エルフの里
ギルベルトにエルフの里の問題解決に協力すると言ってから一時間も経っていない現在、私達はエルフの里に突っ立っていた。
どういう事かと言えば、エルフが身に着けているアクセサリーの一つに移動魔法の術式が刻まれている物があり、そしてそれで移動した、というだけの話なんだけど。急を要するから一刻も早く行った方が良いだろう、という事で即行でギルベルトと共にエルフの里まで来たのである。
ちなみに王の剣メンバーはお留守番。
エルフの友人の証を持ってないとエルフの里に掛けられている魔法によって弾かれちゃうから、持っていない人と一緒に移動魔法を使用すると最悪時間とか空間とかの意味不明な空間に飲み込まれる可能性があるんだとか。とても怖い。
ならエルフの友人の証を持っている私はともかく、私の従魔兼嫁である皆は?とも思ったけど、そっちは大丈夫らしい。何でも従魔契約によって私と魔力が繋がっているからとか言っていた。難しかったので聞き流した。ごめん。でもそういう原理とか苦手なんだよ私。
ああ、それと現在エルフの里で突っ立っている理由だけど、
「では、ミーヤ達はここでちょっと待っててくれ。親に説明して来るから」
と言ってギルベルトが目の前にある大きめのお家に入ってっちゃったからである。待っててって言われたら待つしかないよね。下手に動いてエルフからの心象悪くしたくないし。
でもそれはそれとして暇なのは事実なので周囲を見渡す、が、
「……エルフの里、かなり植物植物してるっていうか……」
「全体的に緑だな」
コンの言葉に「だね」と頷く。
エルフの里だから森の中なんだろうなとは思っていたけど、予想以上に森だった。私の想像では森の中に人間が住むような家があるんだろうなと思ってたんだけど……家、完全に蔦。
いやまあギルベルトが家の中に入る時にチラっと見えた内装からすると、多分普通の家があったんだろう。ただ長い年月と共に外側の壁や屋根を植物の蔦が完全に覆ってしまい、まるで蔦で出来た家みたいになってしまっているだけで。
「ただでさえ隠蔽や認識阻害系の魔法でエルフの里は外からじゃ見えないようになってる上、エルフの友人の証が無かったら弾かれる仕様。……そして更に蔦によって森と同化しちゃってるからぁ、引き篭もられて気配を消されたら殆ど存在に気付けなさそうねぇ」
「確かに。コレ人間だったら数百年前に人里だったのかな?って思いそう。まあ僕死んでるお陰で魂を目視出来るから気配とか関係無く認識出来るけど」
イースとアレクの会話に対し、確かに人間からするとスルー対象だろうなと同意した。明らかに放置された場所って感じだもんね。まあ普通に長年生きる種族の方々だし、植物に近しいっていう種族的特性の結果こうなったんだろうけど。
そう思いながら周囲をぐるりと見渡してから、私は頭上を見上げる。
「……ギルベルトは一際大きいユグドラシルだとか何とか言ってたけどさ、もうコレ山だよね」
直射日光を遮っている茶色と緑色を見上げながらそう言った私に、ロンは煙を吐き出すと共に「それだけ魔力量が強いという事だろうな」と言った。
「水の音が向こうの方からするという事は、根元は多少歩いた先にあるのだろう。しかし幹がここから目視可能な上に、儂達の頭上を覆う程長く広く伸びた枝……」
ロンはキセルを咥えながら、「……ふむ、世界中の森が滅ぶやも知れんというのもあながち有り得ん話では無いな」と目を細めた。
「……でも……充分、立派……。……どこが……枯れ掛け……?」
「確かに」
山と錯覚しそうな程の迫力がある大木だ。正直言って世界遺産級だろうとさえ思う。それだけの迫力があるこのユグドラシルのどこが枯れ掛けなんだろう。
そう思ってラミィの言葉に同意を示すと、周囲から声が聞こえた。
「おい、話し掛けるチャンスだぞ。エルフの友人なんて始めて見たんだから今こそ話し掛けろ!」
「無理だろうっかり心無い事が口から滑り落ちたら何百年立ち直れなくなるか」
「わかる。つい皮肉が口から零れるからな」
「でもこんなチャンスはもう無いかもしれないわよ?少なくとも百年はエルフの友人なんて来てないもの」
「ホラ、父さん頑張って!私父さんの後ろに引っ付いて行くから!」
「娘よ父が驚く程強かだな。しかしすまん父さん昔仲良くなりたいと思っていた人間に皮肉を言ってしまって仲が拗れた過去があるから無理なんだ」
「勇気出して!」
「やあと話し掛けてから、もっと青々としていて力強く茂っていてユグドラシルが風に揺れる度に魔力に満ちた葉が舞い落ちて地面に魔力が満ちて、というのが本来のこのユグドラシルなんだ……と言えば良いだけ!だが!何故この口は人間相手だとつっけんどんな言い方に!」
「相手はエルフの友人だから私達も比較的素直に会話出来るんじゃないかしらとは思うけど……私達、エルフの里に引き篭もってるようなものだから、本気で他種族との会話が無いのよね」
「ギルベルトはかなり心を許しているようだったから心を許しても良い人間である事に違い無いだろうし、こちらの都合で待たせているのだから会話なりして相手をするのが礼儀だろうが……」
「無理だよ。ギルベルトは今は人里で人間と暮らしてるんだろ?それもパーティまで組んで。人間慣れしてるギルベルトと人間慣れしてない僕らじゃ……」
「……話したいが、満足に話せるかどうか、だな」
「いっそ筆談で行くか?」
「外に出る気皆無だったせいでツィツィートガル語は読めても書けん」
「聞き取りは出来るんだけど……」
……うん、めっちゃ視線を感じるなとは思ってたよ。気配も凄いあるなーとも思ってた。思ってた以上にこっちの様子窺ってる人多かったけどね。
まあ感覚的に言えば辺境の村に急に異人が来たようなものだろうから、そういう感じになるのも仕方ない……のかな。
そう思っていると、目の前の大きい家の扉が開いてギルベルトともう一人、長い金髪をポニーテールにしているギルベルトとよく似た顔の男性が出てきた。
……いや、よく見るとギルベルトと似てるけど微妙に違うね。眉間に皺が寄ってる。
その眉間に皺を寄せた男性は私達の前まで来て、
「私達で解決すべき事だというのに、巻き込んでしまった。大変申し訳ない」
と深々と頭を下げた。
「……あ、いえ、でも私達も生きてる以上無関係というわけではないので、はい、お気に為さらず」
「いや、気にする」
即答で断言し、頭を上げた男性は尚も眉間に皺を寄せたまま続ける。
「事実それが条件だとはいえ、ギルベルトがまだ二十代にもなっていない娘に配慮の足りない言葉を……どころか、答えさせてしまうなど。そのような辱めを味わわせた上で私達は君に協力を要請しようとしている。一体何とこの非礼を詫びれば良いものか……!」
あ、あー……まあ確かに人によっては殴られるじゃすまん出来事だよね。王の剣メンバーしか居ない場所だったとはいえ公衆の面前なわけだし。言われた側も下手したら変なトラウマが出来かねなかった。
「ギルベルト!お前も謝れ!」
「いや、だが、蹴られて一応その辺りは不問という事に」
「他の者が手をあげたところに追撃出来るはずが無いだろう!大体そんな事は関係無く頭を下げて謝罪するくらいはしろ!場合によっては追放されてもおかしくない蛮行なのだ、せめてきちんと誠意を示せ!」
おっといかん思い返してたら私が無言を返したと認識されちゃったらしい。
正直言って初めて仲間になったのが淫魔のイースだし、魔王国に行ってからツィツィートガルに戻って来るまで色々あったわけで、まあ要するに羞恥心が大分死んでるから特にその辺を明言する事には大して精神的ダメージを負ったりはしてないんだよね。魔物って結構性欲よりも繁殖優先って感じだからその辺に対する羞恥心ずれてたりするわけだし。
そんなわけでマジで気にしてないし、あまり謝罪を繰り返されても困る。そんなに凄い事だったのかって意識しちゃうというか。だから本当に気にしなくて良い、というような事を、
「そういえばギルベルトはミーヤに対して処女かと聞いた直後にアーウェルから腹を蹴られていたな。結果うやむやになったが、まだギルベルトからの謝罪を聞いた記憶が無い」
言う前にパンドラが謝罪を加速させるような発言をしてしまった。ポニテエルフさんの顔色が一気に真っ青に変化し、思わずといったようにその右手が隣に居たギルベルトの頭をスパァンと叩く。
「……今すぐ!今すぐに謝罪しろ!」
さっきギルベルトの頭を叩いたのは無意識だったのか、ポニテエルフさんは表情を怒りに染めてギルベルトの頭を鷲掴んで無理矢理にでも下げさせようとし始めた。
「頭を下げろ腰を曲げろ!私はお前をそんな礼儀知らずに育てた覚えは……否、それ以前の問題だ!相手にとんでもない質問を投げ掛けたまでなら私の教育が足りず礼儀知らずになってしまったと言えるが、謝罪すら無いだと!?五十代未満の子でも出来る事が何故出来ん!」
「いだだだだだ首折れる折れる折れる!」
「首ではなく腰を折れ!」
「いやあの、本当に気にしてませんから!」
このままでは本当にギルベルトの首が……まあ、流石に折れはしないと思うけど。でも首を痛める可能性があったので慌ててポニテエルフさんを止めに入る。
「ほら、えっと、非常時なわけですし!困ってる様子のギルベルトに何かあったのかって聞いたのは私なわけですし!それにギルベルトはまだ未成年で成人まで十一年もあるから殆ど子供みたいなものですし!んでもって私は成人済みだから、えっと、本当気にしてないしユグドラシルの件が急を要するならこの辺はもう掘り返さずに話を進めましょう!ね!?」
「アーウェルが思いっきり蹴ってたから充分な対価は支払ってるに等しいわけでございますし!」と本当に気にしてないし怒ってもないし根に持ってもないよというのを示すと、ポニテエルフさんは「……当人がそこまで言うのなら……」とギルベルトを解放してくれた。
あー良かった、収まってくれて。ちょっとビックリしちゃったよね。何かもう人外のデリカシー皆無さに慣れちゃってたもんだから。だってかなり王様らしい性格の海の王ですらまあまあの話題出して来た事あったからね。
それに比べれば必要な事だからって処女かどうかを聞かれるくらい……くらい……では無い気もするけど、うん、羞恥心死んでるから気にする程の事でも無い。私からするとそんな感じだ。
……いやまあ、ポニテエルフさんの感性こそがスタンダードだろうとは思うけどね。よそはよそうちはうち、だ。
さておき、ギルベルトを解放したポニテエルフさんは「ゴホン」と咳払いをしてから、改めて頭を下げた。
「非礼を詫びようとするあまり、私の自己紹介が遅れてしまった。謝罪よりも先にすべき事だったというのに、申し訳ない」
凄く丁寧な人だなあと思いながら「いえ、お気に為さらず」と返すと、ポニテエルフさんは「気遣い、感謝する」と言って頭を上げた。
「私はそこのギルベルトの父であり、このエルフの里を治める長。そして君……ミーヤにエルフの友人の証を渡したメリードの息子だ。名をアルンと言う」
「えっ」
ポニテエルフさん改め、アルンさんの言葉に私は言葉を失った。マジか。ギルベルトの兄ですって言われても違和感抱かないだろうなっていう若い見た目なのにお父さんなのか。しかもメリーじいさんの息子て。
……えっ、ギルベルトってメリーじいさんの孫なの?え?というか長?え?
そんな風に困惑しながらも、私はギルベルトの方に視線を向ける。というか他の皆もギルベルトの方に視線を向けていた。当然だ。だって私は言葉を失ったんだから。つまりさっきの「えっ」という声は私の声では無い。
先程声を上げたのは、ギルベルトだった。
「……何故不思議そうにしている?ギルベルト」
「あ、いや、何でも無い」
「…………まさかとは思うが、エルフの友人である事はエルフとして察する事が出来たが、表示されているエルフの古語が読めず、祖父がエルフの友人と認めた存在であるという事を知らなかった……というわけではないだろうな……?」
眉間の皺をより深く刻み、冷たい視線をギルベルトに浴びせるアルンさん。そしてそんな視線に晒されたギルベルトは、無言のまま冷や汗を流しつつ目を逸らした。
「……よくわかった。お前は弓の訓練ばかりをしていて勉強が疎かになっていたからな。これからは定期連絡の手紙と共にエルフの古語をどれだけ学んだかのチェックも行おう」
「古語なんて使う奴も居ないから覚える必要なんて」
「私の父でありお前の祖父であるメリードが実際に使っているが」
アルンさんのごもっともな発言にギルベルトが「うぐっ」と言葉を詰まらせた。
「そもそも本来は成人してから人里に出る。それまでにエルフ語とエルフの古語、そして他国の言語を覚えるものだが……お前は特例だったからな。しかし幸いにもお前が所属している王の剣にはダークエルフも居るのだろう?エルフ語とダークエルフ語では微妙に文字が違う事もあるが、古語は同一だ。教わりなさい。そして教わった結果を手紙で書いて送るように」
「いやアンナはしばらくミーヤの土産を研究するのに忙しいと……」
「古語はエルフの用いる魔法にも深く関係している。魔法を自由自在に操れるようになりたいのならエルフ語とツィツィートガル語だけで満足せず、古語もきちんと学びなさい」
「はい……」
親子っていうか最早先生と生徒って感じだね。
しおしおと小さくなったギルベルトから視線をこちらへと戻し、アルンさんは「見苦しいものばかりお見せしてしまって、誠に申し訳ない」と再び謝罪した。
「そして重ねて申し訳ないのだが、早速ユニコーンに会ってもらっても良いだろうか。ユグドラシルは繊細な樹であるが故に、いつ何が起こるかわからない。可能な限り急ぎたい」
「はい、私達もその為に来たわけですし。お願いします」
頭を下げると、アルンさんは「ああ」と頷いた。
「ユニコーンはユグドラシルの根元にある泉で休んでいるから、案内しよう。こっちだ」
アルンさんと、アルンさんに「お前も来なさい」と言われたギルベルト、そして私達でユグドラシルの根元まで移動する。
移動するまでの間にアルンさんに「エルフ達が隠れながらじろじろと見てしまったようで申し訳ない」と謝罪されたので、「いえ、こっちに皮肉を言ってしまわないように気遣っての事みたいだったので全然。寧ろ気遣いありがとうございますって伝えてもらえますか?」と返しておいた。実際聞こえた会話からすると気遣いの結果ああなったっぽいしね。すると、アルンさんに「……すまない。ありがとう」と言われた。
……アルンさん、謝罪癖でもあるのかな。眉間に皺が刻まれちゃってる事から考えるに苦労人なのだろうか。長ってのもあって苦労してそうだよね、真面目っぽいし。
「ああ、あそこだ」
アルンさんの言葉にぼんやりと考え込んでいた意識を現実に戻すと、目の前に大木があった。ビルぐらいはあるだろう太さの大木だ。そしてその手前に学校のプールくらいはあるだろう綺麗な泉。
その泉のすぐ近くに、居た。
泉の反射でキラキラと眩しく輝き、銀色と錯覚しそうな程美しい白い毛の馬。そして同じく長くて白い睫毛に縁取られた、静けさのある深い青色の瞳。そしてユニコーンをユニコーンたらしめる、淡い水色に発光している螺旋状の長い角。
背景であるユグドラシルとその根元の泉も合わさって、酷く幻想的な光景だった。
「おおー……」
思わず出てしまった声に、ユニコーンの耳がピクリと動いた。そしてユニコーンはゆっくりとこちらに振り向き、立ち上がった。
『……ああ、良かった。きちんと処女を連れて来てくれたんですね。非常時とはいえ処女では無い存在を処女だと言い張って連れてこられたらどうしようかと思っていましたが……本当に良かった』
どうやらユニコーンはテレパシーで会話するタイプらしい。中性的な……どちらかというと女性的にも感じる声が脳内に響いた。
まずは挨拶をしなければ、と私が一歩ユニコーンに近付くと、ユニコーンは鋭い声色で『待ってください』と引くように一歩下がって言った。
『大変申し訳ありませんが、今一歩を踏み出した人間の少女。それと多腕の少女と、蛇の下半身の女性と、鱗の足の少女。あと……そうですね、生き物とは違うのか無臭に感じるツララのような足の女性と人形の子供。私に近付くのであれば、以上の六名のみでお願いします』
『それ以外の方があと二歩でも私に近付いたら』と、ユニコーンは覚悟を決めたような色を瞳に映しながら言う。
『私は泉に身投げします』
……そ、そんなに酷い臭いに感じるの?




