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異世界で魔物使いやってます  作者:
異世界に来ました
38/276

ガルガ視点

ガルガ視点を書いたらめちゃくちゃ長くなりました。



 二十年以上昔の話だ。俺は成人し、自分の生まれ育った村を出た。

 獣人は村での仕事があるなら成人しても村で過ごすが、村の外でやる仕事をしてる奴は成人と共に村を出るしきたりだからだ。

 村での仕事とは、つまり刺繍仕事や農作業なんか。外での仕事とは、つまり冒険者のような仕事や木こりの仕事なんかの事だ。俺は親父が木こりだったから、木こりとして村を出た。村にはもう親父という木こりが居るから、息子の俺は木こりの居ない他所の村を探す為に自分の村を出た。そういうしきたりだからな。



 一年程歩き回り、ようやく良い村を見つける事が出来た。木こりは居ないが近くに良い木が沢山ある村だ。コルヴィネッラというらしい。

 獣人のしきたりとして、途中で狩った魔物を村長に渡し無事に移住の許可を貰った。獣人のしきたりでは違う村に住む時、よろしくという意味を込めて長に食い物を渡すものだからだ。だが先に種族を聞いておくべきだったな。草食系であり肉を食えないウサギ獣人に肉を渡したのは失敗だった。無事に許可を貰えたから良かったものの、せめてバロメッツを狩っておけば良かった。



 まあとにかく、移住してからは普通に木こりとして生活していた。森へ行って木を切り、木材を売ったり途中で狩った魔物を売ったり。仲良くなった村の奴等と酒を飲んで二日酔いになって道端で寝たりしながらも楽しく過ごしていた。



 ………そんな日常が変化したのは、ある日の朝だった。

 いつも通り木を切りに森へ行こうと家の扉を開けると、扉のすぐ横に布一枚で包まれた獣人の赤子が捨てられていた。籠に入れられもせず、地面にそのまま置かれていた。いや、それは良い。獣人は赤子でも結構頑丈だから地面に布一枚で放置されようが風邪を引いたりもしないしな。



 ……問題は、その赤子を包んでいた布に名前が刻まれていなかった事だ。



 獣人のしきたりとして、赤子が生まれたら実の親が名を付けるというものがある。そして同時に、実の親以外ではその子自身が認めた主からの名付け以外認められないというものだ。

 ……最悪な事に、名前の無い獣人は虚弱体質に育つ。誕生日を七回祝う事すら出来ず死ぬ名無しも少なくない。何故なら獣人にとって名前とは本能と同等か、それ以上に大事なものだからだ。

 名前の無い獣人は己の力を安定させる事が出来ない。歩く事は出来るが、走る事は出来なかったりする。それは走る為に足に力を入れる時、名無しは力の入れ方がわからず右足に3の力、左足に9の力を入れて走り出そうとするからだ。走る時は両方5と5の力でバランスを取るものなのにそれが理解出来ないらしい。



 ……そして、名無しであるがゆえなのか、その赤子には既に不運が舞い降りていた。

 まず、本来なら捨てた奴がこの村に来た以上村長であるゴドウィンの耳に入るはずだ。そしてゴドウィンは子捨てを嫌う。だからこの村では子捨てが許されず、親がどうしても子を育てられないなら代替案を考える男だからな。俺が知っている限り、この村で捨て子を見た事は無かった。

 だが赤子にとっては可哀想な事に、その日は前日からゴドウィンがツギルクの町へ出かけていた。当時まだ悪くなりかけていた程度だった目と鼻の薬を貰いに町に行っていたタイミングだった。ゴドウィンが帰って来たのはその日の夕方頃だったからな………その空白を狙われたらしい。

 余談だがその後ゴドウィンは村を出なくなった。目や鼻の状態が悪化しても、また同じ様な被害を生まない為だと言っていた。実際あの村長は耳が異様に良いからか、目が見えなくなっても問題無く生活出来てたから普通に凄え。



 赤子には、まだ不運な事があった。名前無しとゴドウィンの不在以外にも、もう一つ。

 それはこのコルヴィネッラの村には狐獣人が居ないという点だ。

 狐獣人は基本的にバーバヤガの向こう側にある国に多く生息していると聞く。この国に居る狐獣人の殆どはその国からこのツィツィートガルに出稼ぎに来た奴ばかりだから、狐獣人への偏見も多い。

 俺は色んな村を回ったから狐獣人は結構犬や狼、そして猫に似た種族だと知っているが他の奴等はそうは思えないらしい。狐イコール詐欺師か商売人。その上この草原には魔性狐という悪質な魔物が出るせいで狐への嫌悪感が強い。

 ゴドウィンが帰ってくるまで、周りの奴等は口々に言った。



「そんな災厄の狐は捨ててしまえ」


「名無しの上に狐なんて縁起の悪い」


「狐は魔法が得意な獣人だ。力のコントロールが利かんだけならともかく、魔力を暴走されたら厄介だぞ」


「そんな赤子を誰が面倒見るというの」


「ここで一息に殺してやった方が良いんじゃないか」



 ゴドウィンが帰ってきたら絶対に村で育てる事になるからか、皆そう言った。

 だが、俺はそんな気にはなれなかった。俺の家の前に捨てられていて、俺が一番初めに見つけたんだ。獣人は他人の子であっても親身に接する。子を持たない獣人が親の居ない子を育てるのは最早獣人の本能のようなものだ。



「うるせえ!こいつは俺が面倒見る!お前らの手なんか借りやしねえよ!!」



 赤子に対して殺意を向ける奴等にそう啖呵を切って牙を向いた。幸いな事に、俺の友人達は俺が拾った子が名無しでも狐でも気にしない奴等だった。

 赤子を嫌悪した奴等は皆この村で育ちこの村で生きてきた、違う村の暮らし方を知らない奴等ばかりだったからな。俺の友人達は皆違う村から色々な所を巡ってこの村に来た奴等が殆どだったから狐獣人への偏見が少なかったのは本当に良かった。

 この村では語り継がれていないが、他の村では名無しに関するある伝説がある。それを知っている奴等だったのも幸いだ。



 その伝説では、名無しが七つを超える事が出来るかもわからない虚弱体質である事と、七つを超える事が出来た名無しには多くの幸いがあると言われていた。何でもずっと昔のとある勇者様の仲間に名無しの獣人が居たらしい。

 その獣人は七つを超える事は出来たが、成人しても力をコントロール出来なかったそうだ。そのせいで蔑まれていた上にその獣人は奴隷に売られてしまう。しかし勇者様が奴隷を購入し、すぐに奴隷契約を解除したらしい。そして勇者様は獣人に言う。



「次の町まで共に行ってくれないか。その町に着いたら好きに生きれば良いし、数日過ごせる金と食料もやる」



 …ってな。

 その勇者様は「奴隷制度が気に食わない」という性格の勇者様だったが、俺の育った村ではとても信仰されている勇者伝説だった。獣人メインの物語だったからだと思うがな。

 そしてその獣人は勇者様の真っ直ぐな心に感動し、自ら頭を垂れて名を付けてくれと願い、勇者様もそれに答えてくれたそうだ。名を付けてもらった獣人は主持ち獣人となり、勇者様の仲間の一人となって勇者様を支え続けたとか。

 これはあくまで伝説でしかないが、息子の幸せを祈るのもまた親の務めだ。あやかれるならあやかりたい。

 まあとにかく、帰って来たゴドウィン村長とその付き添いで出掛けていたゴドウィンの息子であるジークに話を通し、狐獣人の赤子は無事俺の養子と認められた。

 最初はまったくわからんかったから村長の家に押し掛けてはジークの息子の世話をするジークの嫁さんに赤子の世話の仕方を教わり、最低限の世話の仕方を覚えた。



 倅は名無しゆえなのか、言葉を覚えるのも歩き出すのも遅かった。それでも七回目の誕生日を無事迎えられた時は嬉しかったものだ。正確な誕生日は知らんが、俺の家の前に捨てられていたあの日を誕生日という事にしていた。わかりやすいしな。

 幸いだったのは、俺の友人達の子供達は名無しである倅にも普通に接してくれていた事だ。

 俺に対して色々と言いやがった奴等のガキは倅の悪口を言うしいじわるもするいけ好かないガキ共だが、友人達の子供達はそういう奴等から倅を守ってくれた。

 ………まあ、時々そいつらがとんでもねえ喧嘩をするせいで倅が怯えてたけどな。



 特に倅の面倒を見ててくれたのはジークの息子だった。ウサギ獣人だが物怖じしない性格で、倅を弟として見てるのか頻繁に助けてくれたりもした。

 だが、最近はそうもいかなくなった。

 皆が成人したからだ。倅も、友人達の子供達も成人した。成人した獣人は、仕事の内容次第で村を出るか村に残るかが決まる。

 残念な事に、倅と仲の良い子供達は村を出て、倅をいじめる奴等が村に残ってしまった。そして倅自身も名無しだからと村を出る事も出来ず、日に日に落ち込んでいた。



 だがある日、倅が笑顔で帰って来た日があった。

 あの日は早めに帰って来たのに倅が居らず、また誰かにいじめられでもしてるのかと思ったんだったな。だがすぐに倅が焼けた草食ヘビを何匹か持って帰って来た。



「親父!俺も魔物狩れたぞ!」



 久々に親父って呼ばれて、年甲斐も無くはしゃいじまったんだよな。

 倅がまだ幼い時、仲の良い子供達の目を掻い潜ったクソガキ共のせいで倅が大変な事になったあの日以来、倅は俺を親父と呼ばなくなっていたから。



 あの日は大変だった。普通にいつも通り木を切っていたらジークの息子が跳んで来て、



「ガルガさん!名無しがやばい!魔力暴走させて燃えてる!!」



 って知らせに来たんだ。急いで帰り道を駆けながら話を聞けば、クソガキ共に言われたのを真に受けて魔法の練習をしていたらしい。そして炎の魔力が暴走して周りに燃え移り、倅がそれにテンパって泣き出したせいで悪循環状態だとか。

 話を聞いて緊急事態と判断し、仕事道具でもある斧を放り投げて四つん這いになって走る。こっちの方が早いからな。



 急いで家まで走ると、家は一度燃えて消火されたのがわかる燃えカスになっていた。原型は留めているが燃え跡があったし、水を掛けられた跡もあったしな。

 そして野次馬が集まってる家の裏を見てみれば、倅がわんわん泣きながら周りの草を燃やしていた。精神が不安定なせいで魔力が暴走しているらしい。涙と共に炎の魔力が零れ、周りの火種に引火していっていた。



「倅!!」


「っ!?」


「ばっか野郎が!自殺でもする気かテメェは!!」



 今までも時々倅が精神不安定になった時、魔力が漏れる事があった。その度に抱き締めて落ち着かせていたから同じ様に抱き締めたのだが、その日はいつもとは違っていた。



「っ、ひっ……やだ!離せ!」


「誰が離すか!落ち着くまで離すわけねえだろうが!」


「やだ!やだやだやだ!お、俺だって、おれだってぇぇええええええ!!」



 相当精神が不安定になっていたのか、俺に関して何かを言われでもしたのか、倅は俺から逃げようとした。だがまだ炎の魔力は漏れ出ていて安定したとは言えないから離すわけにもいかなかった。暴れる倅を押さえつけながら抱き締めようとしたが、倅は暴走する炎の魔力を体に纏い始めてしまった。

 流石に毛の表面が少し燃えたが、獣人の毛は元々頑丈だ。少し焦げる程度だった。だがその匂いで恐慌状態に陥ったのか、倅が振り回していた腕がめちゃくちゃな動きに変わり俺の顔の左側に当たった。



「っ…!!」


「…ひ、っ………あ、ああ、や……っ!!」



 運の悪い事に、倅の腕は多量の炎の魔力を纏っていた。目の周りは他の場所に比べて毛の少ない場所でもあったせいで、一気に目元周辺の毛が燃えた。

 駆けつけたジークが近くに置いてあった水入りのバケツを咄嗟に掴んで俺の顔に掛けたから大事には至らなかったが、そのショックが強かったのか倅はそこで気を失っていた。まあ俺は気にしてなかったが、ジークが言うには中々エグい状態だったらしいから気絶していて良かったと言うべきだろう。

 火傷跡に関しては、火傷が酷すぎるせいで左の目元周辺は跡が残るし毛も生えないと言われたが、失明していないなら問題無い。料理してる時にうっかり火傷した跡だったら恥ずかしいが、倅を助ける時の名誉の負傷だ。恥ずべき事なんて無い。



 だが、倅にとっては相当ショックだったらしい。

 それ以来倅は俺を親父と呼ばなくなり、ガルガと名前で呼ぶようになった。他人行儀な呼び方が不愉快だったし、異様な程俺と距離を取ろうとするのも不愉快だった。

 俺と距離を取ろうとするのはすぐに止めさせたが、ガルガ呼びが定着したのが残念だ。時々親父と言い掛けるんだからそのまま親父って呼びやがれと何度言っても言う事聞かねえし。



 でも、そんな倅が久々に俺を親父と呼んでくれた。しかも土産まで自分で狩って。



「い、いい加減離せよ親父!撫でられて喜んだりなんかしてねえんだからな!」


「おうおう、そうだな!しっかし倅一匹で魔物を狩るなんてなあ……!どうやって狩ったんだ?草食ヘビの鱗が少し焼けてるみてえだし」


「……魔法。本に書いてあった、狐獣人が得意とする狐火ってやつ。まだ普通のファイヤーボールに比べて小さいけど、出来るようになったから」


「………っ!!」



 あの日から少しの間、火を恐れていた倅が。

 自分の持っている魔力を嫌っていた倅が。

 あの日の経験のせいで魔法にトラウマを抱いていた倅が。

 ジークの息子が町で買って贈ってくれた狐獣人に関しての本なんて、見るに見れなくて本棚に仕舞って時々見ては辛そうに顔を背けてた倅が!



「お、俺だって穀潰しのままで居続ける気は無いんだからな!ま、まだ小さい魔物しか狩れないけど……。でも自分の食う分くらいは狩れるようになって、村を出ても生きていけるようにっ!?」


「~~~~~~っ!!!」


「わっ!?うわああああ!や、止めろよな親父!毛並みがぐしゃぐしゃになるじゃねえか!」


「うるっせえこの親孝行モンが!倅の成長を喜ばねえ親父が居るとでも思ってんのかこの野郎!毛並みなんざ起きたら大体ぐしゃぐしゃになるもんだろうが気にすんな!」


「そりゃ親父が碌にブラッシングもしねえからだろ!いつも毛玉出来てどっかに引っ掛けて泣く癖に!」


「泣いてねえ!悲鳴上げてるだけだ!」


「同じじゃねえか!」



 倅の頭を掻き回して久々に馬鹿みてえなやり取りをして。

 すぐに倅は俺を親父呼びしてた事に気付いてガルガ呼びに戻しやがったが、まあ久々に呼ばれて嬉しかったから良いか。

 その日は倅の狩った草食ヘビと、家にあった肉を焼いて思いっきり騒いだ。倅は恥ずかしそうにしていたが、どうせ昔家が焼けた時に村外れにこの家を建てたんだ。他の家とは少し離れてるからうるせえって怒鳴られたりしねえからと徹夜で騒いだ。

 そん時は買ってあった酒を倅にも飲ませて俺も飲んだが、俺は二日酔いで倅はけろっとしていた。狐獣人は酒に強いらしく、倅も名無しなのにそこは強いらしかった。もうお前村の奴等を酒飲みで負かして認めさせれば良いんじゃねえか?



「ガルガさんは相変わらず脳が筋肉ですね。うちの村にそんな金は無い」


「うちの倅の為にそこを何とか」


「嫌とか断るとかじゃなくて金銭的に無理なんですよ。どうしてもと言うならもう少し綺麗な状態の魔物を渡して下さい。あと魔石壊すな」


「チッ」



 ジークに頼んでみたが取り付く島も無かった。

 この村が金銭的に貧しいのは事実だから強く言えん。俺の狩る魔物は他の奴が狩る魔物に比べて比較的綺麗だが、魔石を狙って一撃で仕留めるせいで金になり難い。あと木こりの仕事ついでに狩るせいで扱いが適当なのも事実だから反論出来ん。

 だがまあ、このジークという男は良い奴だ。というかゴドウィン村長の家の奴は大体良い奴だけどな。倅が魔法を使えるようになったと話したら馬鹿にせず親身にアドバイスをくれる奴等だ。ありがたい。



 そんな風に、俺はいつも通りにしつつ、倅は魔法の特訓を兼ねた狩りをする日々が続いた。

 倅の魔法の上達度は普通に比べれば遅いが、獣人としては充分の速度で上達していった。名無しだと考えるととんでもないスピードで上達してるしな。まず名無しは魔法使えねえのに使えるようになった時点で凄え。



 そんな感じで普段通りに過ごしていた、ある日の事だ。

 昨日木を切ったから今日は家に居るか、ジークが魔物売った金持ってきてくれるはずだし。と思って家で斧を砥いでいたら、



「ガルガ!」



 と倅が俊足シカを担いで扉を壊すんじゃねえかという勢いで帰って来た。



「親父って呼べ!」


「それどころじゃねえんだよガルガ!い、今人間が!森のすぐ近くでこいつら狩ってたら人間が話しかけてきてくれて、俺威嚇しちまったのに凄い優しかった!俺と一緒に村に入ったら良く無いって言ったのに、一緒に来てくれた!」


「……良し、話が見えねえから落ち着け。あとシカ置け」


「名無しでも出来損ないでも好きに呼べって言ったら、狐くんって呼んでくれた!村で悪口言われたら大声で俺にありがとうって言ってくれたし庇ってくれた!ミーヤって名前で呼んだら無視せずに返事してくれた!」


「だから落ち着けっつってんだろうが倅!口から火が漏れてんだよ!」



 一発拳骨を食らわすと、どうにか口から漏れていた火は鎮火した。精神が不安定になると魔力が漏れるのは知っているが、喜びが溢れ過ぎても魔力が漏れるの何とかならねえかな。

 辛うじて落ち着いた倅に話を聞くと魔物使いの人間の娘が普通に接してくれたという事だった。魔物使いというと良い噂はあまり聞かねえが、まあこの村での狐獣人の扱いみたいなもんだろう。評判なんて地域差があるもんだからな。

 話し終わると同時に慌てだした倅がシカを解体場に持ち込んで、一番肉付きの良いシカを解体し始めた。どうしたんだと聞いてみれば、



「……ミーヤに、渡そうと思って」



 と言った。



「ミーヤってのは、さっき話してた嬢ちゃんだったか」



 倅が自分の狩った獲物を誰かにやりたいと言うなんて珍しいなと思って笑っていたら、恥ずかしくなったのか倅は、



「べ、別に庇ってくれた事に対する礼ってわけじゃねえし、威嚇した事を悪いと思ったりなんかしてねえけどよ。ただちょっとこのシカだけ微妙に肉付き悪いから、その、い、嫌がらせ!いきなり話しかけてきて驚かしてきやがったからその嫌がらせとしてだな!」



 と言い出した。まあいつもの事だ。庇ってくれた礼と威嚇した詫びとして一番肉付きの良いシカを渡したいって意味で間違い無いだろう。捻くれた言い方のせいで倅と仲の良い奴以外には伝わらねえんだよなあ。

 あとやっぱり詰めが甘いトコがあるな、こいつ。



「で?その肉を嬢ちゃんに渡しに行くのか?」


「……っ!」



 全身の毛を立たせて硬直した姿に、溢れ出した不安の匂い。

 ったく、やっぱり渡し方を考えてなかったな?倅は自分から押す事に消極的だから、贈り物を用意する事は出来ても渡せなくて泣いてる事が何度かあった。俺の誕生日祝いに買った酒とかジークの息子が冒険者として活躍してる祝いとして買ったスカーフとかな。毎回渡すに渡せず部屋で泣く子供だった。



「……倅、自分で行けるか?」


「……………もし、ミーヤに断られたら…いやだ……」


「渡すんだろ?」


「……………」



 だんまりモードか。黙った時の倅の匂いはわかりやすい。困っている時の匂いだからな。行きたいという気持ち、行って困らせたくないという気持ち、その他諸々相反する感情が殴り合ってるような匂いだ。

 ………確かその嬢ちゃん達って村長の家に居るんだよな?倅がどうにか自分で肉を持って行けても、渡す時に捻くれた言い方したら倅自身がへこむだろうし…。



「ジークに魔物売ってもらった金、今日貰う予定だったしな。受け取りついでに持ってってやろうか?」


「本当か!?」



 その嬢ちゃん達が早々に立ち去って無ければな、と続ける暇も無く倅が反応した。

 倅はいじめられてたせいで悪意のある奴には敏感だしな…。ここまで倅が懐くんなら、その魔物使いの嬢ちゃんが悪人って可能性は無さそうだ。



「べ、別にこの肉をミーヤに渡したいとかちゃんと礼をしたいとかミーヤが俺の事を本当は面倒な奴だって思ってたんじゃないかとかそんな事は気にしてないんだからな!」


「よしよし、ちゃんと何て言ったか教えてやるから心配すんな」


「そんな心配!……したけど、してねえ!」


「わかったわかった」



 慌てて弁解しようとする倅をどうにか落ち着け、解体し終わったシカを持って村長の家まで歩いていく。



「ううう………」


「助けてくれ…………」


「ごめんなさい………」



 村長の家の前に土の匂いがする……というか土の匂いしかしない荷車が置かれていた。その荷車の上には縛り上げられた人間が数人転がされていた。匂いから判断するに随分と衰弱しているらしい。

 だが同時に血の匂いや死の匂い、悪人からする匂いが漂ってくるから悪人だろう。魔物を狩る冒険者と、狩ってはいけないモノを狩る悪人の匂いはまったく違う匂いだからな。この匂いは確実に悪人だと判断して良いだろう。



「………はい、こちらとしてはそちらの要求を断る理由がありませんな」


「本当ですか!」


「はい。盗賊の数は五人と多いですが、その全員がかなり疲弊しており危険性は……」



 中から聞こえた声に、やはり悪人かと納得した。聞こえた話から判断するに、ミーヤとかいう嬢ちゃんはこの盗賊をどうにかしたかったんだろう。それに関してゴドウィンに頼ったのは英断だ。

 盗賊ってのは人身売買をする奴等も居るには居る。そういう奴等は人間を捕まえると同時に獣人も誘拐しようとするからな。奴隷契約で縛られた獣人は牙を剥く事すら出来ず、大事な名も奪われる。つまり獣人にとっての地獄に無理矢理連れて行こうとする敵だ。

 苛立ちのままに盗賊達へ殺気を向けてしまったがまあ良いだろう。気絶したが大した問題じゃねえし。

 にしても中の話を聞いていると随分と気前が良いな。名声も金もいらねえってか。嘘偽りの匂いもしねえし、本当に盗賊を面倒だとしか思っていないらしい。



「……おすすめの家の家主もちょうどそこにおりますから、宿泊代に関しては本人に聞けばよろしいかと」


「へ?」



 ……ん?おすすめの家の家主?



「気配や息を殺しても、生きておる以上音は消せんぞ?ガルガ」



 うっお声にめちゃくちゃ圧かけてんじゃねえか!全身が総毛立ったぞ!?盗み聞きしてたのは悪かったけど途中で扉開けて入るよかマシだろうがよ!

 そう言ってやりたいが、ゴドウィンには頭上がんねえしな…。

 覚悟を決めて扉を開けると、部屋の中は変わった匂いの奴等がいっぱい居た。やたら甘ったるいフェロモンの匂いをさせてる人間じゃなさそうな女。蜂蜜の匂いがぷんぷんする蜂。死の匂いと毒の匂いが隠せていない蛇。

 そして、倅が言っていた魔物使いの嬢ちゃん。嗅ぎ覚えの無い変わった匂いだ。その匂いを嗅ぎ、この嬢ちゃんが悪人では無いと確信する。

 なぜなら従魔なのだろう他の奴等の匂いが付いてるからだ。他の種にはわからないかもしれないが、これはお気に入りに付けるマーキングの匂い。しかも嬢ちゃんの匂いも他の奴等に付いてるしな。相思相愛、ってか。



 嬢ちゃんに無事倅からの肉を渡せたが、ゴドウィンの言葉で我が家に嬢ちゃん達が泊まる事になっちまった。俺は構わんが倅が心配だ。パニックになって家を飛び出しそうだからな、あいつ。

 帰る途中で嬢ちゃん達が物珍しいのかいつもより話しかけられた。面倒な奴等にも話しかけられたが、友人達が食い物をくれたからな。嬢ちゃんの中の獣人像がクソ共で固定されねえ事を祈る。



「ああ、ガルガさんじゃないですか。さっき家に行ったけど居なかったから探しましたよ。はい、先日売った魔物の素材の代金。あ、それと家の裏の解体場で名無しがまた考え込み過ぎて泣き出してました。泣きながらシカの解体してたので早く帰ってあげてください」



 途中で会ったジークの言葉に、またかと思う。倅の奴はもう少し楽観的に生きれば良いのに考え込み過ぎるところがあるんだよな。それもマイナス思考の悪循環。うっかりボヤ起こしてねえだろうな。



 少し不安だったが問題は無かった。嬢ちゃんに対してまた捻くれた言い方をしていたが、嬢ちゃんは普通に倅の本心を見抜いてくれたらしい。獣人で鼻が利く俺は倅の匂いが完全に歓喜の匂いしかしねえから本心がわかるが、嬢ちゃんは人間だからな。うっかり誤解されたりしなくて安心したぜ。

 万が一誤解されたらまた倅が泣き出しそうだしな。



 嬢ちゃん達と同じテーブルで飯を食いながら、嬢ちゃんに名無しが魔法を使える事をどう思うかと聞いてみた。本来魔法を使えないはずの名無しが魔法を使える事実に人間の嬢ちゃんはどう答えるのか、興味があった。

 例え嬢ちゃんが偽りの返答をしても、答えが嘘か本当かは匂いで判別可能だ。

 そう思いながら嬢ちゃんの匂いに集中していたら、嬢ちゃんは思いがけない答えを提示した。



「いや、普通に「使えるんだなー」としか……」



 ……は?

 匂いに嘘は無い。完全に本心だ。本心と少しの疑問。いや、この匂いは疑問というよりも理解出来ていない時のような…。

 そう考えていると、イースと名乗った魔族が嬢ちゃんに詳しい説明を始める。ああ、大前提の知識が無かったのか。だから疑問を抱きながらも提示した本心からの答えがあれだった、と。

 なら、理解した時の答えは?



「えっと、狐くんが魔法を使える事に関してですけど。……頑張った結果でしょうし、名無しでもあれだけ凄い火魔法が使えるなら良い事だと思いますよ。充分俊足シカを狩れてたし」



 本心からの言葉。しかも倅を純粋に凄いと言う嬢ちゃんに、俺は思わず涙ぐんだ。

 俺達獣人は名無しならば何も出来なくても仕方ないと思っていた。倅の味方の俺達ですら倅に諦めさせる道をやんわりと勧めていたが、倅はその道を拒んでやってのけた。

 そして、嬢ちゃんはその功績を素直に受け止めて認めていた。嬢ちゃんは何も知らずに言っているだけなんだろうが、だからこそその言葉に涙が零れそうになった。



「嬢ちゃんは……」



 倅のやった事を、素直に受け止めてくれるんだな。

 そう言おうとしたがそれよりも早く、倅が呆然としたまま言葉を零した。



「ミーヤは……名無しが魔法を使うなんて生意気だって、言わないんだな」


「どこの剛田さん家の武くんだよ。母ちゃんに尻叩かれるぞ」



 誰だ剛田さん家の武くん。嬢ちゃんの故郷の知り合いの誰かだろうか。

 にしても倅の奴、そんな事を言われてたのか。獣人、それも名無しが魔法を使えるなんてとんでもなく凄い偉業だろうに、その価値がわからんクソガキ共め。相手が魔物なら食い殺せたが、同じ村の獣人なのが口惜しい。

 ……ま、良いか。嬢ちゃんの言葉はよくわからなかったが、倅にそんな暴言を吐きやがったクソガキ共に憤りを覚えたのは事実みたいだしな。倅の味方をしてくれる奴は俺の仲間だ。



 嬉しさの余り、魔族が出してくれた酒を飲みまくったのが良く無かったらしい。翌朝起きた時、飯を食い始めた辺りからの記憶がかなりあやふやになっていた。

 だがまあ嬢ちゃん達が倅の味方だという確信は残っていたから良いとしよう。それより問題なのは地獄のような頭痛だ。二日酔いは残らなくて良いのに残りやすい体質なんだよな。



 森に行くと言う魔族と蛇に同行して森の中の一番デカイ木の所まで歩き、木の根元にある泉の水を飲む。この泉の水はとてつもなく澄んでいる水で、具合が悪い時はとりあえずこの泉の水を頼ればどうにかなるから助かっている。



「……この木ってぇ……」


「ん?この木か?よく知らねえが、この森の守り神みたいなもんだから少しでも怪我させたら死ぬってゴドウィンが言ってたな!」


「…ええ、そうねぇ…間違っては無いわぁ」


「………そう…なの…?」


「ええ。だからラミィ?貴女もこの木に傷を付けたりしないようにねぇ?」


「…ん」



 ふむ、泉の水を飲んでスッキリした頭で考えても魔族の考えはわからんが、この木に攻撃する気が無いなら問題無いだろう。もしかしたら魔族だから感じる何かがあるのかもしれねえしな。



 数時間後、森の中の魔物達は生態系が狂わねえギリギリまで魔族と蛇の手によって狩られていた。俺はただこいつらの横に添えるだけだった。うっかりツーモの土の砲弾を食らって汚れたし、俺は完全に足手纏いだな。あの嬢ちゃんは凄え強い魔物を従えてたらしい。

 ちなみにツーモは牛の魔物で土魔法を使ってくる。土を硬く丸め、それを角で吹っ飛ばしてくる腹立つ魔物だ。無駄に攻撃力高いし肉はすぐに臭みを抜かないと土臭くて食欲が減る匂いだし。だがちゃんと臭み抜きさえすれば食いでがある魔物だからなー。飢えてる時は助かるんだよなー。



 これ以上狩ると生態系が狂いかねないからと家に帰ると、部屋中に倅の匂いが付けられていた。その事を不審に思う。

 何故なら、これは獣人にとっては普通のコミュニケーションの一つだが倅は匂い付けが上手に出来ないからだ。倅は鼻も利かないから、匂いで「今日遅くなる」と伝えてもまったく伝わらず泣かせてしまった事もある。

 しかし、今の匂いはちゃんと付けられている。含まれているメッセージは「幸せ」「出発」「感謝」「さよなら」。……何か幸せな事があって、家を出て、俺にありがとうとさよなら?

 一体どういう事なのか、と考える。倅は名無しだ。名無しは虚弱体質だ。一応体が弱くならないように鍛えて他の奴等より筋肉質に育ちはしたが、根本的な部分は変わらない。名無しのままでは、旅に出てもすぐに……。

 そう考えていると、



「え、名前を考えて欲しいって言われたのぉ?」


「本当にイース凄いね!?うん、もしもの話って言われたけど」



 という会話が聞こえた。……名前、だと!?

 思わず嬢ちゃんに掴みかかって話を聞くと、倅の方から名前を考えて欲しいと頼まれたから考えてやったらしい。……本当に、嬢ちゃんは獣人に対して無知なんだな。

 獣人にとって名前はとても大事なものだ。そしてその名付けは、実の親以外では一生を捧げても構わないと思える「主」にしか出来ない。

 名前を持つ獣人でも、名無しでも。主と認めていない相手からの名付けなど反吐が出る程腹立たしいものだ。だからこそ、獣人から名付けをしてほしいと言い出す事は滅多に無い。

 なのに、倅は嬢ちゃんに名前を付けて欲しがった。それはプロポーズなんかよりも重要な告白に近い。全てを捧げたいから、全てを捧げる対象である主になってくれと言うようなものだ。



 そして、嬢ちゃんは知らなかったとはいえ倅に名前を付けてくれたのか。



 まったく倅の奴、匂いでの会話に気付けないから報告や連絡は口頭か筆記でっつってた癖に、出来るようになったら即行で匂いの会話を始めやがって。しかも大事な巣立ちだってのに……まあ、あいつの成長の証か。話したり、書いたりしなくても伝えれるようになったんだっていう自慢も含まれてそうだけどな。



「……あの、もしや何かやばかったりします?」


「ん?いやいや!嬢ちゃんに害は無いから気にするな!よろしく頼む!!」


「何がですかね!?」



 不安げに叫ぶ嬢ちゃんの背中を叩いて返答を誤魔化す。これはサプライズの方が面白そうだしな。

 にしても倅の奴、主をゲットしちまうとはな。それも嬢ちゃんみてえに良い人間だ。

 嬢ちゃんの匂いには、嫌みな匂いが殆ど無い。純粋で素直で、嫌なら嫌と言う匂い。多少の事ならスルーしてみせるような、そんな匂い。

 一日二日しか接していないってのに、嬢ちゃんになら倅を任せられると思う。そんだけ嬢ちゃんは優れてるのかもしれねえな。強い従魔が嬢ちゃんを慕い、そして嬢ちゃんに従ってんだから。

 昔見た魔物使いは吐き気がするような匂いだったが、本当の魔物使いってのは嬢ちゃんみたいな奴なんだろう。やっぱり何事も偏見は良くねえな。



「おっといかん!嬢ちゃん達はもう出発するのか!?」


「え?ああはい、まあ………………うん、そうなりますね」


「そうか!じゃあちょっと待ってろ!すぐだからな!」



 そう言って俺は倅の部屋へと走り出す。倅の奴はせっかちなところがあるからな。慌てて忘れ物をしているかもしれん。慌て過ぎて途中壁に思いっきりぶつかったが問題無い。壁も無事だった。

 倅の部屋の直前でうっかり床を踏み抜いたが後で直せば良いと判断して倅の部屋の扉を開いて中に飛び込む。いつも通りの寝床と机と本棚くらいしかない殺風景な部屋だ。

 クン、と鼻を鳴らす。



「………この部屋ん中にも匂いが充満してるな」



 幸せを感じた時の匂いだ。焦りは無く、わくわくと楽しみな気持ちを詰め込んだような匂い。普段の倅の部屋の匂いは戸惑いや焦燥の匂いが強かったが、その残り香は微塵も無い。

 部屋を見回してみると、旅に出る事に焦点を当てて荷造りをしたらしい。倅にやったアイテム袋が無い。そして着替えもだ。いくつか残っている服は全部「自然修復」や「洗濯不要」の効果が付いていない服ばかりだ。旅用の服だけ持って行ったんだな、あいつ。

 本棚の本も幾つか抜かれているが、抜かれているのは全て旅に役立ちそうな本ばかり。歴史や魔物について、他の種族に関して書かれた本や獣人のしきたりの本なんかも持って行ったらしい。残っているのは物語の本ばかりだな。



「あ、やっぱり忘れて行ったな?慣れたブラシじゃねえと知らない匂いが付くから落ち着かないって教えたってのに…。今まで鼻が利かなかったからわかんねえのかも知れねえが、今はもう鼻が利くようになっただろうによ」



 寝床には思ったとおり、倅のブラシが置いてけぼりになっていた。獣人にとってブラシは重要アイテムだろうが。あいつはその辺で買えば良いと思ったのかも知れないが、慣れ親しんだ匂いのしない新品のブラシは最悪だぞ?そのブラシで全身を梳いたら全身から知らねえ匂いがするからな。だから同じブラシ使い続けろって言い続けてたってのに。



「まあ、嬢ちゃんに持ってて貰えば大丈夫だろ。ブラシに嬢ちゃんの匂いが付けばより良いしな」



 慣れた自分の匂いと、大事な主の匂い。それは信頼と安心の匂いになる。主の匂いが付いたブラシで梳いて貰えれば、体から主の匂いがして主にマーキングされてるって喜びにも繋がるしな。嬢ちゃんは知らねえだろうが……俺が言わなくても誰かが言うだろうから良いか。あの魔族の女は獣人に詳しかったから多分言うだろ。

 ブラシを手に取り、他に忘れ物はしてねえだろうなと改めて見渡すと、



「……お?」



 机の上に紙が置いてあった。倅の文字が書かれた紙が机の上に置かれており、上から紙が落ちたりしないようにペンが重しになっている。

 片手でその紙を拾い読むと、こう書かれていた。



「親父へ。

 俺は主を見つけたから付いて行く事にした。

 今まで名無しの俺を育ててくれてありがとう。

 火傷、ごめん。

 これからどうなるかはわからないし、ミーヤに拒絶されるかも知れない。

 でも、俺はミーヤに全てを捧げたいと思ったから。

 行ってきます。


                            親父の倅、コン」



 ………思わず、ブラシを持った手で顔を覆ったせいでブラシが顔にぶつかった。痛え。痛えが、涙が引っ込んだから良しとする。

 ったく、ったくあの息子は!最近全然親父って呼ばなかった癖に、一人前になった途端あっさり親父って言いやがった!俺が火傷を負った日から他人行儀だった癖に、わざわざ親父の倅って書くか!?



「………っあー、クソ」



 しゃがみ込んで唸る。してやられたなと思うが、あいつの成長が嬉しくて言葉が碌に出て来やしねえ。俺は実の親じゃねえけど、やっぱお前の父親には違いねえわ。だって、



「息子の成長って、こんなに嬉しいもんなのか…!」



 とうとう息子が一人前になって巣立ちした。それがこんなに嬉しい事だなんて、ジークも他の奴等も言ってなかったぞ!?ああもう、嬢ちゃんにこのブラシを渡さねえといけねえっつうのに!

 深呼吸を何度か繰り返し、どうにか平静を取り戻す。



「………じゃ、こいつを嬢ちゃんに渡さねえとな」



 今度は何処にもぶつからずに嬢ちゃん達の所に戻り、無事ブラシを渡せた。やっぱり何もわかってないのか嬢ちゃんは困っていたが、魔族に言われてよくわからないまま受け取った。良し、魔族は意味を理解してるらしいな。俺がここで説明しなくても大丈夫だろう。

 ここで全部話したら倅のサプライズが駄目になっちまうからな!



 嬢ちゃん達を見送った後、ジーク達を誘って宴でもしようかと考える。連日の酒は良く無いが、今日は大事な祝いの日だしな!まずは友人のやっている酒屋に行くかと考えていると、見覚えのあるウサギ獣人が屋根の上から跳び下り、目の前に着地した。



「ようジーク!今日は宴だ!!」


「名無しが名無しでは無くなったからですか?」


「おう!やっぱ知ってたか!」



 ジークもゴドウィンも、というか村長一家はウサギだからか地獄耳だもんな!



「それはまあ、聞こえてましたからね。今も父に持たされた土産をミーヤさん達に渡して来たところです」


「そうか!じゃあ宴だな!俺の家でやるぞ!酒と食い物は今から買いに行くからお前は他の奴等呼んできてくれ!」


「待て」



 言うだけ言って走り出そうとしたが、ジークの足払いで思いっきり地面に顔をぶつけた。この野郎と思って腕で膝カックンしてやろうとしたが見事なジャンプで避けられた。この野郎。



「落ち着いてください」


「これが落ち着けるか!倅が名前貰って一人前になって巣立ったんだぞ!?」


「わかってますよ。私も、父も。あの子を気にしていた者は皆宴気分です」


「だったら!」



 今すぐに宴の酒と食い物を!と続けようとしたが、ジークの言葉にその言葉はかき消された。



「だから既に皆に報告済みですよ。言ったでしょう?皆宴気分だと。酒も食べ物も皆が祝いとして提供してくださるそうです。ガルガさんは酒屋に行って提供してもらえる酒運んでください。私は野菜を持って行きますから」



 そう言い、ジークは再び屋根へと跳び移りあっという間に見えなくなった。

 あいつも結構情に厚いよな。……よし!酒受け取りに行くか!!





「名無しが名無しで無くなって巣立って行った事にぃ~~~カンパーーーーイッ!!」


「乾杯!」


「かんぱーいっ」


「カンパーイ」



 宴が始まってから既に十回以上乾杯の音頭が繰り返されている。他の奴等も大分酒が回ってきたな。何人か眠りだしたのを横目に酒を煽る。獣人は頑丈だから放っといても風邪は引かん。

 こうして沢山の奴等が倅の巣立ちを喜んでくれているのを見ると、やはり嬉しいものだ。



「それでぇ?ガルガァ~、名無しは何て名前になったんだっけぇ?」


「さっきから何度も言ってるだろうが」


「うっさぁーい!あの子が名前持ちになったんだから何度だって確認するわよ!めでたい事でしょお!?」



 横に座って絡んでくるのは猫獣人の女だ。確か娘がツギルクのギルドで働いてるとか言ってたな。娘の名前はアニスだったか。嬢ちゃん達と既に会ってたりしてな。



「ほらぁ!さっさと言いなさいよお!」


「へいへい。あいつの名前は」



 嬢ちゃんが倅に付けてくれた名前は、



「コン、だよ」


「コンかあ~。良い名前だよねえ!ジークもそう思うでしょお!?」


「そうですね」


「ジーク聞いてるぅ?何野菜ばっかポリポリ食ってんのよお。肉食え肉ぅ!」


「そうですね」



 あー感動にも浸れねえな酔っ払いばっかだと!俺も酔っ払いか!そうだな!俺も酔っ払いだ!

 酔っ払いな俺は窓から外に出て、屋根に上って空を見上げる。満月では無いが綺麗な月と、満点の星。良い夜だ。俺は衝動を抑えられず、鳴く。



「アオオオォォォォーーーーーン」



 遠吠えをあげる。コンに届くように。



「オオオオオォォォーーーーーン」



 幸せになれと祈りを込めて。

 遠くから遠吠えが返って来たのが聞こえ、満足した俺は屋根の上に寝転がる。

 ああ、良い夜だ。



 翌朝、屋根の上で目覚めた俺が家の中に戻ると、二日酔いの屍と食い散らかした食べカスと空になった酒瓶が辺りに散乱していた。同じく二日酔いの俺は、酒の残り香にダメージを受けてリバースした。ジークは机の上で寝ていた。少し休んで回復したら、こいつら叩き起こして掃除させねえとな。



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