マシュマロとオレ。
「それで?」
ビルの壁でタバコをもみ消しながら、オレは言った。
最近の好みはマルボロの赤、ライトだ。
「……それで、って?」
弱弱しく震える声にこんなにもイラつく理由が分からなくてますますイラつく。
少しうつむいたその顔も、猫背も、立ってる位置も、なにもかもが気に入らねぇ。
「ごまかすんじゃねぇよ」
問答無用でぶん殴りにいきそーな自分に気づいて、指先から少し力を抜く。
あっけなく、マルボロの残骸がむきだしのコンクリートに落ちた。
そのかすかな音さえ致命的な失敗のように耳に響いて、オレはとんでもなく怯えてる自分を知った。
そうだ、ひどく怯えてるんだ、と改めて思う。
盗んだバイクで爆走して事故った時だって、ここまで怯えたりなんかしなかったオレが。
よりによって眼の前のバカのせいで。
「懇切丁寧に聞いてやろうか? お前、ここで何しようとしてるんだ、って」
そう言ったオレのほうが、追いつめられてる気がした。
このバカ・・・マシュマロは、むかしっからよくイジメられていた。
あのなまっちろい肌とぷよぷよした体つき、猫背に煮えきらねぇ態度。
それが、イジメとマシュマロってあだ名の原因だった。
気まぐれにかばってたのも小学校までだった。
マシュマロは中学受験して遠くの私立に行き、オレは近くの公立に進んだからだ。
そんで、中学を卒業するころには、オレはマシュマロのことなんか忘れてた。
遊びに出た夜の街で、カツアゲにあってるとこに出くわすまでは。
ぶっちゃけ、一目でマシュマロだと分かった。
ぷよぷよしてた体はふくよかってレベルに収まってたものの、なまっちろい肌と猫背がそのまんまだったからだ。
カツアゲしてたのは、県内でも有数の進学校の制服を来た奴らだった。
マシュマロもおなじ制服だったからクラスメートだったのかもしれねーけど、そんなことどうでもよかった。
その日のオレは、ひどくむしゃくしゃしてて何かにあたりたくて仕方がなかったんだ。
喫煙だか飲酒だか、それとも無免許運転だかがバレて親父に殴られたからじゃないかと思う。
正確な記憶なんて、残ってねーけど。
とにかくカツアゲしてる側の奴らがあんまりウザかったから、奴らが取りあげて騒いでたマシュマロのケータイを奪い返して、そのときに投げかけられた脅迫めいた言葉ぜんぶ録音して、そんでマシュマロの手をひっぱって逃げたのは確かだ。
その足で、一番近い警察署の開きっぱなしの扉から、そのケータイ投げ込んだのはまぁ、言ってみれば単なるガキの思いつきだった。
難しい顔して机に向かってた警官の頭に
『イジメがつらいので自殺します。このケータイに録音した会話が証拠です』
って書いた手紙つきのケータイが直撃したとこまで見届けて、とりあえずずらかって。
家に帰る気はもちろんしなかったから、塾をさぼることになったマシュマロと適当に遊んで公園で野宿して、そんで朝がきたから別れた。
その間、警察から学校とマシュマロの家に電話が行って大問題になってたらしい。
後で話を聞いたオレはむしろ職務に忠実な警官に感心したけど、マシュマロはそれだけじゃすまなかったそーだ。内密に事情聴取を受けて、調書取られて大変だったらしい。
でもまぁ、録音にカツアゲしてた奴らの名前まできっちり入ってたってあたりはいっそ笑い話だ。
結果的に、金額が大きすぎて何人かが鑑別所送り。
いいとこの奴らが行く学校だったから停学やら退学やら一時期大変だった代わりに報復に来るほど危ないヤツはいなかったらしく、マシュマロに手を出すやつも少しは減ったとかで。
オレはそんなこと忘れて、適当に夜遊びをくりかえしてたんだが。
ある日マシュマロにつかまって、散々ありがとうだとか命の恩人だとか言われて、つきまとわれてるうちにガキの頃みたいにツルムようになった。
っても、マシュマロは酒も飲めなきゃタバコも吸えねぇヤツで。
無理に飲ませんのもめんどくさかったから、ゲーセン行ったりてきとーな話したりするだけの付き合いだったけど。
なんとなく、オレはその時間が嫌いじゃなかった。
走馬灯のように思い浮かぶ記憶に舌打ちする。
まったく、縁起でもねぇ。
「なぁ、ここで何しようとしてたんだよ、マシュマロ」
もう一度、同じ言葉をくりかえして、オレはうつむいたままのマシュマロを見つめた。
「このオレにありえねぇ電話して、他人サマのマンションの屋上に来て、何してやがんだテメェは」
いつものように凄むことはできなかった。
何が、今までありがとう、だ。
何が、迷惑かけてごめんね、だ。
あげく、やっぱり僕はダメなんだ、と来た。
でめぇ、なめてんのか。
いっそ殴ってやるからこっち来やがれ、バカめ。
「……して」
「ぁあ? 聞こえねぇよ。もっとでけぇ声で喋れ」
ようやく返ってきた返事にほっとして、オレは思わず怒鳴っていた。
聞こえねぇのは本当だった。膝が震える音が邪魔だ。
こちとら、12の頃から筋金入りの喫煙者だ。
肺なんかとっくの昔に真っ黒だ。
そのオレに、どんだけ走らせやがった。
ほんと、信じらんねぇよバカだよお前。
続けて怒鳴ってやりたいのをなんとかこらえる。
自分がここまで我慢強いなんざ、はじめて知った。
「…っどうして! どうして、こんなところまで君がくるんだ」
マジ殴る。
そのツラ、あとでぜってぇ殴ってやる。
ついでに腹も背中もとにかくタコ殴りだ。
顔は平手にしてやるから盛大にからかわれやがれ。
心の中で勝手に決めて、オレは当たり前すぎる理由を叫んだ。
「バカを連れ戻しに来たに決まってんじゃねぇか! このバカ!」
叫ぶそばから、マルボロの残骸が風に転がってくのが視界に映る。
どうしても止まらねぇ足の震えが忌々しくて、壁に拳を叩きつけた。
痛みに、少し恐怖が和らぐ。
あぁ、そうだ。オレは怯えてる。
さっきのタバコみてぇに、簡単に落っこちちまいそうな場所に立ってやがるこのバカに。
「お前いねぇとオレどうすんのよ!?
こっそり酒飲んでも楽しさ半減だろ!?」
支離滅裂なこと言ってんのは自分でも分かってた。
でも、だってそーじゃねぇか。
いまどき、ビールの一缶あけようとしたくらいで青ざめて必死で止めやがる高校生なんてほかにいねだろ?
ついでにバドワイザーも知らねぇときた。
歴代総理大臣もアメリカ大統領も全員言えるってのに、そういうの知らねぇんだぜ?
ありえねぇだろ。
そんなクソまじめでおもしれぇヤツ、マシュマロぐらいしかいねぇんだ。
自分に言い聞かせるように胸の中で呟きながら、一歩だけ近づく。
怯えたように後ずさりしたマシュマロが、身長の半分くれぇの柵にぶつかって止まった。
一瞬、柵がアメ細工みてぇに崩れた気がして、オレはマジで叫んだ。
「それともアレか? 遠大な嫌がらせか?
お前の葬式でオレを泣かせて笑いものしようとでも思ったか?」
「…んなこと!」
あぁ、ひでぇこと言ってるよ。
こういう場合、興奮させねぇように説得すんのが定石じゃねぇ?
思いながら、距離を詰める。
ようやく顔を上げたマシュマロは、顔中ぐしゃぐしゃだった。
「お前にその気がなくてもオレぁ泣くんだよ!!
何も気づいてやれなかったって一ヶ月は落ち込んで酒飲んで暴れてそのままバイク乗って事故って後追ってやるよ!!!」
思いつくままの言葉をぜんぶ投げかけて、動きが止まったすきにオレはマシュマロに飛びついた。
脚と手を封じて、とりあえず動けねぇように上から押さえつけて。
目をそらそうとしやがったバカのあごを、右手で掴んだ。
「だから、生きてろよ。」
言う予定のなかった言葉が、勝手に口をついて出る。
ポタ、と
マシュマロの頬に雫が落ちて、雨でも降ってきたのかとオレは一瞬空を見上げた。
星と月が瞬くだけのそこに、雨雲はなく。
オレは、よりによって自分が泣いているというとんでもない事実を認めざるをえない状況に愕然として、次の一瞬で腹を括った。
鑑別所に入れられた時だって、泣かなかったオレが。
このなまっちろいバカのせいで泣けるということに、いっそ笑えそうな気分だった。
こうなったらもう大盤振る舞いだ、と思う。
「とにかく死ぬな」
言った瞬間に、マシュマロが泣いた。
そりゃもうワンワン大泣きしやがって、目茶苦茶にぶん殴ってやろうと思ってたのに、一発も入れられなかった。
そういうところがマシュマロのマシュマロたるゆえんだろう。
考えたら体の力が抜けて、オレはマシュマロの横にゴロリと寝転がった。
野郎が泣くのを押さえつけて眺める趣味はねぇし、今ごろ回ってきた酔いにあらがうだけの力はもうない。
意味不明な電話に飲んでたバドワイザー放り出してバイク乗ってここまできて、そんで階段一気に駆け上って・・・。
振り返った今日の夕方からこっちの記憶は、何の青春映画だと突っ込みたくなるくらいには、馬鹿らしかった。
「……ごめ」
しゃっくりをあげながら呟いたマシュマロに、オレはにっこり笑いかけて。
そんで一発殴っておいた。
「オセェ」
はじめまして。もしくは、お久しぶりです。
水音灯です。
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なお、この作品は未成年飲酒、飲酒運転など、法を侵害する行為を奨励するものではありません。