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異世界で魔物使いやってます  作者:
異世界に来ました
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イース視点

意外とシリアス風味になりました。



「……引退してもう300年以上経ったのか…」



 ぼんやりと過去を思い出しては、ここ数百年の代わり映えしない日常に溜め息を零す。

 昔は良かった。若い時は見るもの全てが新しくて楽しくて、退屈なんてどこにも無かった。



「はぁ…」



 だというのに、今は何も楽しくない。

 昔は良かった。腹が減ったら気に入った人間や美味そうな魂を持った人間を襲い、犯し、そして魂を欠片も残さず食べ尽くして。

 周りの淫魔は皆体力も魔力も同じくらいだったけれど、自分だけは魔力が多めだった。魔法の才能が高いという事に生まれつきの鑑定スキルで気付き、率先して魔法使いを犯して食べた。

 他の淫魔達は色々な場所に行った経験があり体力もたっぷりで屈強な冒険者を好んだが、自分は魔法の知識が欲しかった。だから引き篭もりがちで、本の知識ばかりで、異性との会話すらまともにした事が無いような魔法使いを好んで食べた。

 淫魔からしたら経験が少ないのはからかい甲斐があるけれど、あまりに奥手な相手は面倒で仕方が無い。色に溺れ、すぐに手を出してくれるような人間の方が面倒が無くて良い。だから魔法使いなどは人気が無い食べ物だったが、そういう面倒な奴の方が魔法の知識が多かった。

 逆に、屈強で力が強く体力も多い奴は脳筋ばかりで対して役には立たなかった。魔法使いは確かに弱いが、その分知略を巡らすらしい。お陰で様々な言語も学べて満足だった。



 そんな風に生活をしていたら、欲に溺れるだけではなく知識を溜め込み多種多様な魔法を扱う淫魔がいると噂になっていたらしい。魔王軍から声を掛けられた。

 当時の魔王様は先代が脳筋だったせいで溜まっていた書類で大変だった。だから学がある魔族をスカウトしていたらしい。当時、まだ魔族は力押しすることが多く、大体は本能で勝利していた。そのせいで報告書も擬音ばかりで大変だった。

 正直に言ってスカウトを受ける気なんてまったく無かったが、当時召喚された勇者が淫魔の里に単身で来たのだ。その勇者はハーレムを作るのが夢だったらしく、片っ端から女に手を出して自分のものにしている事が淫魔の嗅覚でわかった。

 人間も魔族も関係ない。そう言うと綺麗に聞こえるが、ようするに「女なら何でも良い」という意味だった。他の淫魔達は色に溺れたその勇者を食べようと襲い掛かり、逆に勇者の虜になった。

 姿を消して見ていたが、どうやら犯した相手を自分に惚れされるような能力を持っているようだった。テクニックがあるわけでも無く、立派なモノを持っているわけでも無く、顔が良いわけでも無く、魂が上質というわけでも無く、強いわけでも無く、ただその能力があるだけだった。

 心の声を聞く限り、その勇者本人には戦う力など無く、惚れさせた女に戦わせているらしい。それを知った瞬間、その男に対しての興味は皆無になった。つまらなかった。



 だから、魔王軍に入る事にした。

 あんな面白みの無い男の味方なんて絶対にごめんだった。

 確かに淫魔はエッチな事も楽しい事も大好きだけど、だからこそ飽きっぽい。あんな将来性の無い男は嫌だったから、魔王軍を選んだ。

 あの勇者は色々な集落に行っては女を犯して仲間を増やしているらしく、こっちには中々来なかった。しかし、来た時には終わっていた。

 あの勇者はこっそりと魔王様の娘を犯して惚れさせていた。それが発覚した時には既に手遅れ。当時の魔王様は敗北し、勇者が魔王城を手に入れたのだ。

 そして魔王城は勇者の王城となり、魔王国は勇者の王国となった。

 自分を含めた一部の魔族は逃げ出して、チャンスを待った。勇者を討つ事を考え、魔王様の息子を鍛え上げた。



 そして、勇者は新しい魔王様に討たれた。

 魔王国は再び魔王のものとなった。惚れていた女達は皆、洗脳が解けたかのように正気に戻った。

 でも、あんなのはただの始まりだった。



 勇者はどんどん現れた。

 魔王が勝つ事もあった。魔王と人間とで友好関係を結ぶ事もあった。人間が勝つ事もあった。勇者が寝返る事もあった。魔族が裏切る事もあった。

 人間も魔族も、そして魔物も住む場所を取り合っては戦い、勝った方が土地を得て移住し、負けた方は辺鄙な土地へと追いやられた。

 勇者にも色んな種類がいた。



 心優しい王の為に戦う勇者が居た。自分の私服を肥やしたいだけの王だったからと戦いを放棄した勇者が居た。クラスごと召喚されたが自分だけ捨てられたからと魔王側に来た勇者が居た。宗教で人を洗脳する勇者が居た。魔族と恋に落ちて駆け落ちした勇者が居た。戦うよりも食事が良いと言う勇者が居た。元の世界に帰る為だと身を削って戦う勇者が居た。恩を返す為に戦うと言う勇者が居た。人質の為に戦うしか無いと言う勇者が居た。住みやすい世界にしたいと言う勇者が居た。妹の為だけに戦う勇者が居た。親の仇を討つ為だと乗り込んできた勇者が居た。元の世界を修復する為だと言う勇者が居た。恋人のところに帰る為に戦う勇者が居た。孤児を救う為に生きた勇者が居た。惚れた男の集落の為だと言う勇者が居た。ゲームのようだと楽しむ勇者が居た。心を壊された勇者が居た。裏切られて邪神に変じた勇者が居た。好きな食べ物を配る勇者が居た。知識にしか興味が無い勇者が居た。潔癖過ぎて死んだ勇者が居た。魔王様を倒した後人間に殺された勇者が居た。全てを放棄し宿屋を経営する勇者が居た。奴隷を買ってハーレムを作る勇者が居た。ダンジョンを作り出して金を稼ぐ勇者が居た。勇者は魔王を倒すものだからと攻撃を仕掛けてきた勇者が居た。



 沢山の、勇者が居た。

 同時に沢山の魔王様も生まれた。

 生存する事もあれば倒される事もあり、心優しい魔王様も馬鹿な魔王様も悪逆非道な魔王様も居た。

 一度馬鹿で野心が強い魔王様が勇者を召喚した事があった。

 本来勇者召喚は光魔法で呼び出すもの。それを闇魔法でやり、あの馬鹿魔王様は「この世の何よりも邪悪な人間を呼び出して、この世界を儂の手に!!」とかほざいていた。

 結果、異世界から呼び出されたもっとも邪悪な人間は魔王様の首を一番に刎ねて、魔王になった。新しい魔王様になった人間は人間の国に喧嘩を売って、召喚された勇者と殺しあった。この時の戦いは相打ちに終わり、両方の国が疲弊しきっていた。あの時期は質の良い魂も少なくなって最悪だった事を思い出す。



 そして現在。五百年前を最後に魔王様は人間との戦争を止める事を宣言した。

 よくよく思い返せば、あの短い期間に少なくない命が消えた。よく生き残ったものだと自分でも思う。お陰で「大戦の生き残り」なんて称号までゲットしてしまった。これがあると敵が強ければ強い程生き残りやすくなる。生き残っている以上、弱い敵に負ける理由も無く……ただ、生きるだけになってしまった。

 戦いも無くなり、ただ魔王城で書類整理や報告を聞いたりする毎日に飽き、引退した。

 私よりも長生きな魔族は本当に一握りだけだからと何度も引き止められたが、飽きたのでは仕方が無い。遊べないのは嫌。楽しくないのも嫌。新しく無いのも嫌。

 だから辞めた。



 けれど、やっぱり早計だったかと考えては溜め息を吐く。

 色んな所に立ち寄った。色んな人間の魂をつまみ食いして、殺さずに大量の人間の知識を仕入れた。知っている場所や知らない場所、新しい場所を見て回った。

 弱いの魔物から強い魔物まで、沢山狩った。

 時々邪魔な物を売ってお金を貰い、買い物をしたりもした。

 それでも、やはり退屈だった。



 男と遊んだ。一夜限りの関係は後腐れ無くとても楽しい。けれどその日だけしか楽しくない。一夜以上の関係を迫る人間は面倒だから嫌い。淫魔だとわかると態度を変えるのはそっちでしょう?

 お金を集めても、すぐに価値なんて変わってしまう。そもそも時代ですぐに違うお金になるから面倒だった。定期的に買い物はするが、どれも何となくで溜め込んでいるだけの物でしかない。

 見た目を変えれるし、服も好きに変えられる。だから人間の服を買っても意味が無い。

 人間の振りをして遊ぶのは好きだが、長い年月姿を変えないままでいると魔族だとばれてしまう。だからといって別人に変えると気付いてはもらえない。

 …そして、魔族だとばれると嫌悪される。

 見た目を偽っていただけで、人間は酷く嫌ってくる。

 だから人里から少し離れた。同じような人間と連続で接してしまい、疲れたから。




 ぼんやりと森を漂っていたら、急に気配が発生した。何かが生まれたわけでもなく、突然現れた。不思議に思って見に行くと、人間が居た。人間の子供が座り込んでいた。

 見慣れない服…否、かつての勇者が似たような服を着ていた事があった。まさか、勇者?

 そう思い警戒したが、その子供はきょろきょろと辺りを見回して、ハッと気付いたように立ち上がって服を確認し始める。確認してから安心したように息を吐き、また座りなおした。

 何だか久しぶりに面白い人間がいると思って、自分は黒い靄の姿のままその子供を見続ける。その子供は何かぶつぶつと呟きながら考え込んでいるようだった。

 荷物袋をひっくり返して中身を出し、確認してまた仕舞い直しその子は立ち上がる。すると、その子の目の前にホーンラビットが現れた。

 強い個体でも弱い個体でも無く、完全に平均的なホーンラビット。見ながら、あの子供がホーンラビットをさっくり倒すのだろうと思っていたのに、その子供は立ち竦んでいるようだった。

 ……は?ホーンラビットなのに?ただの雑魚相手に、「勇者」が恐怖するのか?

 そこで違和感を抱いて、その子供のすぐ後ろまで移動してその子供の好みの姿へと変身する。

 子供は女の子なのに露出の多い女の姿になったのには少し驚いたが、それよりも耳に届いた子供の言葉に、驚いた。



「…せめて、もうちょっとラスボスっぽいのに殺されてドラマチックな演出の最期が良かった………!!」



 思わず噴き出して笑ってしまった。

 ホーンラビットのような雑魚に殺される覚悟を決めたり、最期の言葉が変わっていたり。面白かったから、軽く火魔法でその子供を襲おうとしていたホーンラビットを丸焼きにする。うっかり火加減を間違えてただの墨にしてしまったが、まあ誤差の範囲内だろう。

 そしてその子供に話しかけたらまた笑ってしまった。

 だってその子、いきなり「痴女?」だなんて言うんだから!この姿はこの子の理想の姿なのに、理想の具現化を見て「痴女?」って!確かに今の姿は痴女のようだけど、頭の天辺から足の爪先まで、全てこの子の趣味なのに!

 思わず笑い転げてしまった。しかもうっかり脳内を覗き見たせいでより笑いが止まらなくなってしまう。いきなりこんな森の中に露出過多の女が現れて、しかも助けてくれて。そんな状況ならまず怪しいと疑うだろうに、可能なら傍に居たいって!見た目はそりゃあこの子の好みだろうけど、得体の知れない相手だって事には変わり無いのに!

 心を読んで、この子は本気で疑問を持っていない事に少しだけ驚いた。本気で通りすがりの人間だと思っている。どうやら異世界から来たのは間違い無さそうだけど、普通信じる?こんな森の奥で…ああ、異世界の人間だからここが森の奥なのかもわかっていないのか。



 どうにか笑いを抑え、会話をしつつ子供のステータスを「鑑定」した。

 しかしこの子供、こんな怪しい女が心を読めるって言っても魔物だと疑わないのか。あっさり信じたし。心が読めるのは本当だけど、それをあっさり受け入れてしまった事に少し不思議な感覚を覚えた。

 なんというか、警戒心が消えてしまう感じだ。

 まあ、レベル1の子供に怪我をさせられるような存在では無いけれど。

 ステータスの事を話した時も、まさか鑑定を持っていないとは思っていなかった。確認したら本当に持っていなくて驚いた。言いましょうか?と言ったらあっさりとお願いしてきたのにも驚いた。

 普通、信じないだろう。嘘を言ってる可能性が高いし、実際見えていたとしても他人に自分のステータスを見られたら不快に思うはずなのに。まったく不快に思わず、感心しかないその子の心に、むずむずする感覚を覚える。胸が少し痒いようなこの感覚は何だろう。

 聞かれるままに質問に答えるが、嘘を吐かれるとは微塵も考えていないその思考にまたむずむずした感覚を覚えた。質問への答えは全て真実だが、ここまで無条件にあっさりと信じられたのは初めてだ。淫魔だと隠している状態でも、ここまで素直に受け入れられた事は無い。



 人外好きという称号は目を疑っていたが、どうやら真実のようだった。獣人をブラッシングしたいと考える人間なんてそうそう居ない。人間は獣人を恐怖の対象として見ている事も少なくないのに。獣人が冒険者として活動するようになってからは偏見の目も大分薄れたが、やはりまだ異種族の壁は厚い。

 しかも、人ならざる者に好かれ、少しとはいえ人に好かれ難くなるというこの称号をあっさり受け入れた。その心に偽りは無い。人外と仲良くなれるという事に素直に喜び、人と仲良くなり辛いという事をあっさり受け入れた。

 ……さっきから覚えるこの不思議な感覚。この子供を大事にしたいという思い。……これは、称号の効果なのだろうか。試したかった。試して、試して………おそらく、自分の本心は「受け入れて」欲しかった。

 淫魔としては普通じゃなくて。魔族としても最早異端で。ただ生きるしかしていなくて。どれだけ人間に近づいても、人間でないと発覚すれば嫌われて。淫魔だとわかれば、本心すらも偽りだったと決め付けられる。

 だから、試してみたかった。

 目の前の子供にとっての淫魔の証である角、羽、尻尾を出して、言う。



「実は私、淫魔なの♡」



 子供は、驚いたように目を見開いた。魂を寄越せと言われて恐怖した?親しげに話していた相手が魔族だと知って、どう思った?

 叫ぶのか。怒るのか。嫌うのか。貶すのか。逃げるのか。

 その、どれでも無かった。死ぬのは嫌だが仕方あるまいみたいな覚悟を決めていた。

 しかも少し話しかけたらあっさりと「あの羽動いてないのにどうやって飛んでるんだろう」なんて、とんでもなく状況に適していない思考に変化した。警戒心が無いにも程がある。

 返事をしたら普通に反応を返してきたし、疑問に答えたらさっきまでと変わらないテンションのまま普通に会話になった。絶望するわけでもなく、ただただ混乱しているようだった。

 その混乱の仕方もおかしい。今までの人間は皆「信じたくない」という混乱だったのに、この子は「エッチが過ぎる!」という混乱だった。淫魔としては嬉しい反応だけど、状況に合ってないんじゃないだろうか。



 魂を食われれば死ぬという考えに、素知らぬ振りでさも誤解を解くように説明を始める。反応を見たかったからあえて誤解を招くような言い方を選んだし、そう思い込むのも当然だが。

 それにしてもこの子、説明が嘘の可能性があるのに何でこんなに信じるんだろう。嘘は吐いていないけれど、信じて飲み込んで納得する様子を見ているとまた胸の奥がむずむずし始める。

 見た目を変えたらどんな反応をするんだろうと思って男の姿へと変わった。この姿もまたこの子の好みに合わせてある。しかし、好みの異性や同性というよりも好みの「淫魔」の姿のようだ。普通好みの淫魔などいないはずなのに、「理想の淫魔像」があるなんて変わった子だ。

 しかも見た目、声、口調、人間が誰かを認識する時に必要とする部分が変わったのに、それらを「淫魔凄い」の一言で受け入れてしまった。その上魂までも元気に回復している。いくら好みの姿でも、普通淫魔が変身した姿なら警戒するのに。

 本来なら人間になんて教えない本当の姿を教えてやったら、疑問にも思わずすんなり受け入れた。どれだけ理想の姿をしていてもそれは幻想で、真実はただの靄って意味なのに、それを嫌がったりはしないの?ただの幻覚なんて馬鹿らしい、って言わないの?

 女も、男も、淫魔も、本性である靄ですらも。普通に受け入れて普通に納得して普通に会話を続けて。こんな人間は初めてだ。魂を食べたら記憶を共有してしまう。つまり、嫌な事も大事な事も特別な事も全て見られるという意味なのに、寧ろ嬉々として共有したがった。

 ……こんな変わった子は、初めてだ。

 ベロリと表面を舐め取るように魂を舐ったら、随分と耐性が無いのかその子は気絶してしまった。



「…本当に二時間全速力で走る程度しか食べてないのにねぇ」



 子供を抱き寄せて、頭を自分の膝へと乗せる。どうやら夢も見ずに眠っているらしい。

 淫魔の膝枕ですやすやと安眠している顔を見ながら、子供の記憶をゆっくりと辿っていく。………もし、この子が勇者なら。この子自身の記憶に残っていなくても、魂までは偽れない。きっと、神と会話した記憶があるはずだ。

 そう思ったけれど、無かった。

 本当に曲がり角を曲がった瞬間で途切れている。

 ……ただの異世界レベルの迷子、みたいなものなのだろうか。

 この子の記憶を読んでいると、家族は姉だけである事を知った。両親は早くに他界したらしい。こっちではよくある事だが、異世界では非日常のようだった。



 動物を飼いたかったが、世話出来ないからと姉に却下されて泣いていた。

 台所は姉の城だから、とキッチンに入れてもらえず、料理の仕方がわからない事を知った。

 学校ではほどほどに浅い友人を作って時間を潰しているようだった。



 ただの日常しかなくって、平凡で、普通で、何も変わったところなんて無くて。

 そんな子が淫魔である自分を受け入れてくれた事に、「嬉しい」と思う。

 そう、嬉しいんだ。この胸の奥を掻き毟りたいようなむずむずする感覚は、「嬉しい」という感覚だった。今まで食べた人間の魂で、感情なんて気にした事が無かった。ただ知識だけが目的だった。けれど、そうか。これが「嬉しい」なのか。作り物では無く、本当の自分ごと全てを受け入れられて、「嬉しい」。



「…そういえば、この子って「従魔契約」のスキルを持ってたわよねぇ」



 多分、人里までは一緒に行けると思う。だってこの子の方から一緒に居て欲しいって言っていたのだから。本性を知っても態度を変えなかったこの子なら、きっとまた一緒に居て欲しいと言ってくれるだろう。

 ……けれど。それでは、きっと駄目だ。終わってしまう。人里に無事着いたら終わってしまう。こんなに楽しかったのに。こんなに嬉しかったのに。たった数日で終わってしまう。

 それは嫌だ。

 嬉しかった。楽しかった。心地よかった。一緒にいれたら、きっともっと楽しくて、嬉しくて、退屈しないと思う。…そう、思う。

 淫魔は本来、一夜限りの関係だ。そんな淫魔が、一緒に居続けたいと思ってしまった。そう、一緒にいたい。一緒が良い。つまらないのは嫌だ。退屈なのは嫌だ。



「起きたら、私を従魔にしないか提案しちゃおうかしらぁ」



 断られたら、きっとこの子は断ったからと一人で頑張ろうとするのだろう。

 ……この子が欲しい。この子と一緒に居たい。

 もしこの子が一人だったら、この森は抜けられないだろう。きっとまたホーンラビットのような雑魚に狙われて、一撃で死んでしまうのが目に見える。

 だから、断られたら食べてしまおう。魂を丸呑みして、自分だけのモノにしてしまおう。もしくは封印系の魔道具を使って閉じ込めても良いかもしれない。

 ……まあ、それをやって嫌われたくは無いからアピールはするつもりだが。

 この子が欲しい。この子を守りたい。この子と一緒に居たい。

 もし従魔として受け入れてくれたなら、自分の全てはこの子のモノとなる。反対に、もし受け入れられなかったら、この子の全てを奪ってしまおう。

 この子の、美夜の世界には「神隠し」というものがあるらしい。神が気に入った子供を連れて行く。神じゃなくて、淫魔でも…良いはずだ。



「ああ、早く起きないかしらぁ」



 ああそうだ、起きたらこの子の名前を呼びたい。

 名前を呼んで、返事を返してもらって。そして自分の名も教えて、その名を呼んでもらって…。

 そこまで考えて、ふとかつての異世界人である勇者達を思い出した。彼らの名も、同じような名前では無かったか?もし自分が人前で彼女を呼んだら、そのせいで異世界人だと気付かれてしまうのではないか?

 …それは、嫌だ。

 奪われたくない。誰にもあげない。誰にも奪わせない。

 人間になんて、絶対あげない。



「そうだわぁ、ミーヤって呼べば良いのよぉ。それなら問題無いわよねぇ」



 うん、良い考えだ。

 記憶を見る限り彼女は結構適当なところもあるし、きっと受け入れてくれるだろう。





 実際、説明したらあっさりと受け入れてくれた。

 まるで自分が付けた名前を受け入れてくれたかのような感覚に、「嬉しい」という感情が胸の奥で膨れ上がった。同時に、イースと名前で呼ばれた事にもまた歓喜する。

 呼び捨てじゃない事は残念だったが、些細な事だ。

 人間と接する時は基本的に全てを偽っている。だから、淫魔の見た目で、淫魔だと知られた状態で、敵意など無い状態で、普通に名を呼ばれた事に「感動」した。

 「感動」は「嬉しい」が大きくなり過ぎて、胸の奥に「嬉しい」がじんわりと広がるような感覚だった。この感覚が消えない内に従魔契約の話をしようとしたが、ミーヤの腹の自己主張の方が強かった。まあ、人間だから仕方ないだろう。

 話が後回しになるのは残念だったが、勇者から貰ったアイテム袋が活かされて少し嬉しい。人間であるミーヤと一緒なら、使わずに溜まっていくだけだった物達も利用出来るだろうから。



 料理を作った。淫魔は普通料理なんてしないけれど、知識を試したかったから覚えた。人間の振りをしていた時に人間に食べさせた事があるが、淫魔だと発覚しない限りは好反応だったから腕は問題無いはずだ。かつての料理好きな勇者に異世界の味付けも学んだし。

 流石に従魔ですらない、野生の淫魔の料理なんて媚薬でも仕込まれている可能性があるから食べてもらえないかと思ったが、ミーヤは疑いもせずに美味しい美味しいと食べ始めた。

 ………作った料理を、淫魔だと知られた上で食べてもらえたのは初めてだ。



 食べ終わってから、本題の従魔契約の話を始める。

 やはり断られたが、断る理由は全てミーヤ本人の問題だけだった。淫魔である自分を拒絶しているわけでは無い事に少し安心した。

 寧ろかなり好感触のようだ。これなら押せばいける。そう思いどんどんアピールをしていくと、ミーヤは心の中で弾けた。弾けたというか、気持ちを全て暴露した。心の中でだけど。

 心を読んで嫌われていないのは知っていたけれど、まさかここまで気に入られているとは思わなかった。思わず笑みが漏れてしまったが、ミーヤは気付いていないのか恥ずかしそうに「仲間になって欲しい」と言ってくれた。しっかりと言質は取った。こちらから断るなんてあり得ない。

 普段だったら仲間なんて面倒なもの、絶対にお断りだと言っただろう。けれど、彼女だけは。ミーヤだけは特別なんだ。受け入れてくれた。淫魔の自分を信じてくれた。疑わなかった。そんなミーヤを、好きになったんだ。



 早速従魔契約を!と思ったが、契約印で少し時間がかかってしまった。

 けれど、ミーヤはちゃんと考えて付けてくれた。従魔を、魔物を道具だと思う魔物使いは少なくない。だがミーヤはちゃんと魔物の事を考えて悩んでくれている。

 ミーヤにとっては些細な事だろうけど、それがとても嬉しい。

 魂を食って記憶を共有する淫魔は、他よりも人の本心に近いところに居るから。だから、純粋な思いやりが何より心に染み込むのだろう。

 まったく、やはりこんな純粋な子を一人で人里になんて行かせられない。ただでさえ「人外好き」の称号で人との友好関係を築き難くなっているのに…なんて、従魔契約を断られたら食うつもりだった頭で考える。自分の事を棚に上げるのは魔族の常識だから仕方ない。

 どうやら印が決まったらしい。ミーヤの国、記憶にあった綺麗な花である「桜」の印にする事に決めたようだ。……心の奥底で、故郷である日本との別れを完全に覚悟した事がわかる。

 今までの勇者が故郷に帰れたなんて話は聞いた事が無い。だからこそ壊れた勇者も何度か見たが…こっちの世界で、自分と生きる事を決めてくれた。それが、一番嬉しい。



 胸元に付けられた桜の印を指でなぞる。

 淫魔が所有印を付けられるなんて、滅多に無い事だ。普通は縛られる事を嫌う種族だから。くすくすと笑いながら、淫魔らしくミーヤを軽くからかう。それにもただツッコミをするだけで、嫌がったりはしない。

 ああ、やっぱりミーヤと契約して正解だった。

 それを確信として抱いたのは、ステータスを見せた時。

 年齢もレベルもスキルも称号も普通ではない、それを見た時。ミーヤは驚いたようだったが、それで嫌ったりはしなかった。元魔王軍幹部だと知っても、「凄い」で終わる。

 普通の人間なら、契約した魔族がこんなにも強かったら何か悪い事を考えるものなのに。一般人が強い力を手に入れたら、自分の欲望を叶えようとする。

 なのに、ミーヤは「第一村人かと思ったら魔族で、魔族だと思ったら従魔になって、そしたらその従魔がとんでもなく強いとか想像もしてなかった」なんて考えていた。

 それ以上の考えなんて無くて、ただそれしか考えてなくて、普通に受け入れて…。 

 そんなミーヤだから、従魔になりたいと思ったんだ。





 さて、仲間も出来たし旅立とうと話していたら、ミーヤが顔を赤くしてアイテム袋から自分のカバンを出して欲しいと言ってきた。



「カバンの中にポケットティッシュあるから…。あの、何ていうか、飲み食いしたら起こる自然現象が今どっと来た…」


「?」


「あの、つまり、その、トイレ行きたいっす」



 成る程、と納得した。心を読んでも感情だけが強いとそれがノイズになって詳しくは読み取れなかったりするから、こうやって話してもらわないといけない。例えるなら怒っている時などは、怒りの感情に呑まれていてはっきりとした言葉にはなっていなかったりする。そんな感じだ。

 とにかく早く用を足したいからとその辺でする覚悟を決めたようだが、そんな必要は無い。



「ならぁ、勇者が発案したトイレ魔法があるからそれ使う?」


「マジで!?何それ!」


「土魔法で狭い個室を作ってぇ、その中にトイレを作るのよぉ。用を足したら元の土に戻しちゃえば土と混ざってわからなくなるわぁ。昔は冒険者達が喜んだんだけどぉ、いつの間にか忘れ去られたみたいなのよねぇ」


「あの、説明はありがたいんだけど作ってもらえないかな!?ちょっと限界!」



 本気でキツそうだったのでさっさと土魔法でトイレを作った。

 ミーヤは即行で中に入っていった。かなり限界が近かったらしい。

 ちなみにこのトイレ魔法は、水魔法でウォシュレット、闇魔法で排泄物を肥料に、風魔法で臭いを消したりと+αがある。現在は全て忘れ去られているが。

 ……女性冒険者達が発案した勇者を崇め奉るかと思う程に喜んでいたと思うのだが、本当にどうして廃れたのだろう。勇者が考えて広めた知識などを一部の有力者が独占したりした事があったが、それの巻き添えでもくらったのだろうか。

 


 ミーヤが用を足してから出発した。自分は淫魔という排泄などを必要としない種族だからトイレ魔法は意味の無い魔法だったが、ミーヤの役に立てて何よりだ。

 途中、イチゴを採取した。ジャムをスプーンに乗せ「あーん」したら疑うどころか、喜んで口を開けて食べてくれた。普通の人間なら淫魔が食べ物を差し出してきたら体に何らかの害があるものだと疑うのに、まったく疑わず食べてお代わりまで催促してくる。その信頼しかない態度に、また胸の奥がぽかぽかむずむずとしてしまう。



 食べてから魔法の説明をした。多少手抜きの説明ではあったが、魔法初心者には丁度良い情報量のはずだ。普通の人間は二種類の属性があるくらいで、それ以下だと落ち零れ、それ以上なら優れた使い手と言われている。しかしミーヤは妄想癖のスキルのお陰か全属性の魔法が使えるようだった。

 …いや、もしかしたら異世界の人間は魔法が使えない世界出身特有の何かで全属性を皆持っているのだろうか。七属性以外の属性を使える勇者も沢山居たし。木や砂、歌など多種多様な属性を持つ勇者達が居たのを思い出す…………が、まあ、さして気にする事でも無いか。

 淫魔は本来闇魔法くらいしか使えないが、自分は沢山の魔法使いを食ったお陰か光魔法以外使用可能だ。これはかなり優れていると言えるだろう。

 何百年も前は三種類以上の属性を持った人間が沢山いたのだが、そういう人間を一箇所に集めて情報の規制やら何やらをした有力者が居た。そのせいで魔法を使いこなせる人間がかなり減ったのは残念だ。日常生活を魔法ではなく魔石でどうにかするようになったのも大きな原因だろう。



 説明が終わってから、少しミーヤをからかってみた。

 これから共に行動するなら男の自分になる事もあるだろうから、そっちにも慣れて欲しかった。だから男の姿になったが、ミーヤはやはり嫌がらなかった。

 少し慌てていたが、異性と触れ合うのに慣れていないからこその反応だった。成る程、淫魔としては異性慣れしていない人間など食べるのに手間取る面倒なモノだと思っていたが、この反応は中々にそそるものがある。

 ミーヤの内心はやはり純粋だった。女がいきなり男に変わったら、それはもう驚くものだろう。ミーヤの好みだから特徴こそ変わっていないものの、性別も声も口調も服も変わっているのだから。だが、ミーヤは受け入れた。

 「慣れないと」「性別が変わったくらいで態度を変えるのは良くない」

 そんな心の声が聞こえた。

 今まで、そんな風に考えてくれた人間はいなかった。性別が変わったくらい?いや、今までは皆淫魔だとわかった瞬間に態度をガラリと変えていた。姿も性別も変わるし種族も違う。そんな存在である淫魔をただの「恩人で仲間」としか認識していない。

 こんなに綺麗な感情だけで思われたのは、初めてだ。



 魔物の説明をする時に、何となく思いついて服装を変えてみた。ミーヤの好みに合わせて筋肉の形がわかる少しサイズ小さめのジャージ姿だ。女の姿なら露出多めの女教師が好みのようだから、次に女の姿で説明するならそっちでも服装を変えてみるのも良いかもしれない。

 こういった服装チェンジはある意味性癖に合わせているともいえるから、こっちとしては相手の魂が回復するのが目に見えて楽しい。回復しているという事は、この姿を見て幸福を感じているという事だから。

 ミーヤの目は性的興奮も少し含んでいたが、今まで見てきた目に比べれば本当に些細な性的興奮だ。少年が女の胸を見て性の目覚めを覚えるあのレベル。可愛いものだ。



 淫魔の夢というスキルで軽く幻覚を見せてスキルの説明もしたが、ミーヤは「淫魔こっわ!?」と言うだけだった。しかも内心で怯えているのではと思ったら、「仲間で良かった」だなんて考えをしているんだから。

 こんな能力、敵だったら確かに面倒だろう。しかし、仲間である方がより危険性が高いと判断される能力だろうに。そんな能力を持った存在が仲間で良かったとあっさり言い切れるなんて……また、胸の奥がむずむずする。



 実戦で魔法を使わせてみたが、やはり妄想癖のスキルのお陰かかなり高位の魔法使いレベルの魔法も使えていた。念の為に人前ではこういった上級の魔法は使わないようにと注意しておく。

 初めて魔法を使うと魔力が体中を巡り出しかなり疲労するが、初めての魔力酔い中にどんどん回復してどんどん魔力を使う方がMPが増えやすくなる為、MP回復の蜂蜜を飲ませて頑張ってもらう。

 少し悪戯心で蜂蜜を指に絡めて口の中に入れてみたらちゅうちゅうと吸われた。夜の情事を思い起こす吸い付きに少し我慢が出来なくなりそうだったが、嫌われたくないからどうにか抑え込んでみせる。淫魔は本来我慢とは無縁の種族だが、出来ないわけでは無いようだとこの歳で始めて知った。



 人里のある方向へと向かいつつ、魔物がいる方向に寄り道しながら進む。思っていたより狩れたし、ミーヤのレベルも充分上がった。

 想定していたよりもミーヤの疲労が色濃かったのは心配したが、そんな状態でもミーヤは魂をくれようとした。少し舐めるだけならば確かに死なないが、それでも多少の衝撃がある事を既に知っているはずなのに。そういうところにも、また惚れ直した。

 風呂に入りたいとミーヤに言われて、そういえば人間は風呂が必要だった事を思い出す。淫魔は見た目そのものが偽りゆえに老廃物なども出ないから忘れていた。

 風呂を作ってミーヤが入っている間に動きやすい服を選ぶ。セーラー服ではやはり目立つ。色々と取り出して考えてみたが、人里ではきっと田舎から出てきたと言う事になるだろう。そんな人間が綺麗な服を着ているのはおかしい。だから、冒険者の中でも新米が着るような服を選んだ。色も地味だし飾りも無いが、少なくともセーラー服よりは良いだろう。



 ミーヤが浴槽から上がったのを確認して目隠しの中、風呂場へと侵入した。着替えを持ってきたという言い訳付きだ。そう言うとミーヤはあっさり信じ込んだ。

 というか、今は女の姿だから警戒していないのかもしれないが、ミーヤは全裸だった。疲労のせいか恥ずかしがりもせずに着替えを受け取ろうとするからひょいっとその手を避ける。

 不思議そうな顔をしたが、濡れた手で服に触れない方が言いと言い訳をしたらまたもやあっさり納得した。人里に出たら即行で騙されるんじゃないかと心配になる程素直な子だ。

 着替えを一旦置いて、タオルを取り出してミーヤの全身をくまなく拭く。

 最初は逃げようとしていたが、逃げられないように動きつつ拭いていたら諦めたようだった。自分の手の中で大人しくしているミーヤを見ると、性的な意味で食べたくなってくるが、我慢する。ここで手を出したらもう二度とこういったスキンシップが取れなくなるだろう。

 これからずっと傍に居るのだから、慌てる必要など無い。

 ゆっくりと包み込むようにミーヤの体を拭いつつ、笑う。



 ああ、こんなに楽しいのは久しぶりだ!



イース視点での一人称が「自分」なのも、性別がわかり辛い喋り方も間違ってないですからね!

イースは淫魔であり、性別の無い黒い靄なので根本的に無性別です。女であり男でもあり男ではなく女でもない。それが淫魔。

なので自分という存在を差す一人称は「自分」、口調はどっちとも取れるようにしました。

最初の喋りは多分黒い靄状態で呟いてたんじゃないですかね。

あと初心な人間の相手をするのを面倒臭がるのは、あれです。カニは美味しいけど剥くの面倒なんだよねのあの感情です。

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