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異世界で魔物使いやってます  作者:
異世界に来ました
33/276

狐くんの過去とガルガさんの火傷



 うーむ、気まずい。



「……………」


「……………えーっと…」



 あ、駄目だ話しかけようとしたけど狐くんの耳が思いっきり伏せてる!聞く耳持たないってか!?



「あだだだだ…昨日何か凄え楽しい事があった気がするのに何も覚えてねえ…」


「うふふ、随分と酔っちゃってたものねぇ。はぁいお水ぅ」


「おお、助か……あだだだだ」



 イースかガルガさんならこの状況を打破出来るのではと思ったがイースは結構状況を楽しむ派だから駄目だ。ガルガさんは戦力外。二日酔いって…。

 ラミィはまだご飯食べてるし、ハニーは他の部屋を掃除しに行っちゃったしなー…。

 ちなみに現在の状況を説明すると、昨日気絶しちゃった狐くんを部屋のベッドに(重かったからイースが運んで)寝かせてからお風呂に入らせてもらってお借りした空き部屋で寝た。そして朝起きて朝食を食べたのだが、起きてきた狐くんは私から目を逸らして会話すらしてくれなくなった、という状況である。え、私どういたしましてって言ってありがとうって言っただけだよね?そんなにやばい事だったの?

 うーむ、と考え込んでいると、どうにか頭痛が治まったらしいガルガさんに質問される。



「そういや嬢ちゃん達、今日も泊まってくのか?」


「へ?」



 あ、そっか今日もこの村に泊まるならまたガルガさんのお世話になるのか。うーん、でもここに長居する理由は無いし。午前中に軽く森で獲物を狩って、午後には出発って感じにしようかな?



「いえ、とりあえず午後にはこの村を出ようかと」


「っ!?」



 ガタッ、と大きな音を立てて狐くんが立ち上がった。その驚愕に開かれた大きな瞳は私に向けられている。しかも耳も尻尾もぼわって膨らんでるし。え、だから本当に何事?

 昨日の気絶を思い出して心配になり、狐くんに話しかける。



「…えっと、狐くん、どうし」


「も、森行って来る!」



 話しかけたら避けられた!?

 どうしたのかと聞こうとしたが私の言葉を遮って狐くんは勢い良く扉を開けて出て行ってしまった。扉が軋みそうな勢いだった。あと大声のせいでガルガさんがまた頭抱えちゃったんだけど大丈夫だろうか。

 何に対してどう反応すれば良いのかわからずあちこちに視線を彷徨わせていると、外からバタバタと足音が近づいてきて扉が開いた。



「お、俺は森行って来るけど俺が帰ってくる前に勝手に出て行ったりするなよ!別に土産として持たせる肉を狩りに行くわけじゃねえんだからな!」



 戻ってきた狐くんはそれだけ叫んでまた扉を壊れそうな勢いで閉じて出て行った。

 ……あ、うん、お土産を狩りに行ってくれたのか。良い子だな狐くん。

 あれ?狐くんって何歳なんだ?



「あの、ガルガさん」


「ん?どうした嬢ちゃ……あだだ、いや、いた、だ、大丈夫だ!あ、駄目だ自分の声で痛い」


「普通に小声で話してください。あの、狐くんって何歳なんですか?」


「ん、倅か?今年で19だが、それがどうした?」


「年上!?」



 嘘だろ年上だったのかよ狐くん!同い年くらいかと思ってたよ!二歳も年上じゃないか驚いた!

 …いや、それを言うならイースなんて年齢四桁だし、ハニーはまだ1歳だし、ラミィも意外や意外に22歳だけど!でも同い年か高校生くらいだと思ってたんだよ!成人一歩手前じゃないか驚いた!あれ?でも昨日ガルガさんと歩いてた時に悪口を言ってきた老人は成人済みって言ってなかったっけ?

 こっちの成人って何歳なんだろうと思ったのを読み取ったのか、イースが答えてくれた。



「基本的に女は15、男は16で成人とされるわぁ。そして男が成人を迎えると大体家を出て一人で暮らし始めるのよねぇ。ホラ、一人前になったなら嫁を娶らないといけないじゃなぁい?」



 成る程。

 そういえばこっちの成人基準知らなかったけど、15と16なのか。結構早いな成人が。お酒も成人してたらオッケーなの?へえー…。あ、だから町で私が17だって知った人驚いてたのか。未成年と思ったら成人してたみたいなもんだよね。



「それでぇ?ミーヤは結局今日をどうやって過ごす気かしらぁ?」


「え?どうってそりゃ…。あ」



 そういえば狐くんに出て行くなって言われてたわ。単純に村から出発するなよって意味かもしれないけど、狐くんの事だから狐くんが戻ってきた時に私が家の中に居なかったらショックを受けるかもしれない。昨日今日の付き合いだけど結構なネガティブさんだからな彼。ネガティブツンデレ狐って属性が多いな。

 ……うーん、でも一応食料は狩りたい。ラミィ結構食べるし。でも…うーん……書き置き、とか………?首を曲げれる限界まで曲げてどうにか捻り出した結論を通すかどうするかと悩んでいると、イースが両手を叩いて注目を集めた。



「はぁい、それじゃあ今日は私とラミィのペアで森に行って狩って来るわぁ」


「へ?」


「別に契約で「離れるな」とは縛られてないからぁ、私達が単独で狩って来ても問題無いでしょう?食べるのはラミィだしぃ、アイテム袋を持ってるのは私なんだものぉ。妥当だと思うわぁ」



 …そう言われると確かに。狩ってもイースが居ないとアウトだ。私もアイテムポーチは持ってるけど時間経過は普通にするからね。肉の状態が劣化してしまう。

 イースはハートが浮かんでいる紫の瞳を細め、笑顔で続ける。



「一応ハニーはお掃除の為にここに残るんだしぃ、丁度良い分担でしょう?ミーヤはここに残ってお留守番ねぇ。働かずにいるのが心苦しいなら風魔法で薪割りとかをすれば良いしぃ」



 流石はイース。私の心を完全に読んでるしフォローまで完備。確かに風魔法なら薪割り余裕だわ。

 うんうんと頷いていると、ガルガさんが左手で頭を押さえながら右手で挙手した。



「つつつ…俺もちょっと、森に行く。森の奥にある泉の水は二日酔いに効くからな。ついでに治ったら適当な魔物狩ったりしてえし」


「泉?」


「ああ…あだだ。森の一番デカイ木の根元にある泉でな。飲むとスッキリするから二日酔いの奴は大体その泉の世話になるんだ」



 ………何故か脳内でメリーじいさんに聞いたユグドラシルの話とかその根元にある泉の話がフラッシュバックしたが記憶の奥底に閉じ込めた。気付かない方が良い事だと思うんだ。




 森へ出発組を見送ってから、家の中にいるハニーに薪割りの為に裏手に居るからねと一応言っておく。報告連絡相談は大事だもんね。

 ガルガさんの家の裏へ行くと、恐らく大工仕事の時の残骸らしき廃材が詰まれていた。………薪の元入れって書かれた薪小屋に。隣には薪入れと書かれた薪小屋があるから、多分廃材を薪にしてるんだろう。薪入れと書かれた小屋の方には一日分あるか無いかという量の薪しか入っていなかった。これは頑張って薪を割らなくては。一宿一飯の恩だ。……晩御飯も朝御飯も食べたから一宿二飯の恩かな。

 まずは薪割り用の切り株の近くに土魔法で土の椅子を作りそこに座る。次に風魔法で廃材の上の方に詰まれているやつから遠隔で取り出して切り株の上に置く。そしてまた風魔法を使い、今度は切るイメージで発動して手頃なサイズの薪にする。最後も風魔法を使って薪を薪小屋にシュート。以上、あとはこれの繰り返しだ。




 ………一時間程経過、ちょっと飽きてきた。

 薪小屋には結構薪が溜まったが廃材の方はまだまだ在庫が残っている。やたらデカイ柱っぽいものとかが入ってたからなー…。まあもう少しやって、薪小屋が満員御礼になったら終わりにしよう。

 そういえば薪割りコーナーの隣には解体場と思われる場所もあった。水を出す魔石が大量に置かれてたし、氷の魔石も大量に置かれてたから確実に解体場だろう。ちょっと生臭いし。

 スパスパと薪を作っていると表の方から急いだ様子の足音が近づいてきた。不思議に思って音のした方向を見ると、牛っぽい魔物を担いだ狐くんが走って来た音だった。恐らく狩って来た獲物を解体場で解体しに来たんだろう。



「っ…!?」



 凄く驚いた様子でたたらを踏んだのは私が居るとは思わなかったからかな?混乱しているのか狐くんは視線を彷徨わせ、



「ぐ、偶然だな!」



 と言った。…いやいやいや。



「ここ狐くんの家でしょ」



 少なくとも家の敷地内で顔を合わせる事を偶然とは言わないと思う。お屋敷とかお城ならともかく。

 そう思ってそう言うと、狐くんは尻尾を垂らして少し落ち込んでしまった。え、今の駄目だった?フォローの言葉をかける前に、狐くんは牛っぽい魔物を解体場に下ろして呟く。



「………ここは、ガルガの家だ。…俺は、ガルガの息子じゃないから、違うんだ」



 んん?あれ、ガルガさん血は繋がってないとはいえ父親だよね?親父って言ってたよね?

 ……シリアスな闇を察知したから話題を変えたいところだが、少し気になる。好奇心は猫をも殺すって?大丈夫だようちの従魔に猫居ないから。



「養父なんじゃないの?ガルガさんも親父って呼べって言ってるし」


「養父だ。………でも、俺はガルガを殺しかけたから。…加害者だから」



 おっとやっべえトラウマスイッチ踏んだ気がする!狐くんがハイライトを無くした瞳で牛っぽい魔物を解体してる姿が怖い!耳も尻尾も完全に垂れてて凄い気まずいぞ!?



「…何があったのかって、聞いても良いかな?」


「…………名無しは」



 あ、良かった話してくれるみたいだ。聞くのは正直まずいかとも思ったけど、相手の事情を知って無いとどう対応したら良いのかわかんないもんね。

 狐くんは俯いたまま話し出す。



「名無しは、魔力を固定させて魔法を使う事が出来ない。使おうとしても暴発するって、あの魔族が言ってただろ?」


「言ってたね」



 名前が無い獣人は力の使い方や操作方法がわからないからコントロールが利かないんだっけ。あ、もしかして狐くんが最初の時に匂いとかで私達に気付かなかったのってそれもあるのかな?名無しだから五感も鈍い、とか?

 もごもごと言い難そうにしながら狐くんは続ける。



「…俺は、今でこそ狐火を使える。………それしか使えないけど。でも、使いこなせるようにはなったんだ。一匹で魔物を狩れるくらいには使えるようになった」


「うん、俊足シカ仕留めた時のやつは凄かった」



 思わず拍手しちゃったしね。

 ぽろっと本音を零してしまったが、狐くんの尻尾が少し嬉しそうに揺れたのでこの回答は地雷では無いらしくてホッとした。しかし、すぐに尻尾は力を無くしてダラリと垂れてしまう。



「……ガルガの顔に、火傷があるだろ?」


「うん、あるね」



 最初見た時痛そうだなって思ったんだよね、あの火傷跡。顔の左側が焼け爛れていて、左目が無事なのが不思議なくらいの火傷跡だった。



「…………あの酷い火傷を負わせたのは、俺なんだ…!」



 ……うん、このタイミングで火傷の話始めた時点で察してた。というかここまでの会話を繋ぎ合わせるとその結論しか無いと思う。

 解体用のナイフを握り締めて本当に辛そうな顔をしている狐くんには悪いけど、だろうね!としか言えない。流石に口に出せないから黙ってるけど。



「十年くらい前…俺がまだガキだった時に、魔法を得意とする狐の癖に魔法が使えないなんてダサイって、他の奴に馬鹿にされて。見返してやるって、泣きながら家の裏で練習してたんだけど失敗続きで。……何回やっても駄目で、辛くなって」



 いやいや、狐が魔法得意だったとしてもそれを言った方の獣人が魔法を苦手としてるのも事実じゃない?って思うけど、子供の時ってそんな屁理屈考えられないもんね。



「ある日、もう嫌だってなったんだ。自棄になったっていうか…。それで、皆大嫌いだから、皆燃えちまえって思って魔法を発動させたら、初めて発動したんだ。……でも、暴発だった。凄い大きな火が出て、どんどん周りの草に燃え移って。……俺もそれ見て動揺したせいで、魔力が抑えられなくなってさ。漏れた魔力のせいで勝手に火が出てくるんだ。………凄く、怖かった」



 …それは怖いね。パニック状態の子供は自分でも思ってないような行動に出ちゃってよりパニックになるって聞くけど、多分そんな感じなんだろう。しかも喧嘩とか物を壊しちゃったとかじゃなくて、ガチの火災になっちゃってるし。そりゃトラウマになるわ。



「すぐに近所の奴等が来て消火しようとしたんだけど、火元が泣き喚く俺なんだよ。どれだけ消しても俺が泣き止んで落ち着かない限り火がどんどん現れるんだ。……俺は俺で、そんな事考えられないくらい怖かったし。…俺は、誰かに助けて欲しかったけど、誰も近寄って来てはくれなかった。当然だよな、だって火に触ろうとする馬鹿なんて居ないんだから」



 当然だよな、と笑う狐くんが痛々しい。本人は普通の笑顔のつもりなんだろうけど眉が困り眉だ。あと耳も尻尾も垂れてて誤魔化せて無い。

 けれど、その無理して作った痛々しい笑顔はすぐに消え、遠い記憶を思い出すような顔へと変わった。



「…でもさ、ガルガは違ったんだ。森に行ってたはずなのに帰って来て、俺を抱き締めてくれたんだ。「馬鹿野郎、自殺でもする気か!?」って怒鳴ってさ。……なのに、俺は!」



 狐くんは痛みに耐えるようにギリリと歯を食いしばり、唸るように言う。



「…俺は、ガルガを……親父を焼いたんだ…!抱き締められて嬉しかったけど、でも同じくらい嫌だったんだ。暴走した姿を親父に見られたくなくて。嫌われたくなくて。だから逃げようとして、でも抱き締められてたから逃げられなくて、逃げたくて、とにかく一人で泣きたい気持ちで、だから…!」



 力が入り過ぎているのか、狐くんの握り締める解体用ナイフからミシッと不穏な音が聞こえた。とりあえずクールダウンして欲しいが今氷嚢を出すのは雰囲気クラッシャーにも程があるという事くらいはわかる。どうしようシリアスが苦手だからか肩とかお腹とかが痒くなってきた。

 しかしそんなシリアルな私とは対照的にシリアスモードな狐くんは暗い顔のまま、苦しそうに言葉を紡ぐ。



「………だから、暴れた。必死に離れようとして。離れたくて。腕や足をめちゃくちゃに動かして、親父の腕から逃げようとして。……でも、その時に、魔力が暴走してたせいで火を纏ってた腕が親父の顔に当たって…親父の顔の左側が、焼けて……」



 思い出して精神が少し不安定になっているのか狐くんの視線が揺らぎ、その伏せられた耳の先と垂れた尻尾の先から火の魔力が漏れていた。第二次トラウマ発生は嫌なのでさり気なく狐くんの近くに寄って背中を撫でる。これはメンタルケアであってセクハラでは無い。まず狐くん普通に冒険者みたいな服着てるしね!上半身裸じゃないからセクハラじゃないよ!



「…………ありがと、な…」


「ううん、聞いたの私だし。嫌な事なのに話してくれて、ありがとうね」


「…ミーヤ……」



 ホッ、と狐くんは体から過剰な力を抜いてくれた。あー良かった、力み過ぎてて心配だったんだよね。過剰な力を抜いたからか耳や尻尾の先から漏れていた火も消えた。危ない危ない、うっかり火事がリターンズするとこだったよ。

 余分な力が抜けたからか先ほどまでと違い、狐くんはサクサクと解体を進める。



「……まあ、そんな事があってさ。幸い親父は失明もしなかったし、命に別状も無かった。……俺を嫌ったりもせず、今まで通りの親父だった。…でも俺は、…俺は、それまで通りには出来なかった。……腕に、手に、…親父の毛を、皮を、皮膚を焼いた感触がこびり付いてるんだ。…危うく殺しかけた相手を、それまで通りに親父なんて、呼べねえよ…」


「…そっか」



 うーん、難しい問題だよね。

 狐くんからしたら大事な人を殺しかねなくって、また何時殺しそうになるのかもわかんないから距離を取って遠ざけたいって思ってるんだと思う。好きな人を危険な目に遭わせたくないからって遠ざける展開、少女漫画で見たから知ってる。

 しかしガルガさんとしては何であろうが狐くんは大事な息子に変わりなくて……明らかに部外者である私がしゃしゃり出て良い話じゃないんだよね!そもそも私両親死んでてお姉ちゃんとの記憶しか無いし!父親との接し方とかわかんないんだよね!

 はー、でもこれってさ、結局狐くんの親がちゃんと名前付けててくれれば問題なんて起きなかったのにって思うよね。だって名前があれば暴発しないんでしょ?そもそもいじめも発生しないし。この件も問題点全部が発生しないよ。

 本当にさあ…。



「狐くんに名前を付ける事が出来れば、そんな問題は問題じゃ無くなるのにねえ…」



 くっ、実の親でないと名付ける事が出来ない獣人のしきたりが憎い!養父でもここまで狐くんを立派に育て上げたんだからもう実父扱いで良いじゃんね!血の繋がりが問題なら狐くんの血をガルガさんが飲んでガルガさんの血を狐くんが飲めば繋がるよ!生き物の体なんて食った物で構築されるんだから!数年経てば細胞レベルで見るとまったくの別人じゃんか!お姉ちゃんが持ってたBL漫画のヤンデレがそう言ってたよ!

 ……参考元が良くないな。人体の不思議とかで学んだ結果なら良かったけど実際それで知ったから仕方ない。余談だがお姉ちゃんは表紙や帯、あと直感とかで色々買ってたから家にある本は統一性が無かったりする。

 お姉ちゃんの部屋の本棚はカオスだったなーと思い返していると、狐くんが呆けた顔で私の顔を見つめていた。



「…名前を、付ける?」


「ん?うん。名前さえあればコントロールが利かないって事も無くなるだろうし。狐くんだってもう既に魔力をコントロール出来てるのに、まだガルガさんを親父呼び出来てないのはその心配があるからじゃない?」


「そう、だな」



 牛っぽい魔物の解体を終えた狐くんは、置かれている魔石を使って手を綺麗にした。あ、あれってクリーンの効果がある魔石なのか。



「だから、名前があれば狐くんの安心にも繋がって、過去の嫌な事とか全部払拭出来るんじゃないかなって…思ったんだけどね」



 獣人のしきたりでそれが出来ないのが問題だよね…。実の親しか名前付けれないみたいだし。でも実の親は生きてるかどうかもわからないっていう。もう獣人のしきたりを変えた方が良い気もするけど、そう簡単にどうにかなる問題じゃないからな。日本だって昔からそうだったからって昔とルール変えずに居て問題になったりしてるけど、それで根本的に変わるかって言われると変わってないし。ブラックな会社が摘発されまくってるのにブラックが消えてない現実ってキッチンに出没する黒い悪魔のようで嫌だよね。

 ……いかん、難しい事を考えるとすぐに思考が飛ぶのが私の悪いところだ。テスト用紙の解答欄が頓珍漢過ぎて先生に「めっちゃ笑ったから」って加点された思い出。ウッ、お姉ちゃんがツイッターで拡散した悪夢が蘇って辛い!

 暗黒の思い出を頭を振る事で意識から逸らす。良し忘れた!



「……なあ、ミーヤ」


「うん?」



 うっかり狐くんの真横で怪しい動きをしてしまっていたが、狐くんは解体した肉を見つめていたのでセーフ。不審者扱いは嫌で御座る。

 狐くんは何度か口を開いては閉じ、どう言えばわからないのか少し首を傾げたりしつつ言葉を考えているようだった。大きいけど狐フェイスと性格の効果で可愛く見える。でも何がそんなに言い難いんだろうか…ハッ!?まさか獣人のしきたりに口を出そうとしたから叱ろうとしているのか!?そうだよね、そんな簡単に名前付けれるんならさっさと付けてるもんね!

 こりゃ怒られるなと思ったが、狐くんはいまだに言葉が纏まらないらしく口を何度か開閉する行動を繰り返していた。……叱り方って悩むもんね。相手を必要以上に傷付けず、逆切れも起こさせないように調整しつつ本題の内容をきちんと刻み付けてもらう為に気をつけないとだから。

 うむ、これは部外者なのに口出しした私が悪いから覚悟を決めてきちんと謝罪しよう。何を言われようとちゃんと向き合わなければ!お小言苦手だけど!

 何かがずれている気がするが、私が覚悟を決めると同時に狐くんも言葉が纏まったらしく口を開いた。よっしゃ来い!!



「……あー…。…もし、もしもの話だけど、……もしミーヤが俺に名前を付けるとしたら、どんな名前にする?」


「……な、まえ?」



 予想外です予想外です予想外の事言われたぞ!駄目だやっぱり私一人じゃポンコツだわ!イース!付近にイースは居ませんか!?ちょっと相手の心を読んでサポートに回ってもらわないと無理だわ!私ポンコツ!

 …い、いやでもここで退くは女の名折れ!何かもう全部間違っている気がするけど深く考えるな!私難しい事考えるとすぐ宇宙の事考え出すんだから!

 よし、とりあえず答えるぞ。私が狐くんに名前を付けるとしたら、か。質問の意図としては名前候補って事かな?そういえば狐くんも「基本的に実の親しか」って言ってたから抜け道があるのかも知れないしね!

 ………名前、か。ネーミングセンス皆無な私の考える名前を候補に挙げて良いのかはわからないが、聞かれた以上は答えたい。微妙にパニック入ってないかって?多分入ってる!

 落ち着け、考えろ。えっと、狐くんの名前だから…狐関連が良いよね。狐といえば何だろう。お稲荷様とか、雪の国とか、ゆーきやこんことか、ごんぎつねとか、てぶくろをかいにとか、化け狐とか、美人に化けるとか……待て脱線してる。呼ばれ方を思い出そうとして二つ目から脱線してんじゃねえか。駄目人間か私は。



「…………」


「い、いやあの、別に本気で名前が欲しいとか、ミーヤが考えてくれる名前が良いなとか、そんな事を考えたりしてるわけじゃねえからな!?ただその、ちょっと、獣人のしきたりとして実の親以外が名付ける時は」


「コン、かな。やっぱり」



 狐といえば最初に出てくる鳴き声のイメージ。狐といえばコンコン、ってね。ゆきやこんこも狐の鳴き声っぽいって言われるけど、あれは雪や来んこ(雪よ来い)って意味らしい。小学生の時に友達が自慢げに教えてくれたから知ってる。

 ……あ、やっべ名前考えるのに集中してたせいで狐くんが何か言ってたのに聞き逃した!



「………コン」


「あれっ?」



 何故か狐くんがコンコンと鳴き始めた。狐って確か猫や犬のような鳴き声で、実際はコンコンとは鳴かないはず……と思ったらただ名前を復唱しているだけらしい。え、私言った?何時言った?漏れてた?無意識に思ってる事を言っちゃうとか漫画かお前は!…ああ、微妙にパニック状態だった弊害か。なら仕方ない。

 それに私が最終的にしっくり来たのはコンだったし、他の考えがポロリしなかっただけ良しと考えよう。ポジティブに生きていけば人生は薔薇色だってホームレスのおっちゃんが言ってた。



「コン…。ミーヤが考えてくれた、俺の名前…!」


「あ、あの、狐くん?」



 何故か凄い嬉しそうにしてる。耳がピンと立ってるし尻尾ブンブン振ってるもん。え、何?これ名前候補の話だよね?私がそう考えているのが伝わったのか、狐くんはハッと気付いて弁解する。



「ち、違うぞ!?俺の為に俺の名前を考えてくれたっていうのが嬉しかっただけなんだからな!別に俺はミーヤに付いて行きたいだとか、ミーヤの従魔になりたいだとか、主にするならミーヤが良いだなんて思ったりしてねえんだからな!」



 勘違いするなよ!と叫び、狐くんは逃げるように去ってしまった。

 …え?逃げた?



「どういう事だ…」



 結局名前の話は何だったのかとか、狐くんがそんなに私を好意的に見てくれてるなんて嬉しいなあとか、解体した肉が置きっぱなしにされてるんだけどとか、色々な考えが脳内を駆け巡る。

 ……とりあえず、薪割りはもう終わりで良いよね。薪小屋いっぱいになってるし。名前の件は…まあ、放置で良いか。獣人の歴史を知らないせいでまったく理解出来なかった。何が起きたんだろう。夜に眠れないくらい気になったらイースに聞けば良いという事にしておこう。うん。今深く考えると混乱しそうだし。

 あと最後に肉なんだけど、これ本当にどうしようかと困っていたら立ち去ったはずの狐くんが物陰から顔だけを出して言う。



「その、それはミーヤの為に狩ったツーモだから…。嫌じゃなかったら、持って行ってくれ」



 それだけ言い残して狐くんは再び去った。仕草は可愛いけどそれ以外がまったく理解出来ない。さっきから狐くんの行動が理解不能過ぎる。ああもう、イースによるサポートが無いと他の人の心がわからない!あと常識の勉強ももうちょっと頑張らないといけない気がしてきて困る。

 …まあ、このツーモとやらのお肉は私へのお土産で確定らしいのでありがたくいただいていこう。せっかく綺麗に捌かれてるし新鮮で美味しそうな肉なので、痛まないように氷魔法で温度を調整したうえでアイテムポーチに入れる。今晩にでもイースに料理してもらおう。



「ミーヤァ、ただいまぁ~♡」


「ただ、いま…」


「倅ーーー!帰ったぞーーー!」



 あ、森へ出発組が帰って来たらしい。さっきの色々は後でイースに報告して相談に乗ってもらうとして、表の方に戻らないとね。従魔には魔物使いとしてちゃんとお帰りって言いたいし!



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