最悪邪神な第十九夫人
「……何があったのか、お聞きしてもよろしいでしょうか」
日暮れ頃に事情聴取を一旦切り上げて王城に来てくれたセレス達。そしてセレスから掛けられた問いに、私は背後をチラ見しながら答える。
「…………嫁が増えて、国王を始めとした兵士達を捕縛した」
右の小指の爪にまるでネイルのように桜を咲かせたニーアに一瞬視線を向けてから、背後の捕縛された人達の山を見つつ「以上、かな」と言葉を締めると、
「……まあ、ミーヤ様ですものね」
いつの間にか定着しているらしい形容詞で頷かれた。
明らかに腑に落ちてませんって顔なのにその言葉で納得出来るの?セレスの中で私は何なの?何者なの?タバサ達まで頷いてんじゃねえよ。納得すんな。いや納得してくれた方が助かるけどさあ!
「んで」
いつも通りファフニールに抱きかかえられているアランが、ニーアの方を指差した。
「増えた嫁ってのは明らかにそちらの方っぽいけど、お名前は?」
「ニーアと言います。つい先程ミーヤ様にこの名をいただきまして」
黒と赤の目を細めて一見朗らかそうな笑みを浮かべながらそう言ったニーアに、アランとファフニールは顔を近づけて小声で言う。
「……ついさっきって事は明らかに人外だよね」
「ああ。匂いや感覚からしても確実に人間では無いな。オールよりはまだ人間味があるが、しかし人間と比べると月とすっぽん以上に差があるぞ」
「というか、さっきの召喚と思われる凄まじい魔力の動き、人外、召喚呪文の内容、邪神、名前を貰ったばかり、褐色の肌ってさ……」
「確実にクトゥルフ神話界でレギュラーを張っているあの邪神だろうな。全体的な黒さと言い、それ以外に考えられん」
「ミーヤも正体知ってると思うんだけどあの愉悦系邪神をさらっと嫁にしてさらっと紹介するとか本当最近の若い子って凄いわねー」
聞こえてるぞそこの二人。あとアランにだけは若い言われたないわ。アラン今自分が五歳児って事忘れてませんかね。
「……何人目の……嫁だ……?」
首を傾げて怪訝そうに言ったケインさんに、私は視線を上の方に逸らしながら答える。
「二十人目ですね」
「うっわあ。知ってたけど王様より凄いねえ」
「あ、ツィツィートガルの王様の事な?」と注釈を入れられたが、そこじゃないと思うのブラッドさん。最初のうっわあって何よ。わかるけど。私だって他人事だったらそりゃうっわあって反応しか出来ないだろうけどもさ。
ちなみに嫁の数はイースから数えてニーアで二十人目だけど、ニーアの称号は第十九夫人だった。イースの場合はお局様って称号があるからそこの数字が合わないんだよね。
……うん、セレス達を待ってる間にニーアのステータスは確認済みなんだよね。
名前:ニーア(計測不能)
レベル:計測不能
種族:邪神
HP:計測不能
MP:計測不能
スキル:呵呵大笑、狂気のSAN値チェック
称号:史上最悪の邪神、無貌の神、従魔、第十九夫人、愛の加護
ほぼモザイクだったけど、表示されたステータスはこんな感じだった。ちなみにスキルと称号の詳細は以下の通り。
呵呵大笑
笑い声によって相手の心を壊すスキル。基本笑い声と連動しているオート仕様なのでかなり危険。その気になればオンオフは可能だがそれをやると面白く無いからオフにはしない。強弱調整も可能なので基本は弱にしてる。
狂気のSAN値チェック
行動の一つ一つに狂気が含まれており、身動き一つで目撃者にSAN値チェックをさせるスキル。一分見てれば相当のメンタル強者以外は廃人確定。基本オート仕様。現在は人型に擬態している為、このスキルの効果は大幅に下がっている。
史上最悪の邪神
邪神の中でもとびきり最悪とされた邪神に贈られる称号。意識もせずに笑い声一つで作り手を自殺させ、同属とも言える邪神達に命を狙われ、その邪神達に嘘を吹き込んで殺し合わせ、最終的にその邪神達の戦争に横槍を入れて漁夫の利を掻っ攫ったが故にこの称号を贈られるに値すると判断された。
無貌の神
貌の無い神に贈られる称号。貌が無い故に千を超える貌を持つ。それこそがそう!ナイアルラトホテップである!
第十九夫人
十九番目の嫁。ファーン、ファンファンファファーーーン。
……うん、とうとうマジにファンファーレ吹かれたよね。
称号の詳細で第十九夫人の部分読み上げようとした瞬間にマジでどっかからファンファーレが鳴った時はちょっと引いた。ただでさえ結構存在自体謎だってのに更に称号に関する謎が増えるだろうが止めろ。
え、他のスキルや称号に対するコメント?無いよ。強いて言うなら狂気のSAN値チェックってスキル持ち相手によくキス出来たな私ってくらいだよ。人間としての卒業式が目の前に迫って来てる気がして嫌んなっちゃう。既に追い越してる?やかましいわ。
……ごほん、まあソレはさておいて。
「セレス達の方はどんな感じ?」
「一応事情聴取は行いましたが、人数が多くて……今日の事情聴取は終了、という感じですね」
疲れたように溜め息を吐きながらそう言うセレスに、隣に立っているタバサが苦笑気味で「そうするしか無いっすからね」と続いた。
「数十万とか優に超えるジンコウが相手ですし。本当、リオによる空間拡張魔法の術式提供とクトゥルフを始めとする魚人達による食料提供が無かったらフッツーに不可能な作戦でしたよ」
「まあその下準備として空間拡張魔法を行った魔法使い達は魔力切れでグロッキー状態でしたけどね……」
アボットのポツリとした呟きに私は凄く気まずくなった。うん、本当すまぬ。
一応こっちでも出来るだけの協力はしたんだけどね……主にハニーの魔力回復蜂蜜の提供とかで。でも結局回復したらその分また魔法使わされる事に違いは無いから本当申し訳なかった。
「まあ魔力使用に関してはキラービーの蜂蜜というアイテムがあったから問題は無い。魔力を使用すれば使用する程上限も上がっていくし、そう考えれば魔法使い達の良い修行だったとも言えるだろう。術式自体も高度な術式だった事からこれからの魔法使い達のレベルも上がるだろうという利点を考えれば、うむ、成長の為に良い機会だったと言えるな!」
「だからまあ気にするな!」とアンナさんに頭を撫でられた。めっちゃわしゃわしゃと掻き回す感じの撫で方。見た目ミステリアス系美女、場合によっちゃ美少女って感じなのに男前だよねアンナさんって。
「でも、このままだと手が足りませんよね」
うーん、とリーンちゃんが眉間に皺を寄せた。
「天使の方々は体力切れなども無いみたいだから今も事情聴取を続けてくれてますけど、あくまで天使を指名した方相手だけですし」
「このまま王子様達や付き人の人達が長期間拘束されるのは避けたいよな」
続くアーウェルの言葉に、ケインさんが「……ああ」と頷いた。
「……エヴァンとの軽食屋が……軌道に乗ってきているから……あまり、放置はしたくない。……王子としての職務はこっちでも可能だけど……エヴァン一人に任せっきりになっちゃうのはな……」
表情こそあまり変わっていないが、しょんぼりした空気を纏いながらケインさんはそう言った。
「んー、俺としても幼いセレスやアランにこれから先も頼むのはなー」
「むむーん」とセインは腕を組んで唸った。
「二人はまだ姫として、王子としての勉強があるわけだし。そう考えると他の兵士達に任せ……たいのは山々だけど、それやると話が違うって反乱が起きかねねえのが問題ですだ。まあ兵士にも多種多様なタイプが居るし、いっそ捕虜達に顔写真とか見せて好みの奴選択してもらう事で円満に手を増やすみたいな……アディ何この手」
つらつらと真面目に喋っていたセインの額に、アディさんが焦ったような表情で手を当てていた。もう片方の手はアディさん自身の額に添えられている。
「……馬鹿が真面目な事を言い出したから熱があるんじゃないかと思ったんだが……無いな。ならもっと内側の危険な病気か?」
「アディ酷くね!?俺だってちゃんと真面目な事言うくらいは出来るんだからな!精神面とか口調とかはどうしようもねえけど頭の出来はかなり良いって事くらいアディも知ってるだろ!」
「問題点を理解してるならその精神面と口調を直せ」
「あだだだだ!」
流れるようにアディさんはアイアンクローを決めた。セイン、貴方一言多いのよ……。
「でも確かにその辺の問題はあるか……」
うーん、二次元知識でふわっとこんな感じ!って頼んで実行したは良いけど、後の事は考えて無かったな……。相手に対して数が足りない。
「いちおー事情聴取終わって、再犯防止の契約書にサイン書かせりゃ後は解放でも良いんすよね。まあそこに積まれてるバーバヤガ国王との諸々を終わらせて正式にバーバヤガをツィツィートガルに組み込んでからっつー感じにはなりますけど」
「ただ先が長過ぎるんすよ」とタバサは溜め息を吐いた。
「ずっとバーバヤガの連中を養うわけにもいかねェからなァ」
「手を増やしてツィツィートガルの方を疎かにするわけにもいかないが、しかし手を増やさなくては手が回らなくなってしまう……」
「ううむ……」とギルベルトは顎に手を当てて顔を顰めた。うん、オルコットとギルベルトの言葉にも一理あるんだよね。一理ってか百理くらいある気はするけど。超正論。
「外部からの協力が得られればそれらの問題も解決しそうですが……駄目ですね。私には思いつきません」
頭を軽く横に振り、「ミーヤ様は如何ですか?」とハニーは言った。
「んー……」
ハニーのふわふわした蜂蜜色の髪を梳くように撫でつつ、私は考える。
「要するにバーバヤガ人達は王族の美貌目当てに事情聴取受けてるって感じだから、見た目が良くって私達側についてて事情聴取とかしてくれて何なら見た目も変えられて疲れも知らないみたいな存在が居るとベストだけど……」
魔王国なら普通に居そうではあるけど、数がなあ……。
「……ねえミーヤ、少し聞いても良いかな」
そう考えていると、オールが右手を上げた。「ん、何?」と返すと、
「いや、大した事では無いんだけど」
と前置きしてから、
「天使じゃ駄目なのかい?」
と言った。
「……ん?いや、天使さん達には既に協力してもらってるけど?」
「ああ、でも六体だし、女性体としてだろう?」
……あ、今何かオールが言いたい事わかった気がする。
「もしや、他の天使さんも何人か協力してくれるとか?」
「何人かっていうか、ほぼ全員が協力するつもりのようだけど」
んん~……!こう、話し方が要領を得ない感じでよくわからん。オールって全知過ぎて結構説明苦手だよね。
私がそう思っているのを察したのか、それとも長くなる未来を確認したのか、パンドラが口を挟んだ。
「オール、一旦気遣いを無くして考えてる事全部話せ」
「え?けれど誰かに何かを話す時は気遣いをした方が良いんだろう?あまりずけずけ物を言うのは良くないと言ったのは君じゃないか」
「時と場合によるんだ」
「えー」
「よくわからないな」と唇を尖らせながらぼやき、オールは改めて説明を始める。
「つまりは、人口に対して対処する人間の数が足りないわけだろう?相手からすれば一時間前後の事情聴取でも、事情聴取を行う側からすれば凄まじい時間を消耗しているわけだし。同時に体力の消耗も激しい。それは疲労や体力などを設定されている人間としては至極当然の事であり、仕方の無い事だ」
「だから」とオールは十字架が浮いた金の瞳で前を見ながら真っ直ぐに言う。
「使う為に作られた存在である天使を使えば良い。天使に疲労などは設定していないからね。夜は動きが鈍くなるが、まあそこは光の魔石などで明かりを確保すれば問題無い。基本的に変化させるのが面倒だからという理由で天使達は見た目を定着させているが、天使に肉体は存在していない。つまり見た目も可変という事だ」
「男女に変化以外にも、相手の好みの姿に変われるという事になるね」とオールは続けた。
「元々これは人間に嫌悪感を抱かせない為の仕様として加えた機能だが、役立つのであれば最大限に利用するべきだろう。それに天使は使われる為に作られた存在なものだから、働きたがりでね。けれど最近の人間達は割りと平和的に生活しているものだから天使達の仕事も少なくて。皆誰かの為に働きたくてうずうずしているから、手が足りないなら是非天使達に頼んであげてほしい」
……えーと、つまり……。
「私達からすると迷惑なんじゃって感じに思っちゃってるけど、天使側としては仕事があるの超ハッピーって事?」
「そうなるね。働くのが存在理由だから、働く機会があったら逃さず働こうとする。それが天使だ」
「だからある所から削ったり、無い所から無理矢理出すより、手が余りに余っている天使に頼むのが一番良いんじゃないかと余は思うよ」とオールは締め括った。
……オールって対人の時は言い過ぎるけど、説明の時は気遣い無くした方がわかりやすいね。説明長くなちがちだけど理解しやすいし。流石全知。
「えっと、何かそんな感じらしいけどセレス達としては」
とりあえず私が決定する事じゃないしとセレス達の意見を聞こうとすると、
「大前提としてオールの言動が天使を扱う側ってトコに疑問抱くんすけど」
タバサに超真っ当な意見で指摘された。あ、はい、それはまあ確かに隠す気も無いような言動でしたね。
誤魔化すにも正直に話すにもどうやって説明したもんかと硬直していると、タバサは「……はあ」と溜め息を吐いた。
「まあミーヤだから良いっすけどね、別に。天使に協力仰げた時点で薄々察してはいましたし」
「そうですわね」
思わずといったようにくすりと微笑んだセレスは、「詳しくは聞かないでおきますわ」と言ってくれた。
「ありがと、セレス」
「いえ。ミーヤ様には色々と助けられていますもの。この程度は当然の事です」
くすくすと笑ってから、セレスは真面目な顔で「では」と口を開く。
「天使の方々に、事情聴取の協力を要請してもよろしいでしょうか」
「ああ、勿論だとも」
即答し、オールは楽しげに微笑む。
「こちらの様子を窺っていたから、今のやり取りを聞いてすぐ来ると思うよ」
そう言ってから、オールは「あ、そうだ」とニーアの方に視線を向けた。
「ニーアも眷属を生み出せるらしいけれど、そっちにも頼むかい?少々問題はあるだろうが、事情聴取という仕事自体は完璧にこなしてくれると思うけど」
「いやソレ仕事はともかくSAN値直葬コースだよな!?」
全知故だろうオールの発言に、元異世界人であるアランが「その発案は全力で却下!」と叫んだ。




