ユニコーンの体質大変
声色と目の力強さから察するに、ユニコーンは今言った私とハニーとラミィとアリスとノアとマリン以外が近付いたら本当に身投げをするだろう。
そう判断し、皆にここで待つようにと言ってから私を含めた六人でユニコーンの方へと近付く。
「えっと……助っ人?みたいな感じで来ました、ミーヤと言います」
続けてハニー達の事も紹介すると、ユニコーンは『丁寧に、ありがとうございます』と頭を下げた。
『改めまして、私はユニコーン。個体名が無いので種族名ですが』
やっぱり個体名がある方が珍しいのかな?魔物では無いっぽいけど、でも多分聖獣も属性が違うだけで種族的には似てるだろうしね。
『ところで……』
ユニコーンは少し気まずそうにしながら言う。
『……ミーヤさんの膝を借りても良いでしょうか?』
「…………膝?」
『いえ、ミーヤさんで無くとも構いません。他の五名のどなたでも……あ、いえ、やはり生物的に処女である四名の誰かでお願いします。アリスさんとノアさんは生物とは違うのか、匂いが感じられないので……』
よくわからないけれど、そういえば昔読んだ漫画だかイラストだかではユニコーンが乙女の膝に頭を乗せていた。種族的にそういうのが安心するんだろうか。
「ええっと……」
ユニコーンは処女以外が悪臭に感じるらしい。つまり常にゴミ山、もしくは毒の沼地の中に居るようなものだろう。そう考えると折角の安全地帯だからちょっと休みたいと思っても仕方ない。寧ろ休んでどうぞとさえ思う。
そう思い、私はとりあえずその場に座る。
「……どうぞ?」
『ありがとうございます……!』
歓喜に満ちた声色でそう言い、ユニコーンは私の頬に頬擦りしてから足を折り曲げ、その頭を私の膝に預けた。
『ああ……フローラル……!』
フローラルて。
ハニー達もそれぞれ近くに腰を落ち着けたのを見てから、私はユニコーンに問い掛ける。
「……ユニコーンって、そんなにもえーっと……処女以外が悪臭に感じるんですか?」
『感じます』
即答だった。
『私としても生き難いのでどうにかしたいのですが、これは種族的な体質ですから。犬が己の鼻の良さに苦しんでいるようなものです。どうにかしたいと思っても、どうにか出来るものではありません』
「確かに」
感覚的にはマムシが自分の毒で常に具合悪い、みたいな感じなのかな。うん、例えが我ながら意味不明。最近気付いてきたけど私の例えって理解し難いね。
「気になったのですが、処女では無い方が相手だとどのくらいの悪臭に感じるのですか?」
「うん、妾も気になる。妾とノアは確かに氷水晶と人形だから生物とは違うけど、そんなに匂いが変わるもの?」
ハニーとアリスの問いに、ユニコーンは私の膝に頭を完全に預けた状態で『変わりますよ』と答えた。
『ユニコーンにとって、処女はとても良い香りに感じます。華やかで瑞々しく、しかし心地良いフローラルさ。生物とは違う為処女も何も無いような方の場合は無臭に。そして非処女の場合は……』
ユニコーンは少し考えてから『……そうですね』と続ける。
『ドブに肉食獣の糞とヘドロと腐敗した生ゴミと夏場に十日以上放置した死体、そして嘔吐物を混ぜた上でぶちまけたような悪臭がします』
「地獄より地獄!?」
動物とかの命を大事にしないと落ちるらしい地獄でも銅と尿と糞を混ぜた何とかかんとかって感じだったはず!いやまあユニコーンが今言ったのは多分このくらいっていう例えなんだろうけど、それにしたって悪臭通り越した何かだよねソレ!?
『今のはあくまで例えですが……私からすると、本当にそれ程の悪臭に感じてしまうんですよ。その上男も……性に目覚めていない少年なら少し臭うな、という程度なのですが……』
少し口篭ってから、ユニコーンは言う。
『……経験は無くても性に目覚めた男は、私からすると吐きそうな臭いに感じます。女性との経験がある男は非処女と同等の悪臭に。女性とも男性とも経験を持っている男の場合など、先程言った悪臭を五倍に濃くしたような悪臭です』
「ひえっ……」
思わず悲鳴が漏れてしまう。いや、だって、それ相当な悪臭どころか脳がそれを感知した瞬間に強制シャットダウンで気絶するんじゃないか級だと思う。寧ろ強制シャットダウンで済むならマシってレベルだ。心臓が弱い人だったら心拍数がシャットダウンの末に永眠しかねん。
『ですから本当に、本当に処女であるミーヤさん達が来てくださって助かりました。ユグドラシルの件は私としても何とかしたいと思っていましたから。それは事実なんです』
『ただこの体質のせいで協力するに出来なかっただけで……』と呟くユニコーンさんに、私は「いやそれは仕方ないと思います」と返してユニコーンさんの頭を撫でる。
「うん!自分もそんな悪臭感じたら即座に逃げると思う!だから寧ろ凄い!ちゃんと頑張ってる!自分耐えれる自信無いよ!」
「……ラミィ……も……。……そんな臭い、感じたら……多分、関わるの、すら……嫌……。ユニコーン……頑張ってる……」
『ありがとうございます……!』
マリンとラミィの言葉に、ユニコーンは嬉しそうにそう返した。
『……種族的な体質のせいという事もあって、他の種族には中々この体質に関しての事情を理解してもらえない事が多いんです。好き嫌いだろう、と言われる事も多々ありますから。……本当に、ありがとうございます』
「いや、そんな。私達の場合は仲間の殆どが他種族ですから。だから他の人よりもちょっと、種族の違いによる差の大きさを知ってるってだけですよ」
『それが私からすると、とてもありがたいんですよ』
そう言ってから、ユニコーンは『あ、出来れば角の付け根も掻いてください』と撫でる位置を指定してきた。
ああ、はいはい、確かに蹄だと掻きたいトコも掻けないもんね。こっちとしてもユニコーンの角の付け根を掻く機会なんて無いだろうからありがたく掻いておく。ご利益あるかな。何のご利益かは知らんけど。
「それで、ユグドラシルの件ですが」
『はい、そうでしたね』
ハニーの言葉に、ユニコーンは緩んでいた目元を引き締めた。
『花人や木人と呼ばれている方達が暮らしている場所は、既に聞いたかと思いますが厳重に秘匿されています。なにせ勇者の施した結界ですから』
「ちなみにどのくらいの厳重さ?」
マリンの素朴な疑問に、ユニコーンは答える。
『ちょっと次元をずらす事によって花人達に許可されない限り絶対に行けないくらい、ですね』
「待ってちょっと理解が及ばない」
次元ってどういう事なの。
『エルフなどの魔力に聡い方ならわかるのですが……そうですね、人間にわかるように説明しますと……人間に見えるのは一階の光景であり、花人達は二階に居る、というような感じでしょうか。要するに座標をずらす事によってそこにあるのに無いという状態にしていると……』
『……大丈夫ですか?』と、ユニコーンは頭を上げて私の顔を覗き込んだ。
「……ダイジョブ。タブン」
『大丈夫じゃありませんね』
いや、うん、顔色が真っ青になってる自覚はある。誠に申し訳ない。でも座標って聞くと数学のお時間を思い出すんでありますよ。点が動くとか動かんとか意味わからん。アルファベットに登場されるとより一層私の脳は拒絶反応を強くする。
……や、えっと、うん、まだ大丈夫よ?多分大丈夫。一階とか二階っていう例えも出してくれたお陰でわかるような気がしないでもないし。
「……よ、要するに、認識出来ないだけで二階建てになってる、って感じ?人間は一階部分しか認識出来ないし一階部分にしか入れないけど、ユニコーンには二階が見えるし二階までの階段もわかる、みたいな?」
『そうですね、そういう考えで良いかと。二階建てでわかり難いのでしたら一階と地下室、という感覚でも良いですよ』
あ、外から目視出来ない分そっちの方がわかりやすいかも。
まあ、うん、つまりは認識阻害系のうんたらかんたらみたいなアレなんだろう。多分。無理に理解しようとして脳内がオーバーヒートするよりは適当な辺りで着地しておこう。元々私ポンコツだしね。
『では話を戻しますが』
「あ、はい」
ユニコーンは浮かしていた頭を再び私の膝の上に置き、説明を再開する。
『そんな風に、人間達の探究心や欲望から逃れる為に秘匿された種族です。なので彼ら彼女らの許可無くして花の国に入る事は出来ません。ユニコーンが入れるのは、偏にユニコーンの体質的に人間と共存する事が出来ないからに他ありません』
『まあ強いて言うなら、ユグドラシルの根元の泉から泉へと転々とする習性があるから、という理由も含まれるのでしょうが』とユニコーンは続けた。
『ユニコーンは転々と移動する。それは即ち、外の情報に詳しいという事です。外の世界から切り離された空間で生きている彼ら彼女らからすれば、ユニコーンの話無くして外の世界を知る事は出来ません』
「あれ?でもユニコーンは処女の傍にしか……つまり男も非処女も沢山居る人里には近付けないんだよね?それでも情報は入ってくるの?」
『いいえ、当然のように人里に関しては詳しくありません』
『……ですが』とユニコーンは言う。
『詳しく無いからこそ、良いのです。人間という種族に関してを下手に語ると、外の世界に行きたがる者が出ますから。ならば最初から耳に入れなければ、興味も嫌悪も芽生えません』
「成る程……」
確かに、と私は頷く。
多分これは日本から見た他国みたいなものだ。話題に上がる国は知っている。何故なら話題に出るから。マイナーでも漫画とかで知って調べる事はある。でも何故調べるのかといえば、何も知らないからだ。国の名前を知ったから、そんな国もあるんだと調べる。そういうものだ。
でも、最初から知らなかったら?
最初から知らなければ、それは無いに等しい。だって存在を知らないんだから。良いも悪いも無く、知らない。成る程確かにそれなら興味が湧く事も嫌悪感を覚える事も無いだろう。だって知らないんだから。
『勿論花人や木人を作ったのが人間である事も、そしてそんな人間から守る為に少し違う空間に住んでいる事も知っていますから、まったく知らないという事ではありませんが……でもやはり、おとぎ話のような扱いですね』
「だろうね!自分も人間には近付くなって言われてたからわかる!人間が温かいって始めて知った時はビックリしたし!」
マリンの言葉に、そういえば人魚達って人間との接触禁止ってルールがあったんだっけと思い出した。
んー、まあ私から見た異世界みたいなもんだよね。獣人とかドワーフとかエルフとか。日本では物語の中にしか居なかったから、それこそ夢物語のファンタジー扱いだ。こっちではその辺にごろごろ実在してるからそんな事も無いんだけどね。
「……少し気になったんだけど、良いかな?」
手を上げてそう言ったノアに、ユニコーンが『はい、どうぞ』と返した。
「ユニコーンは処女にしか近付けないんだよね?でも話を聞いていると、その花人達とは良い関係を築けているようだ。……けれど、花や木なら受粉して子孫を作るだろう?それは大丈夫なのかい?」
『……確かに、花人も木人も子を作ります。花の特徴が強い花人は数百年で枯れますし、木の特徴が強い木人は数千年生きる者も居るとはいえ、やはり枯れますから』
あ、種族名がハッキリしてないから花人とか木人って呼んでると思ってたけど違いあるんだ。
『ですが、花人と木人はかなり植物に近い種族なんです。受粉し実を付け子が生まれる……人間も植物も同じような作りですが、しかしユニコーンにとって花の香りは大丈夫なように、花人や木人の香りも大丈夫なのですよ』
『ただ、残念な事に処女の香りというよりは植物の香りにしか感じませんが』とユニコーンは言った。
……花のようなフローラルさってさっき言ってたけど、違いあるんだね。
まあでもアリスとノアが生物とは違うから無臭に感じるっていうのと同じ様に、花人達も植物としての特性が強いんだろう。確かにアリスとノアは生物っていうよりも物質的な感じだしね。うん、大丈夫。この辺は理解出来る。ファンタジー系なら得意分野だ。
「……ん、あれ?花人達が居る……花の国?って、人間が入れないようになってるんですよね?」
『そうですよ』
「それ、私が行って大丈夫なんですか?」
私思いっきり人間なんだけど。
『人間でもエルフでも獣人でも、花人達からすれば皆等しく外の世界の者ですよ』
「いやまあそうでしょうけど」
日本人から見ればアメリカ人も中国人もオランダ人もアフリカ人も皆外人みたいなもんだからとてもよくわかるけども。
「でもそれなら尚更」
『大丈夫です』
ユニコーンは言う。
『花人も木人も、植物に近い。つまりはユグドラシルの恩恵で生きている種族と言っても過言ではありません』
「あ……」
そうか、そうだった。ユグドラシルは森の生命線のような存在なんだった。そして今私達のすぐ近くにある山のようなユグドラシルに何かあれば、世界中の森が枯れるかもしれない。それはつまり植物が滅びるという事で、同時に殆ど植物のような種族の花人と木人が滅んでもおかしくはない。
『植物が消えても、人類や他の種族は苦しみながらでも生きる事は可能でしょう。しかし彼ら、彼女らは違う。何せ殆ど植物に等しい種族、ユグドラシルが枯れると同時に滅びる可能性は限りなく高い』
「……そうですね。植物が滅べば私のような虫達もゆっくりと滅び、そこから生態系は崩れるでしょう。ですが滅びるまで、多少の猶予はあるはずです。……しかし、花人達の場合はそうではない、と」
『そういう事です』
ハニーの言葉に頷き、ユニコーンは『だからこそ、花の国の女王も今回だけは特例と決めたんです』と言った。
……女王様が治めてるんだ。
『花人や木人は外に出ません。出れなくはありませんが、もし外に出て万が一があってはいけませんから。しかし私が女王の代理をするよりも直接話した方が良い。その結果、私が案内役となり、関係者の誰かを連れてくる事になりました。ユグドラシルの根元の泉から生まれる私達にとっても、今回の件は無関係ではありませんからね』
「え、この泉から生まれるんですか?」
『私が生まれたのは別のユグドラシルの根元の泉ですが、ユニコーンは皆そうやって生まれますよ。この体質では性行為で繁殖するなど不可能ですから』
まあ確かに。反論の余地が無い程に正論だ。子作りの為に性行為なんてしたら死にかねない。
『ですが』とユニコーンは少し気まずそうな声色になる。
『その体質的に、私は処女で無い方には近付けません。こちらの事情を説明する時すら思わず舌を噛み切りそうになるのを耐えていたくらいですから。処女が一人でも居てくれるならともかく、非処女と男しか居ない状況で案内なんてとてもとても』
「……凄い悪臭……に、感じる、なら……仕方ない……」
ラミィの言葉に私を含めた五人がうんうんと頷いた。自殺も辞さないレベルの悪臭じゃあ……ねえ?
『……ですが、ミーヤさん達が居てくれるなら大丈夫です。正直に言いましてあちらの褐色の方などはユニコーンにとって天敵かと思う程の臭いですが、距離さえ取ってくれれば問題ありませんし』
……イースの事かな。確かに女性経験も男性経験も豊富な淫魔だからユニコーンからしたらとんでもない悪臭に感じちゃうのかも。私からするとイースはバラみたいに良い香りなんだけどね。
そう思っていると、『さて』とユニコーンは私の膝から頭を上げて立ち上がった。
『ミーヤさんの膝枕のお陰で今にも死ぬか自殺するかというような気分の悪さも治りました。これなら出発出来そうです』
「え、そこまで具合悪かったんですか?」
『正直一分に十回程自殺を考えるくらいには。ですが花の国の女王が私の角に掛けてくれた魔法が無くては交渉人が花の国に入る事が出来ませんからね。必死で耐えていましたよ』
『もしここまで我慢していたというのに非処女を連れてきたら角で突いて殺した後に自殺しよう、と思うくらいには思いつめていましたが』と続けたユニコーンに、そんな事を考えてしまうレベルで具合悪かったんだ、と驚いた。
いやだって、全然顔に出てなかったからね。馬だから顔に出てないように見えるだけかもしれんけど。
『あちらの方々も魔法でこちらの会話を聞いていたようですから事情説明は不要でしょうし……早速花の国に向かいましょうか。急がなくては間に合わないかもしれませんし』
「そんなに遠いの?」
アリスの問いに、ユニコーンは『はい』と頷いた。
『私が全速力で走れば三十分で着きますが、ここから花の国まで人間の徒歩では速くて三日、遅くて一週間は掛かるでしょう』
私はユニコーンの全速力の速さに驚けば良いのだろうか。




