翼のある人
「翼をください」のばかやろう。
俺はたまにそう思う。八つ当たりだ。
ほしいならくれてやる。
それはいつも思う。心から。
「先輩、私に翼を見せてください!」
「無理」
高校の屋上、俺の下駄箱に呼び出しの手紙を入れたらしい少女に言った。
俺は肩甲骨辺りから翼を出すことが出来る。出し入れは自由だ。
子供の頃は、妖怪鳥人間役として活躍できたが今では邪魔でしかない。
たまに目の前の彼女みたいなふざけた輩がいるので俺の対応は淡々としていた。
「なら、あなたを見学させてください!」
「へあ?」
変な声が出た。初めてのパターンだ。対応に困る。
続けて、少女は目を輝かせながら言う。
「私、鳥がめっちゃ好きなんです!」
熱い視線を送られ、俺は目頭を押さえ状況を整理し始める。そして、整理し終える前に彼女は言った。
「だから先輩……」
「ん?」
改めて少女を見ると、彼女は俺をビッと指差し、
「あなたを私の彼氏に任命します!」
告白した。立ちくらみがする。
これが、俺こと加賀美大地と羽鳥愛のファーストコンタクト。
彼女はそれから俺に付きまとうようになった。
休み時間のたびに尋ねてきたり、俺が所属する将棋部に入部してきたり、無理やりにでも俺と帰ろうとしたり、朝は家の前にいたり、ほとんどストーカーだ。
正直、恐い。
放課後、俺は羽鳥と将棋板を挟んで向かい合っていた。
「先輩、いい加減見せてくださいよ。翼」
「やだ」
俺は羽鳥の前で一度も翼を見せていない。見せると余計に迫ってきそうだからだ。
「けち」
「なんとでも言え」
俺は銀と金で陣地を食い破りながら、言った。
「そんなに嫌いですか。翼」
羽鳥は守りを固めた。銀と金で開けた穴に飛車を突入させて、俺は羽鳥の質問に答える。
「嫌いだ。理由は何度も話してんだろ」
俺は羽鳥が言い寄るたびに理由を話している。
例えば単純に飛べないとか、鳥臭いとか、服を着たまま出すと服が伸びてしまうとか、出しているだけで肩がこるとか、羽ばたかせると背中がつるとか、羽を抜かれると痛いとかだ。
「体を包めば温かくないですか?」
余った駒を全部守備に回し始めた羽鳥に、俺は桂馬で正面から崩しにかかる。
「鳥臭い上に、服着れなくて余計寒い」
「なんかもったいなぁ」
羽鳥は王の近くに歩を置く。
「もったいなくない」
何も動かさず、俺は言った。
「あれ? 先輩、打たないんですか?」
無言で、置かれた歩の直線上にある同じ駒をトントンと叩く。
「あ……」
羽鳥は呆けた声を出した。
それに対して、俺は部活の先輩として言う。
「あほ」
ある日の帰り道、いつもの様に愛は俺の隣にいる。
「でね、私としてはやっぱり雀が一番キュートだと思うわけですよ」
「あっそ」
愛は話題がなくなると鳥の話をする。その目の輝きは初めて会った日のことを彷彿とさせる。
「大地さんの翼は何の鳥なんですか?」
「しらね」
「天使だったりして」
「しらねって」
「もしかして私と大地さんを結ぶ愛のキューピットの!?」
「さぁな」
何回も繰り返してきたくだりだ。お互い反射的に受け答えが出来る辺り、ここ数ヶ月の時間の濃密さを物語る。
(何だかんだ言って、こいつけっこう普通だしな。友達もちゃんといるみたいだし)
今までも月に何回か俺に付きまとわない日があり、その時は友達と遊んでいるらしい。
(うちの家族とも仲良くなってるし)
特に姉貴とは姉妹みたいに仲がいい。
(俺もこいつといるのが普通になってきてるし)
その時、ふと思った。
なんか洗脳されてないか、と。
愛に翼を見られた。
帰りに急に雨が降った時、脱衣所で。
びしょ濡れでうちに入り、先に愛にシャワーを使わせ、俺が服を脱いでいたら愛が戸を開けてきた。驚いた俺は、色々隠すために翼を出してしまったという訳だ。
姉貴のトレーナーを着た愛は、俺の背中から生える一対の白い翼を見て呟く。
「あ、白鷺のだ」
シラサギだったのか。なんとなくテンションが下がる。
「てか、何してんだよ」
「だって、こうでもしないと大地さん見せてくれそうにないですから」
「……シラサギで幻滅したか」
「いいえ、私もっと先輩が好きになりました」
愛はにっこり笑う。
「だって私、白鷺の翼が一番好きですから」
その言葉に、心のどこかがホッとした。
*
「その先は?」
「まぁ、色々と」
俺は姉貴と一緒に酒を飲んでいた。
「なによ、その先がいい所なんじゃない」
「愛からも聞いてんだろ?」
「あんたサイドからも聞きたいの」
ため息をつく。酒を飲んだ姉貴はしつこい。
「人の恋バナ追っかけてるから、弟に先越されんだ」
俺は来週、愛と結婚する。出会ってから八年。思えば、振り回されっぱなしだった。俺が主導権を握ったのは将棋と、改めてした告白と、プロポーズをした時ぐらいか。
「……あんたさ、今幸せ?」
「別に、幸せになるのはこれからだろ」
言うと、三十路手前の姉貴はがっくりとうな垂れた。
「翼をください」のばかやろう。
俺は今でもたまにそう思う。
ほしいならくれてやる。
たぶん、もうそうは思わないだろう。
この翼は絆だから。