簡単に客に出して良い酒じゃない
赤いお姉さんに案内され、私達は奥の方の一段と大きい岩壁の中に通された。岩壁の中はどうやったのかはわからないが綺麗にくり貫かれている。洞窟っぽいかと思ってたら意外と綺麗な石造りの室内って感じだ。そして上級ドラゴン用だからか天井高いし室内超広い。
「よお、話は全部聞こえてたぜ」
そして、そんな広い空間の中央。椅子も何も無い空間にどっかりと座りながらそう言ったのは、ガタイの良い壮年の男性だった。勿論、上級ドラゴンが擬態した姿である。だって腕とか足とかドラゴンだもん。
焦げ茶色の短髪に鋭い瞳孔の緑の瞳。髪と同じく焦げ茶色の耳に、その耳の上には後ろの方に向けて尖っている金色の角があった。先が尖ってる事から察するにこの人も西洋系なのかな?
胸元がはだけている茶色の甚平を着たその人は、ニヤリと笑いながらフサフサの顎鬚を撫でた。
「久しいな、暴れ龍野郎」
「ああ、まったく本当にいつ振りの再会だろうな。それとその呼び方は止めろ」
「今はロンだ」と、ロンも笑ってその人に返した。
「んで」
こっちに視線を向けたその人に、私は慌てて「えっと」と自己紹介をしようとする。しかし、えっとと言うよりも早く相手は「ああ、自己紹介は不要だ」と手をヒラヒラと振った。
「小生が触れればそれで良い。こっちに来い」
ああ、成る程。確かに話すよりもそっちの方が早いか。
そう思って素直に相手の目の前まで行って座り、手を差し出した。
「はい」
「……お前、肝据わってんなあ」
上級ドラゴンに言われるとは思わなかった。
そして相手は私の手を握り、「……成る程な」と呟いて手を離した。
「おう、大体わかった。異世界からこっちに来て色んな種族を嫁にしてるたあ面白え人間だ。しかも成り行きで。小生はそういう度量が広いっつーか、許容量がデカい奴?良いと思うぜ。幼馴染が良い奴に嫁入ったみてえで安心した」
「あ、小生の事はボスって呼べよ。大体それで数千年通してっから」と相手……ボスは牙を見せて笑った。
すると、近くで様子を窺っていた人型に擬態している上級ドラゴン達が口々にボスに言う。
「ちょっとボス!もっと威厳持って!」
「上級ドラゴンのボスなんだからホラ!数百年前みたいにドーンと構えて!」
「ボスちゃんと偉そうな感じの演技して!」
「うっせえぞお前ら!大体数百年も前に作ってたキャラなんぞ思い出せるか!」
「これだから年寄りは」
「上級ドラゴンは歳を重ねれば重ねる程強くなるってのにね」
「ホラ、あれだってボス!何かふんぞり返りながら「よくぞ来た勇者よ」的な!とりあえず難しい言葉使っとけば良いだろ的な!」
「お前らだってうろ覚えじゃねえか!」
仲良いねこの人達。ファミリーっぽい。
そう思ってると、気になったらしいマリンが近くに居た上級ドラゴンに「ねえねえ!」と声を掛けた。
「キャラ作ってたって何?」
「ああ」
頷き、上級ドラゴンのお兄さんは答えてくれた。
「昔はホラ、勇者とか来てたからな。勇者自身が良い奴でもバックに国とか居るから下手に出るのは良くないよなって事で偉そうな感じで対応してたんだよ」
「勇者って時々上級ドラゴンもサックリ殺せるくらいの意味わからん強さの奴も居たしな」
「で、色々考えた結果先にマウント取るって感じでやってたの」
「下手にこっちが優しい対応して調子に乗られても嫌だし」
「まあ数百年もブランクあるし、お嬢ちゃんもそういう感じじゃないし、って事でボスってば完全に素だけどね」
「だからうっせえよ!大体幼馴染とその夫と幼馴染の嫁仲間だぞ!?んな演技最後まで持つか!」
上級ドラゴン達ってお喋りが好きなんだろうか。
そう考えていると頭にポンと手が乗せられた。
「ああ、お喋りが好きっていうか……お客様が好きなのよ。滅多に無いイベントみたいな感じね。わかりやすく言うなら孫が会いに来てくれた祖父母とか?」
「成る程」
というかお姉さん本当ナチュラルに頭ポンして心読んで来るね。心読まれるの慣れてるし良いけど。あと私あんまり親戚の人と関わり持ってないからその辺の感覚よくわからん。
……まあ、テレビでやってるような感じなのかな?それなら何となくわかるような。
「そういや気になったんですけど、えーと……ボス?」
「おう、何だ?」
「ボスとロンって幼馴染なんですか?」
そう聞くと、ボスは「おう!」と頷いた。しかしロンは「否」と首を横に振る。
「コイツはただの昔馴染みだ」
「おいコラ。昔のヤンチャを隠したいからって夫に虚偽の情報を伝えてんじゃねえよ。小生とロンは幼馴染でな、小生はコイツのやらかしたやべえアレコレぜーんぶ知ってんぜ。聞きたいか?」
「ミーヤ、コイツは見た目通り馬鹿寄りだから耳を貸す必要は無いぞ」
必死か。
ロンは真顔なのに周りの空気とか雰囲気とかオーラ的なやつが凄い圧を放っている。これ、アレだね。恋人の前で子供の時の話をされたくない感じのやつだ。でも、
「ごめんロン、ちょっと気になる。聞きたい」
「私も気になるわねぇ。魂を少し齧らせてもらってロン自身の記憶は見たけどぉ、違う視点からの情報も欲しいものぉ」
「あ、僕も聞きたーい」
「俺も。大陸滅ぼした事もあるなら何かの伝説とかになってる可能性あるから気になる」
「妾も聞きたいな」
「自分も!」
「よーし!語り部小生によるロンの過去バナいっとくか!」
上から私、イース、アレク、コン、アリス、マリン、ボスの順である。
ロンはアレクが手を上げた辺りで止めるのを諦めたらしく、ドラゴンの左手で顔を覆っていた。多分アレは額に手を当てている、もしくは頭を抱えてるんだと思われる。ドラゴンの手がデカくて顔覆ってるようにしか見えないけど。
「んじゃ早速……と言いたいところだが、酒も食いモンも無しに昔話だけ語るっつーのはつまらねえな」
ボスがニヤリと笑いながらそう言ってお姉さんに視線を向けると、お姉さんは真っ赤な瞳を細めて「そう言うと思ってたから」と笑った。
「もう既に手配済みよ」
「おーい、酒持って来たぞー」
その声と共に、奥に続いているらしい巨大な穴からぞろぞろと人型に擬態している上級ドラゴン達が現れた。
「とりあえず肉で良いか?」
「そこのハニーは甘い物しか食えんようだったから果物も持って来たぞ」
「ただかなり昔に保存空間に放り込んだやつだからな」
「保存空間内なら時間は関係無いが、嫌なら今から果物採りに行ってやろうか?大丈夫大丈夫、姿隠すくらいなら余裕だし」
大道芸かと思うような大荷物を抱えながら笑えるって本当凄いな上級ドラゴン。明らかに軽自動車くらいの大きさの酒樽なのに軽々と持ってるし。他の人も同じようなサイズの風呂敷を担いでるし。多分あの中に肉とかあるんだよね。
「えーっと……ハニー、どうする?」
「そ、そうですね……」
少し動揺しながらも、ハニーは下の両腕を組みながら上の右手を顎に当て考え、
「保存空間内では時間による劣化が無いのでしたら、品質には問題無いと思います。なので採りに行く必要は無いかと。ありがとうございます」
と答えた。流石ハニー。しっかりとお礼も言えてて素晴らしい。私だったら動揺でうっかり言い忘れかねないからね。
そしてあれよあれよと風呂敷が広げられ、その上に料理がずらーーーりと並べられる。風呂敷が敷かれているとはいえ床に置いてるのは机が無いから仕方ない。だってここ普段は上級ドラゴンさん達の寝床だろうからね。机みたいな凹凸があると寝難いだろう。
大体、似たような事は魔王城でもあったし。あれに比べれば風呂敷が敷かれてる分こっちの方が衛生的にしっかりしてると言えるだろう。多分。
「はいコレお酒。果実から作ってるからミーヤ好みの味のはずよ。ただし度数は高めなんだけど……まあ、ハニー以外は結構強いみたいだから大丈夫よね?」
「あ、ありがとうございます」
確かにマリンも酒は水扱いって感じで結構強かったし、ロンは多分言わずもがな。ドラゴンだし。だから心配しなくても大丈夫だろう、とお姉さんから渡された酒入りのコップを受け取る。
……コップっていうか、ジョッキかなコレ。
人間の赤ん坊くらいなら余裕ですっぽり納まりそうなサイズなんだけど。そしてアイスクリームのコーンみたいな形状なんだけどどういう入れ物?ガラスじゃなくて陶器っぽいし。いや、木のようにも岩のようにも感じる触感だねコレ。色も渋めだし本当に何だろうコレ。
……ま、まあアイスクリームを支えるアレみたいなアレも渡されたから良いか。上級ドラゴン独特の文化みたいなやつなんだろう。多分。
全員に多少色や形は違うが同じようなサイズのジョッキが渡され、それを確認してからボスは笑って口を開く。
「じゃ、幼馴染との再会と!久々の他種族の客に!乾杯!!」
「かんぱーーーい!」とあちこちから聞こえ、それぞれジョッキをぶつけたりそのまま飲んだりという感じだった。
とりあえず私もジョッキに口をつけて飲んでみる。
「あ、美味しい」
凄い、何だこの果実酒。サッパリなのにコクがある甘さ。フルーツ感満載のジュース飲んだみたい。
ゴクゴクゴクと一気に半分程飲み干すと、ボスが「おお、良い飲みっぷりじゃねえか」と笑った。
「酒は幾らでもあるから好きなだけ飲めよ」
「あ、はいこれバケツ。それと柄杓ね。好きにお代わりしちゃって」
お姉さん、普通お酒のお代わりを木で出来たバケツには入れない。そしてそこから柄杓でジョッキに注いだりもしない。
……まあ周りを見るとそうやって注いでるから上級ドラゴン的には普通なのかな。見る限り飲むペース速いし、いちいち立ち上がってお代わり注ぐのが面倒だったんだろう。多分。
だからって寸胴鍋サイズのバケツはどうよとも思いつつ、私はジョッキを傾けて酒を飲む。うん、美味い。
旅の最中は一日瓶一本までだし、ニーラクス学園じゃ未成年だらけって事で飲めなかったからね。こういう宴会はガバガバお酒が飲めて喜ばしい。美味しい酒なら喜び倍率ドン。素晴らしい。
「それでボス、ロンの昔話って?」
「おう、アレは大体数万年前……成人、っつか成ドラゴン?になったアイツはよ、そりゃあもう荒れてたんだ。素質高いし魔力強いしで力が有り余ってたからだろうな」
「今の年寄り臭さなんざまったく無えクソガキだったぜ!」とボスは笑った。
「クソガキだったのはお主もだろう」
柄杓でバケツからジョッキに酒を注いでいたロンがボソリとそう呟くと、聞こえたらしいボスは「うっせ」と言ってべっと舌を出した。
「小生はせいぜい島を幾つかぶっ飛ばしたくらいだっての。流石に大陸吹っ飛ばせる程イカれてねえ可愛らしいガキだったからな」
「それが可愛らしいなら儂だって可愛らしい童だったぞ。昼寝を邪魔した小鳥を許してやる度量を当時から持っていた」
「お前、昼寝邪魔した小生の腸を抉り出した事あったよな」
「別に良いだろう腸くらい。替えも利くし。大体お主だって儂の心臓を抉った事が……確か五回以上はあったはずだが」
「お前の心臓抉った回数なら四十六回だが、お前はその倍以上の回数小生の心臓抉ってるからな」
心臓含めて内蔵を複製出来るらしい上級ドラゴンだからこその会話だよねコレ。血生臭いっていうか血の匂いしかしねえ会話だ。肉食い辛いわ。
「あー、話は戻すが、ロンの奴はガキの頃本当にやばかった。ガチでキレた時なんざ体内に許容量限界まで肺を増やして全力も全力、どころか全力を超えたような威力のドラゴンブレスを大陸に吐きやがったからな。大陸なんざ一瞬にして蒸発だぜ蒸発!」
「じゅわっと!」と、ボスは手振りを添えて言った。
「周囲の島とかも巻き添えで消えてたし、本当とんでもねえ暴れ龍だったぜ」
「まあ目撃者、小生とか他の上級ドラゴン以外は死んだから記録にゃ残ってねえけどな」とボスは呟いた。
「……通りで被害凄そうなのに聞いた事ねえはずだ」
「数万年前だしね。辛うじて生きてた目撃者が居ても当時の書物残って無さそう」
コンとアレクの言葉に、そりゃ確かにねと酒を飲みながら頷く。
「それが突然暴れるのに飽きたみたいに近くで寝続けるようになり、気付けば何か出来てた学園とかいう施設で人間を守ってるとか……んで?ラストは?その学園に来た異世界人の嬢ちゃんの嫁?はーー!創作小説か!お前のドラゴン生は!」
「お主相変わらずドラゴンにしては酒に弱いな」
「うっせえ今日だけ酒が回るのが早えんだよ!」
空になったジョッキに柄杓で酒を注ぎながら聞き流していると、お姉さんが肉を頬張りながら「あれいつも言ってんのよ」と教えてくれた。あ、アレいつもなんだ。
「ミーヤ!飲んでるか!?」
「飲んでまーす」
酔っ払いのボスに聞かれたのでジョッキを掲げて答えると、ボスは「よし!」と牙を見せて笑った。
「小生達の内臓で造った酒だからな!それ飲みゃ大分頑丈になるぞ!」
吐くかと思った。
「ちなみにその酒入れてる入れモンは角が生え変わるタイプの上級ドラゴンの角の中身をくり貫いたやつだから酒の効果はより高まるぜ!」
吐くのは耐えれても鼻から出るかと思ったわ。でも耐えた。筋肉の力には頼れない部位だけど耐えた。勝因は酒で鼻痛くなるの嫌ですの精神と根性とほんの僅かな乙女心。てか生きてたんだね乙女心。ほんの僅かしかいないけど。
吐き出すのを耐え切り、口の中の酒をゴクンと飲み込む。
「……内臓?」
「おう、入れ物代わりにな。上級ドラゴンは酒好きだから入れ物が幾つあっても足りねんだよ。だから小生達の内臓を使う事にしたんだ」
「何より血と一緒に私達の魔力が滲み出るのか、度数がかなり高くなるのよね。上級ドラゴンは酒に強いのが多いからこれはラッキー、って事で自分達の内臓で造るのがデフォルトになったの」
「……滲み出るとは」
「酒造る時に木の入れモンで作ると木の風味とか混ざるだろ?そんな感じで小生達の内臓を入れ物に造られた酒は、上級ドラゴンの血を舐めるに等しい効果を持ってんのさ」
「まあミーヤは既にロンの肉食ったみたいだがな」とボスはジョッキ……ではなく、角を傾けて一気に中の酒を煽った。
……凄いモン出されたというか、それ以前に自分達の血肉混ざった酒とかをよく飲めるよね。
「ちなみに知らねえようだったから教えとくが、上級ドラゴンの血肉を食うと当然のように寿命が延びる。しかも皮膚もダメージ受ける時は自動で鱗みてえに頑丈になるからほぼ不死身だ」
何ソレ凄い。
「ただしその血肉を提供する上級ドラゴンが許可を出してねえと食った側からしたら毒でしかねえっていうな。内側から拒絶反応でミンチになる。食った奴が」
「何ソレ怖い」
「がはははは!まあ提供する側が許可さえ出してりゃ問題ねえから気にすんな!ロンの肉食っても平気だったし、今小生達の血肉が混ざってる酒飲んでも平気だったろ?」
「気ーにすんな気にすんな!」とボスは酒で顔を赤らめてゲラゲラとおかしそうに笑った。
「……意外と危なかったのか?」
「提供する側である儂が許可を出していたからどっちにしろ問題は無かったろうさ」
「でも万が一毒状態だった場合……僕に毒は効くのかな?ハイドも毒に強いし、ラミィも耐性はあるよね?ヒース……は耐えれないかもしれないけど、少なくとも生物とは違う僕、イース、アリスなら耐えれるんじゃない?」
「あ、それなら僕も既に死んでるんだけど」
「……多分無理ねぇ。上級ドラゴンの血肉が毒っていうのはぁ、要するに血肉に含まれてる魔力が反発してるって事なのよねぇ。魔力として取り込んでいる以上、普通にダメージは受けるわぁ。寧ろダメージ倍増でしょうねぇ」
「うわあ」
上からハイド、ロン、ノア、アレク、イース、アリスの順である。それは確かにうわあ。ロンが許可出してなかったら死んでたわあっぶね。
……改めて考えると、私とんでもないのを口にしたんだね。別に後悔はしてないけど。
「……あー、そうだ、そういやあよ、ロンお前何の用でここ寄ったんだよ」
酔ってぼんやりした口調になりながら、ボスは言う。
「お前小生の面を見に顔見せるような性格じゃねえだろ。何か別の用件、あんだろ?」
「ああ」
頷き、骨付き肉を骨ごと噛み砕いて飲み込んでから、ロンは口を開く。
「新品のキセルと例の内臓掃除用ハーブ、あるか?」
キセルと……内臓掃除用ハーブって何だ。
「あ?何お前、今まで内臓掃除とか面倒臭い、適当な時期に内臓を複製していけば良いだろうとか言ってた癖に内臓掃除する気になったのか?」
ボスはにまにまとしたいやらしい笑みを浮かべる。
「へーえ、へーえ?アレか?恋か?ミーヤに惚れて自分を最善の状態で維持したくでもなったのか?」
好きな人に可愛いと言ってもらいたい的な乙女心かな?
酒を飲みながらそう思っていると、ロンは「はあ……」と静かに溜め息を吐いて立ち上がった。
「……よし、表に出ろ。擬態姿なら被害もお主だけで済むだろうからな」
「ああ?やんのかロン。何ならサービスでお前の中にある古い内蔵抉り出してやろうか?」
……とりあえず私は酒を置き、バトルを始めかねない空気を纏っているロンの頭をホールドして思いっきりわしゃわしゃと撫でて落ち着かせた。ボスは知らん。お姉さんにお酌されたと思ったらぶっ倒れたから度数バリ高な酒でも盛られたんじゃないかな。




