盃を交わそう
「盃を交わすっての、やってみねぇかぁ?」
ジャージからアラビアン風衣装に着替えたイースがそう言ったのは、全員がお風呂から上がって一時間程経った頃だった。あ、全員って言っても女湯と男湯でちゃんと別れてたよ。順番に入るタイプだと時間をロスするし、コンは水魔法も使えるから一人で入っても大丈夫という事でそういった作りになった。
ちなみに全員お風呂の前に食事を済ませていて、たった今私の手によるコンのブラッシングが終わったところだったりする。あとは寝るだけの状況で言い出したイースの言葉を脳内で反芻させる。
「……盃…を、交わす……?」
不思議そうにそう呟いたラミィの言葉にイースはにっと笑って頷く。
「そう!ミーヤの世界での契約の一種らしくてなぁ。同じ酒を飲めば家族になれるらしい」
和風の結婚式では確かに盃を交わしてるイメージがある。他にはヤの付く道を極めた漢達しか浮かばないけどね。兄弟盃とか師弟盃とか三々九度とか何とか聞いたような聞いてないような……。
「まぁやり方は知らねぇし調べられねぇから適当だけどなぁ」
そう言ってイースは赤く塗られた大きな盃を取り出した。祭り事の時に見るような大きいやつだ。そしてその盃を一旦地面に置き、またアイテム袋に手を入れて今度は大きめのビンを取り出す。
「まずミーヤが最初に飲んでぇ、そっから時計回りで俺達が飲む。最後に残ったのをミーヤが飲んで成立だぁ。飲む時に誓いの言葉を口にしても面白いかもなぁ?」
「あ、もうやるの決定なんだ?」
「同じ釜の飯を食った仲間、っていう表現があるだろぉ?そっちは既に達成されてるがもうちょっと特別な…そう、儀式のような事をしたい」
そう言い、イースはビンを抱き締めるように体勢を変えて私をじっと見つめる。しっとりと濡れた紫の瞳に見つめられたが、私はうーんと首を傾げた。
確かにそういう式みたいなのは一体感も出来て良いかもしれないけど………まず根本的な問題として、
「私未成年」
「こっちじゃ成人済みだから飲酒オッケーだぜ?」
そうだった!
思わず左手の手の平に右手の拳をポンと置いて納得してしまった。そのやり取りを見たコンが不思議そうに首を傾げつつ言う。
「ミーヤの世界だと17は成人じゃねえのか?」
「うん。基本的に20で成人。向こうの世界だったらコンも未成年だね」
「遅くないか!?」
「あっちじゃ普通だったよ」
地域差…っていうか、国によって成人とされる年齢違ったけどね。昔は12で成人って時代もあったんだから大した問題では無いんだろうか。
「それにこの酒はハニーの蜂蜜から造った蜂蜜酒だから美味いぜ?魔力たっぷりの甘いジュースだと思えば良いからぁ♡」
「あ、そうなの?」
ジュースレベルなら良いか。こっちじゃ成人で飲酒可能なのも事実だし。それに盃を交わすってのも楽しそうだしね。
私が結構肯定的に考えているのを読んでオッケーが出たと認識したのか、イースはビン……ボトルかな?ボトルのコルクをきゅぽんと抜いて中のとろりとした液体、蜂蜜酒をドボドボと惜しげもなく盃に注いでいく。
漂ってくる香りは甘い香りだが、胸焼けするような甘さではなく爽やかさを感じる香り。気遣ってお酒っていうよりジュース寄りにしてくれたのかな思っていると、ラミィがチロリと先が二股になっている舌を出して言う。
「……この匂い……この、酒、アルコール……強め…?」
「その通りぃ♡アルコール度数大体13~16くらいだなぁ」
「おい初心者向けの酒じゃないんかい」
確か普通のビールで度数5くらいだって聞いた事がある。焼酎なんかは30~40とも。せめてもうちょっと優しいお酒からスタートして欲しい。
そう思いながらイースを見つめるが、イースはハートの浮かんだ紫の瞳を細めて笑う。
「だぁいじょうぶだってぇ。もしミーヤが酔い潰れたらちゃぁんと魔法で治してやるからぁ。酔い醒ましくらいなら闇魔法でも出来るしなぁ」
それに、とイースは続ける。
「蜂蜜酒は新婚用の酒って言われるからなぁ。結婚の時にも盃を交わすみたいだしぃ。契約以外でも従魔ハーレム入りの儀式だと考えるとこんなにピッタリなのは無いだろぉ?」
そういう意図か!あー成る程ね!だから盃を交わそうって言ったのか!だから蜂蜜酒なのか!そういや新婚旅行のハネムーンはハニームーンで蜜月だって聞いた事ある気がする!だから新婚用!?
はい、とイースに渡されるがまま蜂蜜酒がなみなみと注がれた盃を持つ。片手で受け取ろうとしたけど思ったより重かったから両手で受け取った。覗き込むと大きめの鏡のように私の顔が水面に映る。香りは良いけど度数強いんだよね、これ……と考えて少し尻込む。
ふと顔を上げると、気付けばイースは私の左側に座っていた。まるで円を描くようにその向こうにはハニーが居る。ハニーの横にはラミィが居て、ラミィの横で私の右側に座っているのはコンだ。
………全員の命、預かってるんだよね、私。しかも全員何故か嫁だし。結婚式で夫が尻込みしてたら嫌だよね………よし、女は度胸だ!
「……私は、皆と共に歩いて行きたい」
目を瞑って、心からの思いを口に出す。さっきイースが誓いの言葉を言っても良いかもって言ってたからね。この盃を交わす儀式は結婚みたいなものみたいだし…私も、そんくらいの覚悟は持たなきゃね。
盃を傾けゴクリと中の蜂蜜酒を飲む。あ、サッパリした甘みで飲みやすいねこの酒。飲みやすい酒なのにアルコール度数高いって怖いけど飲みやすいなら良いや。苦いよりは美味いのが良いし。
はい、とイースに渡すと、イースもそれを飲んでハニーへ渡した。ハニーも飲んでラミィに渡り、最後にコンへと盃は渡る。全員、飲む前に誓いの言葉を口にしてくれた。
「俺はミーヤと共に楽しい生を謳歌したい」
魂が篭った、普段よりも甘くて重い声でイースはそう言った。
「私はミーヤ様にお仕えし続けたい」
瞼を閉じて、祈るようにハニーはそう言った。
「……ラミィ、は……ミーヤと一緒、に、居たい…」
少し無言で考えて、微笑みながらラミィはそう言った。
「俺は、主であるミーヤにずっと付いて行きたい」
穏やかな声で、楽しそうにコンはそう言った。
そして皆が飲み終わった盃がコンから私に戻ってくる。なみなみと注がれていた酒は多めの一口で飲み干せそうな量まで減っていた。
ふと、盃の中の酒に複数の魔力が混ざっているのが見えた。私の魔力、イースの魔力、ハニーの魔力、ラミィの魔力、コンの魔力。それが酒の中で溶け合っていて、イースがこれをやりたがった理由が何となくわかった。
私の魔力が混ざった酒を皆が飲む事で私の魔力を皆が取り込む。そして皆の魔力が混ざった酒を最後に私が飲む事で、皆の魔力を私が取り込む形になる。
多分、これは何かの儀式なんだろう。そういえば酒を飲むと境界線があやふやになると聞く。酔っ払うと距離感がおかしくなるとかのアレだ。神に近い人は酒を飲んで人の世界との境界線をあやふやにさせて神様と会話したりするって話もどっかで聞いた気がする。あれ、気のせいだっけ。
まあつまり、魔力を本当の意味で繋げるような何かなんだろう、これは。
「私は、三岡美夜は、皆と共に生きていく」
だから、皆の魔力を受け止めよう。
盃を垂直に傾け、上を向いて残りの酒を全て飲み干す。上を向いているせいで私の視界には赤い盃と夜空しか見えないが、魔力が深い所で繋がった事で皆の契約印が強く光ったのを感じた。お酒のせいで私の境界線もあやふやになって魔力に敏感になってるんだろうか。
ふう、と酒と蜂蜜の匂いに染まった息を吐き出し、盃を地面に置いた。
「ご馳走様でした」
置いて、イースの方に顔を向けて聞く。
「ちゃんと出来てた?」
「バッチリ♪これで普通の従魔契約なんかよりも、もぉっと深い魔力の繋がりが出来たぜ」
口角が上がるのを抑えられないというような笑顔で、イースは言う。
「ミーヤは途中で気付いたみたいだが、これは深い交わりを意味してるんだ。かつて肉体を持たない者と肉体を持つ者が結婚した時に、深い交わり……まぁエロイ事なんだけどなぁ。それが出来なかったわけだ。だから肉体関係以外での深い交わりの方法を探り、こうして相手の魔力を取り込んで、自分の魔力を相手にも取り込ませるっていうやり方が出来たのさぁ」
イースはするりと胸の契約印に指を滑らせる。
「本来これは夫婦が一生を共にするっていう儀式に近いものなんだが、魔物使いと従魔の関係も似たようなもんだろぉ?ミーヤの場合は従魔ハーレムだしなぁ。しかも!」
「うわっ」
がばっとイースに抱き締められ、視界が褐色の筋肉と雄っぱいで埋まる。程よい脂肪による弾力があるお陰で鼻がぶつかって痛いという事故は起きなかった。
というかイース、男版でも頭がとろけるような甘い香りってどういう事なんだろうね。女の時は女らしい甘さ、男の時は男らしい甘さと微妙に香りが違うけど。
イースは下ろしたままの私の髪を梳くように撫で、続ける。
「ミーヤ、最後に飲む時ちゃぁんと本名を名乗ってくれただろぉ?あれでより効果が増した。これなら魔王様クラスがやばい術式や道具を持ち出して無理矢理従魔契約を解除しようとしても絶対に出来ないぜ!俺達は本当の意味で、ミーヤと自分だけの従魔契約が結ばれたんだ!」
「何それ凄い」
ぎゅうぎゅうと興奮気味に胸が押し付けられているが、一応気遣ってくれているのか酸欠にはなってないから落ち着いてイースの背中をポンポンする。
にしても魔王様クラスだったら他人の従魔契約を無理矢理解除させたりも出来ちゃうのか。超怖いじゃん。そういえばイースは元魔王軍幹部だし、万が一奪いに来られたら厄介だな。だからこうやって横入り出来ないように盃を交わしたんだろうか。
「その通りぃ♡」
「あ、可能性あるんだ」
「書類整理や色仕掛け、偵察や指揮官とかこなしてたからなぁ」
ハイスペック淫魔!魔王軍の大黒柱状態じゃないの!?あー良かった盃交わして!というか言い出したのイースだから魔王が奪いに来ても私と一緒に居てくれる宣言って事なんだろうか。あ、腕の力強くなったから多分そうだな。よしよし、手放す気なんて無いからねという気持ちを込めてイースの逞しい背中を軽くポンポン。
「イースしゃまらけじゅるいれす!わらしらっえミーヤしゃまにくっちゅきひゃいれす!」
「待ってハニー何て!?」
真正面側はイースで埋まっていたからか、背後からハニーが突撃してきた。え、ハニーどうした!?呂律がとんでもない事になってるよ!?
「あー……これは酔ってるなぁ、ハニー」
イースが一旦離れてくれたから、ぐりぐりと頭を押し付けて引っ付いてくるハニーを腕で受け止めて前の方に移動させ膝の上で頭を撫でていると、イースは上記の発言をした。
って、え?
「私酔ってないよ!?え、私酔ってる!?」
ハニー酔ってるのに私は!?他より多めに飲んだよね!?全然余裕だけど!?
「ん……多分、ミーヤ、お酒……強い…」
「マジでか」
「マジだ。俺も平気だけど、ミーヤも強かったんだな」
笑ってそう言うコンに、ガルガさんは酔ってたけどそこは似なかったんだなとかちょっとずれた思考になった。いや、ガルガさんはちょっと狐っぽくなってたから逆に似てるんだろうか。よくわからない。
………まあ、心当たりはあるけど。お姉ちゃん結構お酒飲んでもケロッとしてて、大学の酒飲み大会だかで優勝して賞品貰ってたからな。その血が流れてる私なら酒に強くてもおかしくない。
「あれ、でもイースが強いのは納得だけどラミィも強いんだね?」
「…ラミィ、蛇……。蛇、お酒好き……。…特に、ラミア……は、酒で、男、酩酊……させて、子供作る、時も、ある……。毒と、お酒、似てる……し…」
「成る程」
そういや酒に強い人の事をうわばみって言うんだっけ。蛇とお酒は神話時代から縁が深いしね。毒とお酒が似てるってのも納得。焼酎で何かの毒を無毒化するっての無かったっけ。どうだったっけ。男に酒盛って襲うって事に関してはノーコメントだ。そこはスルーしたい。
コンがお酒に強い点に関しては、狐って酒に強いって逸話あったっけ?と思ったけど、神社関係なら強いわ。お神酒上がらぬ神はなしって言葉は神も酒飲むんだから人間も飲むぞ!っていう意味らしいけど、同時に神様は酒好きだっていう事でもある。そして狐は神の使いだ。しかもコンは神社関係者の子孫の可能性あるしね。そりゃ酒に強いわ。
「ミーヤしゃまぁ、わらしずっろミーヤしゃまいおちゅかえしあうかやえぇ~……」
「何て?」
「「私ずっとミーヤ様にお仕えしますからね」ってさぁ。酔って寝る寸前でも愛されてるなぁ?ミーヤァ」
イースの言う通り、ハニーは私の膝の上でキラービー姿に戻ってすやすやと眠りの世界に旅立っていた。通訳してくれたイースがにやにやとからかってきたが、盃交わしたし酒も入ってる私はそんなんで揺らがないぜ!
「勿論!皆が私を愛してくれてるからこそ、私からも純粋に皆への愛を捧げれるのさ。愛してるぜ、皆!」
にっと笑ってそう言うと、イースもラミィもコンも顔を手の平で覆って地面に転がってしまった。どういう事だ。酒が回ったんだろうか。時々痙攣してるようにビクビク動いてるのは何の動きなんだろう。急に釣り上げられた魚の物真似大会でも始まったんだろうか。
よくわからないが話しかけ難い状態だったので無言のまま眠っているハニーを撫でていたら、いつの間にか寝落ちしていたらしい。ふと目を開けた時には、既に朝日が昇っていた。
盃を交わさせたかったんです




