お兄さん本当に一般人?
モブ祭り最終日!
首や袖の部分がゆったりしているチャイナ服を着たその人は、気絶しているのか地面に倒れている男女二人を足蹴に、というか踏み台のようにしながら客引きをしていた。
「さあ買ってけ!そら買ってけ!魔物の肉をミンチにしてありったけぶち込んで臭み消しの野菜と念の為の毒消しも混ぜ込んだ特性の肉饅頭!蒸かしたて!美味いから買え!そして食ってけ!」
あの人ちょいちょい見かけるけど話した事は無いんだよね。声デカいし目ぇ死んでるしやたら圧の強い声掛けだから記憶にはめっちゃ印象強く残ってるけど。
「……あの、ミーヤ様……あの方が踏み台のようにしている方々……」
「うん……」
遠い目をしながらセレスの言葉に同意の意味で頷く。
……多分、確実に賊だろうなあ……。
「えーと……声、掛けてみる?」
「……掛けなくてはいけませんわよね……」
そう言いながら、セレスは私の手を両手で縋るように強く握った。うん、怖いよね。しゃーない。
私も少し強めにセレスの手を握り返しながら、肉饅頭売りのお兄さんに話し掛ける。
「あの、すみませ」
「客だな!?美味い肉饅頭是非買っていけ!」
「いえあのちょっとお話をですね」
「客なら話す。客じゃねえなら話す気はねえ!」
「足元の方々についてちょっとお話を」
「女が買うっつって寄って来たから応じてたら男が背後から襲い掛かってきたから一人が囮になってもう一人が商品奪ってくタイプの悪党かと思って両方ぶちのめした」
「女性も?」
「男蹴ったら女が攻撃しようとしてきたからな。大体悪党に男も女もねえだろ。商品奪われたらそれまでだ。男も女も男女平等にミンチキックだ」
何その物騒なキック。
そう思っていると、お兄さんは「それよりも」と死んだ目のままでずいっと蒸篭を目の前に差し出した。
「俺は今話したぞ。さあ、客として肉饅頭を買え!蒸かしたてだし実際美味いから損はさせねえ!何より懐が痛まない良心的価格だ!俺が狩った魔物と俺が育てた野菜と俺が採ってきた毒消しで俺が作った肉饅頭だからな!」
だからこのお兄さん圧が強いんだってば。そして腹式呼吸なのかめちゃくちゃ声がデカい。もうちょっと音量調整して欲しい。距離間から音量調整をするって考えは無いのだろうか。
「えーと……じゃあ、肉饅頭一つ」
「おう毎度あり!」
お代を渡そうとしたが、このお兄さんは両手に蒸篭を持っている。どうやって渡そうかと考えていると、お兄さんは左手に持っていた蒸篭を右の前腕部に乗せた。
あ、料理店の店員さんとかがやる感じ?そういう感じ?
お兄さんは左手でお代を受け取ってズボンのポケットに入れてから、右手と右腕にある二つの蒸篭の蓋を取った。同時に蒸篭の中からふわりと良い香りがする蒸気が現れる。
「好きなの一個自分で取りな」
「えーと、じゃあコレ」
熱々かと怯えながら蒸篭の中の肉饅頭を掴むと、意外とそこまで熱くは無かった。食べるのに適温って感じの火傷しない温度だね。
意外そうな顔でもしていたのか、お兄さんは蒸篭に蓋をして再び蒸篭を両手持ちに変えながら教えてくれた。
「この蒸篭の一番下の部分には火の魔石が入れてあるからな。いつだって適温の蒸かしたて状態だ。じゃねえといつでも「蒸かしたて」なんて言い方出来ねえだろ」
「成る程」
というかお兄さん、私が購入した途端に普通に喋るようになったね。さっきまでドッジボールだったのがキャッチボールになった気分だ。言う程キャッチボールはしてないけど。
とりあえず、私は手に取った肉饅頭を二つに割ってみる。おお、意外と肉汁たっぷりで美味しそう。さっき蒸篭から湯気が漂った時も良い匂いだとは思ったけど、うん、とても意外。
まずは、と私は片手に持った肉饅頭を一口齧って食べてみる。
「あ、美味しい」
食べてみてあんまり美味しくなかったり、ちょっとやばそうだったりしたらセレスには渡さずに自分で食べ切ろうと思ってたけど……うん、これなら大丈夫だろう。
「セレスも半分どうぞ」
「ありがとうございます、ミーヤ様」
私が毒見をした事に気付いてだろう、セレスも素直に肉饅頭を受け取ってくれた。
いやー、この肉饅頭を食べるのは初めてだからね。おっちゃんのトコのジュースとは違って毒見が、というか味見役が要るよなって思って。お兄さんの呼び込み文句もちょいちょい不安を誘って来るし。
だからまず、そう簡単には死なないだろう私が毒見をしたというわけである。ロンの肉のお陰で内臓も頑丈になってるはずだしね。
パクリと小さな一口で食べたセレスは、「まあ」と瞳を輝かせた。
「この肉饅頭、美味しいですね。中の肉汁が少しくどいかと思いましたけれど、外の皮がそれを中和していて食べやすいです」
「だろう」
あ、笑った。このお兄さんちゃんと表情筋あるんだ。
いや、うん、さっきからちょいちょい微妙に表情動いてたから表情筋が死んでるわけではないだろうと思ってはいたよ?いたんだけどね?ちょっと知り合いに目が死んでる系女子とか表情筋と声の抑揚が死んでる系男子が居たから、つい。
もぐもぐと肉饅頭を食べながら、私はお兄さんに改めて問い掛ける。
「あの、ところでその足蹴にしてる人達なんですけど」
「さっき言った通りだ。女が買うって言ったから応じてたら背後から襲われ掛けた。で、気配がしたから振り向いて鳩尾に蹴り。男気絶。そしたら女が背後から襲おうとして来たからもう一度振り向きざまに蹴り。今度はこめかみ。女気絶」
「後は仕事中だからって事で逃げないよう足で踏みつけながら客引きをしてた、って感じだな」とお兄さんは言った。
……本当に商品を買ってさえいれば普通に話してくれるんだね、この人。
というかこの人達多分プロの組織的な人達だと思うんだけど、
「……気配とか、ありました?」
「森の魔物の方がまだ気配の殺し方が上手い。影の動きや衣擦れの音、そして空気の動きですぐわかる」
このお兄さん本当に一般人なのかな。セレスまで肉饅頭を食べながら「あの、本当にこの方一般人ですか?本当に?本当にこの方は一般人?」って視線向けてきてるし。正直私このお兄さんと話したのは今回が初めてだから聞かないでほしい。
「えーと……あの、これからその人達を回収しに冒険者が来てくれるはずなので、その人が来たら引き渡してもらえますか?」
「客ならな」
言うと思った!絶対このお兄さんなら言うだろうなって思った!
「えっと、お詫びに関しては後日また詳しくお話をって感じでして」
「詫びは要らねえ。金も要らねえ。俺はただ俺の作った肉饅頭を売りたいだけだ」
言ってる事は格好良く聞こえるけどちょっと面倒臭い性格だよねこの人。
仕方ないからタバサにそう伝えておくか、と溜め息を吐いた瞬間、
(ミーヤ、五秒後だ!今から警戒しておいてくれ!)
(え、パンドラ?五秒後?)
(セレスの背後!)
どういう意味かはわからないけど、未来が見えるパンドラの言葉だ。五秒後に何かが起きるという未来の確率が一番高いらしいと判断し、私は残っていた一口サイズの肉饅頭を口の中に放り込んで素早くセレスの肩に手を回して抱き寄せる。
「み、ミーヤ様?」
「しっ」
2、1、と数え終わった瞬間。
「っ!」
何かがセレスの肩を抱いている私の腕に触れた感触がした。そして同時に、私が腰に下げていた鞭が自動で動き、私の腕に触れた何かを素早い動きでスパァン!と弾いた。
「チッ……!」
舌打ちをしてザザッと音を立てながら私達から距離を取ったのは、見覚えの無い男。
そう、見覚えは無い。さっきまで私は確かに背後を確認していた。しかしそこには何も居なかった。だというのに触られる感触はあった。そして鞭はその触れた何かを弾いた。その結果現れたという事は認識阻害か何かだろう。ジュース屋台のおっちゃんも確かそんな事を言っていたし。
……てか、この人めっちゃ目立つ見た目してるんだけど。さっきまでまったく存在に気付けなかったのが明らかにおかしいだろってくらい目立つ格好してるんだけど。
腰より長い銀髪だが、右側のサイドだけが首までの長さ。鋭い黄緑色の瞳。頬には二対、四つの爪跡のような赤い刺青。
濃い緑色をした短めのポンチョからチラチラと黒色が覗いている事から、下にはヘソ出しタイプのインナーを着ているらしい。しかし見る限り袖は無いようなのでポンチョ脱いだら凄いセクシーになりそう。現時点でも充分セクシーだけど。
そんなセクシーなお姉さんが着てたら一発でお色気担当になりそうな服を着た男は、すっと立ち上がって口を開く。
「ツィツィートガル第四王女、セレスティーヌ。大人しく僕と一緒に来てもらおうか。お前にゃ人質になってもらわなきゃ困るんでな」
口調がソレなのに一人称が僕とかどんだけ属性を盛りたいんだコイツは。何らかの秘密的な組織だろうにキャラが濃すぎる。
さておき、私は男の方に振り返り、セレスを抱き寄せながら言う。
「断るって言ったら?」
「断られるわけにはいかねえんだよ。うちは少数精鋭の組織なんでな。その二人が捕まったら後は頭である僕だけだ。仲間を助けて目的も達成するには、そこの姫を捕らえさせてもらうしかねえんだよ」
私の持っている称号のお陰なのか結構色々吐いてくれたねこの人。ってかこの人頭なのか。
「目的ってのは?」
「そこの姫を僕に寄越してくれるなら答えてやるぜ」
頭のその言葉に「断る」と返す為に口を開いた瞬間、
「はっ!」
背後で様子を窺っていた肉饅頭売りのお兄さんが両手の蒸篭を空高くぶん投げた。そしてそのまま体勢を低くし、私の横を通って頭に鋭い蹴りを放った。
「っ、ぶねっ……」
その素早い攻撃を腕を交差する事で防御した頭は、数歩飛ぶように下がってお兄さんから距離を取る。対するお兄さんも頭から数歩下がり、落ちてきた蒸篭を綺麗にキャッチした。
「いきなり何しやがるテメェ!」
怒鳴り、頭はポンチョの中から短刀を取り出して逆手で構え、お兄さんに斬りかかった。
「それはこっちの台詞だろうが!そこの悪党の親玉ならそれ相応の謝罪をしやがれ!窃盗だけじゃ飽き足らず営業妨害及び俺の客に害を為そうたあ良い度胸だ!」
それに対し、お兄さんは足技だけでその攻撃をいなす。殆ど片足立ち状態なのにバランスがまったく崩れないとか体幹強いなお兄さん。
「ああ!?僕らは一般人に手ぇ出したりしねぇよ!やっても傷は付けずに人質にしたり、ちょっと気絶させて拘束して少しの間顔借りるくらいだっつーの!非常時以外で窃盗した事もねえ!」
あ、本当だ。よく見たら頭が持ってる短刀、峰の方で構えられてる。つまり峰打ち前提なのか。相手が一般人だから。
……そのお兄さん本当に一般人なのかなあ。
「知るか!この二人は金出して俺の作った肉饅頭を買って食った!一人前だろうが俺の作った肉饅頭を買って食った以上は俺の客!そしてお前の部下は金を払おうとしなかったしお前も俺の肉饅頭を買ってない!つまりお前らは客じゃねえ!俺の敵だ!」
そう叫び、回転しながらの蹴りは見事に頭の手に当たった。頭の手から短刀が離れ、近くの地面にサックリと刺さる。
それを見て、頭は苛立たしそうに「チッ……!」と舌打ちをした。
「話通じねえなテメェ!」
「基本俺は魔物を狩って肉饅頭作って肉饅頭を売るだけだから話なんて通じなくても良いんだよ!魔物相手に話を通じさせる必要は無えし、客には俺の肉饅頭は美味いから買えって事が伝わりゃそれで良い!文句あっかオラァ!」
凄いバトルだなあ。渦中の人物であるはずのセレスが完全に放置状態で私達超暇だけど。もうコレ完全に観客状態だよね。台風の目かよ。
「あ、ミーヤ様」
「ん?」
セレスに引っ張られて視線を向けると、セレスが背後の方を指差していた。確認してみると、さっきまでお兄さんに足蹴にされて気絶していた男女二人が居なくなっている。
そして周囲を囲んでいる野次馬達の隙間から見えるは、男女を米俵のように抱えて去っていくルークとオルコットの後姿。
「……知らん内に回収されてたね」
「まあ、確かにそれだけの時間はありましたものね」
ごもっとも、とセレスの言葉に頷いていると、どうやら同じくそれに気付いたらしい頭が再び「チィッ……!」と顔を顰めて舌打ちをした。
「回収し損ねたんじゃあ仕方ねえ、一旦出直すか……」
「させると思うのか?」
死んだ目のまま両手に蒸篭を持ちながら片足立ちで構えるお兄さんに対し、頭は「余裕でな」と笑った。
そして頭が少し右手の指を動かすと、中指と親指の部分で留められる仕様になっているアームカバーに変化が起きた。正確にはアームカバーでは無く、中指の留める部分。その指輪から、カシンッという音を立ててカッターのような小さな刃が現れた。
頭は己の短い右側の髪を掴み、縦に刃を滑らせて数本の髪を散らせた。見失いそうな程短く切られ、重力に従いそのまま落ちていくその髪に、頭は呟く。
「我が髪よ、お前は我と同じ要素で出来ている。さあ動け。さあ戦え。お前達は我である!」
その言葉と共に散った髪から魔法陣が現れ、煙を放った。そしてその煙が晴れると、そこには十人以上の頭がこっちを見ながら立っていた。
「僕らは分身」
「本体を逃がす為の時間稼ぎ」
「元となる髪が短いから弱く」
「制限時間も少ないが」
「数秒持てばそれで良い」
「さて、数人を相手に」
「戦うなんて出来るのか?」
……成る程、分身系の魔法ってトコかな。さっきの言葉は詠唱か。
しかし、お兄さんは動じなかった。十人以上居る頭がそれぞれ構えるのを見ながら鼻で笑い、
「魔物の群れの方がもっと恐ろしいぞ!あいつ等は俺を殺す気で来るからな!」
「殺す気の無い奴等が束になったところで、恐怖なんて感じやしねえよ!」と叫び、お兄さんは両手の蒸篭を空高く放り投げ、
「……大体、弱いのが群れてもこっちの攻撃回数が増えるだけだ。俺からすりゃあな」
無駄の無い、まるで踊るような動きで、一瞬にして頭の分身達を消滅させた。分身達は攻撃を受け、元の髪の毛に戻りヒラヒラとその辺りを舞って地面に落ちる。そして、
「よ、っと」
落ちて来た蒸篭を見事キャッチしたお兄さんに、私とセレスと周囲の野次馬達から凄まじい拍手と歓声が轟いた。
名も無き肉饅頭売りのはずが一話丸々使ってやがる。しかも主人公みたいな戦い方。




