19. 逃げられたけど逃げられない
よくわからないけど大陸最強の冒険者をやっつけてしまった。確約された死から生き延びた安堵感や、驚嘆が入り混じり、今自分がどのような表情をしているのかがわからない。
「とんだインチキジジイだ」
もしかしたら自分はすごいパワーを手にしているのでは無いかと思った。あのスーパーニンジャを屠ったという黄金の星をこのモンスターは持っているのだ。
しかし、稲妻の如き奴の急襲によって、ヴィンク以外のモンスターを全て殺されてしまった。彼がついているとはいえ、これ以上の探索は不可能だ。死体の嵐卿の身を手土産に撤退をしなければならないが...
「おい、お前!」
背後から何者かの声が聞こえ、僧侶の呪文によるものと思わしき明かりに照らされる。
「(ま、まさか...)」
振り向くと、6人ものの一団が現れた。剣と鎧と法衣、冒険者パーティである事は間違いない。まずい、と感じたが、間合いに入っても得物を抜かれず、先頭の戦士はさらに話を続けた。
「お前達も冒険者なのか?」
ヴィンクも召喚された魔物だとは思われなかったようだ。という事は...
「(戦闘を、回避できる?)」
明らかな怪物を率いていれば怪しまれていただろうが、そのような奴らが全滅していたのはかえって幸いだった。
ならばこの問いかけはこう応じようか。
「うん。仲間がやられてこの有り様なんだ...」
可能な限り悲しそうな表情をして、首を狩られた僧侶の死体に目をやった。この状況ならば、『ゾンビの群れに仲間を襲われ、何とか片付けたが、自分だけ生き残った』というシナリオが作れる。両者の死体に注目すれば勘付かれる可能性があるが、大して目を向けられず、ふむふむと頷いてくれた。
「それは気の毒に...ひとまず街まで連れて行ってやるから安心するといいさ」
「(げっ...)」
連れの僧侶の気遣いともとれる言葉は、アンドレにとっては余計なおせっかいどころか、されては困る事であった。それはまずいと思い、すぐさま控えさせようとした。
「いやいやいや!僕ちょっと落し物を探しているから今帰れないんだよな〜...」
即興なせいか、しょぼい理由しか捻り出せなかった。こんなので彼らが食い下がる筈がなく...
「ならば俺達も一緒に探してやらないとな」
戦士の一人はその仲間達に向き直り、掛け声で頷かせた。嘘のつき方がヘタクソなせいか、状況が悪化するばかりだった。
「(かくなる上は...)」
最終手段をとるしか無い。アンドレは冒険者達に背を向け、ヴィンクと共に逃げ出そうとする。流石に、これにはおせっかいをかけられまい。しかし...
「あ、あれ? 身体が...う...ご....け....」
何故かアンドレは痺れて動かなくなり、ばたっと倒れた。これは魔術師の使う拘束呪文によるものだ。何故かとは言ったが、理由はすぐに明白になった。
「よーし、ファインプレーだ魔術師C」
「みすみす大金を逃す訳にはいかなくってよ」
「(顔が...割られていたか..,)」
それを聞いた時、やはり彼らには明確な敵意を持っていた事がわかった。薄々感じていたのだが、なぜ自分はすぐに逃げなかったのだ、と強い後悔の念に駆られた。
「(だがこちらには最強じーさんがいるんだ。奴らをブッ飛ばすんだ...)」
しかし、ヴィンクの姿はいつまで経っても見えない。麻痺呪文のせいで首を動かせないという事もあるがまさか...
「おいおい、あのジジイも逃げたけどどうするか?」
「追いかける必要性は無いと思うわ。こいつだけ持ち帰りましょ」
「そうだな」
駄目だ、完全に逃げられた。使役しているモンスターでも不利な状況になれば逃げる可能性があるという事はアルカルドに流し込まれたおかげで心得ているのだが...
「遠慮なんてするな。俺達がお前の行くべき場所にしっかりと連れて行ってやるからよ」
「このガキンチョ一人に50万Gものの首がかかってるなんてなぁ...」
「ラクなもんだな、ボランティアか?」
「(うわ高っ...)」
懸賞金については目を向けていなかったが、恐ろしい事になっていた。戦闘力の査定無しで、やった事だけで数年分の収入だ。アミュレットとは如何に重たい物かがわかる。
麻痺のせいで身体も口も碌に動かせない。裁量は彼らの思うがまま。そして彼らは僕を断頭台に突き出そうとしている。このままではこちらを覗く死神を背景に『ざんねん!わたしのぼうけんはここでおわってしまった!』なんてことになってしまうぞ。
捕まってしまったアンドレは殿の魔術師に引きずられるように出口へと運び込まれようとしている。そして冒険者達は懸賞金の振り分けについて陽気に話し合っていた。未だ迷宮の外に出ていないのにも関わらずだ。
モンスターの急襲を受けて全滅して頂きたいのが唯一の希望だが、浅い層でそんな都合の良いパラメータの奴はいない、
はずだった。
バウッ!バウッ!
軽快な脚付きで駆け寄る影が複数。冒険者達より先にアンドレはそいつらを認識する事が出来た。
「(こいつらはこの層のモンスターではない、という事は)」
イヌのような動物の一匹は飛びかかり、殿の魔術師の喉笛に喰らい付いた。
「あがっ...」
その魔術師はそのままモンスターに押し倒され、頭から貪られた。カラン、と落ちた杖の音に気付き、前にいる盗賊は振り向いた。
「なんだ魔術師D、だいじょう...ぐわっ!」
続けてやってきた同様の魔物に爪で切りつけられた。かろうじて急所は外したが、肩のあたりに深い裂け目を作ってしまう。
「へ...『ヘルハウンド』だ!」
今度こそ異変に気付いた一行はモンスターの対処すべく、得物を抜き始めた。しかしながら、ヘルハウンドは今いる二匹だけではなく、さらに続けて六匹ものの群れも大挙し始めた。それらは決壊したダムのようになだれ込んでくる。
「馬鹿な⁉︎ そんなモンスターはここでは想定されていない筈...!」
「二、三匹こっちに来る..うわあぁぁぁ!」
流石に八匹ものの大群をいなせるパーティではなく、瞬く間に蹂躙されてしまう。
「うぼぁー!」
「このままでは終わらんぞぉぉ...」
「俺はスロースターターなんだよォーッ!」
腕を噛み切り、火が吹かれると、彼らは身を焼かれる苦しみに甲高く叫び、呻いている。その様はそいつらに酷い事をされようとしていたアンドレでさえ気の毒と震え上がる程だった。
「(あわわわ...ん?)」
遅れてやってくるモンスターも出てきた。冠のように、何かしらの切り抜かれた頭蓋骨をかぶり、また骨で装飾された杖をつつく小鬼らの姿。奴らは恐らく『ゴブリンシャーマン』。脳ミソの小さいゴブリン共の指導者だ。ヘルハウンドが先行しすぎたせいでこいつらの場は無かったが、その中に紛れる見慣れた『彼女』も同様であった。
「アンドレ君⁉︎」
「(シェリダンさんだ...助かった...)」
パーティの殲滅が終わったのか、彼女のもとにヘルハウンド達が集まっていく。すると先ほどの凶暴さはなりを潜め、飼い犬同様に大人しくなっていった。
「(こいつらがこの人の...)」
ヘルハウンド八匹、ゴブリンシャーマン五匹。これが吸血鬼シェリダンの率いるモンスター軍団。やはりレベルの違いを思い知らされた。




