獣人に続いて花人も言葉が足りてない
エルフの里を出て東に向かい、一時間程経った頃。私達は花の国があるという場所に到着していた。
……いや、パンドラは頼ってないよ。パンドラは頻繁に邪眼使うけど、本人曰くそこまで使いたいわけじゃないっぽいし。
じゃあ何故三日以上掛かるだろう花の国……があるらしい場所に到着しているのかと言えば、理由は簡単。元のドラゴン姿に戻ったロンの背中に乗り、飛んでもらっただけである。
ユニコーンに乗れるのはサイズ的に一人、頑張っても二人が限界だろうし、かといってこの大人数を乗せた馬車を引かせるわけにもいかない。馬車くらいの距離だと臭いのせいでユニコーンもキツいだろうし。
それらを合わせて考えた結果、空を飛ぶ事でユニコーンから距離を取りつつも走るユニコーンについて行ける、そして私達全員を乗せる事も出来るロンにお願いした、というわけである。ロンの空間歪曲があれば風圧も問題無いしね。
そんな感じで移動した末、ユニコーンが立ち止まったのは大きな森の入り口だった。ロンの背中から降り、ロンも擬態姿に戻り、全員でてくてくとユニコーンに近付き、
『あ、こちらの都合なので大変申し訳ないのですが、先程の六名以外はちょっと……それ以上近寄られると厳しいです。せめて私から三歩程、……そう、こちらも頑張りますので、せめて、せめて最低でも三歩分くらいの距離を保っていただけると助かります……!』
……うん、そういやそこまでの反応をするレベルの悪臭に感じるんだったという事を思い出したよ。一時間の空の旅でうっかり忘れてたけど。
一先ず少し距離を取ると、ユニコーンは酷く安心した様子で『ありがとうございます』と息を吐いた。
『では空間を開きますね』
その言葉と共に、ユニコーンの淡く発光している水色の角がハッキリと輝き始めた。ユニコーンがお辞儀をするように頭を動かすと、まるで空間を角で裂いたかのように、空間が開いた。
……角で裂いたっていうか、見えないところにあったチャックが開いて向こう側が見えたかのよう。
『こちらです。距離を一定以上保った上で、私について来て下さい』
するりと開いた空間の中に入って行ったユニコーンに続いてその空間の中に入ると、中は緑に埋め尽くされていた。
「これは……蔦のアーチ?」
『というよりも、目隠しの意味が大きいですね。花人と木人達が人間を見て興味を抱きでもしたら、無断で外に出る者が現れるかもしれません。それらを防止する為の道です』
「成る程、植物は防音効果もあると言う。これなら見た目も狭苦しく無く、迎え入れるような印象を与えやすい。うむ、良い案だな」
煙を吐きながらそう言ったロンに、確かに緑のアーチは庭園とかの入り口みたいなイメージがあるから迎え入れるような印象かも、と頷いた。
多分このアーチ状になってる緑の道は、隔離しているのと同じだろう。人間や他の種族を夢物語のままで維持する為に。けれど緑のアーチの中に時々花が紛れているのを見るに、拒絶したいわけでも無いんだろうね。
『もうすぐです。このアーチの向こうに女王が待ってるはずですよ』
ユニコーンの言葉に、私はふと不安に見舞われる。
「……あの、女王様相手にはこういう作法で挨拶してください的なの、あります?」
今まで会ってきたお偉いさん、そういうの皆無だったんだよね。魔王はアレだし、お稲荷様は寝てたし、海の王は歩み寄ってくれたし、王様は屋台料理でやって来たし。挨拶らしい挨拶をした覚えが無い。
しかし、ユニコーンは『ああいえ、大丈夫だと思います』と言った。
『流石に暴力などに訴えようとしたらアウトでしょうが、普通に話す分には問題ありませんよ。そもそもお付きの方や使用人なども全員下がらせているはずですから、そういう礼儀を考える必要もありません』
「へー……えっ?」
え、今何て?
「女王以外を下がらせてるって、部外者と会うのにそれで良いのか?」
『…………』
ローランの言葉に居心地悪そうにしながら、ユニコーンは無言を返した。その理由に気付いたように、ローランは「ああ、悪い」と歩く速度を落とす。
「俺、惚れた相手以外にも暗殺の為の情報収集とかで男も女も経験あるからな。アンタにゃ臭うか」
『……申し訳ありません』
「いいって別に。それが理由でミーヤに捨てられるならともかく、そうじゃ無いなら俺が何かを気にする理由なんて無いわけだしな」
成る程、だから返事をしなかったのか。そしてさっきからイースが無言を貫いている理由もわかった。
ユニコーンからすると、男女共に経験ある人の臭いは悪臭を通り越した悪臭に感じるらしい。そんな人間が喋ったら、ユニコーンからすれば悪臭が広がるに等しいのだろう。口臭みたいな感じで。
だから反射的に息を止めてしまい、返事が出来なくなってしまう……と。うーん、本気でユニコーン大変。こっちの世界だと同性愛も普通に認められてる分悪臭率高そうだよね。
『……先程の質問ですが、女王自身が下された判断なんですよ。他の者を許可すれば、それ以外の者も興味本位に外の生き物を見ようとするだろう、と。そして少なくともユグドラシルの危機……世界中の植物の危機を前に、仮にも協力を仰ぐ相手である私に手出しをしようとは思うまい、とも』
「それは確かに」
協力を仰いで解決出来る問題かはわからないけど、植物専門の存在ではある。人間にわかりやすく表現するなら専門職の人。日本人的に言うなら餅は餅屋。要するに唯一頼れる相手なのだから、害ある行動はしたくても出来ないだろう、と。
それでも普通はそこまで割り切れないと思うけど……無事に全部が終わった時に、何も起きないようにするのが重要だと思ったんだろう。女王として。
もし花人や木人達が私達と会話して私達に好印象を抱いたら、それが人間に対する印象として固定される。つまり悪い人間も居るという考えが失われる可能性が高い。そしてそんな状態で外に出て悪い人間に捕まれば……最悪、花の国に人間が押し入ってくる可能性もある。
あり得ないと言い切れないのが人間として辛いところだ。バーバヤガ辺りならあり得ちゃうし。だからこそ、女王は一人で会おうとしてるのかな。
『ああ、着きますよ』
そんな事を考えていたら、いつの間にかアーチの終わりが見えていた。アーチをくぐり終えると、そこには花と木と緑で埋め尽くされた空間があった。
……周囲を見渡すに、城の中っぽいね。どうやら花の国はエルフの里とは違って本気で建物が植物で出来ているらしい。成る程、それならアーチをそのまま城の中に繋げれるわけだ。
そして正面。花で飾られた蔦の玉座。その玉座に、女性が座っていた。
緩く波打っている蔦のような緑の髪に、編み込んでいるわけではなく直に咲いているらしい花。そして色鮮やかな花達で作られた花冠を被り、その花冠から垂れている薄い布はまるで花嫁のヴェールのよう。着ているドレスも花をモチーフにしたようなドレスで、花の擬人化かと思う程全身花で彩られている。
……いやまあ、多分花人だろうから花の擬人化でも合ってるんだろうけどね。耳の部分とか完全に花だし。
というか、植物だからだろうか。見える彼女の手は手袋もしていない素手なのに肌色では無く茶色だった。顔は肌色だが手は茶色。しかも指先がとても細い。恐らく彼女達にとって、手とは根……もしくは枝なのだろう。うん、そう考えると納得。
じっと見ていると、女王は黄色の瞳でこっちを見据え、口を開いた。
「よく来たな、外の世界の住人。私はアーシア。見ればわかるだろうが、花の国の女王だ。……で、お前達の名は何だ」
あ、見た目ちょっとメルヘンなのに意外と口調しっかりしてる。しかも声もちょっと低め。
そう思いつつ全員の自己紹介をすると、女王は「そうか、わかった」と頷いた。
「ではユニコーン、下がれ。後は私と彼女達で話す。休め」
『はい、ありがとうございます』
ユニコーンはそう言って頭を下げ、植物で出来た扉から部屋の外へと出て行った。
…………うん、処女以外も居たしね。そしてユニコーンからするとイースとローランはかなりキツかっただろうから本当に申し訳ない。ゆっくり休んで欲しい。
いやまあ、これに関しては私達が悪いわけでは無いと思うんだけど……うん、スメル問題ってそれぞれ違うからあんまり考えない方が良いね。考えてもどうにもならんから切り替えよう。今すべきはユニコーンの心配じゃなくて女王との……何だろう。会話、かな?
「それで」
女王は口を開く。
「お前達も知っての通り、世界中の森を支えているだろうユグドラシルの魔力が枯渇している。何故なのか。どうすれば良いのか。それらに関する情報を手に入れる為、お前達は私の元まで来た……間違い無いな?」
「はい」
頷いて肯定すると、女王も「よし」と頷いた。
「……そして端的に結論を言わせて貰うが、ここで解決策を出すのは無理だ」
「えっ」
「逸るな」
「ここでは無理と言っただけだ」と女王はくすくすと笑った。
……からかわれた?
「ああいや、すまん。気を張る必要が無いのでついふざけてしまった……が、そんな場合でも無いのか。お前達が思っていた以上の速さでここに来たのは時間を無駄にしない為だろうしな。お前達が稼いだ時間を私が無駄にするのも良くない事だ」
うん、と頷き、女王は言う。
「先程言った「ここで解決策を出すのは無理」という言葉の意味だが、正確には「件のユグドラシルに触れぬ事にはわからない」という意味だ」
「触れないと……ですか」
「ああ」
ハニーの言葉に女王は「波長を合わせる必要があるからな」と答えた。
「植物は人の心を読むと言われている。が、正確には触れた対象に同調するというのが正しい。心が読めるわけではなく、ただ察するだけだ。獣人が持つという優れた五感とやらが近いだろうな」
「大体当たるカンって事か」
「そうだ。本物の獣人がそう言うという事は本当に獣人も似たような感覚を持っているんだな。これは良い事を知った……」
「と、言って良いのかは知らんが、まあ良い事としておくか」と女王は呟いた。
……まあ、あんまり私達の事を広めるわけにはいかなさそうだしね。女王の中だけで留められる情報だろう。多分。
「そういう理由で、ユグドラシルに直に触れない限り……女王である私でもそうなった理由などを解明する事は不可能だ」
確かに現物を見ないと何とも言えない、って感じだよね。でも……、
「……あの、女王様?そう言ってはいますけど、その、花の国の外に出れませんよね?」
「出れん事は無い。出る気は無いが」
ほらーーー!無理じゃん!無理なんじゃん!
「だからそう逸るな。人間はせっかちでいかんな。寿命が三百年から千年程の花人と会話するんだ、多少話が長くなっても耐えろ」
「いや今時間無いんですよね!?」
「別にそこまで切羽詰っているわけでもあるまい。ユグドラシルが完全に枯れるまで一年程度の猶予はある」
「え」
そうなの?
「まあ一年経過したら取り返しがつかんレベルで枯れて世界中の植物が終わるだろうがな」
「女王様私の反応見て楽しんでますね!?」
「わかるか」
そりゃそんなに良い笑顔で言ってたらね!
「すまん、花人は冗談を鵜呑みにする事が多く、木人は冗談を受け流す事が多いんだ。まともに反応されるのが楽しくてな。女王の私がこれではいかん。よし、これからは気をつける」
本当にそうして。外の世界との関わりを最小限にしたいって感じの事言ってるのにお茶目なトークをするって矛盾だらけだからね女王様。そりゃまあ珍しいから遊びたいって思うのかもしれないけどさ。
「さて、では話を戻すとして……花人、または木人がユグドラシルまで行かなくてはならんが、この国の外に出る気も、そして出す気も無い。……基本的にはな」
基本的には?
女王は不敵な笑みを浮かべ、私を指差した。
「ミーヤ、お前は周囲に居る者達を従魔兼嫁だと紹介したな」
「はい」
「そうです」と頷くと、女王は「ふむふむ、やはり花占いは当たるな」と嬉しそうに微笑んだ。
「花占い?」
「花人がよくやる占いだ。花の開き方で占う」
あ、花びら毟る方じゃ無いのね。
「そして私はここに来る者がどういう者なのか、というのを占った。勇者のような不思議な能力を所持でもしていれば、私達が外に出る事なくどうにかならないだろうか……という願望が叶うかどうかをな」
かなり他力本願。
「だが、占いの結果はそうでは無いと言っていた。もっと良い結果だった」
「良い結果?」
「そうだ」
女王は言う。
「来る者達の代表は、あの子を……私の妹を任せれる人間だ、とな」
「妹?」
「ああ」
「異端な特性を持った妹だ」と女王は言った。
「その特性故に、あの子は二百年も眠っている。……否、私達で眠らせている。起きていると大変な事になってしまうからな」
「大変な……」
「そう。だが、お前なら。ミーヤならその特性を……そうだな、養う事が出来ると占いの結果は言っていた」
女王は「まあ、要するに、だ」と続ける。
「ミーヤ、私の妹を嫁に貰ってくれ」
よしわかった、花人も獣人と同じで説明が足りてないな?




