多分私はみみっちさで勝っちゃった
奴隷商人は向かいの椅子にどっかりと座り、契約書片手に説明を始める。
「まずこの奴隷はオス。歳は28。種族は知っての通りオオワシ鳥人だ。本当なら鳥人の奴隷は風切羽を切って飛ばないように、つまり逃げねえようにするもんだが、レアな猛禽類だからな。猛禽類の場合は戦闘用奴隷として求める客も少なく無いから、ああして拘束してる」
「風切羽を切らずに大人しくさせる為にな」と奴隷商人は親指でオオワシ鳥人を指差した。
「とりあえずコイツは戦闘用奴隷の扱いだから、値段はそれなりにするぞ。クチバシの先を切り落としたりもしてねえし、風切羽も切ってねえからな。だが体はメスの方が大きいから、その分オスは安くなる」
奴隷商人は説明しながら契約書の裏にそれらを書いて、値段がプラスかマイナスかを計算し始めた。
「肉をしっかり食わせてるし、まだ売られてから日もそんなに経ってねえから健康状態には問題無い。筋肉量も安定してる」
「これは金額が高くなる」と奴隷商人は言う。
(思ってたよりもちゃんとした奴隷商ねぇ、ココ)
従魔用テレパシーでそう言ったイースに、(そうなの?)と問い掛ける。
(そうよぉ。上客扱いだからこそしっかり説明されてるっていうのもあるでしょうけどぉ、だからって奴隷の状態が良くなるわけじゃないものねぇ。奴隷に対して粗悪な扱いをしてたらぁ、戦闘用に向いていようがクチバシの先や風切羽を切られてるはずよぉ)
(おおう……ボロっちく見えたし奴隷商人の態度は何かあんまり好ましく無かったけど、それでもちゃんとした店だったのか……)
「いや、どちらかというと恨みを買いたくないからこそちゃんとした経営をしている、というところかな。奴隷商人は奴隷に恨みを買う職業だからね。そう考えると奴隷に対して、奴隷という扱いは覆さず、しかしある程度の常識的扱いをする。そうした方が状態の良い奴隷は値段も高く売れるし、売れた先で解放された奴隷が恨みを晴らしに来る事も無い。うん、性根は良いとは言えないけれど、バーバヤガの国民にしては先を見据えた行動が出来る珍しいタイプの人間だね」
「バーバヤガの民は基本的に目先の欲を優先するからこういう人間は中々居ない」とオールは笑い声混じりに言った。
(……あの、オール?従魔用テレパシーがね?あると思うのよ)
「認識阻害のお陰で余の声はそこの人間には届いていないさ。余の声が聞こえるのはミーヤとイースとそこのオオワシ鳥人だけだ」
だからさっきからオオワシ鳥人ちょっと驚いたように目を見開いてたのか!
「そうだよ。だってこれから詳しい話を聞きたいからね。この先もずっと仲間として同行するかどうかを知ってるのはパンドラだけだから余には何とも言えないけれど、しかし一時的に仲間になる事は決まっているんだ。なら隠して警戒されるより、先にこっちには君を害するつもりは無いと明かしておく方が良いはずだ」
ちなみに私の話し声は。
「ミーヤの話し声は普通に奴隷商人に聞こえるから喋らないのは英断だと判断するよ。そこのオオワシ鳥人……ふぅん、イーグルと言うんだね。ああ、驚かなくて良い。余は何でも知っているんだから。とりあえずイーグル、さっきまでと同様にこちらへの無関心を貫いていてくれ。一応認識阻害もするけれど、下手に違和感を抱かれても嫌だからね」
オオワシ鳥人はオールの言葉に戸惑ったように視線を彷徨わせてから、ほんの少しだけ首を縦に振った。
……というかイーグルって名前なんだ。そのまんまだね。わかりやすくてありがたいけど。オオワシでホークって名前だったら犬にタマって名前付けるようなもんだし。
「戦闘用奴隷の場合、二十代未満と四十代以上の場合のみ金額が割り引かれる。しかしコイツは28だからその分の金額は変動無しだ」
認識阻害によってオールが喋っていた事に気付いていない奴隷商人は、契約書の裏に文字と数字を書きながらそう続ける。
「そんなわけでレア度とかを考えて、コイツの売値は他の戦闘用奴隷に比べて値が張る」
「が」と奴隷商人は椅子の背もたれに体重を掛け、背後に居るオオワシ鳥人をペンで指した。
「コイツはちっとワケありでもある」
「ワケあり?」
「声が出ない」
「え」
思わずマジなのかを確認しようとイース達の方に振り向きかけたが、根性で首を固定する。振り返って確認するとかの隙を見せてはいけません。サーイエッサー。
「あれ、その事言い忘れて……ああ、ミーヤに伝え忘れていただけか。先にイース達に伝える時に言っていたものだからうっかりだ。まあでも後天的なものだし、パンドラが居れば問題無いだろう。余だけだったら多少時間が掛かるだろうが、全能が居れば即座に解決だ」
オールって結構お喋り好きだよね。まあでもお陰でちょっと混乱し掛けてたのが落ち着いたから良いか。
そう判断し、私は奴隷商人に問い掛ける。
「声が出ないっていうのは?」
「コイツをうちに売ったのは……」
奴隷商人は少し考えるように言いよどんだが、すぐに「まあ良いか」と呟いた。
「コイツを売ったのは王城の関係者でよ、最近は王城から何人かが奴隷として売られてる。で、そいつらは全員毒を盛られでもしたのか、呪いでも掛けられたのか、魔法で声を出ないようにされたのかは知らねえが、とにかく全員声が出なくされてる」
「それがワケありの理由だ」と奴隷商人は指先でペンを回しながら言った。
「だが、会話用の奴隷だとか性目的の奴隷じゃねえからな。戦闘用奴隷の場合、声が出ようが出まいが値段に変化は無え」
奴隷商人は「犬科なら鳴き声も武器の一つになるから値下げになったがな」と口角を上げた。
「つーわけでレア度高い戦闘用奴隷っつー事とその他諸々合わせて、金貨一枚と銀貨四枚」
「ダウト」
ミサンガが嘘を認識しました。
即座に嘘だろソレと指摘すると、奴隷商人は「チッ」と舌打ちをした。
「へーへー、端数分を嵩増ししたのがバレるとは思わなくってな。悪かったよ。実際は金貨一枚と銀貨三枚と銅貨六枚」
今度はミサンガは反応しなかった。
……銅貨四枚分を嵩増しした奴隷商人がみみっちいのか、そのたった銅貨四枚を黙って支払わなかった私の方がみみっちいのかさてどっちだ。弁解させてもらうと私は嘘がわかるだけでどんくらいの値段がプラスされてたかまでは知らんかっただけなんだと言いたい。
「イース」
「はぁ~い」
振り向かずにイースを呼ぶと、イースは返事をして机の上に言われた通りの金額を置いた。
これは最初に言われてた事の一つで、支払う時は付き添いであるイースが支払う決まり。貴族なら貴族自身がお金を持つんじゃなくて、付き添いの使用人が持っているものだから、との事。
そして私は、机に置かれたお金を手で押さえる。置かれた位置が私の手元である事や、こうして押さえているのにも理由がある。契約前に金盗られて堪るかというアレである。そういう警戒心は大事だから、ポーズとしてやるようにと言われたのだ。
……出会った頃のイースって結構ハードなアレコレに詳しかったし、実際こういう系のブラックな事情に詳しいよね。やっぱり淫魔に魂まで喰われるような人はそういう知識が豊富だったのかな。
奴隷商人はお金を押さえている私の態度を当然のように受け入れ、値段の計算が書かれた契約書をひっくり返し、表の名前を書く部分を指差した。
「良いか、持ち主が書くのはココだ。ココに名前を書きゃあその奴隷はお前のモンになる。奴隷に何々を禁止とか何々はオッケーみたいなのは契約書に書かれてっから、帰ってからその辺調整しろよ。あと主人の命令に絶対遵守とかは止めておけ。そういう契約をすると飯を食う時に毎回許可を出す必要があるし、場合によっちゃ排泄すらも主人の許可無しに出来なくなるから。正直メリットよりも面倒事の方が多いから勧めねえ」
「成る程。……ちなみに今は?」
「とりあえず主人からの逃亡禁止、攻撃禁止、暴れるの禁止、破壊禁止の四つ。だからちゃんと調整しねえと戦闘用には使えねえぞ」
「了解です」
……でも、最低限の設定しかしてないんだね。成る程恨みを買わないように心掛けてるだけはある。
そう思いながらペンを走らせ、持ち主の名前を書く欄にミーヤとサインを書いた。書き終わった瞬間に、契約書とオオワシ鳥人の首輪から魔力が動いたのを感じた。ふむふむ、ヒースの時と同じく契約書と首輪が連動してるんだね。不思議。
「よし、契約は完了だ。金寄越せ」
「どうぞ」
お金を奴隷商人の方に移動させると、奴隷商人は私に契約書を渡してくれた。
「んじゃ、後は煮るなり焼くなりお前の好きなようにやってくれや。俺は見送らねえから」
そう言ってお金を数え始めた奴隷商人を放置して、私はオオワシ鳥人に近付く。
まずは警戒させないように話し掛けようとして「ええと」と言い掛け、口を噤む。まだ奴隷商人も居る前でそれは駄目だ。
「……とりあえず、クチバシを覆ってる袋と羽を閉じさせている縄を外します」
そう言うとオオワシ鳥人は頷いてくれたので、袋と縄を外す。すると奴隷商人がこっちを振り向きながら、
「あ、ソレ捨てるんなら置いてけよ。うちの備品なんだから」
と言った。
これらも金額の中に入ってるんじゃないのかと思いはしたけど、不要なのも事実。そしてそこまでみみっちい事を言うのもアレだし、と袋と縄は床に放置し、「それでは」とだけ言ってオオワシ鳥人を連れて奴隷商の外に出る。
「……イース」
「もう既に私達全員に認識阻害は掛かってるからぁ、普通に喋って大丈夫よぉ」
「っしゃああああああああ!疲れたあああああああ!」
イースから許可を得た瞬間、私は開放感に思いっきり叫んだ。
「あーもうあーもう!ああいう雰囲気駄目だ!苦手!比較的奴隷に対する扱いはマシな店だったらしいけどそれはそれこれはこれ!気が抜けない感じの雰囲気いちっばん苦手!」
「はああああああ……!」と大きな溜め息を吐き、私はオオワシ鳥人に手を差し出す。
「えっと、騒がしくてすみません。とりあえず何故貴方を買ったのかとかに関しての詳細を話しますので、そこのベンチに座りませんか?」
オオワシ鳥人は少し戸惑ったように視線を彷徨わせてから、羽を伸ばして私の手の上に乗せた。これは……肯定って事で良いのかな。
「そのままイーグルが思っている事を言わせてもらうと、「コイツらの思惑はまったくと言って良い程にわからんが、私に対して害を為す気じゃないのはわかるからな……。大人しく従っておこう。いや、この場合は手を差し出されたのだから手を取るべきか?羽を動かすのは久々だからちゃんと動くか……あ、良かった動いた」」
必要以上の大暴露に、オオワシ鳥人が驚いたようにオールを見た。
「……オール、あんまりそういう事しちゃ駄目だよ」
「うん?しかしどう思っているのだろうと気にしていただろう?イーグルはイーグルで言語による会話が出来なくて困っているようだったしね。なら余がイーグルの思っている事を通訳するのは当然だろう?余は全知だからね。こういうのには適している」
言葉として発言する部分と内心での呟きは違うんだけど……まあ、神様だもんね。元々人の心の声も聞いてただろうし、オブラートが無い事を考えると……うん、区別が付かなくても仕方ないか。
「とりあえずオールはもうちょっとオブラートを学ぶまで通訳しない事。オオワシさんの方は肯定の際は頷く、否定の際は首を横に振る、どちらとも言えなかったり疑問点があったりしたら首を傾げる、って感じにしてください」
「…………」
オオワシ鳥人は素直に頷いてくれた。
「ありがとう」と言ってから、私達は近くのベンチに座る。
……うーん、ちょっと腰を落ち着かせて周囲を確認してみると、柄が悪いのが多いなあ。あと全体的に町の塗装も色褪せてる感じだ。ツィツィートガルでは割りと頻繁に見かけた花壇なんて全然無い。辛うじてあっても花は枯れてて最早花壇じゃ無い感じになっちゃってる。
「おうおう、良い酒飲んでんじゃねえか。一杯寄越しやがれ」
「あっテメェ何人の酒勝手に飲んでんだゴラ!おい店主!コイツの金でこの店で一番高い酒寄越せ!」
「残念だったな俺の今の持ち金は小銅貨二枚だ!」
「アホかテメェはたかんな!」
「おい」
「あん?」
「隣の席の兄ちゃんが何の用だ?ああ?もしや懐が寂しい俺に奢ってくれんのか?」
「ざっけんじゃねえぞゴルァ!テメェが俺に勝手にツケて飲み食いしたんだろうがよ二日前!あのテーブルに座ってる奴にツケでっつってよ!見つけ次第内臓抉り出しで金にしてやると思ってたんだ……覚悟しやがれこの野郎があ!」
「チッ、こんなトコに居られるか俺はさっさと逃げるぜ!」
「あっコラ酒代!」
「よーしクールになれ兄ちゃん。争いは何も生まない。な、そうだろ?ホラたった今兄ちゃんの殺気をネタにして食い逃げした奴のお陰で店内から店主が消えた。他の店員も居ない。ここは一緒に金と酒を奪って宴会しようじゃないか」
「駄目だ殺す!」
「畜生これだから会話の通じねえバーサーカーは!もうちょっと話を聞く度量と余裕と耳を持ちやがれ!うおおおお俺は絶対に生きて帰って酒浴びて寝てやるううううあああああ!」
「逃げんじゃねえクソ野郎があああああああ!」
「……くっくっく、アイツに意識を奪われてたのが運の尽きだぜ。ナイフでポケットの底を切られたのにも気付かねえでよ。酒代ゲーット。ったく、笑いが止まんねえな」
近くの酒屋から聞こえてくる音声が邪悪極まりない。何て嫌なBGMだ。ツィツィートガルの平和さを見習え。
まあそれはどうしようも無いし関わりたくも無いのでさておき、
「私はミーヤ。こっちの褐色肌の美女がイースで、こっちのやたら心を読んできた方の美人はオール。えっと、オオワシさんの名前はイーグル……で、合ってる?」
自己紹介をしてからそう聞くと、オオワシ鳥人……否、イーグルさんは頷いた。うん、まあオールが言ってたんだからそりゃ合ってるよね。でも本人に確認を取るのは大事だから必要な手順だろう。多分。
そして私は、今回の件をさっくりと要点だけ纏めたダイジェスト版をイーグルさんに説明する。途中色々と説明が難しかったけど、その辺はイースが上手に補足してくれた。
「そういうワケで、私達はイーグルさんの知っている情報が欲しい。私達からは情報の対価として、声の復活と奴隷契約の破棄を払う。望むなら他にも、まあ、私達で可能な事なら答えれると思う」
バーバヤガから出る為の資金とか、着替えとかくらいだけど。
「……どうかな?」
首を傾げて、イーグルさんにとって足る条件かどうかを問うと、
「…………」
イーグルさんは目元を少し緩めて、頷いた。
オールめっちゃ喋る。




