アジア系ビジュアルのドラゴンさん
『……んぅ?見覚えの無い童だな。どうした、新入生か?』
副学園長に案内されて来た塔の中に居たのは、西洋風なファフニールと違いアジア系の見た目をした青い鱗のドラゴンだった。
あの後、とりあえずまずはそのドラゴンと話して色々と事情を説明しておくのが良いだろうという学園長の意見でドラゴンに会いに行く事になったのである。
ちなみに副学園長はずっと扉に張り付いて聞き耳を立てていたらしく、扉を開けた瞬間に転びかけていた。ギリギリの所で踏みとどまって、何も起きてませんよ?とばかりに取り繕っていたのは凄いと思う。面の皮が厚いという意味で。ちなみに扉を開けた瞬間にコンは再び「えっくしゅっ」とくしゃみを再発させていた。
「何をしている、副学園長」
「いえ何でも!」
「……そうか」
「ところで話は終わったのですか?本の解読は?」
「ああ、本の解読は書き写しなどに時間が掛かるようなので、その間滞在してもらう事に決定した。故にまずドラゴンに顔を見せに行こうという事になってな」
「ドラっ!?そ、その程度の事でしたら私がします!ええ、案内だけですし!学園長はお忙しい方なのですから、ご自分の仕事だけを考えていてください!」
「私はお前と違って、マーケット用にと渡された生徒達の原稿を本にする作業をわざと停滞させたりはしないから仕事は終わっている」
「何の事でしょうか?」
火花が見えるそんなやり取りの後、面倒だと思ったのか学園長が「……すまんが、副学園長に案内してもらってくれ」と言った。ちなみに小声で「わざと道に迷われたら塔を目指せ。それと後で副学園長の代わりの案内人を手配しておく」とも言ってくれた。
いやー、途中で再び聞こえた授業中の教室からの声は凄かったよ。
「さあ胸科の授業だぞお前ら!今日は皆の好みの胸を把握、そしてその素晴らしさをアピールするという授業だからな!胸が好きだけどどういう胸が好きなのかわからないという純情新入生も先輩達の羞恥心皆無な叫びを聞いて胸の内に秘められた熱い想いをさらけ出すが良い!胸だけにな!はいスタート!」
「俺は巨乳が好きです!」
「ちっぱい!貧乳では無い!ちっぱいだ!」
「はち切れんばかりの雄っぱい!おっぱいじゃないのよ雄っぱいなのよ!」
「俺も巨乳派だがしかし俺の好みは重力をきちんと感じる巨乳!重みがしっかりとある巨乳が好きだ!」
「性別も胸のサイズも関係無い!アレが陥没してるのが好きです!」
「ロリが好きだから必然的に貧乳派!ロリ巨乳は個人的には地雷寄りなのですまんが無理だ!まっ平らな胸にイカ腹のロリこそが俺の中の正義!ジャスティス!」
「そうかすまん俺はロリ巨乳派だ!見た目ロリだし中身も折角ならロリで無知!だというのにオパーイだけは大人顔負けのバインバイン!」
「先生、私ガリ男子が性癖なのであばらが浮いてる細さが好きなんですけどこれ胸でいけますかね」
「セーフ判定という事にしておこう!」
「っしゃ!」
「僕は巨乳派なんですが、ただの巨乳じゃなくて巨乳故に狭い通路とかにつっかえてる巨乳が好きです!狭い小窓とかに巨乳が引っ掛かって動けなくなったりとか最高!」
「成る程シチュ萌えだな?良いだろう先生はそういうのも大好きだから全然オッケーだ!とりあえず胸関連なら全般的にオッケーなのがこの胸科だからな!ちなみに先生はロリのちっぱい派だ!正確には無知であるが故に触られても「くすぐったいな」としか感じず不思議そうにしているロリが性癖!」
「先生の性癖がそれってやばくないですか?」
「大丈夫だ!先生は現実でやって良い事とやってはいけない事の区別くらい付いているからな!その結果無知系ロリの表現力が上がって購入者が増えて同志が増えた!欲望は現実に居る誰かに向けるのでは無く己の妄想に向けろ!結果良い方向へと繋がるぞ!」
「先生!私筋肉科でモデルやってる人のムチムチな雄っぱいを揉みたいんですけどこの衝動はどうしたら!?」
「筋肉科なら殆どが己の筋肉大好きなナルシストだから筋肉を褒めつつ正直に触らせて欲しいと言えば触らせてくれるぞ!先生も揉んだ事があるがアイツらの筋肉多種多様で凄いぞ!ムチムチ系の奴は力入れてないと意外と柔らかくて先生ちょっとドキっとした!」
「先生それ次の新刊でネタにして良いですか!?」
「胸の描写に力を入れるなら先生は構わん!手が足りなかったらアシスタントするから任せておけ!あと本当に新刊として出したら先生に二冊くれ!金は払う!」
……うん、何事かと思ったよね。
しかもめちゃくちゃ楽しそうな上に胸の話題だったから思わず乱入しそうになっちゃったよ。必死に足を前に進めてどうにかスルーしたけども。でももし私がここの生徒だったら絶対胸科取ってたね。何てオタクに優しい学園なんだニーラクス学園。
「……チッ、何が胸科だ。重要なのはくびれのラインだろうが馬鹿馬鹿しい。大体描写や表現力が上手くなったところでストーリーがしっかりしてなかったり他の場面を上手く描けないならそれまでだろうが。そんな一部特化系よりもまずは根本的なところに力を入れろとあれ程言ったというのに……」
そしてやっぱりこの野郎とは相容れないという事がよくわかった。コンは「ばくしっ」とくしゃみをしていた。
性癖は描く時のモチベーションに深く関わってくるから最重要事項だってお姉ちゃんも言っていた。つまり相容れないなら他人の性癖に口出しすんなって事だろうにね。
そんな事がありつつも、副学園長は素直にドラゴンの居る塔まで案内してくれた。まあドラゴン退治を依頼してきたんだからそりゃ普通に案内するか。
しかし、副学園長は塔の入り口手前で「では、私はここまでという事で…」と立ち止まった。
「あれ、副学園長は?」
「いえその、ほらこれから退治または従魔化の為のバトルでしょう?私のような非力な人間が居ては足手纏いになるだけでしょうから。何より上級ドラゴンという存在は触れた相手の感情や記憶を読み取るという恐ろしい能力を持っていますからね」
続けて副学園長は「まあ、あのドラゴンはその能力を用いて相手の考える展開をどう表現したら良いかを教えたりなどという使い道しかしていない腑抜けですから、心配は不要でしょうが」と小さな声で呟いた。
……聞こえてるんだよなあ。
あとそれってつまり自分の思惑をドラゴンにバラされたら私達を騙してるって事が私達にバレるだろうからっていう考えだよね。もうバレてるけど。
でもまあ副学園長が居ると今回の件に関してをドラゴンに話せないし、コンのくしゃみ止まんないしで困るから結果オーライかな、と判断して副学園長を置いて塔の扉を開いて中に入った。
塔の中はただ上へと吹き抜けている空間が広がっていた。その真ん中で、ドラゴンは長い体を蛇のように折り畳んで眠っていた。成る程、階段とかあってもドラゴンからしたら頭打っちゃうから吹き抜け構造なのね。
そしてアジア系の見た目だが西洋っぽい翼もあるドラゴンは人間の頭部よりもサイズがあるだろう目を開き、家庭用の車くらいなら丸呑み出来そうなくらい大きな口を開いて欠伸をし、現在に至るというわけである。
鮮やかな青い鱗のアジア系ドラゴンは『……んん?いや、しかし人間以外も……』と首を傾げた。
「えーと、私達は新入生じゃないです。寝てるトコに来ちゃってすみません」
『ん、そうかそうか、いや、儂はよく寝ておるからそう気にする事でもない』
『ふあ~あ……』と再び大きな欠伸をして、ドラゴンさんは狭い塔の中で長い体の体勢を少し変えた。
……いや、塔の中は普通に広いんだけどね。
でもこのドラゴンさんの体が長いから塔の中が狭く感じる。顔のサイズとかはファフニールのドラゴン姿と同じくらいに見えるからそこまでサイズも違わないんじゃと思うけど……ファフニールはワニっぽくて、このドラゴンさんは蛇っぽい。だからちょっと小回りが利き難いんだろうなって感じの印象。
『……それで、儂に何の用だ?』
「えっと……」
……何て言えば良いんだろう。というかどこから言えば良いんだろう。
副学園長が貴方を邪魔者に思ってて、排除したがってて、そんで私達が嘘の依頼を頼まれて、でも私達はそれが嘘だと知っていて、同じく嘘だと知っている学園長は別で副学園長を退職させる為の依頼をしていて……駄目だ纏らん。私の構成力はゼロに近い。知ってた。
「……イース、ヘルプ」
「そうねぇ」
イースに助けを求めると、イースはドラゴンさんに視線を向けた。
「上級ドラゴンってぇ、触れた相手の感情や記憶を読めるのよねぇ?」
『ああ、そうだ。……言葉で伝え難いのなら、記憶を読むぞ?勿論嫌なら読まんが』
ドラゴンさんの口調や声色、気配から凄い気遣いを感じる。
……うーん、イースがそう言い出したって事は大丈夫って事なんだろうし、記憶を読んでもらった方が早いかな。でもどこまで読めるのかわんないし……。
「あの、私ちょっと事情が特殊な部分があるんで、その辺に関して黙秘して貰えるなら是非お願いしたいんですけど」
『わかった』
即答だった。
『同じように色々と事情が事情だという童もこの学園には居るからな。エルフや獣人も生徒の中には居るが、時々ここで色々と学びたいからと魔物が人間の振りをして生徒になっている事も少なくは無い』
『だから安心してくれて良いぞ。言って良い事と悪い事くらいは判断出来る』とドラゴンさんは孫を可愛がるお爺ちゃんのように目元を緩めた。
……魔物が人間の振りを、って……もしかしてユラさんもそんな感じで生徒やってたりしたのかな。ユラさん、首が取り外せる事以外は人間に見えるしね。
「じゃあ、えっと……どうやって記憶読むんですか?」
『そう警戒せずとも良い。体の一部が触れていれば充分なのでな。……そうだな、適当に儂の手にでも触れていてくれ』
その言葉と同時に、私の目の前にドラゴンさんの大きな手が差し出された。
……わー、おっきー……。
もうこれサイズ的にドラゴンさんから見たら私なんて指人形サイズなんじゃないかなと思いつつ、どこか鳥の足のような形にも見える四本指の一本に触れる。うわあ、爪のサイズと鋭さがギロチンみたい。本物見た事無いけど、ギロチンの刃を分厚くしたら多分こんな感じだと思う。
……普通はアジア系ドラゴンの爪よりもギロチンの刃の方が見る機会あるはずなんだけどね。地球に本物のドラゴン居ないし。
そんな事を思いつつ、手の外側は鱗に覆われてて硬いけど手の内側は蛇の腹部分みたいに微妙に柔らかいんだなーと思って触れていると『成る程な』とドラゴンさんが言った。
『見せてくれてありがとう、ミーヤ。お陰で色々と状況を知る事が出来た』
「あ、いえいえ、こちらも話が早くて助かりますんで」
『そうかそうか』
ドラゴンさんは優しく微笑み、手を元の位置に引っ込めた。
『いや、しかしミーヤが「事情が事情」と言うわけだ。一応この学園に入学し卒業した異世界人も居ないわけではないが……うむ、確かにあまり人に知られたい情報では無いな。他の者には話さぬと約束しよう』
「ありがとうございます」
あ、そういえばいつの間にか名前呼びになってる。
……つか私自己紹介してなくない?多分私の記憶を読んで名前把握したんだろうけど、うっわー……我ながら自己紹介無しとは何たるミス。次からちゃんと気をつけよう。
反省していると、ドラゴンさんは『本題に戻るが』と口を開いた。
『現在副学園長をしているブーリンを退職させようという話だったが……儂もそれに協力しよう』
えっ。
「マジですか?」
『マジだ。いや、本当はこういった事には触れぬようにしているのだが……儂も被害を受けた一体として、協力せんわけにはいかぬだろう』
あ、ああ、成る程。
「確かにドラゴンさん、思いっきり命狙われてますもんね」
危うく私達にも命を狙われるトコだったしね。あの副学園長が他人をナメ腐ってるお陰でそんな事にはならなかったけど、もし本当に副学園長の思惑通りになってたら危なかった。
そう思ってうんうんと頷いていると、ドラゴンさんは『いや』と首を横に振った。
『勿論それもあるのだが、ブーリンにはあやつが生徒だった数十年前に少し、な』
「?」
どういう事かと首を傾げると、ドラゴンさんは『これだ』と言って体勢を変え、翼の付け根部分を見せてくれた。
『見えるか?』
「えっと……何がでしょうか」
翼の部分はコウモリの皮膜っぽいなとしか言えない。いやでも付け根部分を見せてきたって事はそこに意味が……鱗が綺麗に生えてますねとしか言えぬ。だって私ポンコツだもの。
うーんと首を傾げながら翼の付け根を見ていると、ほんの少しだけ違う部分があった。違うのは一枚の鱗。その鱗の部分にだけ、
「……何かが刺さった痕、みたいな」
『ああ』
私の言葉に頷き、ドラゴンさんは言う。
『生徒だった時のブーリンが、学園の空から見回りをしていた儂を毒矢で射った時の痕だ。ドラゴンの脱皮は百年置きであるが故に、まだ痕が残っている』
……え、それ洒落にならんレベルの大事件じゃないですかね。




