ウサギと狼
…とりあえず、素で心配して言ってくれてるんだろう獣人達にははっきりと物申そう。
「まず最初に、私達は騙されて無い。ゴリ押しで村まで案内してもらっただけ。狐なのは見たらわかるし名無しに関しても聞いた。でもあくまで名前は獣人にとって重要ってだけで、人間である私には適用されない。狐は詐欺師?私の故郷では人を騙すけど神の使いって言われて大事にされてます。力や魔力がコントロール出来ないって事はそれだけ潜在的な能力があるって事で、その場合は面倒を見切れずに捨てる親の方が悪いでしょ。精神的に不安定?そりゃ名前が無い事を理由にこれだけ迫害されてりゃ誰だって精神を病むだろうね。これで病まないなら相当の鈍感か既に壊れ切ってるかの二択でしょうよ。災厄を運んできたりで縁起が悪い?私の故郷じゃ黒猫は縁起が悪い代表でありながら吉兆の印とも言われてましたよ。そんなの言ったもん勝ちでしょうがよ」
一旦切って、思いっきり息を吸う。何度か呼吸は挟んだけど一気に言うもんじゃないな。酸欠になるわ。でも口を挟む間もなく言ったお陰で獣人達はぽかーんとしてる。さて、最後に一言放ってやろうか。
「名無しを信じるな?わかった、信じないでおこう。けれど私達を案内してくれた「狐くん」の事は普通に信じる。狐くんは私からしたら案内してくれた恩人だ。複数名の他人に言われたからと恩を仇で返すのは、私の故郷の掟に反するからね」
にっこりと笑ってそう言うと、色々言っていた獣人達は口篭もった。
うんうん、だって君達が名無しを迫害するのはそれがしきたりだからだ。しきたりに部外者が口を出すのは良く無い。けれど、そのしきたりの範囲外なら問題は無いだろう。そのしきたりが作用するのは獣人内でだけだ。人間である私や魔族のイース、魔物のハニーとラミィにも関係は無いんだから。そしてダメ押しとばかりに「私の故郷の掟」と言った。相手が自分の所のしきたりに口出しをされたくないのと同じく、相手だって他人のしきたりに口を出せない。
大体私嘘は言ってないしね。恩には恩を。恩を仇で返すのはタブー。それは暗黙のルールでしょ?
にこにことただ無言で笑いながら彼らを見ていると、居心地が悪くなったのか彼らはその場から立ち去った。確か獣との戦いって視線を逸らした方が負けなんだよね?つまり私の勝利だね!
「うふふ、ミーヤったらぁ…結構キツい態度も取るのねぇ?」
むにゅう、と私の顔にイースの胸が押し付けられた。凄い良い香りがするけど宇宙の事を考えて無になれ私。お前なら頑張れる。
「あ、う、そ、そんなにキツかった?私はただ「お前らの言ってる事めっちゃブーメランやぞ」って言っただけアル」
「まぁ、基本的に名無しの獣人は優れすぎたゆえに捨てられたりもするわぁ。その場合、名無しが有名になっちゃうじゃない?そうなると他の名前持ちの獣人達のプライドがズッタズタになっちゃうわぁ。だからその芽を潰そうとして罵倒しちゃったりもするみたいなのよねぇ」
「…真正面、から…勝てば、良いのに…」
「おそらく、本能的に潜在能力の差がわかってしまうからこその行動なのではないでしょうか。ある意味自衛とも言えますが…やり方が褒められるものではありませんね」
本当にはっきりと言うねハニー。
「でも本当に意外だったわぁ。ミーヤは人外なら全部に優しい対応をするのかと思ってたものぉ」
「いや、私普通に魔物狩ってるからね?そうじゃなくても大人数で一人の悪口言うタイプはあまり好きじゃないし。そもそも狐くんが一人で頑張って狩った獲物に対してのあの態度もちょっとイラッとした」
「……ミーヤ、よし…よし」
「ミーヤ様、怒りで魔力が漏れております。手に持たずとも触れるだけで良いので鞭に過剰分の魔力を食わせて落ち着いてください」
ラミィに頭を撫でられつつ、ハニーに言われた通り魔力を鞭に食わせる。
……あ、ちょっと頭から血の気が引いた感じ。少し落ち着いた。頭に血が上ると魔力が漏れるのか。これからイラッとした時は鞭に魔力を食ってもらおう。
まあとにもかくにも村に入って早々に色々あったが、まずこの盗賊達をどうにかしたいのも事実だ。狐くんが教えてくれた村長の家の扉を軽くノックしようとすると中から、
「どうぞ、事情は聞いておりましたからお入りください」
という声がした。しゃがれた老人の声だ。
念の為にちらりとイースの方を見て確認すると笑顔で頷かれる。なら大丈夫って事だなと判断して扉を開けると、椅子に腰掛けるウサギが居た。……訂正、椅子に腰掛けるウサギの獣人が居た。
「我が村の者達が客人に名無しへの悪口を言ったようで……気分を害させたようで大変申し訳ありません」
そう言い村長らしきウサギ獣人は頭を下げた。あ、良かったこの人は普通に良い人っぽい。ミサンガも光ってないから嘘の謝罪じゃないみたいだし。
「いえ、私も結構色々言っちゃったので大丈夫です。…でも、正直言って謝罪してもらえて安心しました。この村の人皆あんな感じかと思ったので」
「正直ですな。……風習とはいえ忌むべき習わし。止めさせたいのですが、どうしても名を重視する獣人の間では……おっと、客人を立たせたままでしたな。どうぞ、お好きな椅子にお座りください」
「あ、ありがとうございます」
頭を下げ、言われた通り椅子に座らせてもらう。この部屋はお客さん用のようで、大きい机と複数の椅子が置いてある。殆どの椅子は簡素な作りの椅子であり、村長の椅子は老人用にクッションがしっかりした椅子だ。
……パッと見だと老けてるように見えないけど、声からしてやっぱり老人なんだろうな。頭部がウサギだからわかりにくい。あ、でもよく見ると茶色い毛に白髪が結構混じってる。
とりあえず私は村長の正面の椅子に座り、イースは右、ラミィは左、そしてハニーはキラービー姿に戻って私の膝の上に座った。
私達全員が座ったのを確認し、村長は口を開く。
「すみません、歳のせいで目も足も患っておりまして。お茶もお出し出来ずまことに申し訳ない…」
「いえあの、本当にお気になさらず。あ、私は」
「ミーヤさん、ですね?外の声は聞こえておりました。目も足も鼻も使い物にはなりませんが、耳だけはまだ現役なのですよ」
おお、純粋に凄い。…というか村長の言葉で気付いたけど村長の目は白く濁っていた。これって白内障だよね?確か小学生の時にペットショップの店員さんがウサギも文鳥も白内障になるって言ってたし。手に杖を握ってるから足が悪いのも事実なんだろう。
村長は再び頭を下げ、
「私はこのコルヴィネッラの村の村長、ゴドウィンと申します。失礼ですが、お連れの方の名をお聞きしても?」
と言った。
ああ、そういえばイース達が私の名前を呼んだのが聞こえただけだからイース達はわからないのか。
「私はイースよぉ。魔族だけどミーヤの従魔だからぁ、主であるミーヤの不利になるような事はしないわぁ」
「ラミィ…は、ラミアの、ラミィ…」
「ヴヴヴヴッ」
「あ、この子はキラービーのハニーです」
キラービー状態で人の言葉を喋れないハニーに変わってゴドウィンさんに紹介する。
ふむふむ、と頷いていたゴドウィンさんはにこりと笑って手を叩き、
「ありがとうございます。では、本題に入りましょうか」
と言った。……笑ってるよね?多分。声色から判断して、きっと!笑ってる、と、思う。
でも正直ウサギって表情が変わらなくてわからない。無表情の代表選手になれるくらいウサギって無の顔してない?気のせい?……じゃなくて、本題本題。
「そうですね。えっと、何と言うかお願いしたい事があるっていうか」
「端的に言うと草原で盗賊に襲われたから返り討ちにして捕まえたんだけどぉ、ツギルクに戻るにも一日かかるしグレルトーディアまではもっとかかるじゃなぁい?盗賊連れて一晩明かすのは避けたいからぁ、功績とか全部譲るので兵士に引き渡してくれないかしらぁ、っていうのがこっちのお願いねぇ」
何から言えば良いのかわからない私に代わりイースが全部言ってくれた。ありがとうイースめっちゃ助かった!私が喋ってたら変に話が長くなるところだったよ!イースに感謝の念を送ると、イースはこっちを見て無言で笑ってパチンとウインク。あ、今何かハート飛ばなかった?幻覚?
さておき、話を聞いたゴドウィンさんは頷く。
「成る程、先ほどから聞こえるこのうめき声はその盗賊のものでしたか」
「う、うるさくてすみません…」
「いえいえ、草の擦れるような僅かな音ですからな。普通は聞こえないような些細な音ですよ。…ふむ……一応罪人を臨時で閉じ込める小屋がありますし、迎えが来るまでそこに閉じ込めるとして…………はい、こちらとしてはそちらの要求を断る理由がありませんな」
「本当ですか!」
それなら助かる!功績とか別にいらないし!
「はい。盗賊の数は五人と多いですが、その全員がかなり疲弊しており危険性は少ない。全て、と仰っていたので礼金などもいただけると判断してよろしいですな?」
「ええ、勿論。受け取るのも全部そっちに任せるわぁ」
「それは助かります。このコルヴィネッラは獣人しか居らず…正直に申しまして金銭的に苦しいのですよ。一部の若者が冒険者になり稼いで仕送りもしてくれますが、獣人ゆえの怪力などで破損が酷くて」
声色から判断するに、ゴドウィンさんは苦笑いのようだ。確かに怪力なんて種族の特性みたいなもんだし、抑えようが無いもんね。
「あれ?でも狩りはするんですよね?魔物の素材を売ったりはしないんですか?」
「この村では基本、狩った魔物の皮などで服を作っておるのです。肉は食いますし…残るのは食えない角や蹄、魔石くらいなのですが……その、獣人は本能的に急所を狙うせいで、殆どが魔石を砕いて狩った魔物でして」
「魔石が残らないんですね…」
「…はい。それに大体が己の肉体のみで戦うせいで、角や蹄などの部位は売れる状態では無い事が多く……結果飢えはしなくても金欠という状態でして…」
そこまで言って、ゴドウィンさんは深い深い溜め息を吐いた。ウサギはストレスに弱いらしいのに大丈夫か心配になるレベルで深い溜め息だった。しかし、すぐに気を取り直したのか軽く頭を横に振り、明るい声で話題を変える。
「ああ、そういえばミーヤさん達はどうする予定ですか?この後」
「どうするのぉ?ミーヤ」
「え、私?」
「ヴヴヴヴ」
「…ラミィ、達…ミーヤの、従魔…。ミーヤに、従う…」
…うーむ、そう言ってくれるのは嬉しいしありがたいけど、まったく考えてなかったからなー。
「……どうしよっか」
「特に予定も無いようでしたら、この村で過ごしては如何でしょう?」
「うーん……」
滞在する理由は無いけど、断る理由も無いんだよなー…。あ、いや滞在する理由はあるのか。あの狐くんが気になるっていう理由が。
「そうですね、少しお世話になっても良いですか?あ、勿論ちゃんと宿屋に宿泊費用は払いますから!」
「ほっほっほ、お気になさらずとも結構ですよ。それにこの村には宿屋はありませんからな」
「えっ?」
「獣人しか居ない村であるがゆえに人間の旅人などはあまり立ち寄らないのですよ」
いや、私が疑問を抱いたのはそこじゃなくて、宿屋無いのに過ごしてけって言ったの?っていう「えっ」だったんだけど…。
「ですから、普通に村人の家に泊まれば良いのです。おすすめの家の家主もちょうどそこにおりますから、宿泊代に関しては本人に聞けばよろしいかと」
「へ?」
「気配や息を殺しても、生きておる以上音は消せんぞ?ガルガ」
ゴドウィンさんがそう言うと、背後の扉がゆっくりと開いた。首だけで振り返って扉の方を見てみると、狼らしき獣人さんが片手に肉を持って立っていた。灰色の毛の狼獣人さんはとても背が高いし筋肉質だし顔も格好良いが、顔の左側にある火傷跡が痛々しい。
……あれ、あの右手に持ってる肉ってシカじゃない?血抜きも洗浄も内臓処理も剥皮も終了し、あとは部位ごとに捌くだけって感じのシカを持っている。
「って、ガルガ?」
ガルガって名前、そして狼獣人……凄く聞き覚えがあるような。
小声で呟いたつもりだったが、私の声が聞こえたのか狼獣人さんはこっちに近づいて挨拶をしてくれた。
「ああ、俺は狼獣人のガルガだ。倅が世話になったらしいな」
あ、やっぱり狐くんの親父さんか!そういえば筋肉の付き方似てるね!ガルガさんの方が一回り以上逞しい筋肉してるけど!
おっと、挨拶をちゃんと返さなくては。
「始めまして、私は冒険者で魔物使いのミーヤです。膝の上にいるのがキラービーのハニーで」
「私はイースよぉ」
「ラミィ、は、ラミア…の、ラミィ…」
「それと、あの、狐くんが世話になったというか、私の方が道案内をしてもらってお世話になったんです。村長であるゴドウィンさんのお家も教えてくれたし」
この事はきちんと言っておきたい。お世話したんじゃないです。お世話になったんです。
そう説明すると、ガルガさんはがっはっはと大きな声で笑い声を上げた。
「そうか!まあ倅の話じゃ、名無しの件を聞いても嫌わなかったのについ疑心暗鬼で威嚇をしたり、村まで同行したせいで結果不愉快な気持ちにさせただろうに庇ってくれた、ってな。というわけで倅からの贈りモンだ!」
ずいっと生々しいピンク色の肉を眼前に差し出されるが、どう受け取れと?手を出すに出せず困っているとイースが受け取ってアイテム袋の中に入れてくれた。ありがとうイース助かった!
すると、ガルガさんが生臭くない左手で自分の頭をガシガシと掻いて嬉しそうに話し出す。
「いやあ、倅の奴がな?「べ、別に庇ってくれた事に対する礼ってわけじゃねえし、威嚇した事を悪いと思ったりなんかしてねえけどよ。ただちょっとこのシカだけ微妙に肉付き悪いから、その、い、嫌がらせ!いきなり話しかけてきて驚かしてきやがったからその嫌がらせとしてだな!」って」
ツンデレかよ。
「要約すると「礼と詫びを兼ねて獲物をプレゼントしたい」って事なんだけどな!ったく、肉付きが悪いっつったやつ、一番肉付きが良いシカだってのになあ」
「え、一番肉付き良い奴だったんですか?普通に貰っちゃったんですけど」
「ああ、良い良い。貰ってやってくれ。倅は素直じゃねえんだよ。……で、ゴドウィン村長?俺に言っておく事があるよなあ?」
ガルガさんはニィッと歯を見せる笑みを浮かべた。…あの、それって威嚇じゃないっすかね。
しかしゴドウィンさんは動じる様子を微塵も見せない。狼相手にウサギ強え。
「おお、そうだったな。ガルガよ、この客人達を泊めてやってくれ。確かお前の家は無駄に空き部屋があっただろう」
「空き部屋言うな!新しい倉庫とかだっつってんだろ!」
「大工仕事が好きだからと自宅を改築しまくって倉庫にするしかない空き部屋ばかり作っておる癖に。別に問題は無いだろうよ」
「問題は…!そりゃあ、無いけどよ」
ガルガさんの勢いが一気に落ちた。
「しかも倅が気にしてた嬢ちゃんだしな…」
「ミーヤさんもあの子の悪口を言う者がいる家には泊まりたくないでしょう?」
「あっはい、もしそんな家に泊まるんだったらさっさと村出て野宿しますね」
「ほれ、ミーヤさんもこう言っとるぞ」
「うむ………」
少し悩む様子でガルガさんは顔をしかめていたが、頭をガリガリ掻きつつ考えを纏めたらしい。
「あー、その、だな。俺の家は俺と倅、男二人暮らしなんだ。客も来ねえから……空き部屋こそあるが、寝床が無えんだよ。布や毛皮くらいならどうにか出来ると思うが、嬢ちゃん達はそれで大丈夫か?」
………ふむ。
「特に問題無いよね?」
「そうねぇ。女っ気が無い家だから気をつけろよって事でしょうけどぉ、私達自衛は出来るものぉ。寝床に関しても私が布を持ってるしぃ、そもそもいつも魔法で出した水布団で寝てるわぁ」
水布団で寝てるの私だけだし、イースに関しては寝てないけどね。
「ハニーとラミィはガルガさんの家にお世話になるって事で良い?」
「ヴヴヴヴッヴヴ」
「「ミーヤ様の決定であれば、反対する理由などありません」ですってぇ」
「ん……。ラミィ…も、ミーヤ、一緒、なら……大丈夫…」
「良し。ガルガさん、全員問題無いです」
「……そうか!」
ニッと笑ったガルガさんに頭を撫でられた。伸ばされたのは少々生臭い右手の方だったので無言のままクリーンを使わせてもらった。ごめんなさい、でも生肉触った手で頭撫でられたく無いです。
「ようし!倅が世話して世話になったのも事実だ!宿泊費なんていらねえよ!寝床とかは任せるが、飯と風呂は任せとけ!飯は今日倅が一匹で狩って来た俊足シカがあるし、風呂は俺が広い風呂に作り直したからな!ラミアでも問題なく入れるから安心しろ!」
「……!それ、嬉しい…!」
「お風呂あるのはありがたいです!」
最初の印象は火傷跡が痛そうだなって感じだったけど、声がデカイだけの良いおじさんだなガルガさんは。ちょっと声はデカイけど。まあこれくらい明るい人の方が狐くんが考え込み過ぎなくて良さそう、かな。
村長の家を出る前に、一度お辞儀をしてお礼を言う。
「あの、色々とありがとうございました!」
「いえいえ。私の方にも良い事がありましたからな。ゆっくりしていってくだされ」
盗賊達を運ぶのを手伝おうかと言ったが、ゴドウィンさんは他の者にやらせるから大丈夫。それより暗くならない内に行きなさいと言ってくれた。本当に良い人だな。
さて、ガルガさんのお家にレッツゴー!




