パンドラ視点
宇宙があった。惑星があった。神が居た。
光で出来ているような神は、己の手の平に納まる程のサイズのとある惑星をよく見ていた。その惑星には様々な生物が生まれて死んでを繰り返していた。
興味を持った神は、己の分霊を作ってその星に降ろした。同じ小ささなら、同じ時間を味わえるなら、今とは違う見方も出来るだろうという考えからだった。
「神様」
「神様」
「神様」
神は神様と崇め奉られ、立派な神殿の玉座にただ座り続けていた。神は自分を信仰する人間達の願いを、ただ叶えてやるだけだった。何せ全知全能だ。全てを知り、何でも出来る。
人間は神に願った。
ご飯をください。服をください。住むところをください。病気を治してください。長生きをさせてください。罪人を殺してください。助けてください。戦いに協力してください。愛する妻を生き返らせてください。アイツは悪い奴だから殺してください。畑が不作なので何とかしてください。幸せにしてください。
神は叶えた。全てを叶えた。叶えて叶えて、ふと神は思った。
「人間というのは何故こうも理解してくれないのだろう」
別に自分の人権とかが欲しいわけではない。何故なら神だから。人間とは違う。便利に使われたってそれだけの力があるのだから不思議にも思わない。ノミが獣にくっ付いて血を吸って生きるのと変わらない行いだ。神はその程度の細事を気にしない。
ただ、無駄が多いのだけが理解出来なかった。
人は死ぬのが嫌だと言う。人を殺す人間に殺されるのが嫌だと言う。生き返らせてと願う人間は、殺される前に助けて欲しかったと神に言った。
しかし、そうすると人間は理解出来ない。
かつて未来を観測し、将来近くの村を滅ぼして嘆きを与えるだろう荒れた村を滅ぼした。将来罪人になるだろう人間達が死んだだけで、それだけだった。
だが人間達は疑問した。何故何もしていない人間が殺されたのだろう、と。
人間にも未来が見えたなら、将来殺しに来る奴等が死んでくれたからこのまま長生きが出来るとわかるだろう。しかし人間には未来が見えない。肉眼で捉えた現実しか見えない。起きていない事実を認識出来ない。
故に神は、起きた事に対応するしかない。起きていない時点で対処すると、神の乱心と思われるからだ。乱心するような心自体持っていない神が乱心とは面白い、と思ったりもしたが、やはり誤解されるのは不愉快だと思うから。
そんな風に、人間の心を理解出来ないまま過ごしていた神は思った。
「ああ、成る程。未来が見えて、何でも出来てしまうからか」
未来が見える。そして何でも出来る。それでは未来も見えず何も出来ない人間の視点に立つなど到底無理なのは当然だった。
だから、神は未来視を始めとした全能を切り離した。切り離して、適当な所に捨てた。
「全知と全能、どちらかを手放すとしたら全能だろう。知識も無く全能を振り回すなど、物を振り回す幼子に刃物を持たせるに等しい行為だ」
神は未来を見れなくなった。全知によって現在起きている全てを理解し、願いをしに来た人間の本質を見抜けるだけ。何も出来ない、それだけの神になった。
「食べ物を作るにはこうすると良いよ」
「服はこうして作る物だ」
「寝床だけどね、材料で結構変わるんだよ。試しに作ってごらん」
願われたままの物を与える事が出来なくなった代わりに、それらをどうしたら手に入れられるのか。その方法を教えるようになった。
するとどうだ、今まで願うしか出来なかった人類が、自分達で何かをする事が出来るようになったではないか。
「成る程、人類とはこういう思考なんだね。出来る者が居れば頼りきり、出来ないのであればやる。あはは、成る程成る程。うん、実に愚かだが生き汚いそのあり方は結構良いね。良いと思う。その貪欲さは余には無いものだから、大事にすると良い」
ただ願って生きるだけだった人類に、何かを教える為に話すようになった。人間という十を語らねば十を理解する事の出来ない生き物を相手に教えるのは難儀だったが、神は全能と引き換えに「自我」というものを手に入れた。
しかしその代わりに、捨てられた全能は確かに存在していた。
神に切り離されようと、捨てられようと。神に不要だと認識されても、全能は確かに存在していた。存在し続けていた。
そして俺様が誕生した。
全能の能力を持つ俺様が。己を捨てた神をただ憎むだけの俺様が。
まず神の元へ行き、神の住んでいる村の人間を滅ぼした。ただ滅ぼした。逃げようと、戦おうとする人間は憂鬱の邪視で諦めさせた。それでも攻撃して来た時は怠惰の邪視で無効化した。暴食の邪視で人間の体力と魔力を奪い、自分のモノにした。憤怒の邪視で苦しめて殺した。嫉妬の邪視で人間達の心を狂わせ、殺し合わせた。
「やあ、憎き神。君は何もしないのか?」
「おや、不用品。まだ存在していたのか」
「お前を信仰する人間達は惨たらしい死を迎えたぞ。助けて助けてと泣きながら。泣き喚きながら。今だって生きている少しの人間達は哀れにも狂わされて殺し合いの真っ最中だ」
俺様は、神に「彼らを救ってはやらないのか」と言った。
「まさか」
神は言った。
「余にそんな力は無い。全能が無いのは君が一番知っている事だろう?」
「ああ、そうだ。俺様こそが捨てられた全能だからな。しかし俺様という全能が無い以上、人間を生き返らすことも出来ないんだろう?」
「さあ、助けてやれ。命が尽きる前に」と俺様は言った。神は答えた。
「随分と人間らしい事を言うんだね、全能なのに」
「……は?」
神は動じる様子無く、人間達の様子もわかっているだろうに、感情を一切動かさずに言った。
「しかし、残念ながら余にはそれが何なのか理解出来ない。苦しむのも嘆くのも理解出来ない。痛みはあるようだし、確かに人間は痛みを嫌う生き物だ。死を嫌がる生き物でもある」
「だが、死んだら死んだ。それだけだよ」と神は続ける。
「今日話していた相手が死んでも余は動じない。遠くで飢えに死ぬ人間と、今日まで尽くしてくれた人間の死。それはどちらも死で繋がっている。余にとって、そこに差は無い」
「どちらも死んで行くだけの人間だ」と神は言った。
「悲しむ事は無い。動揺もしない。動きもしない。死ぬなら死ぬだけだ。助けてくれと言われたら助ける方法を教えるだけだ。何故なら全能が無く全知なだけなのでね。知識しか無いのさ、今の余は。ならば助かる方法を教えるだけで」
「余は助けない」と神は淡々と言い切った。
そこに、嘘は無かった。偽りは無かった。何も無かった。暴食も色欲も強欲も憂鬱も憤怒も怠惰も虚飾も傲慢も嫉妬も。何一つとして存在していなかった。
ただ、本物としての神が居るだけだった。本物だった。本物だけだった。それだけだった。
「……そうか。なら、俺様はお前という神を殺すだけだ」
「君は最初からそう思っていただろう?」
「ああ、そうだ。最初からお前を殺す気だった。あいつらはついでだ。ただのついでに殺しただけだ」
「そうか」
神は言った。
「君は随分と人間らしい感情に満ちているんだね。不要と捨てた全能の中に感情があるとは思わなかった。まあ、必要とも思わないが」
それを聞いて俺様は「死ね!」と叫んだ。殺そうとした。一歩を踏み出した。殺す気だった。
「でも君自身、余の元に戻る気も無いんだろう?余も君は不要品にしか見えないからね。だから」
「だから要らない」と神は言った。それだけ。それだけだ。神は玉座に腰掛けたまま、ただ「要らない」と言った。それだけだった。
それだけだったのに、俺様は一瞬にして神殿から放り出された。
否、あれは弾かれたのだろう。要らないという言葉。それに魔力が反応し、俺様という異物を排除した。弾く事で。吐き出す事で。神殿から。付近から。俺様という存在を排除した。
海を二つ越える程の力で放り出されたが、俺様は諦めなかった。挑んだ。挑んで、挑んで、挑んで挑んで挑んで挑んだ。死にはしなかった。全能に死など存在しないから。俺様は何度も神の近くに居る人間を殺した。殺して、力の使い方を学んだ。本能だけで理解出来る範囲から、本能以上に理解し使いこなせるように。
魔物を作った。人間を殺す為に。側近を作った。神を殺す為に。しかし駄目だった。
「君は何故勝てないとわかっていて攻撃しようとするんだい?余を殺すよりも、自殺の方がまだ成功する確率も高いだろうに」
うるさい。勝てないとか知らない。勝つ未来が無いなんて知らない。無いなら作るだけだ。それが俺様だ。お前を殺すまでお前を殺そうとする。それが俺様。それだけだ。
「うーん、最近はハイペースで人類が減ってきてるね。じゃ、いっそ余が移動しようか」
一歩も動く事無く、立ち上がる事も無くそう言って、神は地上から消え失せた。
神は天上に己の世界を構築し、そこに住むようになった。
しかし関係無い。天上でも行けない場所ではない。だから行った。何度も行った。何度も挑んだ。何度も殺そうとした。何度も天上から突き落とされた。
ほんの少し掠らせる事すら出来ない日々だったが、ある日神は言った。
「もう面倒だ。人間達も君が作った魔物から守って欲しいと言ってくるしね。だからちょっと作ってみたんだ、そういうの」
神は天使を作った。神の言う事だけを聞くプログラムで作られた、天の使いを。神の指示通りにただ動くだけの存在を。俺様を妨害して散っていくだけの天使を。人間の敵を滅ぼすだけの天使を。人間に知識を授けるだけの天使を。
自主的に誰かを助けなどしない、そんな作り物を神は作った。
それでも挑み続けていたある日ある時、俺様は思った。俺様はどうしたら幸せになれるんだろう、と。
今俺様が神に挑んでいるのはそういう生態だからだ。神を憎み、神を殺したいという捨てられた全能による本能。ならば俺様は?俺様自身の心は何を求めているのだろうか。
そう思ったから、エルピスを使った。未来を見た。どこまでも無機質で興味の湧かない、怒りしか湧かない未来しかなかった。神を殺せないままの俺様しか居なかった。
しかし、ずっと遠い未来。気が遠くなる程遠い未来。そこに、一つだけおかしな未来があった。
確率も低いその未来では、とある人間の少女が居た。魔物達を嫁にしている人間だった。その人間が俺様に笑い掛け、俺様をただの俺様と認識してくれる人間が、確かに、その未来には居た。
「……ああ」
俺様は、受け入れてもらいたかったのか。
捨てられた全能では無く。不用品では無く。魔王でも無く。強者でも無く。そして神を殺した後にある神殺しなどでも無く。
ただ、俺様自身を、俺様自身として受け止められたかった。
熱された砂を熱いと思うのでなく、熱された砂だなと受け止めるように。ただそれだけ、それだけで良かった。それだけが良かった。そういう風に、ありのままに、俺様自身を見て欲しかった。
未来を見る限り、その人間は俺様の事を理解出来ないようだった。人間の理解の範疇を超えているのだから当然だ。
しかし、その人間は「理解出来ない存在」として俺様を認識し、受け入れた。
嬉しかった。
人間は理解出来ない存在を排そうとするから。否、普通生き物は皆そうだ。少しでも色が違えば仲間外れにして殺す。それが自然だ。自然界だ。少しでも優れていれば、劣っていれば、違っていれば。生き物はそれに怯え、恐怖し、嫌悪し、必死に自分の知っている何かに当てはめようとする。当てはめて、排除しようとする。
でも、その人間は違った。
種族の差を理解した上で、「とにかく違うんだから違うんだね、オッケーオッケー、好きに食べな」と言うような人間だった。
主食が人間の精気でも、甘い物でも、肉でも。そういう生態ならそうなんだろうと理解は出来ないままに納得して、あやふやな理解だけで共存していた。
「私は好きに食べるから好きに食べな。好き嫌いはアレだけど、人間よりも自分に必要な栄養素とかはわかってるだろうしね」
そのくらいの認識で、一緒の食卓を囲んでいた。
一緒に生きる為に。誰一人とも別れたくないから。多少の意識の差こそはあれど、そんな理由でその人間は不老長寿にさせられていた。何も知らされないまま、人間を止めたようなものだった。
しかし、その人間は受け入れた。共に生きると誓った以上、共に生きるのは当然だから、と。
羨ましい。俺様だってそんな風に言われたい。いや未来の俺様はそういう言葉を言われているようだったが俺様自身が言われたい。色眼鏡を使わずにただ俺様という存在を見て、俺様をただ受け入れてくれる存在。
「……光岡美夜、ミーヤ」
何も無い世界に、やっと見つけた光だった。その光は未来にしか無い光だったけれど、あるとわかっただけ俺様は幸せだった。
待った。待った。千年待った。あれから千年の間、傲慢の邪視で無理矢理時空を捻じ曲げてミーヤを引きずり込もうとする欲を抑え付けて耐えた。
しかし限界だった。
会いたい。会いたい。会いたくて堪らない。俺様を愛してくれる存在。俺様みたいに不要とされた存在が心の底から愛しても良い存在。俺様からの愛を受け入れてくれる存在。俺様からの愛を返してくれる存在。
だから自らを封印した。封印というよりは眠りに近かったが、ただの眠りだと途中で力を求める馬鹿に起こされる未来が幾つかあった。それらの可能性を潰す為、俺様は準備をしっかりと整えた。
全てはミーヤと出会う未来を確定させる為だけに。
魔王という立場はどうするのだと騒がれたから、適当な側近に魔王を譲った。死後子孫にレベルなどが引き継がれるようになる能力もついでにくれてやった。程ほどに神を困らせつつ好きにやれとだけ言い残して、俺様は眠りに付いた。
「……人、っぽい?」
長い長い夢を見ていた。眠りながら、封印されながら。ミーヤと出会う全ての未来を。ミーヤと出会ってからの全ての未来を見続けていた。
あくまで未来でしかないから画面越しの世界に近く、ミーヤ本人を味わえるわけではない。所詮はただの夢で、未来でしかないのだから。
でもそんな眠りの中に、声がした。夢の中でずっと聞いていた声だった。
「ん…………」
ああ、蓋が開いている。俺様がミーヤの所有物になるという未来を確定させる為の宝箱の蓋が。宝箱を開けた者が中身の所有者になるのだから、とゴリ押しする未来ルートの時の為の宝箱の蓋が開いている。
気配がする。視覚に頼らなくとも俺様にはわかる。見える。感じる。ああ、そうか。この未来が確定したのか。ロンが居る時のルート。しかし次に仲間になるだろう者の姿は無かった。
成る程、この未来か。この時間軸のこのルートか。
ならばミーヤは既に不老長寿になっているのだろう。どうせならあのタイミングの時には既に仲間になっていて、ミーヤに「末永くよろしくお願いします」と直に言われたかったが……まあ、仕方ない。未来を見た時に何億回と見たから良いとしよう。しておこう。
「…………」
そして目を開き、目の前を見た。ミーヤが居た。夢では無く、未来でも無く、現実でそこに生きているミーヤ本人が居た。
黒い瞳に虹色の目でミーヤを見る俺様を映しながら、ミーヤは俺様を認識していた。
その後はアレだ。感無量に抱きついて、嬉しさの余り長話をして、従魔兼嫁にしてくれとゴリ押して、従魔兼嫁にしてもらって、ステータスを確認してもらって、理解が出来ないままでも受け入れてもらって。
俺様自身、神に切り離されて捨てられただけの全能という意味のわからない正体だ。だから気味悪がられる覚悟はあった。どの未来でもミーヤは俺様を気味悪がった事は無かったけれど、でも今は現実だから。未来は絶対でも、どの未来が絶対の今になっているのか、進行形ではわからないから。
でも、ミーヤは受け入れてくれた。
「ならば良し!」
それだけだった。言葉はそれだけ。でも、俺様には何より嬉しい言葉だった。裏なんて無い。深みも無い。ただ、大体自分の理解が合ってるならそれで良い、というだけの思いに満ちていた。
俺様を理解出来なくても、大体凄いとはわかっていて、ならそれだけで充分知ったようなものだろう、と。それだけの感覚でミーヤは俺様を受け入れてくれた。
「……ふふ」
戻って来てからボスと名乗っているドラゴンに俺様の事を話し、宴会が始まった。上級ドラゴン達は俺様の事も何となくわかるし、触れた瞬間に記憶の破片にでも触れれば俺様の素性も完全に理解出来るだろう。
……一応衝撃が強いだろうからとほんの少ししか見れないようにはしてあるが、な。
けれどミーヤへの思いは本物らしいと理解して、彼らは宴会を昨夜に続けて開いてくれた。昨夜は俺様はまだ眠っていたが、知っている。未来の中には俺様がそれに参加している未来もあったから、ミーヤが上級ドラゴンの内臓で造られた酒を上級ドラゴンの角に入れて飲んでいたのも知っている。
……まあ、アレはミーヤには知らされていなかったから仕方ないか。それでも普通にお代わりを飲み続けるミーヤもミーヤだとは思うが。
寝床として借りた部屋、何も無い床にイースが作った水布団の中でミーヤはすやすやと眠っていた。あれだけ度数の高い酒を飲んでもケロリとしているのは俺様でも凄いと思う。だってミーヤは人間だ。それも地球では未成年。どれだけ酒耐性が強いのだろうな、と思いながら、俺様は寝ているミーヤの頭を撫でる。
「……ミーヤ」
「んー……」
水布団に挟まれるようにして寝ているミーヤ。そして水布団の中で人魚姿に戻りミーヤに抱き締められながら寝ているマリン。
そんな二人を視覚では無く、能力を使用して視認する以上に認識する。
「……俺様が目を伏せる事を許してくれて、ありがとう」
そう、俺様は今、目を伏せている。虹色の目を。邪眼と名を変えはしたものの、全能の具現化とも言える能力が宿っている目を。
俺様は、ずっとこうしたかった。
視覚能力は他の能力で補える。目で見る以上に認識する事など簡単だ。しかし、邪眼……邪視の能力は目を開いていなくては使えなかった。
だから、ずっと見ていた。目を開けて見ていた。目を伏せるなんて出来なかった。許されなかった。
目を伏せたいと憂鬱の邪視で周りを見ながら言えば、魔族や魔物達は心の底から反対した。犬が鼻を封じるのと同じだと。ウサギが耳と足を失うに同義だと。人間が手足と頭を失って這うだけになるに等しいと。
口には出さずとも、全部が見えた。見える目だから。成る程、確かに手放すには惜しい目だろうさ。そんなのも全部見える目なんだから。
でも、ミーヤは違った。
俺様を便利に使って欲しいと言いながらも、俺様は実はあまりこの力を使いたく無いんだ、と俺様は言った。便利に使っているのも事実だが、疲れるから。別に肉体に疲労感は無いが、心が。
流石にそこまでは言わなかったが、使いたく無いと言った俺様に、ミーヤは言った。
「ああうん、まあ視覚的に問題無いなら良いんじゃない?」
「……良いのか?」
「え、勿論。だって私の目ならともかくパンドラ本人の目でしょ?疲れたら目を伏せたいって思うの当然なんだし好きにして良いと思うけど」
それだけの言葉が、嬉しかった。深さなんて無い、それだけの言葉。心の底からそうとしか思っていないその言葉。
俺様の目に対し、邪眼状態じゃない素の虹色が一番綺麗な気がするな、なんて思ったりするミーヤなだけはある。普通は邪眼が一番重要だろうに。
でも、嬉しかった。俺様の願いを普通に聞き入れてくれた事が。
俺様は、やっと目を伏せる事が出来た。目を伏せたって周囲の事は目で見る以上にわかるし、視認するのと変わらない情報を得る事は簡単に出来る。そもそも眼球以外から視覚的な情報を得れるようにと傲慢の邪眼を使用すれば良いだけなのだから。
けれど、俺様は何よりも、ミーヤが俺様の望みを受け入れてくれたのが嬉しかった。俺様はいつだって、望みが叶わなかったから。
「ねぇ」
「ん?」
未来では無く現在進行形のミーヤ本人の寝顔を見ていたら、イースに声を掛けられた。
……ん、アレクが居なくなっているが……成る程、話し合いの為に夢渡りの練習でもするように言ったのか。ミーヤの夢の中にアレクの気配がする。
気配を探るとどうやらロンはまだ起きているらしいが、寝た振りを続けるようなら気にしなくて良いだろう。
……イース。ミーヤにとって特別な存在で、俺様達とは違って特別な称号を持つミーヤの嫁。
お局様
お局様と認識された者に贈られる称号。この称号を所持していると職場のリーダー的存在と認識される。この場合は従魔兼嫁達のリーダー的存在。正室というわけではないが、特別枠の嫁でもある。アイドルで言うなら嫁というアイドルグループのセンター。
随分変わった称号だとは思うが、似合っているとも思う。一番最初にミーヤに出会い、ミーヤを導いたイースらしいと。イースは己の淫魔らしい本性を抑え付けてミーヤを大事にするだけの強靭な精神も持っているしな。
……特別枠の嫁という立場は羨ましいとも思うが、まあ、俺様のような知の無い奴がそこに居るよりはずっと良い。己の本性を、本能を抑え付けてでも大事な存在を大事にする者にこそ相応しい位置だと、俺様は思う。
「何だ、イース」
そう返すと、イースは困ったように、考えるように眉を顰めながら口を開いた。
「パンドラは……ミーヤを地球に帰せるのよねぇ?」
「ああ、帰せるとも」
当然だ。傲慢の邪眼に出来ない事なんて神を殺す事くらいだ。いや、やろうと思えば出来るのだろう。ただ神の一部だったせいなのか邪眼による攻撃が発動しないだけで。例え殺せるのだとしても、発動しないのではどうにもならない。
「……どうしてそれをミーヤに教えなかったのかしらぁ?」
「帰したくないから」
それだけだ。それだけの思いだ。わがままだ。
「帰り道があったら、帰りたいと思うかもしれない。そんな未来は見たくない」
「でも、ミーヤが気付いたらぁ?」
「ミーヤは俺様達を捨てたりしないのは、イースだってわかってるんだろう?」
「そう言うって事はパンドラもわかってるんでしょう?」
ああ、わかっているとも。ミーヤ自身、俺様達を大事にしてくれている。地球に帰る方法を探る気など皆無なのはあの心からわかっている。
「でも」
そう、でも、
「ほんの少しでもミーヤが帰ってこない未来がある限り、俺様はミーヤに教えない」
「そんな可能性があるのぉ?」
「無限に広がる未来の中に、三つ程」
「確率はぁ?」
「宝くじを買わずに一等賞が当たるくらいの確率だな」
「ほぼ起こるはずも無いくらいの確率なのねぇ」
だが、ある事はあるのだ。
「……俺様が見ている未来の中には、ミーヤが姉に別れを告げる為だけに地球に道を開くルートもある。ミーヤもちゃんとこっちに帰ってくる未来だ」
「それの確率はぁ?」
「一番大きい確率だ」
「そう」
だが、今じゃない。この未来はずっと先だ。ずっとではなくもう少しだけ先なのかもしれないが、少なくともまだもう少し嫁が増えてからの未来。
「今じゃないから、まだ教えない。それだけだ。イースもミーヤには黙っていてくれ」
「言っても言わなくても、ミーヤが相手なら私達の元に帰って来るっていう結果は変わらないでしょうけどねぇ。ミーヤなら、嫁が居る場所に帰るのは夫として当然でしょ、くらい言いそうだものぉ」
ああ、俺様が見てきた未来で、ミーヤがこの世界に来て最初に出会うのがイースという未来だけは変化が無かった。そのくらい確定している未来である事は確かだと思い、「そうだな」と返して俺様は笑った。
神は元々、神・全知・全能、という感じでした。しかし全能を切り離し、神・全知、という属性に。パンドラは全能のみの属性。
なのでパンドラは人間らしい感情があるし、相手の気持ちを理解する事も可能。
しかし神は神という属性のせいで人間の気持ちが理解出来ない。全知がある事で全人類の思考が嘘も本当も全て理解出来てしまうせいもあって気持ちに寄り添う事も出来ない。
その結果があの神過ぎる神。客観視し過ぎているというか、言ってしまえば人間味が薄い。てかほぼ皆無。




