逃げるが勝ち
無理矢理自分を落ち着かせる為に深く深呼吸する。
鼻腔から入ってくる匂いは新緑の森の香り。現代日本ではありえないシチュエーションに混乱しながらもなんとか心を落ち着かせる。
改めて下を向き自分の格好を見てみる。
服装は仕事から帰ってきたままのスーツ姿であった。脱いだ靴も何故か今は履いている。しかも丁寧に愛用のビジネスカバンまで左手に握られている。
(あれ?俺たしか靴は脱いだしジャケットも椅子にかけてたよな。しかもカバンは…)
「あぁ、そういうことね…異世界。まじかよ。あれで本当に異世界に行けたのね」
考えられるのは一つ。
先ほどのネットのサイトしか思いつかない。
ーーあなたは今の世界を捨てる勇気はありますか?
準備が出来た方は項目を埋め次へをクリックして下さい。ーー
現実化したことに嫌な汗が背中を流れる。
しばらく思考停止し、考えるが全くと言っていいほど考えは纏まらない。
すると突然。
ガサりと目の前の茂みが揺れる。
突然の事に身構えるが、これは所謂お約束で有るに違いない。
茂みから現れたのはあまりにも酷い現実であった。
「なんだお前?誰だよ、こんなとこにいやがって」
現れたのはボサボサの頭に髭面の男。服装は現代日本ではお目にかかれない簡単な皮の鎧。決してお世辞にも綺麗とは程遠い汚らしい格好の男だった。
「なんかしゃべろよ。見たところこの辺には似合わねぇ格好だな。しかもそんな装備で森の中とは…行商人かなんかか?」
だんだんと近づいて来る男。
その現実離れした格好や突然の事に後ずさってしまう。
(さっそく俺ピンチ!なんか怖い人出てきた!しかも言葉が通じるしなんとかなるかな…)
「あぁっと、こんにちは。行商をやってるものですが少し連れ達とはぐれてしまいまして…よかったら森の外まで案内してほしいなぁ…なんて」
咄嗟にでた言葉ではあったが、それが今では裏目に出る。
「へぇ、こんな森のなかで一人とは可哀想になぁ。……そんじゃ金目のもんと、いや全部置いていけるならいいぜ」
「へ?ぜ、全部?」
急に言われた事に驚くが、例のあれであろう。『命が惜しけりゃ金目の物を置いて消えな』と言う意味のことだ。
「おい!おめぇら出てこいよ」
男が後ろに声を掛ければ茂みから男と同じような男達がゾロゾロと出てきた。皆一様にいやらしいニタニタした笑みを顔に貼り付け値踏みするようにこちらを見ている。
「言っとくがよ、この辺の森には街を繋ぐ街道、そんで俺たちのアジトしかねぇ。この意味が解るか?」
「頭!こいつびびって震えてやがるぜ。見たところ服装もいいもんしてるし、そのカバンにも金目のもんが入ってんじゃねぇですか」
いよいよ身の危険を感じた明穂は行動に出る。
(やばいやばいやばいやばいよ!!金目の物なんてないし、服も含め着ぐるみ剥がれて裸で木に吊るされるのがオチだよ!しかも逆さ吊りか首に縄で吊るされて〜THE END〜だよね!こうなったら……)
「ひぃ…!?あれはなんだ!?」
明穂は怯えた表情を更に怯えさせ男達の後ろを指差す。
当然男達が後ろを振り返る確立はかなり低かったが、明穂の事を馬鹿にしきり警戒度など皆無に等しい男達は、差された後ろを振り返ってしまう。
あれはなんだ!?作成は事を成した。
(チャーーーーンス!!!やべぇ、成功した!!)
「ああ!?なにもね……ちきしょう!逃げやがった!追え!ぜってぇに逃がすんじゃねぇぞ!身ぐるみ剥いで逆さ吊りだ!!」
(ほらね!?やっぱりじゃん)
明穂は一瞬の隙に逃げ出すのであった。