涸れぬ愛と反射する感情
「……いや」
ふる、と神様は首を横に振った。
「すまない、間違えた」
「はい?」
間違えた?
思わず首を傾げると、神様は手の平をこっちに向けて「違うんだ」と言った。
「確かに余はそれを知っているけれど、別にそれを言いたいわけじゃ無かったんだ」
「え、あ、そうなんですか?」
普通に気になるんだけど。
神様は「コホン」と咳払いをし、笑みを浮かべた。
「そう、余はこう言いたいんだ。余はそこに居る余が切り捨てた不要品と同じように……あ、待ってくれ。これも違う」
神様はパンドラの方を指差して話し始めたと思ったら、額に手を当てて再び待ったを掛けた。
「別に余はパンドラを貶そうと思っているつもりは無い。ただ本質を見てしまうとそういう表現になってしまうだけで……そう、ミーヤを怒らせたいわけでも、困らせたいわけでも無いんだ」
……何だろう、この人、物凄くテンポが悪い。
うーん、と困ったように考え込んでしまった神様からパンドラの方に視線を向けると、パンドラは目をパッチリと開け、綺麗な虹色の瞳で呆れたように神様を見ていた。
「……ミーヤは知っているだろうが、そこの神は未来予知と全能を切り離した。そして全知だけになったんだ」
「ああ、うん、知ってる」
パンドラは溜め息を吐きながら、「その結果」と続ける。
「神は自分の話し方が合っているかを確認出来なくなった。未来が見えないからな。……というか、要するにコミュニケーション能力が無いんだ」
「え、神様なのに?」
思わずといったようにマリンがそう言うと、パンドラは「神様なのに」と頷いた。
「全知であるが故に相手の思考は読めるから、神に願ってくる人間の願いはちゃんとわかるんだ。そしてそれに対しては一方的に解決策を伝えれば良いだけだったからな」
「あー、神様だから」
「確かに神のお告げって会話じゃ無いな……」
アレクとコンが納得したようにそう言った。
「その上全知で相手の本質は見えるわ相手の心も読めるわの状態。ただしその分オブラートに包むとかがいまいちわからないという」
「……ずっと本質と本音がわかってるから、そういう回りくどいのが苦手って事か?」
ヒースの言葉に、「まあそういう事だな」とパンドラは頷いた。
「天使達も自我が無かったら一方的に命じてはいよろしく、って作りになってるだろ?コミュニケーションの取り方どころか、大前提としてコミュニケーションの必要性とかがわかってないんだ」
「……なら、今、困ってる……みたい、なの、は……?」
首を傾げたラミィに、パンドラは「あー……」と視線を彷徨わせて頭を掻く。
「神」
「……なんだい、不要品。……じゃなくて」
「とりあえず俺様の事はパンドラで統一しておけ。角が立たない」
パンドラの言葉に、神様は困ったような表情で頷いた。
「変な言い方をしてたら通訳してやるから、とりあえず何でミーヤに嫌われたくないのか言ってみろ」
神様は私の方を見て少し口をもごもごさせながら、話し始める。
「……大体の召喚された異世界人は、余に八つ当たりをして来た。召喚ミスによって余が干渉に失敗し、能力などを贈れなかった場合は特に酷い八つ当たりをされる事もままあった。余はそれらを「そういうもの」と思っていたから特に何とも思っていなかったが、ミーヤは違った」
「……いや」と神様は首を横に振った。
「ミーヤ以外にも、余に八つ当たりをしてこなかった異世界人は居た。けれどミーヤだけは違った。余の欲しい物を持っていたから、それが欲しくて、だから……そう、媚を売った」
神様の言い方にパンドラが深い溜め息を吐いて瞬きをすると、虹色の瞳が憂鬱の藍色に変化していた。えっと、確かあの色は心が読めるんだっけ。
「……ミーヤの所有している特性に己の望むものがあった為、それの恩恵に預かりたかったから好感度を上げようとしていた」
「それだ」
パンドラの通訳に神様はコクコクと頷いた。何か仲良さげに見えるけど、本当に大昔殺し合ってた仲なんだろうか。
「それは違うよ、ミーヤ。殺し合っていたなんて事は無い。余にとってパンドラというのは切り捨てた不要品でしか無く、殺す殺さない以前の存在だった。故に殺意を持って向かって来るパンドラをとにかく追っ払っていただけに近く……違うんだ」
「こういう言い方がしたいんじゃない」と神様は顔を覆ってしまった。
……お、おう、神様本当に、何か、言葉の選び方がアレだね。そしてそれに自覚がある分厄介な感じになってしまっている。
「……つまりだね、ミーヤ。余は君に媚を売って気に入られたいんだ」
「好感度を上げて嫁の一人になりたい」
「それ」
パンドラの通訳に、神様は再び頷いた。
……って、え?
「……嫁?」
神様が?
「ああ、元々今ここに居る余は子機みたいなものだから心配はしなくて良い。本体と言うべき親機は少々巨大過ぎてね。だからもう一つ子機を作ってここに置いておけば良いだけだ。根本的な部分こそ繋がっているけれど、並列思考のような感覚でそれぞれ別の意識を有する事も可能だから問題は無いよ」
「ほ、ほほう?」
親機とか子機って例えはわかりやすいけど本体が巨大ってどういう事だ。あ、やっぱいいです聞かない方向で行きます。神様の言う巨大って人間の想定超えてそうだし。
で、根本的な部分云々は……アリスみたいな感じって事で良いのかな。よくわからないけど、まあ多分それで良いはずだ。私の脳みそスペックはポンコツだからそういう感じにしないと理解出来んザマス。
「というか、神様が欲しがる私の特性って?」
心当たりが無いんだけど。何だ、宝箱からレアアイテムが出てくる能力とかか?
「ああいや、余はミーヤからそれを奪いたいわけじゃ無いんだ。これは奪うわけにはいかないものだし、奪って得ても虚しいだけだ。余はそれの恩恵に預かりたいというか、分け前が欲しいというか」
「正式な形で受け取りたい」
パンドラが通訳すると、神様はパンドラを指差してコクコクと頷いた。
……ほ、本当に神様コミュニケーション能力が心配になってくるんだけど。選ぶ言葉の一つ一つがちょっとアレだし。何なの?今まで神様に接してきた奴等が皆そういう口調だったの?
「……でぇ?結局どういう意味なのかしらぁ」
いまいち進まない会話にイライラしたのか、イースが腕を組みながら指をトントンと動かして二人を急かす。早く話せという思いを全知で察知したのか、神様は「ああ」と頷いた。
「つまりは最初に言った、ミーヤがこの世界に来た理由に繋がる」
「あ、そう、それ気になってた」
理由なんてあるの?
「……理由なんてあるのと言われると、あると言えるし無いとも言える。クジに当たったようなものに近いからね」
うーんと困り始めてしまった神様に、パンドラが溜め息を吐きながら言う。
「とにかく簡潔に話せ」
「わかった」
神様は素直に頷いて口を開く。
「まずこの世界に異世界人を召喚する際だけれど、召喚される異世界人にはある特徴がある。それは「普通じゃない」という特徴だ。人より料理が好きだったり、人より猫が好きだったり、人より本が好きだったり。それだけで充分に普通の外と判断される」
「え、待ってアイアム普通」
「ほんの少し他と違うだけでも召喚されるからそこは仕方ない。ささくれくらいの差でも召喚されるからね」
「特別判定がザル!」
ささくれ程度の差でも普通じゃない扱いで勇者認定されて召喚されんの!?んなもん世界中の人間が召喚されるわ!つまり何だ!?私は召喚という釣り針にささくれが引っ掛かって異世界に釣り上げられたってか!?何魚だ私は!違う私人間!
ああくそ予想外情報に一瞬思考回路がショートしたじゃんかもう!言っちゃえば普段からショートしてるようなもんではあるけど!
「……えーと、それって変わっていれば変わってる程召喚されやすいとかあるの?」
もしそうだったら私が召喚されたのおかしいじゃん。うちのクラスメイト一人残らず変わってるぞ。何なら逆に普通である私が浮いてんじゃないかと思うくらいには皆キャラ濃いぞ。担任なんか本当世紀末でも生き残れるんじゃねえのって感じの筋肉だし。
「それも無くはないけれど、召喚の際の魔法陣の出来や使用した魔力量次第なところがあるからね。少ない魔力量で素晴らしい特性を持つミーヤを引っ張り込めたは良いものの、召喚した者達にミーヤを自分達のところまで引っ張る程の魔力は無かった。それ故に召喚が失敗し、ミーヤはクブリエの森に落ちたんだ」
「戦争準備の為にバーバヤガの王は魔力をケチろうとしたんだろうが、それが致命的だったね」と神様は続けた。
えーと、つまり、あ?……えっと、多分バーバヤガが勇者召喚しようとして、私が引っ掛かって、でも召喚に失敗して、私はあの森で目を覚まして……って事なんだろうか。うん、多分そう。
私がどうにか納得していると、
「そしてミーヤの特性だけれど」
神様は人差し指と中指を立てて言う。
「ミーヤの人と違う特性は二つある」
「え、二つも?」
「そう」
嘘だろ。心当たりが本気で無いぞ。
「ミーヤは心当たりが無いと思っているけれど、それは既にわかっているはずだ。いや、寧ろミーヤ以外の方がわかりやすいのかな。ヒントとして出せるのは嫁の数や、あとはフローラが問題無く満たされているという点だけど」
「わたくし?」
フローラが茶色の細い指で自分を指差すと、神様は「そう」と頷いた。
「けれど、簡潔に言った方が良いだろうからさっさと答えを言ってしまおう」
神様は言う。
「つまりは、愛に関係する特性なのさ」
「ミーヤが持っているのはね」と神様は微笑んだ。
「……愛?」
「凄まじく怪訝そうだけれど、それが真実であり君の本質だよ。全知である余が言うんだから間違いない」
確かに全知だしオブラートすら使えない神様が嘘を吐くとも思えないけど……愛?
「そうだね……普通の人間、否、普通の人間以外も。ありとあらゆる愛を持つ生き物は、基本的に誰かに与える事の出来る愛の量が決まっている。一人につきペットボトル一本と考えるとわかりやすいかな?」
「あ、わかりやすい」
しかもさり気なくイースがペットボトルがわからないだろう皆の為にホワイトボードを出してくれた。説明と一緒に映像もあると凄い助かるね。理解しやすい。
「そしてその愛は、とにかく使用する事が多い。愛する伴侶に。大事な両親や祖父母に。勿論親友に与える愛もあるし、友人達に振りまく愛も必要だ」
神様の話に合わせ、ホワイトボードにはそれぞれ伴侶や父、母と書かれたコップが表示された。そしてペットボトルが動き、そのコップの中にちょびちょびと中身を入れていく。
「人は基本的に、与える愛の量を考える。何故なら己がその愛を与えれば与える程、自分の中から愛が減っていくからだ。生き物というのは自分を愛さないと生きていけないからね。相手からそれと同等、もしくはそれ以上のリターンがないと人は愛を与える事は出来ない。だって与えてばかりいて受け取れなかったら、自分の中身が空っぽになってしまうだろう?」
確かに……。
「けれど、愛というのは難しい。自分が愛を与えるから満たして欲しいと人は考える。そして愛が足りなければ、心が貧しくなる。文字通り足りていないのだから。逆に愛が多過ぎても、器から漏れたその愛は邪魔でしかない」
ホワイトボードには、注ぎ過ぎて中身が零れたコップが表示されていた。ああ、確かに漏れるとコップが持ち難いし、飲み難いし、拭かなくちゃいけなくなる。そうなると邪魔という表現になってしまうのか。
「人の愛は有限だ。そして同時に、沢山の器に注がなくてはならないものでもある。親族に、友人に、ペットに、己に、何なら生活や趣味にだって愛は必要なくらいだ」
た、確かに趣味とかは愛がないと続かないわ!刺繍とかアレ結構根気要るだろうし!愛が無きゃ無理だわそりゃ!
「故に普通は、足りない分を愛以外で満たそうとする。買い物をして擬似的に満たされようとする。沢山食べて腹を満たす事で心を満たそうとする。遊びに行って楽しむ事で満ちた気分になる。そうやって人は、有限の愛をやりくりしながら生きている」
そんな家計みたいな言い方せんでも。確かにやりくりしてる感はめっちゃ伝わったけど。
「しかし、ミーヤ。君は違う。君はその愛の部分が違う。普通の人が500mlのペットボトルだとすれば、ミーヤは涸れる事の無い泉のようなものだ。どれだけ他人に与えようと、尽きる事が無い愛。それがミーヤの二つの内の特性の一つ」
嘘だろ。
「あ、だから花の国の女王はフローラをミーヤ様の嫁にと言ったのでしょうか」
「そういえば似たような事も言ってたな。普通はハーレムを作ると愛が不足し、ハーレム内で争うとか……」
「考えてみると、昔はちょっぴり足りない感じがあったのに、ミーヤのお嫁さんになってからはそういう事も無くなったわ。全然枯れそうに無いっていうか……」
上からハニー、ハイド、フローラの順である。
他の皆も似たり寄ったりな反応してるし……え、納得するの?納得出来るものなの?納得のいくものなの?私いまいち腑に落ちてないよ?いやだってさ、
「それ、おかしくない?」
「おかしいって?」
不思議そうに首を傾げた神様に、私は言う。
「だって、私別に博愛主義者じゃ無いよ。誰にだって愛を与えてるわけじゃない」
「それはそうだろう」
神様はにっこり微笑んだ。
「だって、それこそが二つ目の特性なんだから」
そういえば私には特性が二つあるって言ってたな。
「ミーヤの二つ目の特性は、感情の鏡返し」
「……鏡返し?」
「鏡のように反射するという事さ。悪意には悪意を。敵意には敵意を。好意には好意を。愛には愛を返す。それがミーヤだ」
「もっとも、この特性は元の世界に居た時は殆ど使われていなかったけれど」と神様は続けた。
「使われてなかった、って」
「誰もが皆、無関心だから。必要以上に愛を与えて損をしたくない。必要以上に愛を受け取りたくない。いずれ失うかもしれないのなら、最初から無くて良い。そういう見返りがあるかもわからないものに無駄遣いする気は無い。そんな心に壁のある環境では、そりゃ心に壁を築きながらの接し方になるさ。だって鏡のように反射するんだから」
な、なんか、こっちでは結構仲良い人居るのに元の世界では友人と言えるべき存在が居なかった理由が判明した気がするぞ!?必要以上に踏み込まない現代人ばかりの世界だったからっていうのが真相なの!?やだその真実辛い!
……そうか、こっちの世界で友人と言えるべき人達が沢山出来たのは、心に壁を築いたりせずに接してくれるし、善意だけで会話してくれるからか……。あ、駄目だ何か凄いしっくり来る。
ニーラクス学園の元副学園長に嫌悪しか無かった理由はこれもあるのか。アイツがこっちをめちゃくちゃ利用して使い捨てる気満々の悪意の塊だったからか。うっわ、わかりやすっ……。
「そうだね、この世界で感情を表に出す事の多い者達と接する事で、その特性が実力を発揮し始めたと言えるだろう」
そうか、使い道が無かったから埃を被ってたけど、使うようになったから本領発揮をし始めたと……。
「だからミーヤはハーレムを維持出来るんだ。好意を向ければ反射として同じだけの、否、それにミーヤ自身の想いを足した量の好意を返してくれる。返って来た好意で満たされれば再び今まで以上の愛を渡す事が出来、そしてまた……と、いうような好循環が行われているから」
「私の知らんトコでそんな循環が行われていたとは……」
しかも良い形での雪だるま方式。
「そして余がミーヤの嫁になりたいと思ったのは、余も愛が欲しいからなんだ。だって余は神だから、常に誰かに与えるばかりでね。信仰こそあれど、愛は無い。けれど信仰する者達は皆、余からの愛を欲しがるんだ。愛という名の施しをね」
「あー」
確かに神様相手だとそういう感じだよね。それに望みがあるからこそお賽銭渡しますよ、みたいなトコもあるし。うわあ見返りを求めての愛しかねえ。
「だからミーヤ、お願いだ」
神様は私の手を取り、ぎゅっと握った。
「……余は、君に愛して欲しい」
……多分、今まで私が嫁にしてくれと言われて受け入れた理由は、感情の反射とかいうやつの効果だったんだろう。好意しかないから、私も好意で返すという感じで。
冷静に考えると複数婚が許されているこの世界だったから良いものの、元の世界だったらどっち道アウトだったね。そう考えると無関心な人ばかりで助かったと言うべきなんだろうか。
さておき、今の私にこの手を振り払う選択肢は無い。寧ろ受け入れる気満々だ。
普通ならチート目的で受け入れたりするんだろうけど、正直チートを貰っても使いこなせないのがポンコツな私である。通販機能だっていまいち使いこなせてないくらいだし。
……でも、多分、神様は、私に好意を向けてくれているんだろう。
だってさっきの話からすれば、私は相手からの好意が無ければ好意を抱いたりはしなさそうだ。でも今の神様は可愛く見えるし頭撫でたい。つまりもうほぼ自分の嫁として見てるって事で、それだけの愛をくれているんだろう。
……ただでさえ、人間達に搾取されてるだろうに。
そりゃ神様なら愛の内容量も違うだろうけれど、その分範囲が広い。その愛を私にくれるというのだから、私もそれに答えるべきだろう。
「…………えっと」
視線を向けると、イースが微笑んだ。
「私達は良いわよぉ。別に断る理由も無いしねぇ」
「ただ、一名ちょっとした因縁がありますからね。その一名が良いと言うかどうか次第でしょう」
ハニーの言葉にパンドラを見ると、パンドラは既にいつも通り目を伏せ、笑っていた。
「ミーヤに出会う前から、こうなる事はわかっていたからな。切り捨てられた故に不完全な俺様は今、ミーヤの愛で満たされている。つまり、神相手に喧嘩を売る理由なんて俺様には既に無い。どうせ一つに戻れはしないし、戻る気も無いんだ。なら同じ夫を愛する嫁仲間として接するさ」
そういや、天界に来る前にそんな事言ってたね。和解しても良いとか友好的な姿勢を云々とかって。神様が私の嫁になろうとしてるのはとっくに知ってたのか。
……神様が私の嫁になろうとしてるのはとっくに知ってたのかって文章、頭おかしいなあ。まあいつもの事だから良っか。
「……ん、了解。嫁になる以上は全力で愛するから、よろしくね」
「…………!」
手を握り返しながらそう言うと、神様は始めて、子供のように嬉しそうな笑みを浮かべた。
「ああ……!」
「末永く、愛してくれ」と、輝くような笑顔で神様は言った。
前に活動報告で書きましたが、要するにこの作品のテーマが表向き「愛」なのはこういう事です。




