アルディスは酒を控えれば良いんじゃないかな
結局朝食の時間になってからも一時間程だらだらと過ごしてから下に降りて朝食を食べた。いやぁ、ついうっかりゆっくりとした時間を過ごしちゃったぜ。
昨日あれだけ飲んだのに平気なんて凄いねえとおかみさんに背中をバッシバッシと叩かれたが、料理はやっぱりめちゃくちゃ美味しかった。あと宿屋の主人が、
「食って背ぇ伸ばせよ!」
と言って美味しそうな山盛りの肉をおまけしてくれた。正直美味しかったけど流石に全部は無理だし、そもそも朝だから胃に重いという理由でラミィとコンに処理を手伝ってもらった。大食いラミアと肉食獣人の頼もしさ凄いね。
さておき、今日もギルドで依頼をこなそうと思って食べ終わった後すぐにギルドへと移動した。今日はどうしよっかな。明日はハニーがバイトだし、レベル上げも兼ねて魔物討伐の方が良いんだろうか。
うーんと首を傾げていると、
「あ、ミーヤ!」
後ろから聞き覚えのある声に名前を呼ばれた。うん、まあ、アルディスの声だったんだけどね。
振り向くとすぐ後ろにアルディスが………何故か耳を垂らしてとても申し訳無さそうに立っていた。…え、何?何かあったの?どうした?
「おはよう、アルディス。……何かあった?」
「何かっつーか……俺、昨日やらかした?」
やらかした?昨日って酒盛りで早々にアルディスが酔っ払ったくらいじゃない?
そう思ったが、次の瞬間。コンが私を捕まえるように背後から抱き締め、ハニーが私の前に出て守るように両手を広げ、ラミィが頬を膨らませながら私の腕に抱きつき、イースはその横で笑うのを堪えていた。おい最後。
なぜ私は全体的にホールドされているんだろうと首を傾げると、コンが低い声で唸りながら言う。
「……思いっきりミーヤに対してやらかしてたぞ、アル」
「やっぱりか!!」
あ、コンの言葉にアルディスが頭を抱えて蹲ってしまった。え、やらかしたって何?そう考えているのが読めたのか、イースは笑いを堪えながら説明してくれた。
「き、昨日の夜……ふふっ。昨日の夜、アルディスがミーヤに凄い告白したでしょう?忘れたのぉ?」
「……あー!あれか!」
何の話かと言えば、昨日の夜。完全に出来上がったアルディスが私を左腕で抱き締めつつ右手で顎クイをしたのである。凄いよね、イケメンっつうかイケウサギだけど格好良かったよ。
え、それだけかって?いや、その後に、
「俺の子を産んでくれ」
って言われた。そして私は普通に、
「いきなり何ぞや!?」
と答えた。答えたとは言い難いけど、まあそういう返事をしたわけです。
てか確実に酔っ払いの戯言に近いアレだってのはわかってたからね。はいはい、他に良い人居ますよおにーさんって感じで穏便に引っぺがそうとしたらコンがアルディスの頭をぶん殴って気絶させちゃったのである。あれは凄かった。向かいに座ってたはずのコンが何時の間にか目の前だからね。
そしてその……口説き上戸?なのは周りの冒険者達も知ってたらしくて、笑いながらアルディスを回収していってくれた。お代に関しては宿屋のおかみさん曰く、ギルドに預けてある貯金から引き落としになるとか何とか。カードでお支払いって感じだね。
まあ昨日はそんな感じだったんだけど……聞いてきたって事はアルディスには自覚も記憶も無いんだな。私は結構面白いの見れたなーって気分だったから気にしてなかったけど………何でハニー達皆アルディスを警戒してんの?
「ふ、ふふふっ……そ、そりゃあ自分の旦那様を他の存在に盗られそうになったら、ふふっ、警戒もするわよぉ……あっははは!」
笑わんといてやイースさん。冷静になって見てごらん?一種の修羅場だよコレ。私に自覚は無かったけどね!
……まあ、うん、とにかく気にしてないし真に受けてもいないって事を言った方が良いよね。
「えーっと、アルディス?そんな気にしなくて良いよ」
「でも……酔ってそんな事言うなんて……」
蹲ったままアルディスは湿気を纏った。キノコ生えるぞ。
「あー、またやったのかアルディス」
「こないだも酔って冒険者の女に求婚したんだっけ」
「私もされた事あるわよ。翌日土下座されたけど」
「ああ、お前相手に告白はな……したくないよな…」
「オッケー、アンタを殺すわ」
「待ってタンマ!」
「ウサギだからって年中発情期か?普段抑えてる性欲が酒で溢れるのか?って前にからかったら「うっせぇ子供作るわけでもねえのにヤる万年発情期の人間に言われたくねえよ」って舌打ちされた」
「そりゃお前にだけはそういう事言われたくねえわ」
「お前女使い捨てにするクズだもんな」
「語弊が酷い!ただちょっと性癖が特殊なだけで、相手してくれる商売女も二回目からは取り合ってくれなくなるだけだろ!?」
「充分だろうが!」
「お前本当一回自首してこい!」
「この特殊性癖のベイビー野郎が!」
「商売女に母親役やらせて赤ん坊になりきるプレイとかド変態が過ぎるんだよ!」
「お前ら酷え!!」
外野が凄い騒がしいが、とりあえず聞こえてない振りをしてアルディスのフォローをしよう。
「酔ってたんだから仕方ないって。無理強いで押し倒されたわけでも無いんだし」
「……倒されて、たら…?」
ラミィのその言葉に、私は普通に返す。
「倒されるも何も、即行でコンがアルディスぶん殴って沈めてたじゃん。少なくとも従魔の誰かが私の傍に居てくれれば私は無事でしょ?はい問題無し」
けろりとまったく気にしてませんよーという感じでそう言った。実際気にしてないしね。でもまだ一押し足りないのか、皆私の周りを囲ったままだし……うん、ごめんハニー。
「それにハニーも酔ったらデレデレになって甘えてくれるし、酔っ払いってそういうもんでしょ?」
「………そ、っか」
「あー、そういや親父も酔うとちょっと性格悪くなってたしな……。そういうもんか」
よし!ラミィとコンが納得した!
「み、ミーヤ様!?それは本当なのですか!?まったく記憶に無いのですが…!」
「あれ、昨日お酒飲まないようにしてたからてっきり覚えてるのかと…」
「お酒を飲んだ後の記憶がまったく無いので、すっかり眠りに落ちてしまったのだと思っていました……」
「あー…」
成る程、通りで翌日不思議そうに首を傾げてたわけだよ。記憶あったらもうちょっと慌ててそうだもんね。
酔って甘えたのが恥ずかしいのか、赤くなった顔を四つの手で隠すハニーの頭を撫でる。
「可愛かったし、そんな気にしないでも良いよ」
「ミーヤ様……!」
よし、ハニーも回復した!
このやり取りの間にアルディスも私が本気で気にしてないとわかったのか立ち直ってたんだけど、うちの子達が微妙に……ね。私の仲間達でハニーだけお酒弱いけど、お陰で酔っ払いの言動を知ってたから助かったぜ。酔っ払いの言動は支離滅裂という事を私はお姉ちゃんのお友達の人達で知っている。
……さて、私は何をしにギルドに来たんだっけ。
「依頼を受けに、でしょう?魔物討伐にしようかって悩んでたのを忘れたのぉ?」
「あー、そうだったそうだった」
アルディスに挨拶してから怒涛の勢いですっかりその考えが流されたよね。私基本的に目の前の事しか見えないから。……いや、人間なら目の前の事しか見えなくて当たり前だと思うけどね?
すると、話を聞いていたアルディスがFランクの依頼ボードを指差した。
「魔物の討伐なら、昨日のイートピッグがおすすめだぜ。これならFランクの依頼にも……あった、これだこれ」
ペリッと剥がされて渡された紙を見ると……成る程、ギルドからの依頼で常に置いてあるタイプの依頼だ。確かにギルドからの依頼ならそこまで難しい魔物じゃないのかもね。
「イートピッグ五匹討伐…受けようかな」
「おう、弱いけど肉が美味いから稼ぎにもなって良いぞ!あ、イートピッグの指定部位は鼻だからな」
「了解。ありがとう」
ふむふむ、イートピッグは鼻が指定部位なのか。後でメモしておこう。
うーん、でも狩るならイートピッグだけじゃなくて他にも狩っておきたいな。
「他にもおすすめの魔物討伐ってある?」
「あるけど………いや、まあ大丈夫か」
「?」
「魔物討伐を何件も受けると、怪我した時に大変じゃないかって思ったんだよ。でもミーヤは魔物使いだし、コンを含めて頼もしいのが多いしな。大丈夫なんだろ?」
おお、アルディスってば見る目があるね!
「勿論余裕!」
「なら安心だ。でもミーヤはFランクだからFランクの魔物っつーと……あとはホーンラビットくらいなんだよな」
「あらま」
うーん、下のランクだと楽だけど不自由だな……。どうせグレルトーディアにはあと何日か滞在するんだし、滞在中にEランク狙おうかな。
とりあえずホーンラビットの依頼の紙を剥がして持つ。あいつは最初に私を殺しにかかった魔物だからね!そしてこの世界に来て初めて食べた魔物だからね!出来るだけ狩ってやらあという気持ちなのだよ。
「あともう一個……良い感じのは無いのかな。森での採取みたいな」
「それなら結構あるけど……あ、そういやミーヤってブラッシング得意か?」
え、何その質問。
「あの質問……ま、まさか!」
「俺昔あの依頼やって殺されるかと思った」
「そりゃアンタが下手だからでしょ?前にちょっと髪整えるの任せたら酷い事になったし」
「へーへー、お熱いこって」
「ブラッシングって事は……あれよね?」
「あれって簡単だと思ってたのに結構大変よね。凄い文句言われるし」
待って、聞こえる話し声がとても不穏なんだけど!いやでも、答えないわけにはいかないし。
「得意かって聞かれても、ブラッシングされる側のコンに聞かないとわかんないよ」
私する側だから、されて気持ち良いかは本人に聞いてもらわないとわからない。そういう意味を込めてそう言うと、コンが真顔でアルディスに答える。
「ミーヤのブラッシングはめちゃくちゃ上手い」
「だろうな。お前の毛並み信じられねえくらい綺麗になってるもん。悪い奴に狙われて毛皮を剥がれないように気をつけろよ」
何て怖い忠告!
ビックリして周りの反応を窺ったが、ハニーとラミィはへーって感じのリアクションだった。イースは当然のように頷いてたし、他の聞き耳立ててる冒険者達は、
「ああ、獣人の毛皮ってバーバヤガでは取り扱われてるって噂あるもんな…」
「バーバヤガの王族だか貴族だかが獣人の毛皮を部屋に飾って悦に浸るとかいうあの噂?」
「あー、駄目だ。毛が逆立った」
「そういやお前、バーバヤガ行った事あるんだったな」
「おう。危うく殺されて毛皮剥がれるか、もしくは特殊性癖野郎のオモチャになるかって迫られた」
「こっわ。どうやって逃げたの?」
「俺名前持ちだけど捨て子だったんだよ。昔覚えたスリ技術でちょいとカギを拝借して逃げた」
「昔俺が恋人に見栄を張ろうと高めの食事処行く途中でぶつかってきた子猫はお前か!お陰で振られたぞこの野郎!」
「待て俺の悪ガキ時代グレルトーディアじゃなくてバーバヤガの近くの町だから!」
何か怖い話してる。えー、凄い気安く話してるけどバーバヤガで危機一髪じゃん。駄目だバーバヤガめっさ怖い印象しか無いわ。あの猫獣人さん強運だな。というか獣人の毛皮目当てで狙われるとかありうるのか………気をつけないと。
「で、ミーヤ」
「あっはい」
「猫、好きか?」
何故そんなに真顔で猫が好きかを聞いてくるんだ。獣人だからか?獣人だからなのか?
「まあ、基本動物は好きですよ」
「えっじゃあ俺は!?猫獣人なんだけど付き合わない!?」
うっわビックリしたさっきの猫獣人が遠くから話しかけて来たよ!どんなノリだ!
「お前話しかけるなんて良い度胸だな!」
「ちゃんと勝負で優勝した奴が最初に話しかけるって決まったでしょ!?事故に見せかけて足切り落とされたいの!?」
「ヒエッ元暗殺者怖い」
「何言ってんだ俺ら全員そんぐらい怒ってるに決まってんだろうが!」
「昨日の宴であの子、女に振られまくった顔面の俺を見ても「厳ついけど威嚇に使えそうで良いですよね!」って言ってくれたんだぞ!」
「それ馬鹿にされてね?」
「んだとぉ!?今まで女は皆怖がって逃げて行ったのに普通に笑顔でさらっとそう言ったんだぞ!?普通に話してくれただけで女神レベルだろうが!」
「お前の女運の無さに脱帽だよ」
「とりあえず猫、お前ギルド裏な」
「にぁぁぁあああぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁ!」
………な、なんかよくわからない内に猫獣人さんが連行されていった…。
「あ、あれ日常茶飯事だから。気にしなくて良いからな」
「マジか」
「マジで」
あれが日常って凄いな冒険者。でも他の人達普通にしてるし、アルディスもけろっとしてるから本当に日常なんだろう。
首を傾げながらも今の光景をどうにか腑に落とすと、アルディスがFランクのとある依頼の紙を剥がして私に見せてきた。
「ほい、コレ。ゴッドハンドなミーヤにおすすめの依頼だから」
「ねえ待って不穏」
「大丈夫、俺は噛まれたけどコンの毛並みをあんなにさらさらにしたミーヤなら余裕でいける」
両肩を掴まれて真剣な顔でそう言われるといける気もしてくる……が、さっきの冒険者達の会話がねー。過ぎるんだよねー。
まあ確認せんでは始まらんなと思って確認すると……おや?
「ニヤ猫のブラッシング依頼?」
「そう」
どうやらニヤ猫とやらがデルフトの森に住んでいて、そのニヤ猫のブラッシングをしてほしいという以来だった。ちなみに依頼人…人?はそのニヤ猫。報酬は満足いくブラッシングだったら良いモンやるぜとしか書いてない。
「ミーヤならあのニヤ猫も気に入るはずだ!」
だからニヤ猫って何だ。




