異世界のドラゴン討伐のやり方に物申す!(後)
後編です。
「……他には、どんな問題があるんだ…?」
あわわわアルディスの目が!濁った目に!死んだ目になってしまっておられるぞよ!ぞよって何だ!これはさっさか話した方が良いね!?
「えっと、あの、あとは報酬に関してなんだけどね?」
「…報酬?」
下級冒険者ディスりに近かったさっきまでとは少し違うと判断したのか、アルディスの目に光が戻った。
「うん、報酬。参加者全員にドラゴンの鱗とかが支払われるんだよね?」
「ああ、そうだ。角や爪、牙とか逆鱗とか内臓とか、レアな部分は全部プロ冒険者行きだけどな」
向こう側の冒険者達もアルディスの言葉にうんうんと頷いている。
「でもさ、それってあんまり良く無いよね」
「…俺にとっては当然の事だったから違和感がわからないんだけどさ、具体的にはどの辺りが良く無いのか教えてくれるか?」
「私も気になります」
そう言い、ハニーが上の右手で挙手をする。
「ギルド長はドラゴンの鱗などで装備を強化し強くなれ、というような事を言っていました。下級冒険者を強くするには丁度良い報酬なのではないですか?」
…うーん。でもさ、現実ってそう簡単にはいかないよね。
「まず、なんだけど。装備で下級冒険者が強くなれるってんなら皆良い装備を使うと思うんだよね。でもそうしないのって何でかわかる?」
そう問いかけると、ハニーは下の両腕を組みながら上の左手を顎に当てて少し考える。
「……そこまでの実力が無い、もしくはそれを購入する金が無い、とかですか?」
「うん、私もそう思う」
私も武器を扱う実力が無かったから武器持ったら危険って言われたしね。形として鞭だけは持っておけって今の鞭を提案されたって感じだし。
「で、普通にお店で売ってるような上級者向けの武器や防具を身に着けられない人間がドラゴンの素材を使用した武器や防具を身に着けれると思う?」
「無理ですね」
キッパリハッキリと断言したハニーの言葉に、冒険者達がまた何人か膝を折った。
「そして装備は出来るけどお金が無い人の場合もドラゴンの鱗なんて無用の長物なわけじゃん」
「?何でだ?」
首を傾げるコンに私は答える。
「だって、お金が無いだもん。お金が無いって事はドラゴンの鱗で作る武器や防具を作れるはずも無いよね?だってそういうのもお金がかかるんだし」
前にイースから聞いてたんだよね。武器や防具はオーダーメイドする事が出来て、凄いレアな素材の奴は大体オーダーメイドだって。そしてそういうのは加工の為とか手間とかその他諸々で金がかかる。
あと、剣を作るのと剣を強化するのではちょっと違うとも言っていた。
剣を作る場合は元となる素材を加工して剣の形にして剣として使えるようにするらしい。だから素材の量も要るしテクニックも金も要る。
剣の強化の場合は元となる剣に素材を足して強化するって感じらしいから素材少な目金も少なめで頼めるらしい。けれど素材がレアで元にする剣が安物の場合、基盤にする剣が耐え切れない事もあるんだとか。
だから強度としてはレア素材で剣を作るのが一番だけど、素材とか色々を考えてレア素材で強化した剣の方が優先されてそっちの方が多くなっちゃうんだとか。
「で、強化の場合。強化にもお金はかかるし、装備品が安物だったら素材の強さに耐えられなくて装備品が駄目になっちゃうらしいんだよね。それを回避するには良い装備を購入しないと駄目だけど、それって出費が嵩むって事でもあるよね?」
新品のレコーダーを貰ったから使おうとしたけど家にあるテレビが古い奴だったからレコーダーを使う為に新品のテレビを購入する事になりました、みたいな話だ。
「そんなお金は無いんだから結局強化なんて出来ないと思う。あとドラゴンの鱗はレア素材の一種らしいから、普通にその鱗を売ってお金を作ると思うんだ。でも、そうするとお金は出来るけど」
「素材そのものが無くなるわけだから、強化なんて出来ないって事か!」
「そゆこと」
納得したらしいコンの頭を撫でる。
「だから結局意味が無いと思うんだよね。下級冒険者にレア素材を与える事で戦力アップ!って考えたのかもしれないけど、そもそもレア素材を有効活用出来るんなら下級冒険者のままじゃ無いと思うし。実力不足か金不足。そしてその場合、殆どが素材そのものを金に変えると思う。だって持ってても意味は無いんだし、それなら金にした方がずっと価値があるってなっちゃうし」
使えない物を持ち続けるよりは使える物に変えた方がお得だもんね。思い出の品として大事にするのは人それぞれだけど、いつ死ぬかわからないのが冒険者でもあるから冒険者は殆ど貯蓄しないらしい。刹那的に金を使って楽しむ生き方が殆どなんだとか。
冬に死ぬのが決まってるから蓄えなんざせずに遊ぶぜいえーい派のキリギリスよ、とイースは言ってたけどその例えで良いのかは知らない。知らないけどめっちゃわかりやすい例えではあったよね。
「あと、これは一番重要な問題なんだけどさ」
「まだあるのか!?」
怯えた様子で一歩引いたアルディスには悪いけど、まだあるんです。
「報酬、一番働いてるはずの上級冒険者の取り分が少ないのは駄目だと思うんだ」
これ。これが一番アカン問題だと思うんだ。
「……一応言わせてもらうが、上級冒険者にもちゃんと報酬はあるぞ?ドラゴンの中でもレアな素材とか、ギルドや国王直々の報酬とか」
「ドラゴン退治と下級冒険者大勢の護衛というクッソ難しい依頼をクリアしてるのに、その護衛対象でもある下級冒険者にまでドラゴンの取り分が行くのがおかしいんだよ」
そりゃ下級冒険者だって死と隣り合わせの場所に行くんだからそのくらいの報酬は欲しいよ?欲しいけどね?一番優先すべきは一番働いてる上級冒険者だからね?
「今の状況は悪循環の途中なんだよね。もうスタート地点を越えちゃってる。バッドエンドに到達する前にどうにかした方が良いと思うんだよね」
「……バッド、エンド…?」
ラミィの問いに私は答える。
「今の状況はさ、数を増やしてドラゴン倒すぞ!の状況なわけじゃん?でも数を増やせば増やす程協調性は減っていく。だって会話してどういう戦い方が得意なのかっていう情報交換すらまともに出来ないくらいに人数多いもん。そんな状態じゃ人数が増えれば増える程怪我人は増えてアイテム消費も増える」
そして重要なのは、参加者全員に報酬が出るってトコだ。
「しかし参加者全員に報酬が出るって事は、人数が増えれば増える程怪我と出費が増えるのに報酬の取り分は減っていくって事になる。だって人数の分だけ報酬が増えるわけじゃ無いもんね」
倒したドラゴンの一部っていう限りある報酬だ。山分けっていうルールの中で人数が増えれば、相対的に取り分は減る。
「それってつまりはさ、下級冒険者の取り分も減るけど上級冒険者の取り分も減るって事だよね?しかも上級冒険者は増えた下級冒険者のフォローにも回らないといけないからより負担が増えてるわけだし。負担がプラスで報酬マイナスって駄目だと思うんだ」
それと、
「このやり方を国王が率先してゴーサイン出してるのも良く無い。数を増やせば有利って考え方って事は、数が増えれば増える程ドラゴン退治が楽になるって考えだと思うんだ。つまり人員増えて大変さ増して報酬も減る上級冒険者が国王に報酬増やしてって言っても、国王からしたら「え、仕事楽にしたはずなのに要求してくんの?」って感じじゃない?」
そうなったらもう本当にアウトだ。
「そこで意思疎通を間違ったら完全に歯車が噛み合わなくなる。国王は上級冒険者を強欲な人間だと思うかもしれないし、上級冒険者は国王に対して部下を安い報酬で使い潰す人間だと思いかねない。ここまで行ったらもう上級冒険者達が反逆者になってしまう可能性が生まれちゃう」
それは危険だ。特にその後の色々も含めてとてつもなく面倒な事になりそう。考え方を少し間違えただけで、誰も悪く無い状況だからこそ悪人に当てはめるべき対象がそれぞれ違うっていうのが一番面倒な点だ。
国王は上級冒険者の仕事が楽になるように、そして下級冒険者が強くなるように、何よりも民が安心出来るようにとそういう作戦を考えたんだろう。
上級冒険者は上級冒険者で依頼を必死に達成してるだけだしね。下級冒険者だって命懸けで言われたままやっているだけだし、本当に初手の読み違えが致命的って感じだ。
あ、勿論あくまで個人的な私の意見です。責任は取りたくない。
「だから…」
……やばい。話すのに夢中になってて気付かなかったけどギルド内がとんでもなくシーンとしている。さっきまでのざわざわがまったく無い。これはいかんぜよ。
「だから、まあ、その……私は参加しないでおくよ。今のはあくまで私の勝手な考えだけど、私が足手纏いにしかならないってのは自覚してるわけだし。無駄にアイテム消費したりもしたくないし、そもそもドラゴンの鱗を必要としてないし。お金に関しては普通の依頼こなして稼ぐから良いかな、って……」
あー駄目だ!全員が無言だ!ずっとざわざわ騒いでたじゃん冒険者の人達声を上げて!さあいつも通りに大声でわいわい騒いでよ!無理!?そんな気分じゃない!?ならば仕方あるまい!私は誰と喋ってるんだよ!ああもうこの空気苦手過ぎてうっかりパニック状態になりそう!もうなってる!?大丈夫まだなりかけだから大丈夫!風邪の時だってなった時となりかけじゃなりかけはまだ大丈夫だ感強いじゃん!?だから大丈夫でござりんすでやんす!語尾がめちゃくちゃ!?わあってらい!(パニック)
あまりにシーンとした空気過ぎて泣きそうになった瞬間、パンッと手を叩く音がギルド内に響いた。
「じゃあ、話も終わった事だし帰りましょうかぁ?」
イースだ。ずっと私の言葉を微笑みながら聞いていたイースがするりと私を抱き締める。
「ドラゴンのせいで今日護衛依頼を受けるのは無理そうだものねぇ。町の外にも出られないからぁ、宿屋でゆっくり過ごしましょう?」
「え、えと、イース…」
「だぁいじょうぶよぉ、ミーヤ。そんなに不安がらなくても大丈夫。私が教えた情報を組み合わせてそこまで考えただけで凄い事よぉ?しかもその情報から国の一大事に発展しそうな点をハッキリと見抜いたんだからぁ」
私の不安を見抜いてだろう、私を緩く抱き締めながらとっても優しくてとろけるような声でイースは言う。
「普通ならドラゴンの報酬に目が眩んで見えない所をちゃぁんと見抜いてそれを口に出した。ミーヤは間違った事なんてしてないわぁ。だから周りの静寂に怯えたりなんてしなくて良いのよぉ。これはただ、皆が見ないでいた事実と向き合っている事で生まれた静けさなんだからぁ」
「…うん」
イースに抱き締められながら深く息を吐き出す。ちょっとね、色々と言った内容を思い出して内心真っ青だったよね。あーイースのおっぱいのむっちり感凄い。
……ちょっと精神落ち着いてきて思ったんだけど、私国家転覆企んでる奴だと思われたりしてないよね?
「ふふふ、ミーヤってば本当に面白い思考回路よねぇ。そんな事思われたりしてないから安心して大丈夫よぉ」
笑われた。でもイースが笑いながら言うって事は本当の事なんだろう。
安心して肩に入っていた力を抜く。ついでに私へのフォローの為に伸ばそうか伸ばすまいか悩んでいるらしいコンの右手を両手で捕まえて肉球を揉む。精神安定剤は肉球です。社畜だって動物の肉球やお尻に癒されてるんだよ。社畜のパソコンにお尻画像がいっぱいって言い方次第で誤解を生むね。
「ミーヤ様、ミーヤ様の考えはとても納得のいくものでした。ですから不安になる必要なんてありませんよ。もっと堂々となさってください」
「ありがと、ハニー」
「……ん、わかり、やすかった…」
「ありがと、ラミィ」
「お、俺は別にミーヤが不安そうにしてるのを見て心配したりなんてしてないんだからな!?……で、でもその、ミーヤの話した内容は間違ってない、と、思うぞ」
「ありがと、コン」
あー、うちの子皆良い子ばっかりだな!メンタルが大分回復してきた!うちの子可愛い!
「…ふふっ」
背後でイースが笑い声を殺しているのが振動で伝わってきた。バレてるぞ。
「……じゃ、俺も今回は止めておくか!」
「え?」
アルディスは参加するっつってたべ?
「ミーヤの言った言葉に納得しちまったしな。納得したって事は心当たりがあるって事だ。実際プロ冒険者ならドラゴンくらい簡単に倒せるらしいし、俺が居ない程度で失敗するとかはあり得ないだろ?だから俺もパスして今日は休む!一緒に飯食おうぜ!」
笑顔でそう言うアルディスにちょっと戸惑うが、そういやアルディスって良いお兄ちゃんみたいな性格だもんな。心配させちゃったんだろうか。
「というかまあ、今ので皆思うところがあったみたいだしな。今回のドラゴン討伐の結果でミーヤの話した内容の真偽はすぐわかるだろ」
「いやあの、私の話した事はあくまで私個人の意見だからね?鵜呑みにしないでね?実際の人物、団体、名称とは一切関係無いんですよマジで。そういう事にして」
責任を負いたくない。それが日本人です。
私の発言に、アルディスはカラカラと笑って私の頭を軽くぽんぽんした。
「まあ深く考えるな!万が一の危険性を懸念したってだけの話なんだからさ。ミーヤが言ったみたいな最悪のバッドエンドにはまだ辿りついて無い。だからもしもの仮定話でしか無いんだ。間違ってても誰も何も言わねえよ」
「……本当に?」
「すまん嘘。ちょっとからかうくらいはする」
「それはそれで嫌だな!」
酒の席で毎回ネタにされるタイプのやつじゃないか!
「まあまあ、気にすんな。ほれ適当に露店見ながら冒険者の食事処行こうぜ!銀貨一枚までなら奢ってやる!」
「マジでか」
「マジで!」
ニッと笑ったアルディスの笑顔に私の下がっていた気分もゆっくり上昇し始める。
「では私は甘い果汁系を」
「…ラミィ……肉、か、卵……」
「俺も肉が良いな。量多いやつ」
「私は何を買ってもらおうかしらぁ?」
「一人銀貨一枚じゃなくて全員分で銀貨一枚だからな!?」
「ぶふっ、あっはは!」
全員ノリが良いな!
気分がかなり上昇して、さっきの無言タイムを忘れてケラケラ笑いながら皆とギルドを後にした私の耳には、流石にギルド内の冒険者達の話し声は聞こえなかった。
「俺、今回は止めておこうかな」
「ああ、俺も止めとく。毎回報酬目当てだったし」
「あの子凄いな、なんというか……説得力があったっていうか」
「そんな事まで考えた事無かったわ。出費も国王様の懐からだしって思って気にしなかったし…」
「報酬しか考えた事無かったぜ」
「確かにドラゴンの鱗って加工したいけど加工する為の代金が高いからって毎回酒代になるんだよなあ」
「ドラゴン討伐から最悪プロ冒険者の反逆ルートとかさ、凄い事考えるよなあの子」
「でも考え方、悪くなかったよな。国を転覆させる側とかじゃなくて、ちゃんと客観的に見た上でそれをバッドエンド扱いしてたし。つまりあの子にとってこの国がそんな状況になるのは良く無い事ってわけだろ?」
「実際、プロ冒険者って普通に下級ドラゴンの群れをガンガン倒した実績あるって言うしな」
「そう考えると俺達が同行してる時だけ被害デカイって事で、あの子の考えが当たってそうなのが怖い」
「つかそこまで発覚してるのにこの事実にあの子以外気付かなかったっつーのがヤバイだろ」
「いやだってゴリ押しで大体生き延びて来たし」
「死んだらその時だし」
「ゴリ押しばっかりだから皆死んでいくんじゃないかしら」
「俺自分の視点でしか考えた事無かったけど、下級冒険者視点とプロ冒険者視点と国王視点で考えるって地味に凄くね?」
「地味どころじゃなく凄いだろ。しかもあの子、まだ17歳だぞ」
「17歳!?12歳くらいかと思ってた!」
「でも俺ら23歳とかそれ以上の奴等ばっかだぞ」
「若い子の方が新鮮な考え方になるってやつか…」
「時の流れには、人間である以上誰も逆らう事は出来ない…。そう、時の変化にも、誰も……」
「前から気になってたんだけどお前のその左手の包帯何?」
「じゃ、俺も今回は参加止めといて武器屋行くか」
「俺は図書館の美人司書さんに日課の告白を!」
「あそこの司書さん男しか居ねえけどお前誰に告白してんの?」
「眼鏡が似合う線の細い美人。え、てかあの人男なの?」
「男だぞ」
「まあ男でも眼鏡似合ってるから良いや。今日も花屋で花買ってプレゼント大作戦だ!」
「お前強いな!?」
「私は雑貨屋さん見に行こうかしら」
「ギルド長戻ってきた時に人少ないと混乱しないかな?説明役として残った方が良いか?」
「シルヴィアがずっと受付に座ってたから大丈夫だろ。確かあの子と仲良くなってたから一字一句聞き逃さず伝えるくらいやってのけるはずだ」
「友情だよな?」
「そのはず」
「説明してくれるんなら良いや。俺も露店で掘り出し物探そ」
そんないつも通りの面白い会話がギルドの中で繰り広げられていたなら聞きたかった。




