5. 原典
「迷宮探索なんて無理だよ⁉︎」
「今やれとは言ってはおらんが、翌日には行って貰う。それまでにしっかりと休めておけよ」
そう言ってアルカルドは別の部屋へ立ち去ろうとしたが、何かを思い出したのか足を止めた。
「あと、肝心な事を言い忘れていた」
「?」
「探索中に冒険者の遺体があれば、儂の元に持って参れ!『喰いかけ』ならば放っておいても良いがの」
「にぇ...!」
それを聞いた時、アンドレは試されているような気持ちになった。
行方不明者の身元を判別したり、正式な死亡処理を行うなどの目的で、冒険者の中には死体回収の為にパーティーが組まれる事がある。
彼女が言っている事は人間の『死』を冒涜する行為。これを行えば、人のまま人外へと成り果てる事になるだろう。
「『何でもやる』と言ったな?出来ぬのならば代わりに貴様の身を捧げて見るか?」
「...わかった」
結局はお尋ね者と変わりないか...として僕は首を縦に振るしか無かった。
「では、期待しておるぞ」
そう言って今度こそ別の一室に戻っていった。彼女の自室らしいが、傲慢な物言いが刺さったのか、これ以上気安く踏み入る事は出来ないでいる。
それはアンドレの立ち位置が決定した事に他ならなかった。
「くそぅ...いっその事中年男性だったら怖いだけで済んだのに...」
しかしながら、このままでは終わらんぞと意気込むアンドレは、この一室にある書物の並ぶ棚に目を向けた。
先程は、表紙をぱっと覗いた程度であるが、ここにはまだ見ぬ蔵書が詰められている。
戦闘をこなして経験を積むのが一般的だが、呪文を用いて戦う場合、優れた魔導書を読み進め、知識を積み重ねる事も己を鍛える手段になり得る。
あの小っちゃいヴァンパイアの言いなりになるのは悔しいが、力を持てる環境は十分整っている。仲間を犠牲にしてまで欲しいものではないが...
僕は棚一杯に並んでいるものから、赤い表紙の本を手に取った。
その本には”ハイト”という著者名が記されている。
「(”火炎魔神”と呼ばれ、攻撃系統の呪文を一から創り上げた大賢者...)」
教科書でも多く見聞きする名だ。勿論、魔道を志す者として尊敬する人物の一人である。
しかしながら彼の著書の多くは世に出ているものばかりだ。特に珍しいものでは無いのだが...
「...なんだこれは」
書を開くと、何かが頭の中に入り込んで来るような感覚がした。
「ッ...!」
そのせいか、頭痛もする...は...吐き気もだ...とうとう頭を抱えだしたぞ...
「勉強熱心じゃな」
「ん...」
声をかけたのは先程出て行ったアルカルドだ。
「ちなみに儂は手を洗っただけじゃ。大した用事じゃーない」
「これは一体....」
途切れそうな声でアルカルドに聞いた。やはりこの本は普通じゃなかったようだが、彼女はそれを知ってるのか?
「ハイトの”原典”を開いたか。これは儂の蔵書の中でもお気に入りの一品じゃぞ?」
「げ...”原典”だって⁉︎」
それは世に一つだけ存在する著作者直筆の書物である。市場に出回っているもの全ては、それの写本であり、魔力反応の少ない一般向けの書物。謂わば水で薄められたワインのようなものである。
ちなみに”原典”のように極端に魔力の篭った書物を読んだ場合についても説明しておこう。
一言にまとめれば『脳が焼き切れる』である。
魔力によって、圧倒的な情報量が読む者の脳髄に無理矢理押し込められ、苦痛に喘ぐのだ。最悪自壊の可能性もある。
しかし、絶え間無い苦痛に打ち勝った者は見た内容を長年染み付いているかのように行使する事が出来るのだ。
読めさえすれば短期間で強くなれるという夢のアイテム。鬼をも殺す最上級ワインなのだ。
「ああそうだ。この際だから儂の本棚を漁るのは良いが、果たして貴様に読み切れるかな?」
「...やってやるさ」




