あの角ウサギ、ホーンラビットって言うらしい
鳥の囀りが聞こえる。草と土の匂いがすぐ近くからする。肌に風を感じる。私の意識を覚醒させようと、朝日が容赦なく私を照らす。
「ん…んん」
「あらぁ、起きたぁ?」
抗うように体を動かす私に、とろけるように甘い声がかけられた。……声?
え、待ってここどこ?ベッドじゃなくない?下これ土じゃない?ん?いや待て、下が土?ならこの枕は?
「!」
「おはようございまぁす♡大丈夫ぅ?」
目の前には、二つの巨大な山があった。
ごめんなさいふざけましたおっきいおっぱいが目の前にありました。布を垂らしただけの胸当ては下から見ると本気でチラっと見えそうなのに見えないという凄い技術でした。見えない。
……あれ!?あ、膝枕!?膝枕されてる!?
「うおおおおおあああああ!?」
「きゃっ」
腹筋に力を入れてバネ仕掛けのように起き上がる。その際に顔におっきなおっぱいが当たったけど多分気のせいという事にしておこう。寝起きなんです。
え?え、何で?何で膝枕?そして何ですっかり朝!?
「それはねぇ?思ってたよりミーヤの魂の消耗が多かったのよぉ。ちょっと魂を舐めたら気絶しちゃってぇ…。だからこうやって膝枕で寝かせてたのよぉ」
「な、成る程…。…え?ミーヤ?えっと、私美夜って名前なんですけど」
「知ってるわよぉ?ミーヤの魂の記憶を見たもの。でもこれからこっちの世界で生きるならミーヤって呼ぶ方が違和感無いわよぉ?」
「あー…」
確かに、そうかもしれない。
こっちの世界には過去にも異世界の人が召喚されたりしたらしいし、そう考えると日本人の特徴が伝わっていてもおかしくない。日本人らしい名前もアウトの可能性があるのか。
ミーヤなら名前の美夜と違いは無いし、うん、もう帰れない可能性が高い以上名前は捨てよう。さようなら三岡美夜。今日からお前はミーヤって名前になったらしいよ。
「あ、ちなみにぃ、こっちの世界ではファミリーネームが無い人も多いから名前だけでオッケーよぉ」
「またナチュラルに心読まれたけど説明助かります」
「いいえぇ。それと私の方も自己紹介してなかったわねぇ。私は淫魔のイースよぉ。よろしくねぇ?」
「あ、はい!よろしくお願いしますイースさん!」
「イースで良いのにぃ」
イースさんは拗ねたように唇を尖らせたが、命の恩人相手に呼び捨ては流石に…ね?
というか勝手に異世界イコール外国みたいな感じって思い込んでたけど普通に合ってたみたいでほっとした。異世界でいきなり日本っぽいと逆に適応し辛そうだよね。
「それで起きて早々なんだけどぉ、ちょっと大事なお話があるのよぉ」
「えっ、あ、はい何でしょ」
う、と言う前に私の腹から獣の唸り声に近い音が響いた。
「………」
「……お腹、空いちゃったのねぇ」
唸る腹を押さえて縮こまる。顔が熱い。
いや、うん、仕方ないと思うんだ。だって昨日の帰り道でコロッケ食べたのが最後だったし。その後色々あったけど話に集中してたから飲み食いをしていない。そして飲み食いする前に気絶して現在だし。腹に住んでる獣が唸るのも当然なんだと思う。うん、仕方ないよね。
というかそう考えて納得しないと超絶美人の前で腹が鳴るっていう…ね?何かこう、恥ずかしい感じが…ね?うん、気を逸らしたいんですよ。
「気を逸らしても全部聞こえてるけどねぇ」
「そうだイースさん心読めるんだった!」
「うふふ、それじゃあご飯を食べながらお話にしましょうか」
そう言ったイースさんはどこかから布の袋を取り出し、その袋からずるりと角ウサギを取り出した。
…取り出した!?
「え、え!?イースさん、そいつって燃えカスになってませんでしたっけ!?」
「昨日のは魔法で燃やしたけどぉ、その前に狩った奴よぉ。あとこの魔物は角ウサギじゃなくてホーンラビットって名前だから覚えておいてねぇ。この周辺によくいる初心者でも狩れるモンスターなのよぉ」
初心者でも狩れるモンスターに殺されそうだったのか私は。
にしてもホーンラビットとはまた安直な。アルミラージじゃ無いんかい。
「というか、あの、つまりそのウサギって昨日より前に狩ったんですよね?」
「ええ、五日くらい前に狩ったのよぉ」
「えーっと…食べて大丈夫なんでしょうか?腐ってません?」
「血抜きはしてあるから美味しいわよぉ?」
「いやあの、賞味期限的な」
「ああ!」
いまいち意図が伝わらなかったが、何かに気付いたらしくイースさんはウサギを置いてポンと手を叩いた。納得!って感じの笑顔が可愛いし色っぽいしで私が男だったら危なかったな。主に理性が。
「大丈夫よぉ、この袋はアイテム袋っていう、魔法で中身の容量が多くなってる袋だものぉ。ミーヤの世界でのファンタジーによくあるでしょう?あれと同じよぉ」
「マジっすか!?」
「マジよぉ」
アイテム袋まで持ってるとか本気で凄いなこの淫魔のお姉さん!
「容量どんくらいあるんですか?」
「市販の安いのはホーンラビットを十匹も入れればいっぱいになっちゃうんだけどぉ、このアイテム袋は七百年くらい前の勇者がくれたものだから凄い沢山入るのよぉ。ほぼ無限だから安心してちょうだいねぇ」
「無限!?いや待て勇者!?じゃなくて七百年とな!?」
「うふふふふ」
駄目だ混乱する!いや、うん、話を聞く限り多分かつての勇者達はよくあるチートを持ってたんだろう、と思う。だから無限に入るのも納得だ。だってよくあるファンタジーではドラゴンだって入ってたりするし。
そして七百年ってのは…淫魔だからか。そうだよね、魔族だもんね。よく考えれば勇者は一番最近でも五百年くらい前が最後だって言ってたし、なのに勇者と何人か会った事もあるって確実に当時を生きてたって事だもんね。よくあるよくある。
「飲み込みが早い子は大好きよぉ。ちなみにこれをくれた勇者はアイテムを自由自在に変化させれる能力みたいでねぇ?容量もほぼ無限で中に入れれば時間も経過しない優れものなのよぉ」
「時間が経過しない?」
「熱いスープは熱いまま、冷たい果汁は冷たいまま、って事よぉ。だからこのホーンラビットも狩りたてほやほやよぉ」
「最初に会ったのがイースさんで良かった!」
思わずイースさんを拝む。いや本当、助けてくれたし説明もしてくれたし異世界の知識も共有してくれたしで本当なんて良い人なんだろう。人じゃないけど。淫魔だけど。
「それじゃあ今からホーンラビットを捌くからぁ、一応見て手順を覚えれるように頑張ってねぇ?」
「あ、はい!」
「見慣れないから大変かもしれないけどぉ、これからは必要な事だものねぇ」
言いながらもイースさんはスパスパ手際良くホーンラビットを解体していく。……うん、グロい。しかも角があるし厳ついとはいえウサギだ。少し心にダメージが入った。
いやでも、ここで引くわけにはいかない!これから先魔物を従魔にするにしてもその子が解体出来るとは限らないし、というかこれを食べないと生きていけないし!大体いつも食べてる肉だって元は生き物!甘えてはいられない!だってこれからは私が狩らないと駄目なんだし!
「その調子でファイトよぉ。あ、でも一応説明しておくとぉ、冒険者ギルドでは有料で解体してくれるわよぉ。大体は解体する魔物の売値の一割くらいかしらぁ。割と高いから自分達でやる方がお得よぉ」
「勉強になります!」
「ちなみにぃ、ギルドではテンプレ通りの依頼があってぇ、討伐の依頼なんかでは証明の為に魔物の部位を納品する必要がありまぁす。納品したらその部位を買い取ってもらえるから安心してねぇ」
「見せるだけじゃ駄目なんですか?」
「納品して買い取らないとその部位を使い回して嘘の討伐報告をする奴が昔居たのよぉ。だから買い取る事で解決したみたい。まあ、他の冒険者が狩った魔物を横取りする悪い奴は今でも居るんだけどねぇ。気をつけるのよぉ?」
「うぃっす…!」
イースさんの言葉にたらりと冷や汗が背中を伝った。やっぱいるんだそういうテンプレな悪者冒険者!先に教えてもらえて良かった!
「そして魔物を討伐した証拠である部位はぁ、魔物ごとに違うからわからない時はギルドの受付に聞くようにねぇ?忙しそうで聞けない時は図書館の図鑑で見れるからそっちに行くのもおすすめよぉ。図書館にはギルドカードを見せれば入れるから安心してねぇ」
「りょ、了解です!」
「ホーンラビットの場合はこの額にある角が指定部位なのでぇ、砕かないように注意しましょ~う。砕いちゃったらもう一匹余分に狩らないといけなくなっちゃうわよぉ」
「気をつけます!」
ホーンラビットの指定部位は角、っと。スマホを起動させてメモに書き込む。あ、ホーンラビットの特徴も一応書いておいた方が良いよね?あと町の図書館に行ったら図鑑の内容も書き写そう。情報って大事だもんね!
書いている内に、ホーンラビットは一口サイズのお肉にされて鍋でグツグツと煮込まれていた。
鍋は袋から出てきたけど火はイースさんが魔法で出してた。魔法使いは魔力の温存の為に日常では使わないけど、魔族は生まれつき魔力が多いから気にしないとの事。勉強になります。
鍋に調味料を入れて蓋をしてから、イースさんは何やら宝石のような物を取り出して私の手に乗せた。
「これは?」
「それは魔石っていう、魔物の体の…そうねぇ、核みたいな物かしらぁ。魔力が固まって固形になった物なのよぉ。それを見つけて砕けば魔物は死ぬんだけどぉ、魔石は高値で売れるから出来るだけゲットしておくのをおすすめするわぁ」
「魔石、ですか…」
「それは小さい奴だからそこまでの値段じゃないけどぉ、基本的に魔石には魔法が仕込めるのよぉ」
「魔法を、仕込む?」
「そうよぉ。相性が良い魔法を魔石に仕込むとあら不思議ぃ。灯りになったり水を出したり、もしくは水をお湯にしたりも可能でぇす。一般家庭でも基本的に魔石を使ってるのよぉ。ミーヤの世界で言うところの電気に近い扱いかしらねぇ」
「魔石凄ぇ!」
「凄いのよぉ。ちなみに大きくて魔力が高い魔石はかなりのお値段で売れまぁす」
ほへー、と魔石を持ち上げて確認する。どっから見ても綺麗な宝石みたいなのに、これが電気の代わりに、ね。小説ではおなじみだけど実際に見聞きすると不思議な感じだ。
するとどうやらホーンラビットのスープが出来上がったらしいので魔石をイースさんに返す。何故かまた笑われたけど本気で何故だ。見せてもらった魔石を返しただけなのに何で笑われたんだろう。
綺麗なお椀に盛られたスープを受け取って、手を合わせていただきますと言ってスプーンで食べる。あ、美味い。美味いわこのホーンラビット。ウサギ肉なんて初めて食べるけど、調味料のお陰か臭みも無いし食べやすい。あとイースさんの料理の腕が良いのか肉が柔らかくて食べやすい。
思わずお代わりをしたらまた笑われた。確かにちょっと図々しかったかもしれないけど美味しいは正義だから仕方ないじゃないか。うん、仕方ない。
食べ終わった後の鍋やお椀をイースさんが水の魔法と風の魔法を合わせてちゃちゃっと洗って袋に入れる。普通は違う属性の魔法を同時に使うのはかなり難しいらしいのだが、イースさんには余裕らしい。やっぱイースさん凄い強い人だよね?何人かの勇者と知り合えてるし生き残っている時点で凄い実力者だよねイースさん。
「本当は食べている間にするつもりだったんだけどぉ、今から本題に入るわよぉ」
「本題?あ、はい!」
「うふふ、そんなに硬くならなくても大丈夫よぉ。あのねぇ?」
色気を振りまくような、しかし少女のようなにこにこの笑顔で、イースさんは言う。
「私を従魔にしない?」
「……ほわっつ?」
「隠居した身とはいえ、一人でうろうろするのも寂しかったのよねぇ。本当は誰かと旅をする気なんてこれっぽっちも無かったんだけどぉ、ミーヤと一緒なら楽しそうだなぁって思ったのぉ」
「いや、いやいや!考え直してください!私に都合が良すぎますよ!?私!レベル1の雑魚!」
「ちゃぁんと理由はあるわよぉ?」
イースさんは右手の人差し指を立て、その黒塗りの鋭い爪の先から黒い靄を出しつつ説明する。
「最初は気まぐれで助けたけどぉ、いきなり痴女って言ってきたのが面白かったのが一つ」
「すんませんでした」
「良いのよぉ。そしてぇ、私の言葉を信じてくれたじゃない?人に変身してた時ならともかくぅ、淫魔の本性を見せてもまったく私への接し方を変えなかったわぁ。普通なら魔族だったってだけでもう少し警戒するわよぉ?」
「え、でも友好関係結んでるんじゃ」
「仲が良いわけじゃないのよぉ。敵対を止めただけで油断は出来ないって感じだものぉ。だから私の本当の姿を教えたら素直に納得したりぃ、疑おうとしなかったりぃ、あと魔族の私が作った料理を美味しいって食べてお代わりまでしちゃうんだものぉ。人間が私の料理を食べるなんて初めてだったのよぉ?」
「えっ!?あんなに美味しいのに!?」
「普通はもっと疑うものよぉ?特に淫魔なんて、食べ物に何を仕込むかわかったものじゃないから食べる人なんて居ないわぁ。だからとっても嬉しかったのよぉ?」
マジか。あんなに美味しかったのに食べた人居ないのか。勿体無い。
見た目がやばかったり匂いがキツかったり食べられない物が入ってたりするわけじゃなかったし、先にイースさんが魂の色々を教えてくれてたからまったく警戒してなかった。だってエッチな事が必須ってわけじゃないなら変な物仕込む必要無いじゃんね。
「そんなわけだからぁ、仲間にしてくれないかしらぁ?無限収納のアイテム袋もあるし、見た目も変えれるし、異世界の知識も共有しているガイドさんがゲット出来るチャンスよぉ?」
「凄いグイグイ来る!」
言葉だけじゃなく距離的にもグイグイ来る!じりじり近づいて来てて私が仰け反らなかったら口と口が密着しちゃうトコだったぜ!誘惑に負けずよく頑張った私!
「魔法も使えるし、人の心も読めるから悪い人を教えてあげれるわよぉ?駄目ぇ?」
「いや、あの、……私で良いんですか?」
「勿論。ミーヤが良いのよぉ。アイテム袋とか、色々と知ったらどんな善人でも普通は欲を出して来るわぁ。でもミーヤはそうじゃなかったでしょう?…ね?」
うわあああ良い匂いがするよぉ綺麗な顔が近いよぉ!あとさっきからおっぱいが!おっきいおっぱいが私のささやかな胸に当てられてるんですが!当ててんのよってやつですかね!?うわあい男の夢だね!理想だね!(パニック)
……うん、もうね、言い訳してても心読まれてるなら無駄だろうなって思う。
端的に言おう。イースさんめっちゃ仲間になって欲しい!
だって本当に一人で生きていける気がしないもん!悪い人に一回でも騙されたら確実に心折れるもん!というか右も左もわかんない状態で一人ぼっちは嫌だし!あとこっちの事情をよく知ってて異世界の事も理解してくれる協力者とか欲しいに決まってるじゃん!
それにおっぱいおっきい美人なお姉さんだし!イケメンにもなれるし!強いし!魔法使えるし!心読めるし!物知りだし!ご飯美味しいし!何かもう色々と凄いし!正直言って私が断られる理由ならあるけど私がイースさんを断る理由は一切無いんだよね!
「……うふ、うふふふふ。そこまで言ってくれるなんて嬉しいわぁ」
「ううう、もうなんか、隠せる気もしないので言うと是非お仲間になってほしいでございます」
「勿論よぉ。これからはイースって呼んでねぇ?敬語も無しよぉ?」
「はい……じゃなくて、うん。ふつつかものですがお願いします」
「アハハハ!ご主人様はミーヤの方なんだから、責任取ってもらうのはこっちよぉ?よろしくねぇ、ミーヤ!」
前略、今は亡き両親と元気に生きているだろうお姉ちゃんへ。
私、淫魔の仲間が出来ました。
この回からイースは異世界の用語も普通に使うようになります。