ニーア視点
邪神とは何であろうか。それに対して、人間にとっての災いを為す神だと私は返す。
「俺は、俺は選ばれたんだ!夢にまで見た異世界転生!この能力があれば、あいつ等を見返して、やり返す事が出来る!」
私という邪神。そしてクトゥルフを除く正に邪神らしい邪神を作り出した人間は、そんな事を言う少年だった。
その少年はかつて、異世界の人間だった。学生だったその少年は、クラスメイトと共に異世界へと呼び出された。しかし、彼は選ばれなかった。そして彼はいじめられっ子だった。
「……何の能力もありませんね」
「ぷっ……ダサ」
「俺達は皆特殊な能力があったってのに」
「触れた水が癒しの効果を持つとか、絶対に治らない傷を付けるとか、そういう能力も無いの?」
クラスメイト達に守られる事無く、少年は異世界の人間によって隔離された。クラスメイト達の前では金と少しの常識だけを与えて勝手に生きてもらうと異世界の人間は言っていたが、それは嘘だった。
少年は魔王との戦争には邪魔なだけの不要品と判断され、その命を散らされた。
そして少年は転生した。とある貴族の五男として。
他の子と違って全てが劣っていた少年は蔑まれた。居ないモノとして扱われた。そしてそんな中で絶望し、怒り、恨み、呪い、復讐を誓い……そして少年は、無いとされていた己の能力に気付いた。
少年の能力は、狂気だった。
人が持つ全ての負を扱う事の出来る能力。全ての負を経験し、噛み締めたが故に扱う事が出来るようになった、人間が持つべきでは無い能力。
「俺はちゃんと選ばれていた!」
全知である神は、異世界から来た者に何かしらの能力を与える事がある。召喚の反動でその際の記憶が消える事もままあるが、イレギュラーな事さえ起こらなければ、神がチートとされる能力を与えてくれる。
ただし、神は全知だ。そこに人間への気遣いなどは無い。故に神は、その者が使いこなせるだろう能力を与える。望みを聞いたりこそするものの、結局は合う合わないで渡す能力を独断で決定する。
要するに、少年に適していたのはそういった負の感情だったという事だ。
そして少年はそれらの負の感情を詰め合わせ、邪神を作る事に決めた。滅んでしまえば良いとしか思えない世界、そして未練も何も無い世界に対し、少年は滅びを与えようとした。
「あれ?」
少年はまず、代表とも言えるクトゥルフを作ろうとした。だが駄目だった。クトゥルフは既にかつての勇者がまさかの食用として作成していたからだ。
少年はその事はよくわからなかった為、自分の実力不足だろうかと思った。そして試しに、と違う邪神を作り上げた。
黄色い布を被った、ミミズのような触手で構築されたタコのような邪神。
邪神ハスターは問題無く作成された。そして少年は、何となく理解した。クトゥルフは己には作成出来ないようだが、他の邪神なら作成出来るだろう、と。
「知っている限りの邪神を作り出して、一気に人里へと放出!そうすればきっと、誰も彼もが為す術も無く絶望に悲鳴を上げながら死んでいく!」
邪神達は少年に対し、害を為そうとはしていなかった。寧ろ邪神達は、少年に対して好意すら抱いていた。それは当然だ。
何故なら、そうあるようにと作られているからだ。
「調子に乗って作り上げて、その結果自分が作った邪神に殺されるだなんて愚かな死に方はごめんだ」
少年はその思いから、邪神達に対してのセーフティを設定していた。己を守るように、と。己に害を為さないように、と。
少年は沢山の邪神を作った。流石に存在が存在だからとアザトースは作らなかったが、それ以外は知っている限りの邪神を作り上げた。
そして少年は、最後にニャルラトホテプを作った。
「あれは邪神の中でも有名で、人間に対しては特に絶望を撒き散らす事が出来る邪神だからな!他の何よりもおぞましく、狂気に満ちていて、絶望感溢れていて、人間に邪悪な知識を入れ知恵するような……」
そうして、私は作り出された。この世の何よりもおぞましく狂気に満ちていて残酷で絶望的で邪悪な化け物として。
『アハ、あは、アハ、あは、アハハハハハハハハハ!』
作り出された瞬間、私はそんな産声を上げた。それがいけなかったのだろうか。
少年は、自殺した。
何故そうなったのかはわからない。いや、理由はわかる。私の狂気に耐え切れず、無意識の内に自殺という行為に走ってしまったのだろう。
けれど、
『そうあれと作ったはずなのに、そんな私を見た瞬間に呑まれてしまうとは!』
私を作った少年は、自分で作り上げた化け物を見た瞬間に狂気に呑まれ、自殺した。
『いやはや、トリックスターな存在であれという意味も込めてしまったせいですかねーえ?作り手へは邪神の狂気などの精神的汚染は行われないというセーフティ、それが効かなかった様子。アハ、私をルール破りの存在として作り上げ過ぎてしまったのでしょうね。結果そのセーフティが作動せず、作り手本人が死んでしまうとは!』
少年の享年は、僅か10歳だった。5歳の時に能力を自覚し、五年間邪神を作り上げ、共にあり、それでも少年は私の狂気に耐える事敵わず、自殺した。
それからはまったく、酷い目に遭いましたよ。私はただそうあれと作られてこの世に生まれただけだというのに、作り手である少年を親として大事に思っていた邪神達が私を殺そうとしてくるのですから。
『おかしい、おかしい、おかしいですねえ。邪神とは人間に災いを為す神だというのに、いくら作り手とはいえ人間一人を自殺させてしまっただけでこのような扱いを受けるというのは、流石にちょっとおかしくないですかーあ?』
そう言ってはみたが、邪神達は聞き入れてはくれなかった。
ええ、ええ、ええ、それは当然の事でしょう。邪神とはそういうモノ。己の娯楽や意思を優先するのが邪神なのですから。
ですがソレはソレ、私は邪神達に葬り去られるなどごめんでした。
クトゥグアなどはドコに逃げようと追って来たりして本気で危険でしたしね。あの邪神炎だからか燃え尽きる事なく追って来てしつこいったらありません。
だから私は、嘘を吐いた。
色んな邪神達に、それぞれ違う情報を流した。お互いがお互いを殺し合うに足る偽りの情報を。けれどほんの少しだけ本当が混ざっていて、違和感にも真実にも気付く事は出来ないような嘘を。
『うっかり大戦争にまで発展した時は世界が滅ぶかと思いましたが、結果オーライなら問題はありませんよね。漁夫の利万歳!』
嘘が膨れ上がり、最終的には邪神対邪神という大戦争が起こった。たった十年足らずで大変な事になったと思ったものだ。
その際に邪神達の戦争の余波で人類は為す術も無く滅び掛けていたが、しかしそれでは困る。
『人間という遊び相手が居てこその私という邪神ですからねーえ』
そうあれと作られたのなら、そうあろう。
私はそう思っていたから、邪神対邪神の争いを止めた。戦争の種を蒔いた事は一切後悔していませんでしたが、うっかりどちらかが勝利した場合は最初と同じで私に矛先が向く可能性もありましたしね。
もっとも、私は正確には戦争を止めてなどいない。私はただ、それぞれが放つ事の出来る最強の攻撃を放とうとしていたから、それを横取りしただけだ。
『舞台の外に居て、そして突然現れて舞台をめちゃくちゃにする。ええ、ええ、ええ、それこそが私ですから。そうあれと作られた以上、それが出来てしまうのが私という存在です』
結果、力の殆どを私に奪われた邪神達は封印に等しい形で眠りについた。己の存在を極限まで封じる事で、自分だけの隔離された空間で失った分の力を蓄える為に。
一方私は、殆どの邪神達の力を横取りしたお陰で力が漲り溢れていた。
自分だけの空間を作り上げ、そこで眷属とされる生物などを作ったりもした。人類が飢えているようだったから、眠っているクトゥルフを起こしてやった。
『まあ、クトゥルフは少々人間の思考とずれていましたがね。けれど他の邪神に比べ、理性的な会話をする事が出来ただけ良い邪神でした。生まれた直後に作り手の自殺、そして仲間のはずの邪神達に殺意を抱かれる邪神生でしたからねえ』
クトゥルフを起こした結果ちょっぴり悲劇は起きたが、邪神が起こすにしては可愛らしい程度の悲劇だろう。そう思って私はそれ以上のアクションは起こさなかった。
クトゥルフに対して人間に関する嘘の知識を吹き込むのも楽しそうだが、クトゥルフは私達とは出生が異なる邪神だ。つまりイレギュラーな存在だ。同じ作り手だったが故に私は他の邪神達の力を奪う事が出来たが、作り手が違っては仕組みも違う。下手に手出しをしないに限ると判断し、私はクトゥルフを放置した。
その後は酷く退屈な日々だった。
私という邪神を主神に置くバーバヤガから定期的に届く生け贄を食らったりしつつ、人間達の営みを見下ろしては絶望の種を蒔きたいと思う心を落ち着かせる日々。
『別に蒔いても良いんですけど、万が一それで眠っている邪神達が起きたらと思うと……面倒ですからねーえ』
真正面から戦ったりするのは性に合わない。だから情報を操作してお互いを戦わせ、横から全てを掠め取るのだ。それこそが私らしいやり方。つまり真正面からの戦いとかは逃げる選択肢一択しかないくらいには拒否したいもの。
そんな風に堕落した日々を過ごしていたある日、邪神の面からの反応があった。慌ててシャンタク鳥から受け取って出ると、邪神の面を使用していたのはただの一般人だった。
(普通の一般人ならば私の声を聞いた瞬間に正気を失うはずですが……随分と特殊な精神性の持ち主のようですねえ)
そう思い、軽くその人間の情報を手に入れてみた。異世界人だった。
異世界人とはいえ自分の作り手は正気を失って自殺していた事から、異世界人だから耐性があるという事でも無いだろう。
そう考え、少しだけ興味が湧いた。聞きたい事があるというのなら真実のみを答え、全力で協力しようと思った。
(まあまあまあ、私を信じるか信じないかは相手次第なんですけどねーえ)
どちらにしても私からすれば愉しい事だ。どちらでも構わない。
全知でも全能でも無い私は、あくまで予測が出来るだけだ。全ては知らないが知りたい事だけを知って、何でも出来るわけでは無いがやりたい事だけをやる。それが私なのだから。そして私は愉しみたいと思った。だから正直に答えた。
結果彼女は、ミーヤ様は私の言葉を信じてくれた。
『正気の人間に、己の欲望ではなく誰かの為にという理由で、相手が私である事はともかく邪神だとはわかっている状況で信頼してもらったのは、初めてですね』
何となく楽しくて良い気分になれた。だからよくやる前言撤回もせず、約束通りクトゥルフに連絡をした。いつもなら前言撤回をして場を掻き回すだろうに、我ながら珍しい事だ。まあ邪神の面が使用された事自体珍しいのだからそんなものだろう。
ただちょっと思っていたより良い気分だったから、相手の持っている邪神の面を少し弄くる事にした。連絡先を私への一通にするくらいの悪戯なら可愛いものだと思うから問題は無いはずだ。
ついでにミーヤ様の事を観察する事にもしてみたが、これも害する気さえ無ければ問題では無いだろう。ストーカー?邪神にとってその程度が何だと言うのか。寧ろその程度で済んでいるのは喜ぶべき事だと思う。
そんな風に思いながら、事が終わってから連絡先の件に関してを伝える為にこちらから邪神の面へと連絡を繋げた。二回目だと言うのに狂気に呑まれる事無く普通に話せるというのは素晴らしい。相手が人間であるというのも良い事だ。
(クトゥルフについて教えてくれて、ありがとうございました。言われた通りにしたら本当に無血で平和的に終わったから、お礼言わないとなって。だから、ありがとうございました)
まさかそんな事を言われるとはまったくもって想像していませんでしたがね!
私は邪神だ。忌み嫌われるべき存在として作り出された邪神だ。作り手と多少会話などを交わしたらしい他の邪神達とは違い、生まれた瞬間に作り手を殺した邪神だ。故に負の感情以外を向けられた事など無い邪神だ。
けれど、私はただそうあれと作られてそうあるがままに生きてきただけの存在だ。本物の邪神では無い、作り物の模造品。
だから動揺した。
お礼を言われた後に何と返したかは覚えていない。突如として自分の中に発生した未知の感情に戸惑うままに言葉を発して勢いのまま連絡を切ってしまっていたからだ。正気に戻った後にミーヤ様の様子を確認したら普通の様子だったので、呪いなどを放ったりはしていないようで安心した。
……正気を失わせる邪神が正気を失うなど、随分とお笑いぐさですよねーえ。
『なんでしょうねえ、この感覚は』
シャンタク鳥に生け贄を食わせてやりながら、考えた。己の中に発生したコレは何なのだろうか、と。むずむずして、もやもやして、ぞわぞわして、けれど決して嫌では無い感覚。人の貌だったら笑みを浮かべていただろう感覚。
人間的に言うと腹が満ちた時や眠気が満ちた時のような、とにかく何かが満ちるような感覚。
その感覚を不思議に思いながらも旅を続けるミーヤ様の様子を確認していたら、全知の神がその答えを話していた。
「どれだけ他人に与えようと、尽きる事が無い愛。それがミーヤの二つの内の特性の一つ」
「二つ目の特性は、感情の鏡返し」
「鏡のように反射するという事さ。悪意には悪意を。敵意には敵意を。好意には好意を。愛には愛を返す。それがミーヤだ」
成る程、とストンと納得した。
元々私達邪神には、好意がきちんと設定されていた。作り手はそれを用いる事で自分が殺されたりしないように調整していたのだから、当然だ。しかし私はソレが作動する前に作り手を殺した。
結果作動する事は無く、しかし私の中に存在だけはしていた。
そしてソレがミーヤ様からのお礼の言葉によって作動し、今まで満ちた事など無いその部分が満ちたのだろう。そう思った。
『……そう思うと、ミーヤ様の傍に居る方々が羨ましいですねえ』
殺そうとは思わない。それをした瞬間にミーヤ様からの愛が貰えなくなるのがわかっているから。
『ああ、ですが丁度良い状況ではありますね。私こそが主神であると伝えたならば、きっと交渉の余地もあるでしょう。ソレを上手く使用して、ミーヤ様の元に押し掛けるとしましょうか』
そうと決めたら、タイミングを計らなければ。最高のタイミングでミーヤ様に連絡を入れよう。そうすればきっと、ミーヤ様は私の事も愛してくれるだろうから。
『おやおやおや、ミーヤ様の事を考えるだけで私の中がふわふわした感覚になりますね。これは不思議な。今まではあれ程退屈だったというのに……成る程、これが満ちるという感覚ですか』
さて、下準備も考えておかなくてはいけませんね。唯一心配なのは私の気が変わりやすいという部分ですが……まあ、きっと大丈夫だと祈っておきましょう。
邪神が祈るというのも、滑稽な話ですが。




