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異世界で魔物使いやってます  作者:
ヒイズルクニ編
172/276

紳士かと思いきや、身内の前では残念系



 昨晩は凄かった。

 夕食の後風呂場に通されて…風呂ってか温泉だったけど、まあ温泉に入って、そしたらその後宴会だったからね。夕食後だからか、食事よりも大量の酒と少しのつまみがメインって感じの宴会だった。

 どういう事かと言うと糸織さん曰く、



「うちの奴等が皆ミーヤ達を見たいって言っててね。部屋に忍び込む馬鹿が出るよりはこっちのが良いだろって事での宴会さ」



 との事だった。

 夕食が宴会とは別だったのは、宴会が得意じゃない場合そのまま参加せずに寝れるように食事を先に、という気遣いだったらしい。

 ……何と言うか、宴会慣れしてたのもあってそういう考え方がすっぽり抜けてたよね。確か私も最初は宴会がそこまで得意って感じでは無かったはずなんだけどな……あっれー?

 まあ、うん、宴会は楽しかったです。百鬼夜行かって感じだったけど。

 お坊さんが居たり、ちっちゃい狸が居たり、じゃんじゃんという効果音を放つ炎が浮いてたり、意思のあるヤカンがお茶入れてくれたり、鏡を引き摺ってるお婆さんが居たり、影で出来たちっちゃい子が居たりした。

 ちなみにお坊さんは岩魚坊主、ちっちゃい狸は豆狸、効果音を放つ炎はじゃんじゃん火、意思のあるヤカンは薬缶吊る、鏡を引き摺ってるお婆さんは白粉婆、影で出来たちっちゃい子は木の子という妖怪らしい。

 ……豆狸は何となくわかるけど、それ以外はよう知らんお名前でした。メジャーしか知らんのよ私。

 でも宴会は、うん、楽しかった。

 お稲荷様が長照さんで遊んでたり、賢兼さんがコンに毛並みの維持の秘訣を聞いてたり、ノアが動く日本人形とお菓子を摘まんでたり、ラミィが鬼と酒飲み勝負してたり、イースと糸織さんが誘惑の仕方を話し合ってたり、ハイドが大蜘蛛と何がタンパク質多いかって話をしてたり、私が古椿の霊に誘惑されたりと……うん、色々あったけど。

 ええ、誘惑は撥ね退けましたとも。こちとら妻帯者じゃっちゅーねん。浮気、駄目、絶対。

 そんな感じで朝になり、部屋に運ばれてきた朝食を食べ終わり、現在は連龍さんを探している最中である。何でって?食べ終わったお膳を片付ける時に糸織さんが、



「ヒイズルクニに折角来てくれたんだし、観光して行きな。アタシは残念な事に仕事が忙しいから案内出来ないけど……連龍なら基本的にひたすら刀を振るしかしてないから暇なはずだよ」



 って言ってたから。

 実際ヒイズルクニを観光したかったのも事実だし、という事で一旦連龍さんに時間あるかどうか聞いて、大丈夫そうだったら案内を頼もうって事で決定した。

 ちなみに駄目だった場合は別の人に案内を頼むか、もう行き当たりばったりで行こうぜって感じで纏まった。……纏まってんのかな、コレ。

 それはさておき、



「連龍さんどこだろ」


「この屋敷、嗅ぎ慣れねえ匂いばっかりだから距離があるとわかんねえんだよな……」


「僕もコンと同じく。妖怪って魔物ともまたちょっと違う魂の形してて、油断すると酔いそう」


「わかる。私のサーチも使えないもん」



 何というか、屋敷が広くて細かい把握がし難いって感じなんだよね。そして人とか人じゃない存在が多くて混乱するっていうか。

 あと多分、鳥居の内側だから軽い神域みたいになってんじゃないかなって思う。サーチする時の魔力の感じが、こう、ぐにゃぁ~ってなる。ぐんにゃあ~って。

 うーん、これはもう通りすがりの村人Aっぽい人を見かけ次第連龍さんどこに居ますかって聞いた方が早い気がするね。

 そう思っていると、近くの襖が開いて声を掛けられた。



「そこの子、どうした。迷ったか」


「あ、はいそうで…………す」



 声のした方を見ると、人間サイズのムカデが上半…えっ、待ってこれ上半身で合ってる?前半身?わからんけどとりあえずラミアのような感じで人間サイズのムカデが立っていた。

 体の下半分で動いてるっぽいんだけど、この時点で180センチはありそうな感じ。多分全身で直立したら3メートル行くか行かないかでは……。

 きちんと手が…足か?まあ手で良いや。きちんと手がある部分には袖がついている、長い胴に合わせた長さの紫の狩衣を着たムカデさんだった。



「えーっと……神使の方で?」


「その通り。とは言っても戦も無い今の時代、我輩のような神使は殆どが隠居状態だがな」



 ムカデと戦って関係あるの?

 私がそう思ったのがわかったのか、ムカデさんは首?を傾げながら言う。



「何か聞きたいのであれば案内ついでに答えるが、まずはどこへ行きたいのだ?」


「あ、えっと、連龍さんを探してて」


「ああ、そういえばお主達は連龍の客人だったか」



 「……連龍に、客へ対する扱いを今からでも教えるべきか」と小声で呟いてから、ムカデさんは「連龍ならいつも通り庭に居るだろう」と言って歩き出し…這い出し……?いや、うん、歩き出した。

 そして首?うん、きっと首。首だけでこっちを振り返り、「着いて来い」と言った。

 ……何か、こう、凄く良い人っぽいんだけど表現に困るお方だな。



「ありがとうございます。えっと、私は」


「ミーヤ、だな?昨夜の宴会には参加していないが、話は聞いている。そこの狐獣人が秀吉……稲荷の子という事もな。生きていたとは、良い事だ」



 独り言のようにそう言ってから、ムカデさんは「…ああ、我輩の名を言うのを忘れていたな」と言って私の方に顔?を向けた。



「我輩は長房ながぶさと言う」


「長房さん」


「そうだ」



 頷き、長房さんは言う。



「連龍の居る庭まではまだ少し距離がある。何か質問があるなら答えるが、質問はあるか?」


「あるな」



 そう言ったのはハイドだった。ハイドは黒く尖っている手を上げて、長房さんに問う。



「さっき言っていた、ムカデと戦との関係ってのは何なんだ?」


「ああ、それか」



 長房さんは答える。



「ムカデは凶暴かつ攻撃性が高いという印象が強い。そして後ろに下がらないという俗信から戦の時によく頼りにされたのだ」



 「あと見た目が生理的に好まれないというのもあり、敵の戦意喪失の為にも戦ではよく駆り出されたと聞いている」と長房さんは続けた。

 ……よくまあ生理的に好まれないって客観的かつ冷静に言えるね。長房さんからするとそういうモンだ、って感じで割り切ってるのかな。



「まあ、戦は無くともムカデを信仰する者は今も居るからな。だから我輩はこの稲荷の屋敷に居るのだ」


「関係あるのか?」



 首を傾げたヒースの問いに、「ある」と長房さんは答えた。



「ムカデは足が多い、つまり「客足が多い」という解釈をされる。そして高い攻撃性から「他店に負けない」という解釈もな。どういう事かわかるか?」


「商売繁盛、という事ですか?」


「その通りだ」



 ハニーの答えに、長房さんは細くて多い、しかし短い手を服の中に入れ、そこから小さな袋を出してハニーに渡した。



「正解者には褒美の金平糖だ。沢山入っているから後で皆と食べると良い」


「あ、ありがとうございます」



 お礼を言って頭を下げたハニーに、長房さんはうんうんと頷いた。

 ……本当、見た目がちょっと原形過ぎるってだけだねこの人。中身はめちゃくちゃ親切だわ。



「ムカデは商売繁盛に縁があり、そして稲荷もまた商売繁盛に縁がある。故に我輩はここで世話になっている、というわけだ」


「成る程」



 確かに稲荷系の神社と言えば商売繁盛、ってイメージだ。そういう縁があって長房さんはここに居るのね。

 まあよくよく思い返すと神使って、狐と猿と鹿と亀以外にも犬とかニワトリとかが居た気がするし。そういう、東西南北の代表神使とは別の神使達は皆長房さんみたいに縁がある神使のトコに居るのかな。居そうだな。

 そんな事を考えていると、「ふっ!ふっ!」という声と共に何かが風を切る音が聞こえてきた。



「ああ、居たな」



 そう言い、長房さんは立ち止まった。



「あとは声のする方にまっすぐ行けば連龍に会えるだろう。我輩はこれから糸織や大蜘蛛と共にお守りに刺繍をするという仕事があるから、ここまでだ」


「え、あ、お忙しいのにありがとうございました!」



 慌てて頭を下げると、長房さんは「はは」と笑った。



「いや、今のは言い訳で、本当は連龍が我輩を苦手としているから会わないようにしているだけだ。子供の時の連龍が寝起きに私を見て気絶した事があってな、それ以来あやつはムカデを見ると冷や汗が止まらなくなるようになってしまった」



 「昔はからかうネタにしたものだが、歳を取った今の連龍相手にやると洒落にならんかもしれんからな」と言って、長房さんは去って行った。

 ……ほんっとーーーに懐が広いイケメンだなあの人。見た目ムカデだけど。

 そしてこの屋敷に来てから連龍さんの残念な面がボロボロ見えてきてる気がするけど、まあ、うん、「誰しも生きている以上は欠点はあるものだよ。私の友人なんて……うん、この話は止めておこう」ってお姉ちゃんも言って……待ってお姉ちゃん途中で言うの止めないで。怖くなってくるんだけど。お姉ちゃんのお友達にそんなやべえ人居たっけか。心当たりがあるような…無いと思いたいような。

 お姉ちゃんのちょっと癖が強いお友達の中でやばそうなのは……と思い出しながらも歩いていると、連龍さんが居た。



「ふっ!ふっ!ふっ!」



 連龍さんはいつも通りの袴姿、そして腰に刀を差した状態で木刀を振るっていた。木刀を振るうごとに、その動きでキラキラと汗が散っている。

 …うん、綺麗に見えるけど汗が凄い。何時から木刀振ってるんだろう。滝のようなんだけど。

 ってか、えっと、何で刀差したまま?邪魔じゃない?凄く腕に当たりそうなんだけど……いや、それ以前にお着物が汗で変色している。あれ大丈夫なんだろうか。お着物って汚れると厄介じゃなかったっけ。

 そう思いながらも私は連龍さんに声を掛ける。



「あの、連龍さん」


「ふっ!ふっ……!……ミーヤ殿か」



 連龍さんは木刀を下ろし、汗を吸い込んで変色しているぐしょぐしょの袖で額を拭い、その感触に酷く不快そうな顔をした。

 いやいや、そんな顔されても困りますがな。

 連龍さんは自分の袖を見て嫌だなあというような表情をしてから、私の方に向き直った。



「何用だ?」


「えっと、糸織さんが観光でもしていったらどうだって。で、連龍さんに案内してもらえと」



 続く「まあでも忙しいようでしたら他の方を紹介していただいて」という言葉を言う前に、私の発言はキャンセルされた。



「連龍!毎日毎日!その!修行を!やんなっつってんだよアタシは!」



 洗濯物が入った洗濯籠を脇に抱えた糸織さんの大声によって。

 糸織さんは眉間に皺を寄せ目を細め、人間のような犬歯をミシミシと目に見えてわかるような勢いで鋭く尖らせる。

 え、ちょ、もしやその姿って擬態だったりするんです?しそうですね。ええはい、だって他の歯もミシミシいって尖ってきてるもん。流石は妖怪、擬態は十八番ってか。あれ、何か終着点違わない?

 そう、今は妖怪の変化に内心で拍手を贈るんじゃなくて、連龍さんの身を心配する場面だ。

 チラリと連龍さんを見ると、糸織さんから視線を逸らして屋根の上に居る煙……というか、煙々羅の方を見ながら汗をダラダラ流しつつ弁解していた。



「いや、しかしだな糸織殿。戦う時というのはこの格好であるし、その時に腰に差した鞘や刀が邪魔で立ち回れんとなっては意味が無い。修行用の軽い着物よりも普段から着ているこの着物を着て刀を振るう事で、実戦でも本領発揮が出来るようにという」


「その言い訳はアンタが成人する前から聞いてるよ。相変わらず刀に関する事しか考えられない脳みそだね。ガキの頃から言い分が変化しないとは随分と粗末な脳みそだが。…で?その汗に塗れて変色してる着物を洗うのは誰かわかってんのかい?」



 連龍さんはより一層流す汗の量を増やして、縁側を歩いている大蛇を体に巻きつけたお婆さん……えっと、昨日聞いた名前では確か蛇骨婆だっけ。…の方に視線を移して言い訳を続ける。



「……洗濯狐」


「アンタが着てるその着物は洗うのが手間なんだって何回言ったらわかるんだい!?ああ!?」



 額に青筋を浮かび上がらせ、糸織さんは大声で怒鳴る。



「アンタが洗うならああ良いさ良いともさ汚したのはアンタだからね!だがそれを洗うのはアタシを始めとしたアンタ以外の奴だろう!しかもアンタ今洗濯狐って答えたね!?確かに洗濯狐は洗濯係だが、アンタが汚したモンくらい自分で洗おうっつー気はないってのかい!?ああ!?洗うのが仕事なんだから洗濯狐に任せりゃ良いだなんてほざいたらアンタの魔羅を切り落とすよ!」


「ヒッ」



 連龍さんが内股になって一歩下がった。コンとハイドとヒースも一歩下がった。アレクは「下半身無くて良かったー」と呟いていた。



「何度言っても忘れてるようだが、アタシは何度でも言うからね!良いかい!?着物ってのは汗に弱いんだ!変色するし生地の変質だって起こる!しかもアンタはしっかりと着込んでるし!だというのに全身が汗でぐしょぐしょ!?それを!洗うのは!誰だと思ってんだい!!」


「小豆洗い……」


「小豆洗いは厨房の担当だろうが!」



 糸織さん、糸織さんちょっと、変化解けかかってませんかね。額に青筋どころか目が生えてきてますけど。ハイドみたいに多眼になってきてますけど。



「その!汗染み込みまくって色落ちまで起こってるようなのは光魔法が使える奴に「浄化」や「洗浄」の魔法を掛けてもらわないとどうにもならないんだよ!そりゃ最初の頃は色がくすんできた手ぬぐいの色を染めるのに使えるなとは思ったが、こうも毎日着物を汗だくにされると堪ったもんじゃない!」



 「ったく!」と舌打ちをしながら、糸織さんは抱えていた洗濯籠を地面に置いた。

 ……浄化や洗浄の魔法って、クリーンの事かな。こういうのも地域差があるのかね。

 両手を空けた糸織さんは額に手を置いてクールダウンしたのか、手を下ろした時には額の目は消えていた。そして糸織さんはそのままつかつかと連龍さんに近付き、手首から先の動きだけで連龍さんをくるんと回して背を向けさせた。

 次の瞬間、糸織さんは肩の部分を掴んでバサァッと一気に連龍さんの上半身を肌蹴させた。そのまま流れるような動きで袴の結んである所を解き、袴を足首まで下ろす。それだけの動きのはずなのに、いつの間にか連龍さんの着ていた汗だくの着物は糸織さんの右腕に掛けられていた。腰に差してあった刀も地面に置かれている。

 ……あ、色落ちしそうな着物が糸織さんの着物に染みを残さないよう、袖を脱いでる右腕で持ってるのか。というか本当に色落ちしてるよ。連龍さんの上半身がちょっと染まってるもん。

 そして糸織さんは袴を足首まで下ろす際にしゃがんだ体勢のまま、ちょんっと……いや、ドズッという感じで連龍さんの膝の裏を突いた。膝カックンだ。

 バランスを崩した連龍さんが地面に膝を着く前に、糸織さんは目の前にあるふくらはぎを押して前方にたたらを踏ませる。その動きの間にささっと足首から袴を抜き……いや、よく見ると草鞋と足袋も今の間に抜かれている。

 と、とん、というような動きで連龍さんが姿勢を直した瞬間には、さっきまで連龍さんが着ていた服は褌以外全てが糸織さんの腕の中にあった。

 ほんの数秒、もしくはそれ以下の時間で行われたテーブルクロス引きのような技に全員で「おおー」と拍手。糸織さんは立ち上がって私達の方にペコリと一礼をしてから、置いてあった洗濯籠を空いている左腕で抱え直す。



「じゃあアタシは洗濯してくるから、アンタは裏の泉でその汗と色を落としてきな。んでミーヤ達の観光案内をするように。もし泉にある滝で汗を流すついでに滝行をっつって何時間もそうしてたら今日の飯は抜きだから」



 「肝に銘じときな」と連龍さんを睨み、糸織さんは去って行った。

 ……苦労してるね、糸織さん。

 しばらく無言だった連龍さんは地面に置かれた刀を拾い上げ、私達の方を向いて言う。



「…いや、見苦しいものを見せて済まんな」


「ああいえ、お年を召されているわりには筋肉がしっかりと付いた良い体かと」



 糸織さんに身包みを剥がされ褌一丁の状態になっている連龍さんは「なら良かった」と頷いた。

 それを見ていたノアが、眉を顰めて口を開く。



「……人形の僕が言うのも何だけど、人間同士で、この状況で、その会話って本当に合ってる?」



 もっともなノアの言葉に、私と連龍さんは同じタイミングで頭を抱えた。



王都での連龍さんが紳士だったのは、慣れない土地だから気を張っていた結果ああなったという。素は刀一筋の残念系。刀一筋過ぎて恋人が出来てもすぐに振られ、現在良い歳して童貞独身の老人である。

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