名無しの狐くん
「ぐ、ぐるるるるるぅっ!く、来るなよっ!お、俺が狩った獲物なんだからなっ!あっち行けよっ!」
現在、目の前の狐獣人にめちゃくちゃ威嚇されています。
えー……何で?確かに黙って見学してたのは悪かったと思うけど別に獲物を横取りする気は無い。というか狐獣人が威嚇ポーズなのに涙目でちょっと可愛い。
とりあえず誤解を解こうと思って挙手して声を掛ける。
「あの、別に横取りする気無いです。ただ道を聞きた」
「み、みみみ道を聞いて俺が答えてる間に奪う気か!?も、もう騙されたりなんかしねえんだからな!」
もう、って事は前に騙されたのか。
狐獣人が泣きそうな顔で必死に威嚇してくるせいでこっちが悪い事してる気分だ…。
…とりあえず私達は無害という事を証明せねば。まず相手の意識を完全にこっちへと向ける為両手を叩いて大きな音を出してみる。
「キャインッ!?」
………耳を伏せて尻尾を股に挟んでしまった。完全に逃げ腰で涙目だから申し訳ない気分になるんだけど…。弱いものいじめをしてるようで心が痛い。
「えっとですね、私は冒険者であり魔物使いのミーヤです。こっちの……」
羽生えたエロい人がイースだと言おうとしたらイースはいつの間にか羽や角を隠し、服もワンピースに変えて人間の振りをしていた。そういや淫魔ってあんまり言わない方が良いんだっけ?
「こっちの美人は魔族で名前はイース。この美少女はキラービーっていう魔物で名前はハニー。そしてこの美女はラミアっていう魔物で名前はラミィ。全員私の従魔です」
「………う、後ろのは?」
ビクビクとしながら狐獣人は後ろの荷車を見る。ああ、こっちも説明しないと。
「後ろのは土魔法で作った荷車で、その上に転がってるのは襲ってきた盗賊五人。兵士に引き渡したいんだけど、ツギルクまでは一日かかっちゃうしグレルトーディアまではもっと時間がかかるので付近にある村に兵士への連絡を頼みたいなーって。そしたら近くにコルヴィネッラっていう獣人の村があるって聞いたから、そこに行く途中なんです」
「………横取りはしないんだな?」
「しません。自分達の獲物は自分達で狩ります」
「……そう、か」
事情を聞いて少し警戒を解いたのか狐獣人は立ち上がり、周りに倒れている俊足シカの死体を担ぐ。一匹を首に担いで、残りの四匹は半分ずつ両腕で担いでいる。どうやら見せ筋肉じゃなくて実用的な筋肉だったらしい。なら尚の事さっきの怯えっぷりは何だったんだ。
「……コルヴィネッラはすぐそこだ。俺も帰るから、案内する」
「え、本当?」
それはありがたい。
「助かるよ、ありがとう。…じゃなくて、ありがとうございます」
うっかり敬語が外れてしまった。さっきまでの姿を見てるとどうしても…。
「…いや、敬語は慣れないから普通で良い」
「そう?それならお言葉に甘えちゃおうかな」
「ああ。コルヴィネッラはこの方向で森を突っ切ればすぐだけど、荷車があるからな。森の外側を歩いて行こう」
そう言って狐獣人はすたすたと先行して歩い……あ、ちゃんと後ろ確認して確認してくれてる。慌てて私が歩き出すと頷いてまた歩き出した。良い人だな。ミサンガもまったく反応してないし。
「第一村人が良い人で良かったね」
「そうねぇ……でもちょおっと嫌なものを見るかもしれないからぁ、村に着く前に覚悟しておいた方が良いかもしれないわぁ」
「え、何それ怖い」
「あの狐獣人の心を読んだ感想ですか?」
「ええ」
「……死体、とか…?」
首を傾げたラミィの質問に、イースは首を横に振って答える。
「そういうのじゃないわぁ。…でも、そうねぇ。さっきミーヤは弱いものいじめをしてるようだって思ったじゃなぁい?そういう方面での覚悟がいるわぁ」
「人間をめっちゃ敵視してるとか?」
「そういうのじゃ無いけどぉ…いえ、わからないわねぇ。あの獣人の案内で行く場合はどうなのかしらぁ」
「?」
どういう意味だろう。獣人の村だから内紛みたいな感じで権力者の権力が二分してるとか?種類違いで変なプライドバトルが行われてるとか?
「…そうねぇ、まあ、似たようなものかしらぁ」
不穏オブ不穏。狐獣人の心を読んだだけだから確信が無いってだけかもしれないけどイースが言葉を濁す時点でとんでもなく不穏で不安。コルヴィネッラに一体どんな闇があるってんだ。
……いつまでも狐獣人って呼ぶの面倒だな。
「あの」
「っ!?な、なななな何だ!?」
「いや、そんな驚かなくても…。そういえば名前を聞いてなかったなって思って」
「………名前…」
あ、あれ?なぜか狐獣人が俯いてしまった。耳も尻尾も垂れちゃったし…え?そんなに駄目な事聞いた?獣人に名前聞くのタブーだったりする?でもアニスさん普通だったよね?
「えっと、もしかして獣人に名前を聞くのはタブーだったりする?」
「いや…むしろ喜ばれる。獣人は自分の名前に自信を持ってるし、個別の名前で呼ばれる事を好むからな」
へー、そうなんだ。それは知らなかった。…なら何故落ち込む?
「でも、俺は名前が無いから」
「えっ」
やっべそういやここ残酷な事情も結構あるファンタジー世界だったわ!うっかりで地雷を踏み抜いた気分!やらかした!?
「獣人にとって自分の名前はとても大事なもので、無くてはならないものとされている。……名前が無い獣人は、出来損ないとして迫害されるんだ」
「マジで?」
思わず口をついて出た言葉に、狐獣人ではなくイースが答える。
「マジよぉ。獣人にとって自分の名前っていうのは家宝に等しい…いいえ、もっと重要とされる事もあるくらいには大事なものなのぉ。ゆえに名前の無い獣人は名無しと呼ばれて迫害されるわぁ。勿論中には迫害しない獣人もいるけどぉ……ミーヤにわかりやすく言うならクラス内でのいじめみたいなものねぇ。味方が居ないわけじゃないけど殆どが加害者よぉ」
うっわぁ、説明はわかりやすいけどエグい。
いじめ、いじめかあ…。だからさっきイースは弱いものいじめとかの方面で覚悟がいるって言ったのか。多分、感覚的にはハーフの子とかが見た目が違うっていう理由だけでいじめられるのに近い気がする。加害者の方からすれば異端だから排除しようとしてるだけ、みたいな…。
「でもぉ、だからこそ基本的に獣人は必ず名前を持っているはずよぉ?奴隷にされた時に名前を奪われるならともかくぅ、そういうわけでは無いんでしょう?」
「……ああ。俺は捨て子だったんだ。今は狼獣人である親父…ガルガの家に住まわせてもらってる」
親父って言ってるのに住まわせてもらってる、って言い方がもう辛いんだけど。
けれど、どうやら違和感があるらしく狐獣人のその言葉に眉を顰めたイースが疑問を口にする。
「それはおかしいわぁ。例え捨て子だったとしても、獣人である以上は名前を付けるはずよぉ。包まれてた布とかに名前が縫い付けられたりはしてなかったのぉ?」
「…一切、無かった」
うわあああ空気が重くて苦しい!空気を変える為イースに尋ねる。
「あ、あのさ!そのガルガさん?が名前を付けたり、自分で名前を付けたりは!?」
「獣人の掟でそれが出来ないのよねぇ」
「そうなのですか?」
ハニーの言葉に、狐獣人が答える。
「ああ。獣人の名付けは、基本的に実の親しか付ける事は許されない。義父だろうが何だろうが駄目なんだ。…獣人にとって、名前は大事な誇りだから。何より大切な宝だから」
「…そっか」
「村に入ったら…俺と話したりするのは止めた方が良い。俺が案内をするってだけでもお前らにリスクがあるし……ここからならすぐだし、別行動にして時間差で村に行った方が良いと思う」
そう言い狐獣人は立ち止まり、遠くに見える村らしきものを指差した。
…とても今更だけど手の平に肉球あるんだね。触りたい。
「俺はここで少し時間を潰すから、その間に」
「いや、普通に案内は達成してもらう気満々だけど。村の中も色々教えてもらわないと迷うじゃん」
狐獣人は驚いたように目を見開いた。
まあ、うん、なんていうかさ、シリアスは嫌いなんだよ。あと目の前でそんな事言われて引き下がりたくない。いじめってのは見てるだけでもいじめなんだよ。いじめを知ってて黙ってる奴もいじめの加害者にカウントされる。私はブラックになる気は無いんだ。
しかし、狐獣人は慌てたように私に前言撤回させようとする。
「で、でも俺が一緒だと、悪口とかを聞く事になるし」
「少なくとも外から来た知らない人も近くに居るのに暴言吐くのはただの馬鹿でしょ?大丈夫だよ。多分」
「村の中を俺が案内なんてしたら、お前らにまで石が投げられるかもしれないし」
「投げられてんの?」
「何も良い事は」
「そもそもこの盗賊を連れ歩くの嫌だから、功績とか全部あげるから引き取ってくださいって頼みに来ただけだし。別に買い物に来たわけじゃないもん」
はっきりとそう言うと、狐獣人は大きな溜め息を吐いた。
「……変な言いがかりつけられても知らないからな」
「その時は盗賊置いてさっさと逃げるよ。イース達は何か問題ある?」
「私は特に無いわよぉ?そもそも私も嫌われ者だものねぇ」
「ミーヤ様の決定に従います」
「…ラミィ、ミーヤに、付いてく…。どこでも、良い…」
「全員問題無いってさ」
「……知らねえからな!」
狐獣人はそう言うが、尻尾が少し揺れている。触りたい。少し毛がぼさぼさしてるからめちゃくちゃブラッシングもしたい。でも出来ないんだよな……ああ世知辛い。
って、本題をどうにかしなきゃ。
「それで、結局私は君の事を何て呼べば良いの?名前が無くても呼び名くらいはあるよね?」
「……基本、名前が無い獣人は他の獣人に名無しとか、名前無しって呼ばれる。親……ガルガは倅って呼んでくれるけど……。まあ、適当に呼べ。出来損ないでも捨て子でも、コルヴィネッラに居る名無しは俺だけだからすぐわかる」
「オッケー、とりあえず狐くんって呼ぶわ」
普通に名無しって呼ぶのは良いけど罵倒の意味で名無しとは呼びたくない。出来損ないとか捨て子とかに関しては完全に悪口だし。とりあえず狐くん(仮)という呼び方で決定。拒否は認めん。
どうにか納得してくれた狐くんの案内で、再びコルヴィネッラに向かう。といってもすぐそこだけどね。
村に入ると、様々な獣人達が居た。その中でも狐くんと同年代くらいに見える若い獣人達は顔に嘲笑を浮かべ口々に言う。
「おい、名無しが帰って来たぞ」
「俊足シカ五匹?ははは、名無しが魔物を狩れるわけ無いだろ」
「ほら、旅人らしい奴等が一緒だからあいつらに狩ってもらったんじゃないか?」
「まったく、人間に助けを求めるなんて獣人としてのプライドは無いのかよ」
「あるわけないだろ。名前無しなんだから」
「ガルガも損だよな、あんな奴を拾ったせいで貧乏暮らしを強制されて」
「名無しの獣人は戦えないもんな。食い物全部ガルガが調達してるんだろ?」
「だから俊足シカを持ってきたんだろうけど、人間に媚売って狩ってもらったような魔物じゃなあ…」
小声でボソボソと言ってるだけだが、耳の良い私には普通に聞き取れてしまった。というか狐くんにもイース達にも聞こえてると思う。…あ、聞こえるように言ってるのか。思春期の女がやるようないじめ方だな。獣人はもうちょっとわかりやすい迫害の仕方だと勝手に思い込んでたけど思いっきり陰湿だった。
狐くんの耳と尻尾が思いっきり垂れちゃったのを見て、何となく、それはもう何となく理由も無くイラッとしたので気持ち大きめの声で狐くんに話しかける。
「いやあ本当道案内をしてくれて助かっちゃったよ!私の従魔は強いけど盗賊の見張りもしないといけないしさあ!道中凄く頼もしかったよ!俊足シカを仕留めた火魔法はとても凄かったし!しかも荷車があるからって気を使って遠回りな草原ルートに付き合ってくれたしね!俊足シカを持つのを手伝えとかも言わなかったし色々と気遣ってくれて本当にありがとうね!!」
「!?え、あ、ああ、どうも…?」
「…ふふっ」
私の意図に気付いていない狐くんは不思議そうに目をパチクリさせていたけど、私の意図が読めたらしいイースは声を潜めてくすくすと笑った。
…うん、うっかり大声になっただけですよー。でも聞こえたらしい獣人達がざわざわしてるねー。不思議だねー。
「名無しが魔法?名無しなのに?」
「名前が無い獣人が魔法を使うなんて聞いた事無いぞ…」
「名前無しの獣人じゃ本領発揮出来なくて、魔法なんて絶対使えないはずなのに…」
「でもあの人間、名無しに礼を言ったぞ?」
「名無しって事を知らないんじゃないか?ほら、人間だし」
「ひ、火魔法も何かのトリックだろ…。いくら狐獣人って言ったって、名前無しで獣人が魔法を使えるはず無いんだから…」
って聞こえるけど意味がよくわかんないなー。え?何イース。へー、獣人って名前が無いと実力が発揮されなくてそれも迫害の原因なの?でも充分火魔法使えてたじゃんね。
私の意識的な無意識による大声で言った言葉に皆がざわついてるのがわかったのか、狐くんが勢いよくこっちに振り返った。
「…あ、あり、…あ……、あ」
「あ?」
狐くんは何度か口を開くが、結局何も言わずまた前を向いてしまった。え、何だったの?そしてイースさんや、そのにまにま笑顔は何だね。相変わらず色気が凄いねイースは。
「そ、その……ミーヤ」
「うん、何?」
「!……その盗賊達、引き渡すんだったら村長に話した方が良いと思う。村の真ん中の…あそこに見える一番デカイ家が村長の家だから。……その、俺は、俊足シカを家に置いてくるから、ここまでだけど」
「あ、そっか」
確かに俊足シカを担いだまま村の中を案内って苦行だよね。
「案内と説明ありがとね、狐くん」
「…いや、ミーヤは普通に接してくれたから。じゃあな」
控えめに手を振って去っていく狐くんに手を振り返して見送る。
さて、村長の家に事情説明に行かないとなーと思った時、獣人達に周囲を囲まれた。
「えっと…」
「……何…?」
「いきなり行く手を遮るとは一体どんな事情があっての行動か、納得のいく返答を要求します」
ハニーってば凄いはっきり言うね。
その言葉に、獣人達は口を開く。
「お前、騙されてるんじゃないか?」
「あれは名無しだぞ?」
「しかも狐」
「獣人の中でも狐は詐欺師が多いし、何より名前無しだ」
「名前無しってわかるか?名前を持ってない獣人の事を指す呼び名なんだけど」
「獣人にとって名前無しは、名前を付けられない程の問題がある存在として認識されている。」
「力とか魔力とかがコントロール出来なかったり、精神的に問題があったり」
「災厄を運んできたり不幸があったり、とにかく縁起が悪いのよ」
そして獣人達は、口を揃えて言う。
「名無しなんて信じるな」
………お前ら、鏡って知ってる?




