」
「その書には、精神分析(物理)は加減無しで行けと書かれていた。最悪死に掛けにしてしまうかもしれないが、まあその時はその時で、と」
「アンナさん、それ明らかに真似したら駄目なタイプの勇者の書じゃないですかね」
ローランとルークの言葉に全力で同意したい。アンナは新しいやり方を知るとまず試そうとするから本気で止めて欲しい。先日王城の中庭が危うく大惨事になるところだった。
思い出して冷や汗を流していると、気絶したデリックにロロが近付いて回復魔法を掛けていた。本当に見た目だけは良いから絵になるんだがな…。教会にありそうな絵面なのに背景のドラゴンの惨殺死体が全部を台無しにしている。バーサーカーと聖女の皮を被ったゴリラのツーショットであるのも合わさって俺の視界には酷い絵面に見えた。どんな空間だ。
はぁ、と溜め息を吐き、俺はドラゴンをアイテム袋の中に回収する為あの空間へと歩き出した。
宿屋で一泊し、ギルドへ向かう。そろそろ昼時だからもしかすると例の冒険者が来ているかもしれないという期待から少し早足になってしまう。昨日は無理だったが、シルヴィアに例の冒険者が来たら礼を言いたいから待って居てくれと伝えるように頼んだのだ。
礼を言いたいし、この件について感謝の報酬を渡したい。何より他にも様々な意見が聞けるかもしれないなと考えて少し表情が緩んだ。隣のルークが衝撃を受けたように目を見開いたのは不愉快だったので足を踏んでやった。少し吠えられたがお前の態度が悪いせいだろうが。俺の機嫌が良いのがそんなに珍しいのか。
………珍しかったな、うん。
しかし、その上機嫌も長くは続かなかった。
「彼女は今朝、護衛の依頼を受けて出発しました」
「何だと!?」
護衛の依頼!?つまりもうこの町を旅立ったという事ではないか!普通の依頼なら待てば良いだけだが、旅立ってしまった後ではここに居ても会う事は出来ない。
「先に言っておきますが、ちゃんと王の剣のリーダーが直接会って礼を言いたいと言っていた、と伝えましたよ。ただ彼女は、あくまで個人の意見でしかなかったからとそれを辞退し、すぐにでも出発しないとクビになるかもしれないと慌てていた商人の護衛依頼を受けて旅立ちました」
問いただそうとしたが先手を打たれた。というか受付でも無表情とは…シルヴィアはちゃんと仕事を全う出来ているのか?
いや、それはどうでも良いんだ。そうか、既に出発してしまったのか…。
シルヴィアは彼女、と言っていた。勝手に男だと思っていたが、女だったのか。確かに女ならS級冒険者とはいえ男に呼び出されて警戒しないはずもない。
それに困っている人の依頼を受ける事を優先するというのは良い事だ。目の前の利益よりも人助けを優先するとは中々出来る事ではない。そういう考え方が出来るからこその柔軟な視点なんだろうか。
「どの町に旅立ったのかを聞いても良いか?」
「情報漏洩をする気はありませんので」
やはりその返答か。まあここで情報を漏らすようなら情報の規制が出来ていないとこのギルドに苦情を出す事になるからきちんとした受付嬢で何よりだ、としか言えない。王の剣は国王様直属の冒険者パーティだから、そういう抜き打ちのような事も仕事に含まれている。
だが困った。相手が女の冒険者という情報しか無い。それでは礼を言う事が出来ないではないか。
「せめて相手の名を教えてもらいたい」
「……………チッ。ミーヤよ」
「ミーヤというのか!」
見つめ続けると、舌打ちこそされたが名を教えてくれた。成る程、相手の冒険者の名はミーヤか。名前だけでも見つけやすくなるからな。ありがたい。
欲を言えば見た目の情報も欲しいが流石にそこまでは話してくれないだろうなと思っていたら、思いがけないところから情報が転がり込んできた。
「ミーヤだって!?」
「ルーク?」
「リーダー!ミーヤってあの、ツギルクで絡まれてた女の子の名前ですよ!」
何だと!?キラービーを連れていた魔物使いの少女か!?
ルークの言葉に、シルヴィアも少し目を見開いた。
「なあ、そのミーヤって長い黒髪を首の辺りで二つに結んだ女の子か?保護者の褐色の美女と、従魔であるキラービーを連れた女の子!」
「………保護者じゃなくて、彼女もミーヤの従魔よ。それと、ラミアと狐獣人もいるわ」
「あれから仲間が増えたのか!?」
ありがたい事に、ミーヤという少女の情報がかなりゲット出来た。見た目の特徴はルークに聞けば正確だろうし、ラミアや狐獣人などを連れているなら目立つだろう。
ふと、違和感を覚えた。ルークは成人もしていないような幼い少女だと言っていたはずだ。しかしドラゴン討伐の件で、俺達が思い至らなかったところに気付いていた。もしや、年齢に見合わず知能が高いのか?もしそうなら本格的に王の剣にスカウトしたいところだ。
「ルーク、その少女の年齢は幾つほどだ?」
「歳は聞いてませんけど、見た目からすると……多分12歳前後だと」
そう言うルークを横目で睨み、シルヴィアは言った。
「ミーヤは17歳よ」
「は!?」
シルヴィアの言葉にルークは驚愕で言葉を失ったらしい。口を魚のようにパクパクと動かしている。
いや、しかし、そうか。見た目は幼いようだが、成人済みであるなら納得がいく。知能が高い少女ではなく、単純に広い視点でものを見る事が出来る女性だったという事か。ううむ、知能が高い少女であれば伸び代に期待が出来るからスカウトしやすかったんだが………残念だ。
「ああもう、こんなにミーヤの情報を話すつもりは無かったのに」
シルヴィアは無表情を歪め、苛立ったように俺達を睨み付けた。
「これ以上話す事は無いわ。受付嬢である以上に、私はミーヤの友人でもあるんだから。これ以上友人の情報を持っていかれるわけにはいかないもの」
そう言い、シルヴィアはふんと鼻を鳴らして俺達から視線を逸らして茶を啜った。指で机をコツコツと叩いている事から、相当苛立っているのが伝わった。殺気に近い冷気が俺達に向けられているのがわかる。
……そうか、昨日話を聞いた時よりも感情が表に出ていたのはミーヤが友人だったからか。ルークの情報を所々修正していたのも、友人に対しての誤解を無くす為か?いや、従魔に関しても訂正を入れていたから単純に自分の方がミーヤの事を知っていると主張してマウントを取る為か。女はマウントに拘ると聞くからな。
下手に氷の魔法を放たれたくは無いからさっさとギルドを出る。ミーヤが居ないのでは用も無い。
「マジか……絶対子供だと思ってたのに成人してたのかミーヤ……マジか……俺うっかり子供扱いしちゃったけど嫌われてないよな?……成人だったのか……マジか…しかも17って俺より一個下………マジか……」
さっきからルークがそれしか言わなくなっている。それだけ幼く見えたのだろうか。よくわからん。
よくわからないが、俺達王の剣は様々な場所に派遣される事が多い。魔物使いならば目立つだろうし、きっとすぐに会える機会もあるだろう。出来れば早い内に会って、この件の礼を言いたいものだ。
さて、さっさと宿屋に戻り、待っている皆と昼食を食べて王都に戻らなくては。国王様に話さなくてはならない事が沢山あるからな。




