被害届を集めよう
「っあーーーーーー!終わった!」
広げていた日本語で書かれている本から手を離して思いっきり背筋を伸ばす。
「お疲れ様ぁ」
「いや、私音読しただけで書いたのはイースだから。そっちの方が大変じゃなかった?」
私が書いた言葉は異世界人の称号のお陰で読める言語として認識されるらしいけど、将来私が死んだ時とかにその効果が切れたりしたら困るもんね。そういうわけで私が音読、それをイースがこっちの世界の言語で書き写す、という作業をしていたのである。
「ありがとね、イース」
「どういたしましてぇ」
「ミーヤ様、蜂蜜入りのジュースです」
「ありがと、ハニー」
ハニーが差し出してくれたジュースを受け取って一気に三分の二程飲み干す。
っはー、疲れた!でも解読終わった!よっしゃあ!
「……あらぁ?ミーヤ、まだあとがきがあるわよぉ?」
「うわマジだ」
うっへー、まだあったのか。まあ一ページだから良いけど。でもこの本、本編が長かったんだよ。しかも勇者の仲間だという剣士と魔法使いの出会いから始まるし、ベッドシーンもあるし……いやまあベッドシーンとか愛を囁くシーンとかは謎の言葉で満ち溢れててよくわからんかったけども。
あ、ちなみにこの本BLでした。ブロマンスじゃないよ。ボーイズラブだよ。この本に出て来る剣士と魔法使いがボーイズかは知らないけどね。
さておき、あと一ページだから根性出すか!と私はあとがきを読み上げる。
「えーっと……いきなり異世界に呼び出されたと思ったら腕が立つ上に見栄えも良い仲間用意してあるから魔王と戦ってくれ、さもなくば処分すると国の王に言われて拒否権無く魔王討伐の旅に強制出陣された勇者です。確かに仲間は全員強いしイケメンだしとしばらく頑張っていましたが、コイツら駄目だ。人の事見下しまくりだし俺が一番だ争いで仲間割れも日常茶飯事。いい加減コイツら痛い目見ないかなという思いの元この本を作成しました。後世で名を広めるのが夢だとか語ってた馬鹿共め、この本で様々な誤解を受けろ」
…………以上。
「……恨みが凄いね」
「だからよくわかんねえ表現使ってたりしたのか?ですか、ね?」
「告白シーンも変な言い回しだったもんね。あ、でももしかしたら当時はそういう言い回しが流行ってたって可能性があったりするのかな?」
アレクの問いに、あとがきの内容を書き写しているイースが「それは無いわよぉ」と苦笑した。
「流石にこんな言い回しが流行った時期は無かったわぁ。それにこの本の作成日が表紙に刻まれてるんだけどぉ……千二百年前にそんな言い回しは流行ってなかったものぉ」
千二百年前に作られた本がとても良い状態で保存されてるのに驚けば良いのか、そんな昔の事をしっかり覚えてるイースに驚けば良いのか、大昔から現存してるらしいファイヤーボールとかの魔法に驚けば良いのか。もう何か全部が凄すぎて理解し切れなくて逆に冷静になるわ。
「まあとにかく終わったって事でよーし。……つか今何時だ」
よっこいしょと掛け声を言いながら立ち上がり、軽く体を動かして固まった体をほぐす。あれからずっと座りっぱなしだったからなー。
本当は借りてた部屋でやるのが良かったんだろうけど、音読があったからね。なのでドリンク補給が出来る玄関兼食堂みたいなこの場で作業を行ったのである。
ある程度体がほぐれたのを確認して壁に掛けてある時計で時間を確認すると、もうすぐお昼になるくらいの時間だった。
うっわ、結構時間経ってた。
「んー……昼食までちょい時間あるし、多分昼食は生徒の皆がこっち来るくらいに合わせて準備されてるよね」
つまみ食い防止の為らしく、食堂とキッチンはカウンターがあるのみ。そして食堂側からキッチンの様子は窺えないし、キッチンへの出入り口は外側にあるらしくて料理が出来てるかどうかもよくわからない。
まあ、確かに育ち盛りが多いとつまみ食いも多そうだしね。そう考えると容疑者を減らす為にキッチンの出入り口を別にするっていうのは良いんだろうけど。
……料理してたら音がしそうだし、匂いにコンが反応するはず。でもそれも無いし……さっきハニーがくれたジュースのコップは私達がいつも使ってるコップだったから手持ちジュースっぽかったし、今はキッチンに誰も居ないって感じなのかな。
となると、やっぱり生徒の皆が集まるくらいの時間に合わせてると見た方が良いだろう。
……あれ?つまり食堂に居続ける理由無かったって事?今気付くかねこのポンコツ頭……。
「…………じゃあ昼食まで図書室みたいな場所で暇潰しでもさせてもらおうかな、って思ったけど……よくよく思い返すと玄関から学園長室まで、学園長室からロンさんの塔まで、ロンさんの塔から寮まで、って感じのルートだったから場所わかんないね」
「そもそも宿泊の許可は出てるけど好きに歩いて良いかの許可、貰ったっけ?」
「あ」
アリスの言葉にそういやそうだと頷いた。廊下をうろちょろしたり、道聞く為に教室に顔出したりなんてしたら授業妨害になっちゃうかもしれないもんね。低学年の子達は結構好奇心旺盛な時期っぽかったし。
「そうなると……借りてる大部屋に戻ってだらーっと過ごすとか?」
「いや、別に好きに歩いてもらって構わんが」
「うわっ!?」
いつの間にか寮の玄関の所に学園長が立っていた。
「ど、どうしたんですか学園長」
「準備が整ったからミーヤ達を呼びに来ただけだ。ドラゴン……ではなく、ロンか。ロンにも「解読が終わったようだぞ」と言われたのでな」
あ、そういえば解読中傍に居たはずのロンさんがいつの間にか居なくなってる。その報告をしに行ってたのか。
「私もまさかこんなに早く解読出来るとは思っていなかったが、ロンが「解読も何も、普通に読めていたぞ」と言っていたからな。あまりにも解読が難しいようだったら申し訳ないとも思っていたから、良かった」
「エルフの友人に無理難題を押し付ける形にならなくて安心した」と学園長は笑った。
「では早速その本を見せてくれるか?」
「あ、はい。というか私は音読しただけで書いたのイースですけどね」
イースが移し終わった本を学園長に渡すと、それを受け取った学園長は嬉しそうに微笑みながら「これでようやく内容がわかる……!」と本を抱き締めた。
うきうきの様子で本を捲ろうとした学園長に、あれ?と私は疑問を口にする。
「あの、そういえばさっき言ってた「準備が終わった」って何ですか?」
「あっ」
学園長がバキンという効果音が見えるかのように硬直した。
「……そうだった、皆を待たせているからゆっくりと読書は不可能なんだった。いやしかし内容確認……」
「うぐぐぐぐ……」と悔しそうに歯を食い縛り、学園長は受け取った本に手を翳して何かの魔法を使用した。
「…………良し、内容は把握した。きちんと書き写されているらしいな。それ以上詳しく確認するのは後だ!初見は一回しか無いんだから大雑把な確認で良し!初見故のあのワクドキ感を時間が無いからと一瞬で読み込むような愚行起こして堪るか!」
「エルフの友人だし大丈夫のはずだ!」と叫び、学園長は本をスカートのポケットの中に入れていたアイテム袋に仕舞った。
「さて、では行こうか」
「いやいやいやいや」
まだ何の説明もされておりませんが!?
そう言おうとすると、それより早くマリンが水掻きのある手を上げた。
「はーい!自分まだ何も理解出来てないんだけど、学園長何の用で来たの?」
「……言ってなかったか」
「うっかり本に夢中になって説明がすっぽ抜けたらしい。すまん」と謝罪してから、学園長は言う。
「副学園長を退職させる為に被害届を出させようという案だっただろう?」
「ああ、はい、そうですね」
「しかしニーラクス学園の生徒数はかなり多いから時間も掛かるはずだ。まあうちの学園の生徒は一度信用すればそのまま心を完全に許すから最初の印象さえ良ければ大丈夫だろうとも思うが、あまり長期間拘束するのは申し訳ないからな」
「なので」と学園長は続ける。
「一気に被害届を提出させようと思い、この学園内でも一番広い場所であるマーケット用の建物に生徒達を集めておいた」
…………えーと、
「それはつまり、今日中に被害届を集めようって感じですか?」
「ああ。今日一日は邪魔者である副学園長も不在だしな」
え、そうなの?
「そういや朝からあの嘘と埃の匂いが薄くなってるな」
「そういえばそうだね。人が多くて意識的に魂とか感知してたら酔いそうだったから確認してなかったけど……うん、副学園長の魂は学園内に無いね」
コンとアレク凄いね。偵察のプロかよ助かる。
「実は今日の早朝、副学園長に使いを頼んでな。帰ってくるのは明日のはずだから、明日までに副学園長が居ると面倒な事を済ませようと思ったんだ」
「そういうわけで」と学園長は私の肩に両手を置いた。
「頑張って生徒達から被害届を出させてくれ」
「あ、私がやるんですね」
「私から言っても良いが、立場が上である私が言うと生徒達が言葉を選んでしまうかもしれないからな。あっという間に生徒達に受け入れられたミーヤなら生徒達も本心を隠す事無く叫ぶだろうという考えだ」
あー、うん、まあ確かに学園長とか相手だとやり難さはありそうだよね。でも私外部の……外部の方が後腐れ無くて言いやすいか。
「……了解しました。頑張ります」
「ああ、頼む。では案内しよう」
寮を出て「こっちだ」と言う学園長について行くと、体育館っぽい大きな建物に到着した。
「おお、来たか」
「あれ、ロンさん」
建物の入り口に、ロンさんが立っていた。ロンさんを見た学園長は首を傾げ、「何だ、ロンも被害届集めに協力してくれるのか?」と言った。
そんな学園長の言葉に対し、ロンさんは首を横に振って「いいや」と否定する。
「儂はどちらかと言うと、被害届を出しに来た方、だな」
「何?」
学園長の目付きが鋭くなった。
「はは、まあすぐにわかるからそう怒るな。ほら、生徒達が待ちくたびれているぞ?」
「…………そうだな。しかしその擬態姿でも充分知名度はあるだろう。どうせならミーヤ達と一緒に壇上に上がって証言でもしたらどうだ?」
「勿論、そうするつもりだ」
「では行こうか」と体育館らしき建物にロンさんが入って行き、学園長、私達と続いていく。
「うわ、うわ、あんなレベル高い萌えの権化……だと!?もっと早く教えろよ!」
「寮に居るぞっつったのに缶詰用の部屋に篭もり続けたのはお前だろうが」
「あれ、爺さん居る」
「そういやあの七不思議のお爺さんさ、実はロンって名前だったんだって!」
「え!?嘘!あの人名前あったの!?」
「完全に本物の七不思議だとばかり……噂が実体化したタイプの魔物かと思ってたけど、そっか、生き物だったんだ……」
「女性夫でハーレム主という総攻めが公式とか世界めっちゃ俺に優しいな。どうした世界」
「俺は今までハーレムと言えば男の主に女複数しか認めんと豪語してきたが……撤回しよう。女のハーレム主に男女入り乱れ複数というハーレム最高です」
「人魚は実在した……!そして人魚が人魚らしさを結構保ったままで陸の上に居る……!」
「あの人形の造詣やばくない?ハンパなくない?レベル高過ぎじゃない?初代学園長が「その内こういうのも作ってね」って残した遺言の中にあるフィギュア製作ってまだあんまり出来てないけど、あの子見たら作れるって気になってくるわ……モチベ生き返った……」
「ところで俺昨日夜更かしして次の新刊作成してたから授業中の記憶飛び飛びなんだけど、コレ何の集まりだっけ?」
「お前授業で寝るとか馬鹿じゃねえの。どの授業も基本一回きりのカーニバルだってのに。ちなみにこの集まりは副学園長を退職させる為にもし被害受けてたら被害届出してねの集まりだ」
「あー……そうだったそうだった。でもあんま思い出したくないんだよな……どうしよ」
「被害届出した方が良いのはわかるけど、確かにあんま思い出したい記憶じゃねえよな……」
生徒達の話し声は小声だけど結構聞こえるな。地獄耳の称号の効果もあるだろうけど、地球でもクラスメイトと駄弁ってたりしたの普通に周囲に聞こえてたのかな。
そう思いつつロンさんと学園長の後に続いて壇上に上がると、学園長がポケットからマイクらしき魔道具を取り出し、言う。
「皆、待たせてすまん。では口上などは面倒だから省くとして、本題だ」
「まあこれは既に伝えた通りだが」と学園長は続ける。
「……あの副学園長を退職させる為に、生徒達の被害届を集めたい。正直言って生徒の自主性に任せたかったが」
学園長に手招きされたので近付くと、学園長は「彼女の事は知っているな?」と言った。
「彼女は勇者の本を解読しに来てくれた冒険者だ。まあ、要するに善良な一般市民、かつこの学園とは関係の無い存在」
「しかし!」と学園長は声を張り上げる。
「あの!野郎は!事もあろうに!彼女に本の解読とは別に本題があると嘯いて!ドラゴンをこの学園から排除して欲しいという依頼をした!」
生徒達の方から聞こえる声は、
「あー、やりそう」
「あの副学園長だもんな」
「流石最低クズ男」
「あんま悪口言いたくないけど、悪口しか言えないっていうか……ね」
「そんな事をする人だなんて…!とか思えないのが問題だよな」
「普通に納得」
というものだった。
……副学園長、人望ねえな。日頃の行いが悪過ぎた。
「まあそういうわけで、いい加減私も堪忍袋の尾が切れた。幾らあの馬鹿が私の自室に不法侵入しようとし私の仕掛けていた魔法に阻まれた回数がそろそろ四桁になりそうでも私は見ない振りをしていたが……」
学園長めちゃくちゃ心広いな。普通二回目でアウトだと思う。なのに四桁いきそうって何百回挑戦したんだあの副学園長。
「外部の者を騙してそんな大事件を起こそうとしたという事実は、我ながら海より深いんじゃないかと思う私の堪忍袋の尾を思いっきり引き千切った。そんなわけでこの集まりだ!」
ざわざわと生徒達の方から聞こえるのは「そりゃキレるわ」という同意の声ばかり。
……うん、逆に今までキレてなかったのが不思議なくらいだよね。
「そんなわけで被害届だが、まず一人目。七不思議の「何故か居る老人」ことロンからだ」
学園長の言葉に、ロンさんが中央へと歩を進めた。
「え、あの人名前あったの?」
「あったらしい」
「つか七不思議まで被害者とかやばくね?副学園長マジ頭おかしくね?」
「いや名前あるんだから僕らが勝手に七不思議扱いしてただけなんだろうけど……うん、同意」
「被害って何だろう」
「私みたいに擦れ違いざまにマーケットで買った本盗られたとかかな?」
「何ソレ初耳」
生徒達の動揺の声と共に副学園長に受けた被害が聞こえた。っていうかそれもうスリじゃねえか。
「ロン」
「ああいや、それは不要だ」
ロンさんは学園長に差し出されたマイクを拒否してから、老人のどこからそんな声が?と思うような声で「では、儂の被害を語ろうか」と言った。
……老人の声のままだし声張ってる感じ無いのに、まるでマイク使ってるかのような響き方凄ぇ。
「しかし、まずは儂の正体を皆に明かそう」
「まあ、既に知っている者も一定数居るがな」とロンさんは笑い、次の瞬間、
『これが儂の正体だ』
その言葉と共に、体育館の中にアジア系の青いドラゴンへと姿を変えた。
『…………すまん、少し狭かったな』
ロンさんは申し訳無さそうにそう言って、大きく長いその体を天井の方に移動させた。
……うん、低い位置だと生徒達が潰れそうだったもんね。




