思ったより大変そうな話だね
アーウェルに見事な蹴りを入れられたギルベルトは「おえ……っ」と嘔吐いて這い蹲った。
「……アーウェル、お前、蹴り……今、手加減無かったな……?」
「当たり前だ!言っておくが自分の顔が良い事に感謝しておけよ!?流石にその綺麗な顔に蹴り入れるのはまずいだろうと思っての腹蹴りだからな!?」
「まず蹴るな……っ!」
「いや女性に対してデリカシー皆無な質問した以上は仲間兼友人として蹴る!」
……何か、凄い質問をされはしたけど、アーウェルの反応が速過ぎたせいで驚くタイミング見失っちゃったなー……。
困惑のままに少し頭を掻いてから、私は二人に向かって「えーと」と声を掛ける。
「とりあえず、まあ今のは必要不可欠な質問だったんだろうと判断するけど……」
「ミーヤは優し過ぎる!」
アーウェルが私の方に振り向いて「失礼極まりない質問だったのに許すのか!?」と叫んだ。その言葉に今まで静観していたオルコットがうんうんと頷く。
「まァ確かに、今のは無ェよなァ。いきなり生娘かどうかを聞くってのはよォ。それも女相手に」
「あの、アボットさん?いきなり耳を塞がれたせいで私からするとお兄ちゃんが急にギルベルトさんを蹴ったようにしか見えなかったんですけど、一体何が……?」
「うーん、リーンちゃんは頭が良いから理解出来るだろうけどまだ子供なのも事実だから聞かない方が良いよ。はい耳栓」
「はあ……?」
そうだリーンちゃん居たんだった。咄嗟にリーンちゃんの耳を塞いでくれたアボットナイス。今まで性犯罪系の前科ありの奴って認識だったけど子供を気遣う事が出来る常識人って認識に脳内辞書を書き換えとくね。
ハテナマークを浮かべながらも、リーンちゃんはアボットに差し出された耳栓を素直に受け取って耳に詰めていた。うん、これなら気にせず話しても大丈夫かな。
「えーと、とりあえずさっきの突然過ぎる質問はアーウェルが蹴り入れてくれたから無効って事にして……処女かどうかがギルベルトの実家で起きてる面倒事を解決する為の条件なの?」
「せ、正確には面倒事を解決する手段までの案内役……に案内してもらう為の条件、だ……」
「いたた……」と小さくぼやきながら、ギルベルトは蹴られた腹をさすって起き上がった。
「……一体どういう理由があればそんな条件が出るんだ?」
「案内役がそういう特殊な性癖でも患ってるの?」
デリックさんとロロさん夫婦のそのもっともな言葉に、ギルベルトは「違う!」と否定した。
「特殊な性癖では無く、特殊な体質なんだ。ただそのせいで実家の方も困っているというか……」
もごもごと言葉を濁すギルベルトに、
「何か困っていて、そして誰かの協力を得たいならきちんと情報を開示すべきだ。あまりに重大な事情なら言いたくないと思うのも無理は無いが、しかし重大ならばより一層開示してもらわなくては困る」
「重大なのに不透明では、協力しようにも出来ないからね」と言ったノアの正論に、ギルベルトは「……それもそうだな」と深い溜め息を吐いた。
「……今、実家……つまりエルフの里の事なんだが、ちょっとまずい事になっているらしい」
「まずい事?」
首を傾げたニコラスさんにギルベルトは「ああ」と頷き、
「このままだと世界中の森が滅ぶ」
端的にそう断言した。
「……ほわっつ?」
「あー……エルフの集落付近には必ずある、森の根とも言われているユグドラシルという樹があってな。それに関しては知ってるか?」
あ、ユグドラシルならメリーじいさんに聞いた事があるから知ってる。
そう思って私は頷いたが、頷いたのは一部だけだった。他の人達は首を横に振っている。
「えーっと……ユグドラシルって、確か魔力が物凄いんだっけ。その魔力で森が生きてると言っても過言じゃないとか何とか」
「その通り。そして凄まじく繊細で少しの傷で枯れる上に、一本枯れれば他のユグドラシルにも少しとはいえ影響が及ぶ」
あー、言ってた言ってた。魔力か何かで繋がってるのだろうがって言ってたねメリーじいさん。
そう思っていると、ギルベルトが溜め息混じりに続けた。
「何故かと言えば、森の根とも言われるユグドラシルは全てが繋がっているからだ。地面からの魔力でな。そして世界中のユグドラシルの大元とも言える一際大きいユグドラシルが、俺の実家とも言える里にあるんだ」
……あれ、もしかしてメリーじいさんの話って微妙にぼかされてたのかな?メリーじいさんから聞いた話ではユグドラシルは魔力か何かで繋がってるっぽい、って感じだったもんね。
でもギルベルトの言い方だとユグドラシル同士は魔力で繋がってるのが確定してるって感じ。
……うん、まあ、初対面だったしね。色々と喋ってはいたけどちゃんと重要なトコは伏せてたんだメリーじいさん。
「で、実家の面倒事なんだが……その大元と言えるユグドラシルが枯れ掛けてるらしい」
「……それ、まずいんじゃないのか?」
眉を顰めたアーウェルの言葉に、「最高最悪にまずい」とギルベルトは返した。
「大元であり、世界中の森に存在しているユグドラシルの中でも一際魔力量が高いユグドラシルだ。これが枯れでもしたら世界中のユグドラシルに何らかの良くない影響が出る可能性が高い。葉から元気が失われるだけならまだマシだが……」
「大元となると、連鎖的に世界中のユグドラシルが枯れる可能性があるって事だね?」
「そうなるとユグドラシルと一緒に森も心中、世界から森が消滅しましたってなるわけかァ」
アボットとオルコットの言葉にギルベルトが顔を顰めながら「ああ」と頷いた。
うーん……枯れ掛けって事は……。
少し思うところがあり、私は挙手してギルベルトに問う。
「あのさ、確か枝の一本でも折れば枯れるんだよね?でも枯れ掛けって事はそういう外的な要因じゃ無いって事?」
「ああ。そういう事が起きないように厳重に何重にも魔法を掛けてあるからな」
「だから里の方も困ってるらしい」とギルベルトは頭を抱えた。
「外的な要因では無いらしいが、だとすると何故なんだ、とな。エルフ達で調べた結果ユグドラシルに内包されてる魔力量が激減してるってトコまでは掴めたらしいが、その原因にまでは至っていない。故にエルフ以上に植物に近しいとある種族に助けを求めようとして……詰まった」
そう言って、ギルベルトは頭を抱えたままガックリと肩を落とした。
「えーっと……とある種族っていうのは?」
「かなり秘匿されてる種族なんだ。魔物や魔族でも無く、種族的にはエルフに近い。だがエルフか植物かと言われれば植物寄りで、感覚的にはエルフとはまた違う植物的特徴を持った……花人とか、もしくは木人と呼ばれている」
「要するに、獣人やエルフ寄りで魔族でも人間でも無い新種の種族だ」とギルベルトは続けた。
……新種、とな。
「……花人、木人か。ダークエルフである私からすれば縁遠いが、話に聞いた事はある」
今まで上級ドラゴンの脱皮殻に集中していて話を聞いていないかと思っていたアンナさんだったが、ちゃんと話は聞いていたらしい。アンナさんは振り向いて口を開く。
「曰く、昔々に勇者が生み出した新しい種族。植物系の魔法に特化していた勇者によって作られた、植物系の魔力を有している植物的種族。しかし新種という事で自分の子に等しいその者達が研究対象にされる事を恐れた勇者によってどこかへ隠匿されたと聞いていたが……」
「エルフと交流があったのか?」と質問したアンナさんに対し、ギルベルトは「俺は手紙による又聞きでしか無いが、それは違う」と首を横に振って答えた。
「案内役、って言っただろ。つまり仲介する奴が居るんだ。それはエルフの里……正確にはエルフの里にあるユグドラシル、の根元にある泉近くに現れるとされる」
「ユニコーンだ」とギルベルトは言った。
……ユニコーンって、羽が生えた馬だっけ。あ、イースが首を横に振ったから違うね。あ、ペガサス?羽生えてるのはペガサスなのね?ありがとう口パクで教えてくれて。
だとするとユニコーンは……角か!
イッカクみたいな角が額に生えてる方の馬がユニコーンか、よしよし理解した。ありがとうイース。日本だとペガサスもユニコーンも縁遠くてパッと出てこなくて参っちゃうよね。
「ユニコーンって確か、ほぼ伝説上の聖獣じゃない?」
ふわふわと浮きつつ首を傾げてそう言ったアレクに、「人間達からすればな」とギルベルトは言う。
「ユニコーンはユグドラシルの根元の泉を転々とする習性があるんだ。故にユグドラシルの近くで生活するエルフからすると時々見かける存在だが、ユグドラシル自体をあまり知らない人間からすると」
「成る程、それは相当運が良くないとお目にかかれないね」
「何よりの理由としてユニコーンの体質と、ユニコーンの角が万病に効くという効果があるせいで人間に乱獲され掛けた過去がある、というのも大きいだろうがな」
ギルベルトの言葉にアレクは無言で苦笑を返した。うん、そんなん聞かされたら人間側としては何も言えなくなるよね。アレク死んでるけど。
にしても乱獲か……ヒイズルクニでも人魚との間にそういう溝があったもんね。そういう系の過去で生まれた溝は深い。私知ってる。
そう色々と思い出していると、「あの」とハニーが上の右手を上げた。
「先程もその案内役が特殊な体質と言っていましたし、今もユニコーンの体質、と言いましたよね?それが先程のミーヤ様への質問と関係があるのでしょうか?」
「ある」
ギルベルトは即答した。
「とは言っても俺もあまり詳しくは無いんだが……ユニコーンは、処女以外に近付けないらしくてな」
「……近付けない?」
ギルベルトの言い方からすると処女以外を近付けないのでは無く、処女以外には近付けない、って意味だろう。でもそれってどういうこっちゃ。
「何でも、そういう体質らしい。処女以外が酷い悪臭に感じるんだとか。男も無理らしくて、性的なアレコレと無関係な小さい少年ならまだギリギリ臭くない……ような……って感じらしい」
「うっわあ」
何ソレ生き辛い。
男は基本的にオール無理で、女も処女以外無理。でもそれはつまり子持ちの人とかは完全に無理って事で、相当数の女性から悪臭が漂っているように感じるって事でもあるよね。そりゃ人間には近付かんわ。ユニコーンからしたら絶対人里悪臭の塊じゃん。うえっ。
すると、今まで話を聞いていたロンが長い顎鬚を撫でながら口を開いた。
「……つまり情報を整理すると、そのユグドラシルを枯らさない為に花人に協力を要請しなくてはならない。しかし協力を要請するにはユニコーンに案内してもらわなければならず、そのユニコーンは処女が相手で無いとまともに会話も出来ぬ、と」
「そういう事だ」
「……若いエルフ……里に居ない……とか、居ても、若過ぎる子……って、言ってた、のは……」
ラミィの問いに、「察しの通りだ」とギルベルトは言う。
「里に居るエルフの女は殆どが既婚者。もしくは若過ぎて交渉に行かせるには不安が残る少女のみ。なら里を出たエルフ女性達に連絡を……と言っても、内容が内容だからな。憚られたらしい」
「あー……」
まあ、確かに。
「女性相手に「お前は処女か」なんて聞けないし、問われた方も答え難いよね。それに下手にユグドラシルが枯れ掛けてるって事を広めるのも悪手だろうしって考えると……」
「ミーヤ、言ってる事はもっともだけど目の前に馬鹿正直に「お前は処女か」って聞いてきた奴居るの忘れてない?」
ローランの言葉に「あ」と思いギルベルトに視線を向けると、ギルベルトは頭を抱えてしゃがみ込み丸くなっていた。うん、ごめんついさっきの事なのに情報量が多くてド忘れしてた。申し訳ない。
とりあえず、私は「えーっと」と声を出してギルベルトに話し掛ける。
「その、とりあえずアーウェルの蹴りでその辺のアレコレは無効になったわけだから気にしない方向で行くとして……何でギルベルトは私に聞いたの?」
だってホラ、一応聞く相手は他にも居るわけじゃん。ロロさんとかアンナさんとか。まあロロさんは既婚者だから希望薄いし、アンナさんも見た目に反してそれなりの年齢だから経験があってもおかしくないって思考にはなるかもだけど。
というか私は私で既婚者なんだけど。男女入り乱れハーレムの主ですよ。まあ私の覚悟が決まって無いせいでそういった経験は皆無だから聞く相手は間違って無いんだけどね!
……我ながら格好悪いな。
しかし、ギルベルトの答えは違った。
「だってミーヤはエルフの友人だろう。これはエルフの問題の上、協力してもらうならエルフの里まで来てもらう必要がある。つまりエルフに受け入れられるエルフの友人でないと協力を要請しようにも出来ないんだ」
あー、そっちか。処女云々以前の問題なのね。だから私に声を掛けたのか。
「あれ、でもギルベルトって王の剣メンバーと普通に仲良いよね?」
ギルベルトからエルフの友人である証を王の剣メンバーに渡せば良いんじゃ?という意味を込めて言うと、ギルベルトは静かに目線を逸らした。
「……未成年はエルフの友人の証を所持してはいけませんっていうルールがあるんだ」
免許かよ。いやまあ確かに重要そうだからそのくらいの厳しさは必要だろうけどね。
ギルベルトの言葉にうんうんと頷き、アンナさんも口を開く。
「その辺りもまた他のエルフ達に連絡を憚られた理由だろうな。エルフ本人が駄目でもその友人が処女なら……!と思っても、エルフはプライドが高い者が多い。正確には見栄を張る者が多いのだが……どちらにせよ人間の友人はほぼ出来ないと言っても過言では無い。里を出たエルフ達の心を無意味に傷付ける事は無いと判断したのだろう」
そういやエルフの友人って結構レアな称号だっけ。うーん……そう考えるとそりゃ当然ギルベルトも私に言うよなって気になってくるよね。内容がアレとはいえ。
さておき、ユグドラシル云々の件は多分きっと急を要するだろう。そして手遅れになったら世界中から森が消えかねない。それは生態系が狂うどころか、世界崩壊のカウントダウン開始に等しい。
つまりエルフの友人として、というか異世界人とはいえ今はこの世界で生きる人間として、この件に協力するのは当然の事だろう。つか普通に協力せんと死ぬ気がする。不老長寿効果で生き延びても生き難い世界でぜーはー言いながら生きるのはごめんだしね。私は嫁達とハッピーな生活がしたいんだ。
まあ、要するに、
「ギルベルト」
私の声に反応してギルベルトが顔を上げた。そして私はギルベルトの目を見ながら口を開く。
「ギルベルトの問いへの返答は、私が不甲斐無いせいで「イエス」なんだよね。そしてユグドラシル問題は私達にも関わってくるだろう問題って事だから」
「私の出来る範囲しか無理だけど、それで良いなら協力するよ」と私は言った。




