ニヤ猫
「で、ニヤ猫って何なの?」
デルフトの森を歩きながら、私はそうイースに質問した。
だって誰も教えてくれなかったんだよ!?アルディスは、
「まあ……猫?」
だし、受付に居たシルヴィアさんなんて、
「え!?この依頼を受けるの!?……わかったわ。もしあの猫に噛まれたら言うのよ?言いだしっぺのアルディス共々凍らせるから」
だよ!?その反応が怖くて仕方ないよ!あとエルフって氷魔法は得意じゃないって聞いてたけど、シルヴィアさんは氷魔法が結構得意らしい。火魔法はてんで駄目だって言ってたけどね。
まあそれはともかくとして、だ。結局誰もニヤ猫の詳細を話してくれなかったんだがどういう事だ。粘ってシルヴィアさんに聞いても、
「あの依頼はニヤ猫が勝手にボードに貼っていくのよ。剥がしてもいつの間にか貼られてるし、受理したらニヤ猫にもそれが伝わるみたいで来るのを待ってたりするみたいだし……。しかも駄目だったら何時の間にか依頼失敗ってギルドカードに刻まれてたりするのよね。よくわからない生き物だから、気をつけなさいね?」
としか教えてくれなかった。私はせめて見た目的な特徴を教えて欲しかった。思い出してがっくりしている私を見てくすくすと笑いつつ、イースは言う。
「そうねぇ……見た目はデフォルメされた猫かしらぁ?肉付きは良いわねぇ。ピンクと緑のしましま模様で、人語を話す奇妙な猫……って感じかしらぁ」
「ほーん…」
いまいちイメージ出来ないな。でも心が読めるイースが言うって事は、実際に見た人の印象だろうし……本当にそういうのなんだろう。しっかし緑とピンクのしま模様の猫ってどういう事だ。普通に怖いよ。
ざくざくと森の中を歩きながら、現れる魔物を皆が狩る。皆って言ってもイース以外だけどね。イースは既にめっちゃ強いから、まだまだ伸びしろがあるハニー達にレベルを上げて欲しいらしい。
というか、サーチ&デストロイ過ぎる。音がしたと思ったら次の瞬間魔物が死んでるもん。ハニーもラミィもコンも反応速度速過ぎない?主なのに私に出来るのはその辺の薬草を摘む事だけだよ。背中見せる体勢でしゃがんでも大丈夫だっていう安心感がハンパ無いよ。頼もしいな私の従魔。
地味に暴食ウルフとやらも狩られてるなんて私は知らない。知らないったら知らない。本当はEランク級の魔物で、FからEに昇格する時の試験で狩る魔物だなんて知らない。一匹狩れば昇格出来る魔物が既に五体以上倒されてるとか知らない。
あ、余談だけど町によって出る魔物が違うから、試験内容もそれぞれ違うらしいよ。豆知識だね!ああそうだよ現実逃避だよ!正直イートピッグもホーンラビットも目標の数狩り終わったわ!ニヤ猫さんどこにおるんじゃい!
「……おろ?」
ざくざくと歩いていると、急に開けた場所に出た。
大きい木、綺麗な泉、そして泉の手前に置かれている大きくて平べったい台座のような岩。その上で丸まっているのは、緑とピンクのしま模様な猫だった。
「ってニヤ猫!?」
「んああ?」
とんでもない色彩の猫に驚いて思わず大声を出すと、恐らくニヤ猫と思われる猫はくあぁっと欠伸をして体を伸ばし、前足で耳をくしくしと整えてからチラリとこっちを見た。
「にゃんだいにゃんだい、お猫様をいきなり大声で起こすだなんて酷い奴だ。しかも自分は名乗らず相手の名を呼ぶだにゃんて、無礼にも程があるんじゃないかい?」
うおお、ありえない色彩の猫に正論で説教された…。仰るとおり過ぎて反論も出来ない。まずは頭を下げて謝罪する。
「すみません、ちょっと驚いて口から声が。私は冒険者で魔物使いのミーヤと言います。後ろに居る皆は従魔の」
と、そのまま従魔皆の紹介をしようとするとニヤ猫は口を三日月のように歪ませてニンマリと笑い言葉を遮った。
「いやいや、説明なんてしなくて良いさ。お猫様はお猫様の依頼を受けた奴を待っていただけだからね。ミーヤという事はアンタがお猫様の依頼を受けた冒険者だろう?なら他の奴の情報なんて不要さ。アンタにしか用は無いんだから」
……お猫様って一人称、初めて聞いた。
というかさっきからずっとニヤ猫に謎のデジャブを覚えてたんだけど、あれだ。不思議の国のアリスのチェシャ猫だ。あの掴みどころの無い猫っぽさが凄いそっくり。特によくわからないしま模様なところとかめちゃくちゃチェシャ猫じゃない?
「んじゃあミーヤ、こっちへおいで。依頼内容は知っての通り、お猫様のブラッシングさ。下手なら噛み付くがまあまあの腕なら噛み付かない。小遣いくらいは出してやるよ」
「上手だったら?」
「そいつは嬉しい。上手だったらお猫様のかつての主が扱いに困っていた宝石を一つやろう。もしかつての主のようにお猫様が満足いくブラッシングの腕を見せてくれたら、お猫様がアンタに素敵なスキルをプレゼントしてやるよ」
ふむふむ、出来によって報酬が変わるのか。だから報酬のところには良いモンやるぜとしか書いてなかったんだね。
ニヤ猫は岩の上で腹を見せるようにゴロンと寝転がって言う。
「さあさ早くやっとくれ。最近の冒険者は良い腕の奴が居なくて困ってるのさ。このお猫様の毛並みが悲惨な事になったら人間のアンタも悲しいだろう?」
あ、この猫かつての主にめちゃくちゃ溺愛されてたタイプの猫だな?自信が凄い。その自信を少しで良いからうちのコンに分けて欲しい。ハニーはしっかりしてるし、ラミィはマイペースだし、イースに至ってはかなりの余裕があるけどコンだけちょっと不安強めみたいなんだもんな。
まあとにかくブラッシングをしない事には始まらないし、ニヤ猫も尻尾を岩にペチンペチンし始めたから覚悟を決めて岩に近付く。
「じゃあ岩に座ってお猫様を膝に乗せにゃ。体勢はやりやすいように変えてやるよ」
「あざっす…」
凄く……なんだろう。言い方が悪いけどふてぶてしいなこの猫。
よいしょと岩に座ると、当然のようにニヤ猫が膝の上に寝転んだ。
「えっと、ブラシは?」
「ほほう」
ブラシは無いのかと聞くと、ニヤ猫は目を細めてニヤリと機嫌良さそうに笑った。
「中々にわかってるね、アンタ。そう、獣って奴は匂いに敏感だから慣れたブラシじゃにゃいと落ち着かない。それをわかってない人間が多いからもしアンタも持参したブラシを使おうとしたら減点する気だったが……そのくらいはわかってたか」
え、既に依頼が開始されてんの?つか試験でもあるまいに減点とか言うの止めて。怖い。
「にゃっはっは、まあわかってるだろうとは思ってたけどね。そこの狐、随分と毛並みが良い。つまり毎日丁寧にブラッシングされてる証拠だろう?」
「当然だ」
ニヤ猫の言葉に、コンがふんと鼻を鳴らして堂々と答える。うん、毛並みに関してはかなり自信を持つようになったから、まずはそこからゆっくり自信を付けれるようになってほしいよね。
「しかし、もしもそこの狐に使ってるブラシをお猫様にも使おうとしたら、それはこのお猫様とそこの狐に対しての裏切りに近いからにゃあ。万が一そんなアホな事をしたら噛み付いてやろうと思っていたが、ちゃんと理解していたようでお猫様は嬉しいねえ」
グルグル、とニヤ猫は喉を鳴らして笑う。
「じゃあお猫様専用のブラシがそこにあるから、それを使ってブラッシングしておくれ」
「そこ?」
「アンタの隣にあるだろう?アンタから見て右側に」
え?と思って右手側を見ると、確かに岩の上にブラシが置いてあった。さっきまで無かったよね?疑問に思いながらブラシを手に取ると……あれ?
「これ、獣毛ブラシ?」
日本のペットショップでよく見かけるようなブラシだ。リバーシブルタイプというか、両面がブラシになってる奴。というか明らかに日本の商品にしか見えないんだけど。
「んん?にゃんだ、アンタ嗅ぎ慣れた匂いだと思ったけどもしかして日本の出身かい?」
「うえっ!?」
あーっと、やばいか?ニヤ猫は人間じゃないから知られても問題は無いような気もするけど言って良いのか悪いのかよくわからない!イースにアイコンタクトで助けを求めるが、頑張ってねとでも言うように手をひらひらしていた。助けてよ!
触れているからその混乱が伝わったのか、ニヤ猫は欠伸しながら何でも無い事のように言う。
「別にどこの生まれでもお猫様は気にしないさ。大事なのは腕だからね。ただこのお猫様とお猫様のかつての主のように、アンタもこっちの世界に連れてこられたのかと思っただけさ」
「え」
こっちの世界に、連れてこられた?今、かつての主だけじゃなくてニヤ猫もって言った?いやでも、こんなカラフルな猫日本には……ってか世界中探しても居ないと思うんだけど。
「お猫様が公開する情報はここまでさ。腕が良ければ追加情報を教えよう。ほら、さっさとブラッシングを始めにゃ。お猫様は気が短いんだ」
「あ、はい」
私から目線を外して力を抜いたニヤ猫の頭から首、背中にかけてブラシを通す。今日はブラッシングデーなんだろうか。朝ブラッシングして昼もこうしてブラッシングして、そして夜にはまたブラッシング。腕筋肉痛にならないよね?
「……ゴロゴロ、にゃるほどね。上手いじゃにゃいか」
あ、良かった噛み付かれる可能性は消えたらしい。あーホッとした。
「しかし、やはりアンタはお猫様と同じ異世界出身で間違い無いらしいね」
「……ニヤ猫も日本から来たの?」
「そうさ。お猫様の主がお猫様を抱いてる時に召喚されたからね。ほら、手を止めにゃい。ブラッシングを続けないと続きを話さないよ」
「おっと」
うっかり止まっていた手を動かしてブラッシングを再開する。
「にゃんでお猫様がアンタを異世界出身かって見抜いたかと言うと、ブラシの使い方をわかってるからさ」
「ブラシの使い方?」
「見りゃわかるだろうが、こっちの世界のブラシとはちょいと形が違うだろう?こっちの世界の奴はブラシを見た時に不思議がるんだ。しかしアンタは普通にブラシと認識した。使い方も合ってたしね。そこまでわかれば同じ故郷で確定だろう?」
うむ、確かに。ニヤ猫の言葉に納得して頷く。
「ゴロゴロ……アンタはきっと、お猫様の色が日本産にはありえないって思ってるんだろうね」
「はい、それはもう第一印象からありえねえって思ってました」
「正直なら良いと思うんじゃにゃいよ。……お猫様は元々は普通のキジトラ柄の猫だったんだが、召喚される時に神様がね、主に好きな能力をやろうって言ったのさ。そしたら主が「テメェうちのお猫様まで巻き込んどいてそっちスルーか良い度胸だなおい」って神様に掴みかかってね」
「待ってニヤ猫の主の度胸凄くない?」
神様相手に掴みかかれる日本人凄いな。ニヤ猫の態度からして確実に猫好きな人だったんだろうけど、神様に物申すって凄いぞ。てかニヤ猫の一人称の元はその人の呼び方からなんだろうか。
私の言葉にニヤ猫はにゃはははと笑い、
「主はお猫様の為なら何でもしてくれる人だったからね。雨に濡れてたお猫様を拾ってから、お猫様の為だけに働いてお金を稼ぎまくった猫馬鹿さ。筋金入りのね」
と言った。
おおう、やっぱり猫馬鹿だったのか。というか召喚されたって時点でその人多分どっかの時代で勇者扱いされてるんだろうな……猫好きの勇者伝説を探したら見つかるんじゃないだろうか。
「まあ、それで殴り合いになって主と神様の戦いは三時間程続き、最終的にクロスカウンターで相打ちに終わったんだが」
「神様相手にクロスカウンターで相打ちまで持っていった主凄いな」
「でも呼び出したのは神様じゃなくってこの世界の人間だったからね。神様の管轄外で日本に帰す事は出来ないって言われた。にゃんでもその神様は何も知らないままの一般人が連れてこられるのは可哀想だから特典をあげようとしてただけみたいでね」
「神様とばっちりで殴り合いになったの?」
なんか同情すら覚えるんだけど。
「で、まあ仕方ないって事で特典を貰ったのさ。主は猫系の何か凄いやつ全部使えるようにって特典を」
猫系の何か凄いやつ全部というパワーワード。何だ猫系の凄いやつって。
「お猫様は……まあ、こっちの世界でも余裕で生きられるようにって願ったんだけどね」
「あれ、何か思ってたのと違ったの?」
「そう。神様ってのは結構適当らしくてにゃ。適当にチート系の特典を何個か無理矢理持たされた。お陰で自慢のキジトラ柄はこんなありえにゃい色彩に変わっちまった。緑とピンクのしま模様って、神様のセンスがイカれてるとしか言えにゃいね」
本人……本猫が言って良い台詞なんだろうか。
「最初はお猫様ももうちょっと普通だったんだが、あちこちで戦う主に同行してたら勝手に強い化け物の魔力だかエネルギーだかを吸収しちまってたみたいでね。気付いた時には魔物でも魔族でも、獣人でも聖獣でもにゃい何かになっちまってたのさ」
「強いて言うなら何寄り?」
「強いて言うなら聖獣寄りさ。神様に与えられた特典のせいで神様染みてるんだから、そりゃ神様寄りってのが一番近いんだがね」
ほっへー、凄いなニヤ猫。だからギルドに依頼を勝手に貼ったりとかも出来るのか。
「ま、そのせいで主が死んでもお猫様はまだ寿命が来てなくて死ねないんだけどね。せめて主と同じ時間に死ぬくらいの気遣いくらいしてくれれば良いのに、使えにゃい神様だ」
「一緒に死にたかったの?」
「そりゃずっと一緒に居た主だし、お猫様が戦ったりなんて面倒な事をした理由は主の為だったからね。大体主の持ち物を全部お猫様に渡されたってお猫様は持て余すしかにゃいだろう?猫に小判。猫に宝石にゃんざ渡したって、うっかり誤飲して病院送りが関の山さ。要らないモンは手放すに限る」
だから上出来なブラッシングをする人には宝石をあげてたのか…。主の持ち物に対しては愛着があるんじゃ?って思ってたけど、確かに使えない物を持ってても困るだけか。
「大体一緒にあの世に行く事が出来れば、お猫様はわざわざギルドに依頼を出してブラッシングを頼む事も無かったんだ。猫は自分でもブラッシングが可能だが、毛を飲み込んで吐いちまうからね。毎日ゲロゲロ吐くよりは上手下手がわからなくても誰かにやってもらうのが一番さ」
「成る程ね……よし!ブラッシング終了!」
尻尾にブラシを通し、ブラッシングが終了した。話してる間にもちゃくちゃくとブラッシングを進めてたからね。人間(大)サイズのコンと違って大きめの猫サイズだったから思ったよりも早くブラッシングが終わった。
ニヤ猫は一度伸びをしてから自分の体を見回し、三日月のような笑みを浮かべる。
「うん、良いね。中々に素晴らしいブラッシングの腕だ。久々に満足させてもらったよ。これなら余裕で依頼達成という事で良いだろうね」
「よっしゃあ!」
グッとガッツポーズ。そしてニヤ猫が膝から下りてくれたのでよいしょと立ち上がる。あー、足痺れて……は、無いな。良かった。
「ミーヤ様、お飲み物をどうぞ」
「ありがとハニー」
渡されたボトルの蓋を取って中身の水を飲む。このボトルは冒険者用の水筒のようなもので、これは竹筒みたいなバージョンだ。違うタイプは袋っぽいバージョンがある。
体力回復用なのかほんのりと蜂蜜の風味がある水を飲んで、ボトルにコルクのような蓋を付け直す。
「ゴロゴロ……こりゃあ久しぶりに良い夢が見れそうなくらい良い気分だにゃ」
ゴロゴロと喉を鳴らすニヤ猫に、イースが話しかける。
「じゃあ、何か良い報酬が貰えるって事よねぇ?」
「勿論だとも。そこのアンタ、ちょいとこっちに来な」
ん?よくわからないが、報酬が貰えるなら行こう。一旦離れた岩の近くに再び戻る。
「主のように満足いく素敵なブラッシングの腕だったからね。お猫様は言う事を守るんだ。アンタには、素敵なスキルをプレゼントしてやるよ」
にぁあご、と鳴きながら怪しく笑う猫の顔は、とても良いものをくれる顔には見えなかった。
ニヤ猫のビジュアルは緑とピンクのしま模様で、背筋のラインが異様に色っぽいむっちり猫です。尻尾もチェシャな猫さんみたいなもっふり尻尾。
ミーヤは三日月のように笑う口元に目がいってましたが、睫毛バッシバシで流し目がセクシーだったりします。流石お猫様。




