獣人よ、もうちょっと言葉での説明をする努力をしてくれ
「お帰り、イース、ラミィ、ガルガさん」
「ただいまぁ~♡たぁっくさん魔物狩って来たからぁ、しばらく食料の事は心配しなくて良いわよぉ♪」
「…ん。沢山、狩った」
「凄かったぞ!生態系が狂わんギリギリまで狩ってたからな!大体の魔物は一瞬で仕留めてたし、俺も見習わねえとな!………ん?」
「満足いく狩りだったようで何よりです。あ、それと全室掃除を終わらせておきました。ゴミはお借りした部屋に纏めてありますので、必要な物がそちらに混ざっていた場合は引っ張り出してください」
帰って来た森へ出発組をお迎えすると、あっという間にイースに捕まりハグをされる。現在のイースは淫魔モードの布引っ掛けただけの服と比べるとかなり防御力の高いワンピース姿なので真正面から抱き締められても多少平常心を保てるから安心だ。辛うじてって感じだけどね!
続いてラミィが腕を絡めて擦り寄ってきた。左腕に胸がめちゃくちゃ当たってるけど耐えろ私。流石に人様の家で童貞男みたいな反応をするのは嫌だ。とりあえず真正面にいるイースの背中を右手で軽く叩いて離れてもらい、ラミィの頭を撫でる。左腕が捕まってるから左手で撫でられなかったんだよね。
ガルガさんは少し土で汚れながらも快活に笑っていた。多分泉の水を飲む時に濡れたせいで土が付いちゃったんだろうね。その後少し不思議そうな顔をして鼻を鳴らしてたのは何だろう。獣人じゃないとわからない匂いでもあったのかな?
ハニーはずっと掃除をしていたみたいだが満足そうな顔に安心した。働き蜂ゆえのメイド気質なのか、家事や家事の手伝いが好きみたいだもんね。
「これでいつでも出発出来るわぁ。ミーヤの方はどんな感じぃ?」
「あー、えっと、薪割りは完了した」
それだけ言うと、心を読んだのかイースは察してくれたらしい。赤みがかった紫の瞳を怪しく光らせ、部屋を見渡して言う。
「……あの子、この家の敷地内には居ないわねぇ」
「あ、そうなの?」
部屋にでも篭っちゃったのかと思った。森にでも行ったのかな?
そういえば名前を考えたって事をイースに相談し、
「え、名前を考えて欲しいって言われたのぉ?」
言い出す前に読まれた!
「本当にイース凄いね!?うん、もしもの話って言われたけど」
「何!?」
「うおわあ!?」
いきなりガルガさんに凄い勢いで両肩を掴まれたぞ!?何々なんかやばかった!?タブーに触れる感じの事だったりするのかな!?ガルガさん毛がめっちゃぶわってなってるんですけど怖い!
ガルガさんは私の両肩を掴みながら、真剣な顔で問う。
「本当に、倅が名前を考えて欲しいって言ったのか?」
「は、はい…。言われました…」
「…返答は?」
「へあ?」
「名前を考えたのか考えてないのか!」
「考えました考えました狐だからコンとか?って言ったら尻尾振ってくれましたあ!」
直後に逃げられたけど!
「…そうか、だからか。ったく倅の奴、匂いがわかんねえから連絡は口頭か文字でっつってた癖に……」
な、何なんだ一体…。今度は凄い嬉しそうな目と声で尻尾ブンブン振ってるし。まあ、右手を自分の顎、左手を自分の腰に添えてくれたお陰で私の両肩からガルガさんの両手が離れたから良しとしよう。あービックリした。
しかし一安心したら一安心したで別の不安も出てくるものだ。ガルガさんの表情を窺いつつ尋ねる。
「……あの、もしや何かやばかったりします?」
「ん?いやいや!嬢ちゃんに害は無いから気にするな!よろしく頼む!!」
「何がですかね!?」
あと背中バシバシ叩くの止めて!地味に痛い!獣人の腕力からしたらかなり手加減してくれてるんだろうけど私結構弱いタイプの人間だから!最近はレベルが上がったお陰で耐えれるようになっただけ!
「ったく、ずっとガキだと思ってたのになあ…。親の気持ちってのはこういうもんか!」
「だから何がですかね!?」
「すぐにわかるから大丈夫よぉ」
「わかってる人達が何一つ教えてくれない!」
アウェイ感に耐えられず同じくわかってない組のハニーとラミィに抱きつくと優しく抱き締められた。頭も撫でてくれた。うう、二人共優しい。
「大丈夫…。ラミィ…も、獣人、…詳しく、無い…から」
「そうですよ。獣人本人と大体の事を知っている方が相手ですから。私も何の話か理解出来ていませんが、ミーヤ様に害が無いのであれば良いかと」
「…ん。ミーヤ、と…ラミィ、達…。無事…なら、良し…」
「二人も結構楽観的だね?」
お陰で気が楽になったし良いけどね!まあ知識も豊富で心も読めるイースが笑顔で大丈夫だと断言するなら大丈夫かな。うん、イースの言葉ってだけで凄い安心感。なら良いか。
「おっといかん!嬢ちゃん達はもう出発するのか!?」
「え?ああはい、まあ…」
狐くんからお土産のお肉受け取ったし、食料確保も出来たし…。
「…うん、そうなりますね」
もう出発して問題無いよね、うん。狐くんにお別れが出来なかったのはちょっと残念だけど仕方が無い。いやでもお土産の肉はくれたから、単純に別れの言葉とかが無いとかかもしれない。獣人の風習とかで。
「そうか!じゃあちょっと待ってろ!すぐだからな!」
ガルガさんはそう言ってダッシュで家の奥へ行ってしまった。…ガルガさんの家だから走るのは別に止めないけど、ある程度制御した方が良いんじゃないかと心配になる走りだった。カーブ曲がれずに壁にぶつかってるもん。すぐ復活して走ってったけど。
「……何なんだ一体。獣人って皆突拍子無い感じなの?」
「獣人は五感が優れてるからぁ、結構見えない聞こえないモノでやり取りする事はあるわねぇ。木に体を擦り付けて匂い付けをして縄張りを示したり、とかねぇ」
「へー…。あ、獣人って普通に別れの挨拶する?それとも風習的なアレで別れの挨拶は無かったりする?」
「うふふふふ、そうねぇ…。別れの挨拶をしたかったらする、って感じかしらぁ?」
成る程。別に絶対しないってわけでもないのか。狐くんが挨拶をしたようなしてないような感じの別れ方だったからちょっと混乱したんだよね。…とはいってもこの村で別れの挨拶する相手なんて、狐くんとガルガさん以外だとゴドウィンさんしか居ないけど。でも村長にはちゃんと挨拶した方が良いよね?お世話になったし。
「あの村長なら挨拶なんてしなくて良いわよぉ」
「え、そうなの?」
「ええ。だってあの村長、ウサギだったでしょう?どうして村長の家が村の真ん中にあるかわかるぅ?」
「…村長だからじゃなく?」
「違うわぁ。老いても聴力だけは現役だったでしょう?村の真ん中に居ればぁ、村の中の大体の音が聞こえるからよぉ。多分私達の今の会話も聞こえてるわぁ」
「プライバシーが保護されていない!」
全部筒抜けじゃないですかやだー!
「まあこれは種族的なものだものぉ。人間だって見たくて見たわけでは無いけど視界に入って来たから仕方なく認識してしまう、みたいな事あるでしょう?それと同じよぉ」
「同じなんだ…」
考えるだけで煩さに頭がショートするだろうなって確信があるのに、それを平気で聞いて聞き分ける事まで出来るって凄いなゴドウィンさん。いやウサギ獣人全員か。生まれつきのものだから慣れてるのかな?
「……まあ、あの村長は普通のウサギ獣人よりも二倍は性能の良い耳みたいだけどねぇ」
「凄くない!?」
二倍て!
そんな風に話していると、ガルガさんがまた走りながら戻ってきた。今度はぶつかったりも転んだりもしなくて安心だ。あー良かった。
「いやあ待たせて悪いな!ほい、これ。受け取ってくれ」
「……ブラシ?」
何故かブラシを渡された。しかも結構使い古されてるように見えるんだけど。
恐らくガルガさんはこれを取りに走って行ったんだろうけど意図がまったくわからない。え、これをわかれと?説明無しで察せと言うのか?アイアムジャパニーズの人間だから空気を読むスキルくらいはあるが、流石にこれはわからない。ジャパニーズヒューマンだからこそ異世界系の何かだと一気に察し能力が役立たずになるんですけど。英語が合ってるかは知らん。
困りながらイースを見ると、目が合った瞬間ににっこり笑ってこう言った。
「ミーヤの望みが叶うだろうから受け取った方が良いと思うわよぉ」
「マジで?」
「マジよぉ」
何なの?獣人にはブラシイコール願い事を叶えてくれるランプ的なイメージでもあるの?どうなの?
混乱しながらハニー達を方に視線を向けるが、
「?」
「……?」
二人もやっぱりわからないのか首を傾げていた。だよね!やっぱりわかんないよね!?あー安心した!
とりあえず受け取った方が良いという事しかわからないが、受け取った方が良いなら受け取ろう。アイテムポーチに入れておけば良いかな。
「あ、多分喜ぶから寝る時にそのブラシ抱き締めて寝てやってくれ。数日やってれば充分のはずだ!」
「だからどういう事なんですか!?」
このブラシに何か宿ってんの!?ブラシを抱き締めて寝ると喜ぶって何!?
まったくと言って良い程に何もわからないが、イースが何も言わないって事は多分私の知らない何かがある、んだと思うけどわからな過ぎて普通に怖い!
しかしガルガさんからすれば当然のように知ってる知識なのか、ニカッと笑うだけで全然教えてくれない。何故だ。笑顔のままガルガさんは私の髪をガシガシと掻き回すように頭を撫で、
「嬢ちゃん達のお陰で良い事尽くしだ!倅の事を頼んだぞ!」
「…あ、はい…?」
「気が向いたらまたこの村に来いよ!特に目玉商品も無えけどな!!」
と言った。だから肝心な部分が伝わってないんですってば。狐くんが何なの。何を頼んでるのかを教えてくれ。ツーモの肉くれた後から姿見えなくなっちゃったし、結局狐くんとの会話もまだ理解しきれて無いんだよ。
元の世界でも赤点取ってた私相手に異世界知識で問題仕掛けるの止めて下さい!
そう言いたいが言えるはずもなく、何も言えないままガルガさんの家を出た。
「元気でやれよーーーーー!!!」
「ありがとうございましたーーー!!」
村の外に向かって歩き始めてたから結構距離があったのに思いっきり聞こえる。振り返ってもガルガさんはまだ家の前に居るしでどんな肺活量してるんだあの人。一応返事したけど聞こえたんだろうか。獣人は聴覚も優れてるらしいから多分聞こえたと思う。多分だけど。
村から出る寸前、ゴドウィンさんに似たウサギ獣人の男性に呼び止められる。
「ミーヤさんの一行ですね?」
「え、はい」
「父が…ええと、村長のゴドウィンが「ミーヤさんには村の良く無いところを見せてしまい不快な思いをさせてしまっただろうからこれを持たせてやってくれ」と…。草食系の獣人用ですが、人間にも好評なので安心してください」
「あ、ありがとうございます」
ウサギ獣人…ゴドウィンさんの息子さんが差し出してくれた袋の中を見ると、瑞々しい野菜が山盛りに詰められていた。めちゃくちゃ多めに入ってるんだけどこれ本当に受け取って良いのかな。自分の家用の袋と間違えたりしてないよね?
「ああ、心配しなくてもそれはミーヤさん用の物ですよ。ちょっとしたお祝いも兼ねているので。…肉ではありませんが」
「お祝い?というかゴドウィンさんの息子さん、ナチュラルに心を読むの止めてください」
「ははは」
息子さんは爽やかに笑った。ゴドウィンさんは茶色い毛に白髪が混じってる色合いだったが、この人は茶色と白色のブチ模様って感じ。あとゴドウィンさんより若さを感じる。
お前も笑って誤魔化す派なのかと思ったのが読まれたのか、息子さんは笑いながら手を横に振った。
「いえいえ、心を読んだりなんて出来ませんよ。ただ私は耳が良いので、心音を聞いてその音から感情を判断し、状況から何となく考えてる事を推測しているだけです」
「下手すると単純に心読むより凄い事やってません!?」
「ははははは。ああ、そう言えば名乗っていませんでしたね。私はジークと言います。気軽に名前で呼んでください」
いきなりフレンドリーだな、と思ったけど獣人は名前呼びの方が嬉しいんだっけ。
「わかりました。えっと、色々とありがとうございます、ジークさん」
頭を下げてお礼を言いつつ受け取った野菜の袋をアイテムポーチに仕舞う。後でイースに渡そう。このアイテムポーチ、許容量が多めで本当に良かった。助かる。
野菜受け取ったしお礼も言ったしと歩き出そうとしたが、それよりも早くジークさんが「ああ、それと」と言い出した。
「私の息子がグレルトーディアで冒険者をやっているはずなので、話をする機会があったら仲良くしてやってください。少々目の前の事しか見えない所はありますが、面倒事を頼むとしぶしぶながらもやってくれるので都合が……ごほん。……良い子ですよ」
「今自分の息子を都合が良い子って言いませんでした?」
「都合がごほん良い子と言ったので違いますね」
「屁理屈だ!?」
掴みどころが無い人かと思ったら結構面白いぞこの人!
「まあ、私からは以上です。それではお気をつけて」
「あ、はい。色々とありがとうございました」
「いえ。……あの子の事をお願いしますね」
「あの子?」
「ははは、それでは」
「いやあの子って誰…速い!?」
うっそだろ一瞬で消えた!?どういう事だ!?
「ああ、今のは消えたんじゃなくてぇ、風の魔法でジャンプ力を強化して跳んだだけよぉ。村長は足を痛めてたみたいだけどぉ、普通のウサギ獣人ならあのくらい出来るわぁ」
「凄くない?」
「キラービーも頑張ればあのくらいのスピード、追いついて毒針を刺すくらい出来ます!」
「何に対抗してんの」
「ラミィ…は…、…ウサギ、丸呑み、得意…」
「無理して混ざらなくて良いから」
頑張って話に混ざろうとするのは可愛いけど、言動がちょっと面白かったせいでイースが笑い出してしまった。これはちょっと移動に時間がかかるかもしれない。
「だ、大丈夫よぉっ…ふふ。み、ミーヤの内心でも無いんだからぁ、そんなに笑い転げたりしないわぁ…っふふふふ」
「酷いディスりをされた気がする」
しかし、実際一分足らずでイースは回復した。ラミィがぽろりした時のあの大笑いは何だったんだ。そんなに私の脳内が面白かったのだろうか。
何故かガルガさんの家を出てから少し時間が経ってしまったが、ようやく村を出た。
さて、また草原を歩いて沼地…は迂回して、グレルトーディアに行きますか。
そう思って歩き出し、途中の魔物を狩ったりしつつ進んでいると気付けば日が暮れ始めていた。タイミング良く大きめの木を見つけたからそこを寝床にしようと近づくと、既に先客が居たらしい。焚き火がパチパチと燃えていた。
「……あれ?」
冒険者かな、と思って近付くと、見覚えのある獣人が座っていた。いや、えっと、何でここに居るの?とハテナマークが脳内を埋め尽くそうとした瞬間。
彼は驚いた様子も無く顔を上げ、私を見て緩んだ笑顔を見せて言う。
「思ったより遅かったな。待ってたぞ、ミーヤ」
「……何してんの狐くん…」
何故か、狐くんが先回りして私を待っていたらしい。本当に何故だ!?
動物は結構言語以外の何かで会話したり理解したりするよねって話です。
電柱のマーキングとかお気に入りの毛布とか、犬にとっては大事な事でも人間にはよくわからない。
ミーヤが困惑してたのはそういう文化の違いですね!




