34. 一欠片1日分
呪文は、どの形式を用いてもそれ自体のパラメータが変わるわけでは無い。ただ、使いやすいものか、そうでないかの違いが出るだけだ。
「えーと、その形式をとるならば、八ページからになりますね」
「...どゆこと?」
「これは、色んなパターンの習得法があって、その中から選択した一つ以外は使わないって事です」
「なるへそ、気の利く著者だな」
という事は、実質的な勉強量は割と少なくなって、ちょっとは楽になるかもしれない。
と思ってから体感でおよそ一時間が経とうとした時...
バチバチバチィッ!
「うぎゃあっ!」
別にそんな事は無かった! 電流のような何か僕の頭を駆け巡る。
「どんなにお膳立てをしようが、結局アンドレ君が原典に目を通す事には変わりありません。後は貴方次第です...」
「うんぬぉぉぉ....」
痛みに耐えかね、ヒョロヒョロの魔術師らしからぬ唸り声をあげているが、こんな所で頭をイカれさせる訳にはならない。まだまだ見習いの域を出ず、パンチ一発で沈む肉体だが...
「(心は戦士...!)」
負けじと更に気持ちを強め、痛みを誤魔化した。たまには脳筋に準ずるのも良いもんだ。
それから数分後、今見ている内容を全て理解したと感じると、途端に頭痛がおさまって、僕は反動でテーブルに突っ伏した。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫...ハァ...」
これで二ページ程終えた事になる。『一粒三百メートル』なんていう売り文句を聞いた事があるが、この本は『一欠片で一日分』だ。
「...しばらく休憩にしましょうか」
「ありがとう...」
勿論、八ページ目から二ページ進めても、次は十ページから始まる。まだこれだけあるのかと言いたいところだが、探索による実践もあってか、原典の進行ペースは以前よりも上がっている。
「アンドレ君もお腹も空いてるでしょう、食事でもしましょうか」
そう言ってシェリダンさんは『ブラックボックス』から、街で調達してきたであろう、パンなどを取り出すと、今度はテーブル向こう側のソファで横になったアルマの方を向いた。
「貴方もね、僧侶ちゃん」
するとアルマは、脇腹をつつかれたようにビクリと跳ねた。あいつ、もう起きていたのか...
「バレてたかー...」
こうなっては仕方ないとばかりにアルマは「よっと」とかけ声を入れて、こちらと同じ態勢になった。
三人が腰掛けた中、シェリダンさんはナイフを懐から抜き、一斤のパンを適当なサイズに切ってみせた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
僕は一言お礼を述べて、一枚となったパンにかぶりついた。
「わたしも、いただきます」
アルマも同じくパンを手にとると、シェリダンさんはポットと人数分のカップを持ってきて並べ、
「お茶も淹れておきますね」
そのまま流れるように、ポットの中身を一人分づつ注ぎ込んでくれた。その様をアルマは疑うような目で見ている。
「あなた、本当に吸血鬼なの? なんか野生的じゃないっていうか、紳士的っていうか...」
「ええ、れっきとした吸血鬼ですよ」
シェリダンさんはそう言って口を開き、異常に発達した犬歯を見せた。
一瞬だけ、穏やかだった彼女の雰囲気が変わったのように見えた。冒険者を吸い殺した直後のあの表情。それをこちらに向けてこないだけで、シェリダンさんはやはり異種なのだ。
アルマも僕と同じような反応している、という事は、理解出来たという事なのだろう。




