前略、襖の奥から
俺が沙紀の形の良い顎をひょい、と摘んで少し上を向かせると
濡れた瞳でじっと俺の瞳を見つめて来る。
「雅人……」
沙紀が俺の名を呟きながらそっと瞳を閉じて少し唇を突き出す。
「沙紀……」
俺も沙紀の名を呼びながら、つやつやとした柔らかそうな唇に自分のそれを重ね……
「ママー!ただいまーー!!」
ドダドダドダ!バーン!!
「ま、雅紀!もう帰ってきたの!?」
俺は、凄まじい物音と共に何者かが駆け込んできたのに驚いて
思わず掘りコタツの中に潜って隠れてしまった。
「これ、雅ちゃん!ママはお客さんが来てるって言ってるのに!」
嵐の様に飛び込んできた何者かに続いて、おばさんが慌てた様に部屋に入って来た様だ。
「ママー!お年玉こんなに貰ったよ!」
元気な男の声が嬉しそうに叫ぶ。
……って、ママぁ!?
そうか、そう言えば沙紀は出来ちゃった結婚だって聞いたな……
俺も結婚式に呼ばれたけど、海外出張を理由に断ったっけ。
まあ、本当は出張なんかしてなかったけど。
「そ、そう!良かったわね雅紀!」
沙紀が震えた声で平静を装って返事をする。
「うん!ねえママ、お客さんってどこに居るの?」
「あら、そう言えばまーくんはどうしたの?」
男の子とおばさんが不思議そうに沙紀に尋ねる。
「え!?あ、もう帰ったわよ?」
……ちょっと、沙紀さん……
俺はじっとりと全身を濡らす汗を感じつつ声を出さずにツッコむ。
しかし、洒落にならんほど熱くて息苦しいぞここは!
「ねー、まーくんって誰?」
「ママの幼馴染よ。お正月で田舎に帰って来てるの」
「そうそう、雅ちゃんと同じ字で雅人さん、って言うのよ。
雅ちゃんの名前は雅人さんから」
「母さん!そんな事より!雅紀のお年玉誰から貰ったか解ってるよね?
後でお礼に行かなきゃ」
コタツの外では男の子とおばさん、それに沙紀がさわさわと談笑している。
まあ、ちょっと聞き捨てならない話も含まれていた様だけど、な。
っと、コタツに男の子が足入れてきたぞ!?
俺は入ってきた足を避け、咄嗟に沙紀の足の間に齧りつく。
俺の頬がぴとっとくっ付いた沙紀のすべらかな太腿は少し汗ばんでいて、
太腿の付け根付近から昔嗅いだ覚えのある沙紀の匂いがそこはかとなく漂ってきていた。
「きゃ!」
突然叫んだ沙紀に
「どうしたの、ママ?」「なんだい?」
男の子とおばさんが不思議そうに尋ねる。
「な、なんでもないの!そうだ、ちょっと居間に行きましょ!喉渇いちゃった!」
コタツからさっと出て、ほぼ無理矢理二人を連れて出て行く沙紀。
みんなの足音が遠ざかっていくのを確認し、俺はそうっと頭を出した。
「ふう、死ぬかと思ったぜ……」
さて、俺は帰ったことになっちまったんだが、一体如何したものか……
と!また誰かこっちに来た!!
俺は慌てたが、またコタツの中に潜ったんじゃ芸がないしあそこは熱くてキツい。
どこか隠れる所は!
そこだ!
俺は押入れの襖を開け、隙間に余裕の有る下段にささっと滑り込んだ。
カラッ
同時にドアが開き、誰かが部屋に入ってくる。
「あら、雅人?まだコタツの中に居るの?」
なんだ、沙紀か……
「ここだよ」
俺はそう言いながら襖を開けて頭を出す。
「ごめんね、さっきは慌てちゃって……」
俺の手を掴んで押入れから引っ張り出す沙紀。
「ああ、俺も慌てちまったからな」
よっこらせ、とか言いつつ押入れから俺が出掛かった時。
「ママー!!どこに行ったのー!」
ダダダダダダと音を立てながら雅紀が走ってくる音が聞こえた。
「っきゃぁ!」「うぉ!!」
慌てて押入れの中に戻る俺!
ドン!
「なっ!」
奥へと押されて驚いて振り返ると、なんと沙紀まで押入れの中に入って来ていた。
「おま!何やって」
「シイっ!!」
ピシャン!と沙紀が襖を閉めるのと同時にガラッ!とドアが開く音がして、
「あれ!?ママー?居ないの?」
と雅紀の不思議そうな声が響く。
「あれぇ?まあ良いや」
僅かにあけた隙間から室内を覗くと、雅紀がコタツに入っておもちゃの箱を開けている。
耳に掛かる息を感じて正面を向くと、目の前に沙紀の顔が有った。
「ねえ、雅紀は…?」
「コタツでおもちゃ広げちまった。どうするよ?」
俺達は声が外に漏れないように囁き合う。
「どうしよう…」
「どうしようって言ってもなぁ……」
俺と沙紀は、俺を上にした対面座位を斜めに崩したような体勢で抱き合ってしまっていて、
沙紀の豊かな胸は俺の鳩尾辺りに押し付けられ、両手は俺の腰に軽く廻されている。
薄暗い中で、沙紀の大きな瞳が困ったようにパチパチと瞬きする度に
俺の頬に長い睫が触れ、思わずドキっとしてしまう。
沙紀の熱い息を顎に受け、すん、と鼻で息をすると沙紀の髪から漂う桃の香りと
沙紀の仄かな体臭が交じり合い、興奮で背筋がゾクゾクと粟立った……