僕っ子人形
前回までのあらすじ!人形にキスされた!
何で!?マジで何で!?私何した!?部屋に入って帽子被せておはようございますって言っただけ!あれか!?最初に声を掛けた人間相手にキスする仕掛けの人形だったのかな!?いやそんな人形普通作らねえでしょうがよ!?というか!あの!唇が!この人形の唇が!硬い!感触が木とか陶器の感触!唇の形したお茶碗に口付けてるみたい!流石人形!(パニック)
「…………」
「…むぅっ!?」
混乱していると、人形の唇の間から舌が出て来て私の唇に押し当てられた。あ、舌も硬い。
じゃ!な!く!て!!
「それ以上はアウトおおおおおお!!」
「っ」
人形の肩を両手でガッシリと掴み、グイッと私の体とは反対の方向へと引っ張る。はい、つまり引き剥がしただけです。あービックリした。
え、もっと早くに引き剥がせって?いきなりのキスに驚き過ぎてそこまで考えられなかったんだよ。流石にディープはアウトだって思って体が動作を再開したから良かったものの、あー本当にビックリした。
「………………」
「…あれ?」
溜め息を吐いてから人形を確認すると、人形は首を後ろに倒してガクンと力を抜いていた。え、首大丈夫?それ真後ろまで曲がってない?首折れてない?
何度か前後に揺すってみるが、人形は完全に動きを停止していた。え、何で?私か?私のせいか?途中でキスという行為を拒絶したからゲームで言うブツ切り状態になってセーブとかデータが飛んじゃったとか?え、この人形は電化製品だった………?(パニック)
どうしようかと混乱していると、横で一部始終を見ていたハイドが口を開いた。
「どうやら故障したらしいな。良し、今すぐに壊して廃棄しよう」
「いや判断が迅速過ぎない!?」
「ですがミーヤ様、その人形はいきなりミーヤ様の唇を奪うという蛮行を!」
「そうだよミーヤ!万が一今のキスがミーヤのファーストキスだったら僕その人形を一生許さないよ!?一生ってか僕もう死んでるけど!」
お、おおう嫁達が嫉妬してくれてるのが夫としてついうっかり嬉しく思っちゃった。まず嫉妬させないように心がけるのが夫の仕事なのに。気をつけなくては。
さておき、
「ファーストキスでは無いから落ち着いてアレク」
「違うの!?じゃあ誰なのミーヤのファーストキスを奪った奴は!嫁仲間以外の奴だったら場合によっては呪い殺すよ!?」
そういやハイドのヤンデレが印象的で忘れてたけど、アレクもまあまあヤンデレ予備軍だったね。
ただまあ、うん、なんと言いますか、うん。ファーストキスはね、ずっと昔に奪われてるのよね。ただこれは皆さんきっと一緒だろうって感じのアレで、うん。
「えーと、私のファーストキスは生後間もなくの時にお父さんに奪われまして」
「あっクソっ!親じゃ出会いの早さ的に絶対勝てない!しかもミーヤの父親既に死んでるから呪えないし!」
しかしすぐにアレクは「じゃあ今のはセカンドキス!?」と言ってきた……が、
「セカンドキスはファーストの直後にお姉ちゃんに奪われたらしく」
「家族強い!」
「サードキスは3歳くらいの時に近所のお姉さんが飼ってたチワワに奪われました。ちなみにそのチワワは享年19歳。長生きしました」
「めちゃくちゃ長寿!」
叫んでからアレクは骨の両手で顔を覆い、嘆く。
「……もー…ミーヤ本当そういうトコずるい……キスが何かもうどうでも良いんじゃないかって思えて来た……。今正直言って普通の犬ってそんな長生きするんだって感心しか無い……」
私も思ったより良い反応を返してくれてビックリだよ。今のやり取りで皆の尖ってた気配もどっか行ったし。ハイドまで何か殺る気が削がれたような表情してるもん。
「えーと、それで……どうしよっか?」
「何かもうぐだぐだになってるし……何をどうするんだ?」
「いや、この子」
コンに人形を見せるようにそう言うと、コンは「ああ…」と頷いた。
「結局、何でそいつはミーヤに……き、っきき、キス………なんて、したんだろうな」
普通に喋ってたのにキスって言う瞬間だけ顔赤くして照れるコン超可愛い。
「魔力が欲しかったんだろうなぁ」
「魔力?」
人形を見ながらそう言ったイースに、私は首を傾げて復唱する。え、何でキスで魔力?
「経口摂取みたいなモンだなぁ。ドレインを使う時に一番コストが少ないのがキスだからぁ、活動するのに足りてない魔力を補う為にキスで魔力をドレインしたんだろぉ」
「わぁーお」
言われてみれば、ちょっと魔力が減った感覚があるような気がする。キスの衝撃でまったく気付いて無かった。
えーと、つまり起動する為の充電が足りてない状態で、だから緊急で充電する為に私に接続して充電をしようとした……みたいな感じなんだろうか。あ、イースが頷いたからこれで合ってるっぽいね。成る程成る程。
じゃあ充電を中断させたからこの子起動停止しちゃったのかな?と、思った瞬間。
「………!」
「うわっ」
未だに肩を掴んで支えていた人形が、後ろに倒れていた首をぐんっと起き上がらせた。そしてハイライトの入っていない青い瞳で私を見つめながら、人形は小さな口を開いた。
「ボンジュール」
「ほわっつ?」
何故、ここでフランス語?え、ここ異世界だよね?異世界なんだよね?
いやでも地味にこっちの世界、英語や日本語が入り混じってる事多いからそんなモンなんだろうか。いやだからって人形がフランス語喋るっておかしくない?
「今の言葉がどういう意味か、お答え下さい」
「え」
「お答え下さい」
何これ怖い。声に抑揚が一切無いんだけど。人形かと思ってたらロボットだったの?電子音声かよってくらい抑揚が無いんだけど。
ボンジュールの意味をお答え下さいって言われても……。
「フランス語の挨拶」
「……………」
え、ちょ、無言止めて欲しい。怖い。ずっと目が合ってるのに瞳にハイライトが無いせいで超怖いんだよこの子。見た目がめっちゃ整ってるのも合わさってどちゃクソ怖い。
フランス語だよね?ボンジュールってフランス語だよね?間違ってないよね?勉強ダメダメな私でも流石に漫画でよく見るボンジュールくらいは知ってる……って思ってたんだけど、まさかこれ私の思い込みじゃないよね?
怯えていると、人形は再び口を開いた。
「フランスとは、異世界の国ですか」
「あ、はい」
「………………」
少し無言になってから、人形は抑揚の無い声で言う。
「ロック解除用に設定されていた解答欄に一致あり。マスターに問題無いと判断し、ロックを解除します」
だからロボットかよっての。
淡々とそう言った人形は、今度は前に首をガクリと倒した。そして先程までとは違い、スムーズな動きで肩を掴んでいた私の両手を外させ、小さな手で握った。
「あのー……?」
声を掛けると、人形は顔を上げ、視線を合わせた。
……あれ、さっきまでこの子ハイライトが無い瞳だったのに、何か、ハイライト入った瞳になってない?
不思議に思っていると、人形はさっきまでの無表情を崩し、人間のような笑顔を浮かべ、抑揚のある中性的な声で言う。
「ボンジュール、マスター!僕はお母様に作られた、意志を持った生き人形さ!君に会えて嬉しいよ。何て言ったって、僕は作られてから約560年間もここで眠っていたからね!」
さ、さっきまでの機械っぽい人形は一体何処へ……?
今私の両手を手に取っている人形は、人形の姿をした生き物にしか見えない。いや、生き人形だって言ってたからそれで合ってるのかもしれないけど。でもさっきまでと違い過ぎない?めっちゃ流暢に喋るやんけ。
「えーと……ちょっと待ってくれる?」
「うん、なんだい?」
「質問って、しても良いのかな」
「勿論。君は僕のマスターだからね!」
そっからもう意味がわかってないんだよ!
「あの、マスターって何?」
「マスターはマスターだよ。僕は見ての通り人形だからね。人形は持ち主が居ないと駄目なんだ。だから僕を動かした君が僕の主。そういう事さ」
どういう事さ!
「……つまり、貴方はミーヤ様の従魔になる、という事ですか?」
「うん?」
ハニーの言葉に人形は少し考える素振りを見せてから、私に問う。
「従魔って事は、もしかして君は魔物使いなのかい?」
「ああ、うん、そう」
「成る程」
頷き、人形はにっこりと子供のように愛らしく笑った。
「その判断で問題は無いよ。僕は人形だから、マスターである君に従おう」
「軽くない?」
そんな簡単に言い切っちゃって良いの?と言おうとするが、その前に人形は床に座り込んでいた私を立ち上がらせた。……あ、この子人形だからか背が低いね。私よりも、どころかハニーよりも背が低い。
私が口を開くより早く、人形は言う。
「軽くは無いさ。僕にとってマスターとは何物にも変えがたい、とても大事な存在だ。そして君がそのマスターだ。僕は元々人形だからね。持ち主であるマスターに対しての好感度が最初からマックスなんだよ」
「わかりやすいだろう?」と、人形は微笑んだ。
「ああ、うん、そうだね。つまり君は人形としての自覚と人形としての自我が強い、と……」
「その通り。見た目こそ人間のようだけど、僕の中身は人形さ。人間の考え方とは根本的に違うんだ」
人形は笑い、「理解が早くて嬉しいよ。流石は魔物使いであり、僕のマスターだ」と言った。
あっはっは、確かに魔物使いだからこそ慣れてるのかもね。種族によって結構考え方が違うってのはよくわかってるし。まあわかってるのときちんと理解をしているかどうかは別な気もするけどね!
すると、イースが「ところでぇ」と口を挟んだ。
「俺達は皆ミーヤの従魔であり、嫁なんだよなぁ。従魔になるって事はミーヤの嫁になるって事なんだけどぉ、お前は良いのかぁ?」
……うん、そこだよね、問題。
普通に従魔にするってだけのつもりでも称号が……ね。アイツが勝手に夫人の称号を与えかねないんだよね。最初の時はまだ抵抗してたのに、何か勝手にその称号が付いてたせいで逃げ場を無くされたんだよなーと他人事のように思い出す。まあ結果的に私は超幸せな生活を送れてるわけだけどさ。
人形は「うーん」と少し悩む様子を見せたが、すぐにその表情を笑みへと変えた。
「良いよ。人形を嫁にするなんて聞いた事は無いけれど、世界は広いからきっとどこかではあり得るだろうし。僕としてはマスターに愛される存在の一体になれるっていうのはとても嬉しいから、断る理由も無いしね」
「人形は愛されたがりなんだ。知らなかった?」と人形は笑った。
……この子本当に中身が人形なんだね。考え方がちょっと独特な気がする。
何かいつの間にかこの子が私の従魔兼嫁になる方向で話が纏まってるっぽいけど、良いのかな?と皆の方をチラリと確認すると、
「私はミーヤ様が良いのであれば」
「……ラミィ……も、ハニー…と、意見、一緒……」
「ミーヤにき、キス……したのは、アレだけど、嫁仲間になるんなら、まあ………」
「むー、むー……ぬいぐるみにキスしたりはよくあるし、そう考えればまあ、セーフ……かな?あ、嫁になるのは特に反対しないよー」
「……嫁仲間になるなら、壊さないでおく。だが次我の目の前で抜け駆けしたら怒る」
「従魔兼嫁になるって事は、妾の後輩嫁って事よね?妾、先輩!」
全員割りと受け入れが早ーい。
何かこう、皆嫁仲間に対して心が広いよね。ハイドなんて嫁仲間じゃなかったら壊す宣言してるのに、嫁仲間だったら怒る止まりみたいだし。嫁同士の仲が良いのは嬉しいけど話が早すぎてちょっとビックリ。助かるけどね。
「えーと、じゃあ……従魔契約するって事で、良いのかな?」
「そうだね。ああ、僕は何か従うべき事はあるかい?」
「いや、特に……あ、契約印を見える位置に付けるから、ここが良いなって場所あったら教えて」
「……それだけ?」
「?うん」
どういう意味だろう、と思っていると、人形はくすくすと笑った。
「いや、魔物使いと言えば従魔契約。契約といえば何らかの拘束があるだろう?主に絶対服従とか、そういうのが。そしたらまさか契約印の位置まで自由だなんて、僕はとても良いマスターに恵まれたんだなって思ってね」
ああ、そういえばそんな話もあったね。何かもうすっかり遠い昔で忘れてたよ。
「というか、えーとね。私の名前はミーヤって言うんだ。だから出来ればマスターじゃなくてミーヤって呼んで欲しいかな」
「了解。初めてのお願いがそれなんて、僕の旦那様は優しいね」
照れる暇も無く、人形は「ああ、そうだ」と言う。
「ミーヤ、契約印は僕の左目に付けてくれるかい?そこなら一目でわかるだろう?文字通りね」
「え」
……目、って………良いんだろうか。
従魔契約での契約印は魔力の糸で刺繍をするような、刺青をするような感じだ。皆の反応を見てる限り痛みは無いっぽいけど、でも目って……どうなの?
「あの、目に契約印って……視力的に問題起きたりしない?」
「普通なら起きると思うぞぉ?」
やっぱ起きるんじゃん!?
しかし、人形の場合は別らしい。イースは人形を黒く尖った爪で指差しながら言う。
「だがソイツは目で見てるわけじゃねぇ。仕込まれてる術式によって、視覚的に周囲の物を捉える事が……わかるか?」
「何と……なく?」
「つまり目で見るのと同じ光景を認識はしてるが、目でそれを捉えてるわけじゃねぇって事だ。という事は?」
「目は義眼に近いから、問題無い?」
「そういう事ぉ♡」
よっしゃ当たった!
うりうりとイースの大きな手に頭を撫でられた。イースの教え方ってわかりやすくて助かる。理解しやすい。あと理解出来たら褒めてくれるってのも良いんだろうな。
まあとにかく、問題無いって事は良いって事だろうと思い、私は人形の左目へと手を伸ばす。
「……そういえば、まだ名前聞いてなかったっけ。何て名前なの?」
「僕かい?」
「うん」
脳内ではずっと人形呼びしてたからね。流石にこれは駄目だろう。従魔兼嫁に対して「人形」て。
そう思って聞いてみたが、人形はあっさりと、
「お母様には「我が子」としか呼ばれてなかったから、名前は無いんだ」
と答えた。
「折角だしミーヤが考えてくれない?」
「……了解。「従魔契約」」
人形の瞳に触れた感想は、「硬いな」だった。やっぱ義眼に近いんだね。キスした時も思ったけど、この子は完全に作り物なんだなーと改めて実感した。
私の指から出た魔力の糸がしゅるしゅると人形の左目に桜を描いていくのを見ながら、私は名前を考える。
……さーてどうしよう!
人形だからドールってのは、安直にも程があるもんね。マリオネット…って、確か操り人形って意味だっけ?アウトアウト!それは名前には使用しちゃ駄目な奴!
そうするとどうしようか……。
人形は白いシャツ…いや、ブラウスを着ている。首には赤いリボン。そして裾が広がっているロングコート。コートから覗くのは半ズボンで、そこから球体関節の足が伸びている。白い靴下はソックスガーターで留められていて、靴は人形がよく履いていそうな靴だった。
見た目や服装を見ると男の子っぽいけど、シルクハットのリボンとか、袖の所にフリルが付いてたりするのを見るとちょっと女の子っぽくもあり……多分、中性的をイメージしてあるのかな。
だとすると男でも女でも問題無い名前が良いよね。
えーと……人工生命みたいなトコあるし、聖書っぽいのとか?あんまり知らないけど。まずキリスト…は普通に駄目。異世界の壁を越えて怒られそうな気がする。だとすると……アダムとか、イヴとか?でもこれ男と女だからなー……。
あ!ノア!ノアの箱舟のノア!ノアって良くない!?……あー、でもあれって確かノアって名前の老人だったような……いやでも、名前だけ聞けば中性的な気がする。良いんじゃない?
ノアの左目に桜が花開き、私の指から出ていた魔力の糸がプツンと切れた。そして一瞬、桜が光る。良し、繋がった。
あ、ていうか左目だけ桜が刻まれてて、一見すると青とピンクのオッドアイみたいになってるね。
私は頬に手を伸ばし、硬いがきめ細かい肌に触れながら言う。
「名前、ノアっていうのはどうかな?」
「ノア……うん、良い名前だね」
「主に従順な人形である僕でも、流石に変な名前だったら拒否するつもりだったけど……うん、良い名だ」と、人形は……ノアは笑顔で頷いた。
「じゃ、これからよろしくね、ノア」
「ああ、よろしく」
そう言うと、ノアは部屋の扉まで移動し、ドアノブを握った。
「良かったら案内するよ。この館には珍しい布や本が沢山あるからね」
「もし良かったら、案内の間にミーヤ達が何故この館に来たのかを聞かせて欲しいし」とノアは続ける。
「僕の方の身の上…いや、作られる前の話とかも、ミーヤ達には伝えたいしね」
そう言って、ノアは笑顔で扉を開けた。




