グレルトーディア
「ふぅぅううううう……やっと着いたぜグレルトーディア…。あ、今私ベッドと結婚出来そう」
「駄目よぉミーヤ、奥さん達の前で浮気なんてぇ。あとまだお昼だから寝ちゃだーめぇ」
「はぁーい」
盃を交わした日からまるっと三日。ようやくグレルトーディアへと到着した。この町は冒険者が多いらしく大きめの町だ。この国、ツィツィートガルの王様が住んでいる王都からこのグレルトーディア辺りまでは結構貴族も住んでいるらしく、お屋敷も幾つかあった。
レベルが上がって体力も付いている私が真昼間からこうやってグレルトーディアの宿屋のベッドに寝転がる程疲れている理由はそれである。どれって?冒険者が多いって点だよ!
従魔増えたし、大きめの部屋を早めに取っておこうって事になってこの町に到着してすぐに泊まれる宿屋を探してたんだけど、冒険者が沢山居るせいでどこも無理!別々の部屋になるなら部屋を用意出来るっていう宿屋もあったけどそれは嫌だしとひたすら宿屋を巡った。
そして14件目の宿屋でどうにか全員が泊まれるサイズの部屋を確保出来たのだ。冒険者用の宿屋は複数パーティの冒険者が泊まる事もあるから広い部屋に複数のベッドが置いてある部屋も多いらしい。ただちょっとお値段が高い。
私達が泊まる事になったこの宿屋は料理代はタダだが材料を持ち込まないと食べれない仕様になっており、その分が少し安い。どういう事かと言えば例えば一人が俊足シカを丸々一体持ち込んだとする。しかしその人が丸々一匹を食べ切れなかったとする。提供した分は戻ってこないが、その余った肉は宿屋の金になる。すると宿屋は経営費が少し助かるので、その分値段に余裕が出来るという事らしい。
ちなみに宿屋は先払い制と後払い制があり、宿屋によって違う。この宿屋は後払い制だったが部屋の確保の為、とりあえず一週間分を先払いしてある。そうする事で確実に部屋を押さえれるらしい。よくわからないけどイースの説明ではその方が安心との事だった。
よいしょ、と寝転がる体勢からベッドに座る体勢に変え、私は言う。
「これからどうしよっか」
そう、どうしようか。これが問題だ。普通にギルド行って依頼をこなせば良いんだけど……。
「大所帯だからなー」
「あらぁ、割と大所帯多いから大丈夫よぉ。貴族が馬車を使うお陰で道も広いしねぇ。五人組くらい余裕よぉ?」
「あ、そう?」
言われてみればこの宿屋までの道のりは結構余裕があった。なら大丈夫か。
あ、イースは既に女版になっている。角や羽を隠した人間モードだ。
ちなみにラミィもちょっと変えた。今までは胸当てだけだったけど、パッと目に付くところを隠せば多少は嫌悪感を軽減出来るという事で薄い橙色のパレオを腰に巻いている。私は特に嫌悪感を感じていないけど、この世界の人間からしたらラミアはちょっと怖い魔物との事。だから人間が特に嫌がる人間の胴体から繋がる蛇部分の境目を隠せば多少は軽減されるとか。
パレオの下からは普通に数メートルの蛇の尾が見えているが、区切りが大事なんだそうだ。よくわからないがイースが言うなら多分そうなんだろう。同じ人間でありながら人間の心理には詳しく無い私である。
「じゃあ、とりあえずギルドに行こうか」
というわけで、ギルドへ到着。グレルトーディアのギルドはちょっと大きいギルドなんだね。まずは普通に依頼ボードを確認っと。無難に一番ランクの低いGランクから確認だ。
「えーっと……」
「あ!ミーヤ様!花屋の手伝い募集依頼があります!」
弾んだ声でそう言ったハニーが指差した依頼を見てみる。
「本当だ。あー、でも募集は一名か…」
内容は、最近花の売れ行きが良くて人手が足りないというものだった。花の世話か花を売る方のどちらかを手伝って欲しいと書いてある。ただし報酬の問題で一名様限定。
うーんと首を傾げるとイースが私の肩を軽く叩き、色気を含ませながらも明るい声で言う。
「それなら問題無いわぁ。魔物使いと契約してる従魔が受けるなら問題無いものぉ。依頼を達成した功績や報酬は全てご主人様であるミーヤの物になるけどぉ、依頼を従魔が達成しちゃ駄目ってルールは無いわぁ」
「そうなの!?」
「もしそうだったら魔物使いが討伐依頼を受注した時どうするのぉ?」
あ、そういえばそうか。
「勿論ミーヤが受注しないと依頼は受けれないしぃ、依頼人が断ってきたら無理よぉ?でも相手が許可さえ出せばぁ、従魔だけそこで働いてもらって別行動で違う依頼をこなすっていう事も出来るわぁ。花屋にとってキラービーは縁起の良い魔物だからハニーなら大丈夫よぉ」
「縁起が良いんだ……」
メリー爺さんもキラービーが蜜を集めたいと思う花は自慢出来るとか言ってたし、そういうものなんだろうか。縁起って大事だもんね。
「ハニーは一人でも大丈夫?」
「はい!ミーヤ様のお役に立てますし、この擬態姿なら意思疎通も可能ですから!」
「じゃ、この依頼受けよっか」
少し高い位置に貼られている依頼だったから背伸びをして取ろうとしたが、微妙に届かない。いや、指先は下の方に掠ってる。めちゃくちゃ頑張ればどうにか……と唸りながら背伸びをしていたら、背後からコンが取ってくれた。
コンは依頼の紙を私に差し出しながら、
「俺達が近くに居るんだから、自分だけで何とかしようとせずに頼れよな。俺なら余裕だし」
と不満げに言う。頼らなかったのが不満らしいが、うっかり頼むっていう選択肢が脳から消えてたんだよね。いやー助かった。
依頼の紙を受け取って頷く。
「うん、今度からはそうするよ。ありがとねコン」
「あっ、い、いや、これは!」
お礼を言うとコンは慌てたように視線を彷徨わせ、
「お、俺なら余裕で届く位置だったから取っただけっていうか…そう!その、自慢!俺の方が背が高いから背の低いミーヤじゃ届かない位置の紙でも余裕で取れるっていう、自慢なんだからな!」
と叫んだ。まあ目測で190cmはありそうだから実際自慢出来るレベルの身長なんだよね、コンって。
「うん、コンの背が高いお陰で私の指先が必死にならずに済んだよ。ありがとう」
「た、大した事してねえし!お礼を言われたって嬉しくなんか無いんだからな!」
そう言いながらコンは尻尾をブンブン振っている。耳もピコピコ動いてて明らかに嬉しいって動きなんだけど……まあ、黙っておこう。すぐ横でイースだけじゃなくてハニーやラミィも微笑ましいものを見るように目を細めているけど、これも黙っておこう。
「あの獣人、女の子に嫌味言ってるのかと思ったら全然違った」
「めっちゃ尻尾振ってる」
「くっそあんな可愛い子と仲良いとか羨まけしからんもげろ」
「お前がもげろ」
「女の子の方もさらっと流してお礼言うとか手慣れてるな。イケメンかよ」
「褐色美女に美女ラミアに四つ腕美少女に黒髪美少女………獣人男、貴様は邪魔だ」
「違う女に告白して五連敗だからって妬むな妬むな」
……な、なんか聞こえる声が凄い騒がしいな。ツギルクでは最初に変なのに絡まれたせいで警戒しかしてなかったけど、会話が結構面白い。もしかして冒険者の人達って意外とひょうきんな人が多いんだろうか。
ただしコンに対してもげろって言った奴と邪魔扱いした奴だけ表に出ろ。
「…ミーヤ」
「おっ!?あ、ああごめんラミィ、どうかした?」
「…これ…。…この、依頼」
「ん?」
ラミィが指差す依頼を見てみると、どうやら老人からの依頼のようだった。息子一家が出て行ってから寂しくて話し相手に飢えているとの事。依頼を出したのは旦那さんらしく、奥さんは足が悪いから老人の集会所みたいなところに行けないらしい。だから数時間話を聞いてくれる相手が欲しいという依頼だった。
ちなみに話を聞いてくれれば良いから種族は問わないとも書いてある。
「ラミィ……長い、から、町中……ちょっと、邪魔…。ラミィも、動き難い…。これ、座ってれば……良い、から、ラミィ、やりたい…。……動かなくて良いの、好き…」
「成る程」
ラミィからすると動かなくて良いし依頼達成も出来るしでもってこいの内容なのか。道は広いけど、ラミィは体が長いせいでちょっと幅を取っちゃうからね。うん、良いかもしれない。相手は獣人やエルフを想定してて魔物は無理!って感じだったらちょっと困るけど……まあ、うちのラミィは大人しいから大丈夫だろう。
「じゃあこの依頼も受注しようか」
「…ん…!」
笑ってそう言うと、ラミィも両手を握り拳の形にして笑った。
依頼の紙はさっきと違ってすぐ取れる位置だったからコンの手助け無しで手に取れた。さっきの花屋の依頼の紙に重ねて持つ。うーん、依頼は一度に三つまで受けれるから、あと一つ受けれるんだよね。私達用にちょうど良い依頼があれば良いな。
「あ、今気付いたけどあの赤い美女ラミアじゃね!?」
「さっきからずっとラミアだったわよ」
「ああ、男相手に飛び掛ったりしないで大人しくしてるから驚くよな。わかる」
「私昔キラービーの巣に蜂蜜受け取りに行った事あるから知ってるんだけど、あの四つ腕の子キラービーよ」
「お前よくそんな仕事やったな。キラービーの巣ってキラービーだらけでめっちゃ怖いのに」
「商品を受け取るだけの仕事って言われてたのよ!終わってから苦情出して報酬倍にしてもらったに決まってんでしょ!?」
「つかあの黒髪の子、魔物使いじゃね?鞭持ってるし。他の奴等には花みたいな印あるし」
「え、じゃあ褐色美女も何かの魔物なのか?」
「獣人は何で従魔になってんだよ。俺だって美少女の犬になりたい」
「あの獣人狐ってわかってる?目は大丈夫?」
「そういう心配の仕方は心を抉るって知ってるか!?」
……本当に冒険者達の会話が面白いんだけどどうしよう。ツギルクでもこんなに面白い会話をしてたんだろうか。勿体無い事したな。
ん?
「あ、この依頼良いかも」
「どれどれぇ?」
「ほらこれ。相談の依頼だって」
グレルトーディアに定住してる冒険者は受注不可能ってなってるけど。少し怪しい気もするが、プライベートの相談なので他言無用とも書かれてるし、顔見知りが相談聞きに来たら気まずいってだけかもしれない。
「でも長期滞在の冒険者も受注不可能って書いてあるわよぉ?」
「そりゃ長期滞在してる冒険者だとグレルトーディアに住んでる人と仲良くなった時にポロッと言いかねないとかの心配があるんじゃない?まあ冒険者は口が堅いと思うけどね」
守秘義務がある依頼も多そうだし。商人の護衛依頼とかで知った商品の数とかをライバル商人に言っちゃったら色々アウトになりそうだもんね。
「冒険者は口が堅いってよ」
「何よ」
「いやいや、別に。酒に酔うと依頼での不満を酒屋で叫び始める癖を直した方が良いんじゃねえかって思っただけ」
「待ってそれ詳しく話しなさい!どういう事!?」
「やっべ俺こないだ屋台の姉ちゃんにお前の足が臭いって愚痴ったわ」
「は!?何の話してんだよお前!?つか俺の足別に臭くねえし!」
「いや、臭いわよ。こないだあんたが気絶したせいでピンチに陥った時、あんたの足を暴食ウルフの方に向けたら暴食ウルフの群れが悲鳴上げて退散してたもの」
「だからお前らしばらくよそよそしかったのかよ!」
本当に面白い話してんな皆。てか足の臭いで魔物を退散するって嵐を呼ぶ五歳児のとーちゃんかよ。獣人ゆえに耳が良いコンもその話聞こえちゃってちょっと嫌そうな顔になっている。うん、嗅覚も優れてるから警戒しないと危ないもんね。
えーと何の話だっけ。あ、そうそう、この相談の依頼を受けようって話だ。
「長引くかはわかんないけど一応一週間の滞在予定だし、良いんじゃないかな?」
「でもこの依頼の依頼人、バーンズ家って書いてあるわよぉ?この書き方は確実に貴族……本当に大丈夫ぅ?」
「マジでか」
「マジよぉ」
うーむ、貴族って言われるとちょっと…。でもこんだけ他の人には言わないでね!って書いてあるって事は相当困っているんじゃないだろうか。重い相談内容でも無関係な相手になら話せて楽になれるって考えてるのかもしれないし。
「うん、この依頼やっぱ受けるわ。他言無用なのに依頼ボードに貼ってまで相談相手を探してるって事はそれだけ困ってるんだろうし。でも万が一スケープゴートみたいな扱いされそうだったら助けてね」
「勿論よぉ♡ミーヤも害のある嘘はわかるしぃ、私もそういうのには敏感だものねぇ。コンも匂いで判別出来るでしょう?」
「おう。嘘の言葉と本当の言葉では言ってる奴の匂いが違うからな。すぐわかる」
「頼りにしてるぜ二人共!」
三枚目の依頼の紙も引っぺがして持ち、受付の人に受注しますって言わないとと受付の方に視線を向けた瞬間。
「名無し!?」
という見知らぬ声が入り口から響いた。
驚いて入り口の方を見ると首にスカーフを巻いた茶色のウサギ獣人が驚いたように目を見開いて立って……ん?茶色のウサギ獣人?
そのウサギ獣人はコンに近付いて気安い様子で話しかけた。良かった、いじめっ子では無いらしい。
「何でグレルトーディアに居るんだよ!?ガルガさんと一緒に来たのか!?」
「いや、親父とは一緒じゃない。巣立ちしたからな」
「巣立ち!?名無しが!?大丈夫なのか!?だってお前名無しだから獣人の特性がまったく」
心配からなのかそう叫ぶウサギ獣人に対し、コンは私を抱き締めるようにして自慢げに言う。
「もう俺は名無しじゃないからな!今の俺にはミーヤに付けて貰ったコンって名前があるんだ!」
「何っ!?……そうか、良かったな」
ふ、とウサギ獣人は力を抜いてそう言い、
「いやおかしいだろ!?名無しが実の親以外に名付けられるって事は主持ち獣人になったって事か!?それはリスクが高すぎるだろ!?」
と叫んだ。テンション高いなこの人。
「しかもこんな子供を主に………おい、その右手の甲に付いてるのは何だ」
「契約印」
「何の契約印だ」
「従魔契約」
その言葉を聞いた瞬間、ウサギ獣人は思わず耳を塞ぎたくなるような大音量で叫んだ。
「っはぁぁぁああああああああ!?」
背後からホールドするみたいにコンに抱き締められてるから耳塞げなくて耳がキーンってなって目の前が少しチカチカした。イースは笑顔で耳塞いでたしハニーもラミィも耳塞いでた。羨ましい。コンは耳を伏せてた。ずるい。
叫び終わったウサギ獣人は動揺したまま私を指差して、
「お、お前!お前まさか無理矢理こいつを従魔にしたんじゃねえだろうな!?」
と言ってきた。おっと、懸念してた事が現実になったぞ?
愛せるモブの方が書いてて楽しいなって思ったんです(証言)




