幼馴染で元彼女。
「あ、兄貴!親父!お袋!!」
バーン!と戸を開けて客間に踊り込んで来た三人に慌てて釈明しようとする。
「違うんだ!誤解なんだ!!」
が、あまりにも慌てすぎて、具体的な釈明が出て来ない。
「雅人!お前……」
兄貴の顔がぐ、と険しくなる。
やべぇ、久々のマジ切れモードか!?
兄貴は普段は優しく気前の良い家族想いな男だが、
キレた時の恐ろしさは並大抵ではない。
子供の頃から学校や地域のガキ共の憧れであり、また影のボスだった。
おかげで俺は今でも、兄貴のマジ切れにはションベンちびりそうになってしまう。
「わあ!違うんだ兄貴聞いてくれ!!」
「すまん!舞奈がまた寝惚けたんだな」
……へ?
俺が叫ぶと同時に、兄貴が片手を目の前にして俺を拝む。
「え?ええ?」
俺の頭の中は?マークで埋まってしまう。
「舞奈、お前またやったな?」
兄貴が俺の横で真っ赤になっている義姉さんの頭をこつん、と軽く小突く。
「……ごめんなさ〜い……」
バツの悪そうな顔で、ぺこりと頭を下げる彼女を見て、俺は更に混乱する。
「悪いな雅人。舞奈は時々寝惚けて他の人の布団に入って寝ちまうんだ。
親父やお袋の布団にも、何度か侵入してるんだよ」
「……はあ、そうですか」
俺はポカン、としたまま間の抜けた声で答える。
「ごめんなさいね、雅人さん」
舌をぺロっと出しながら、自分の頭をこつん、と小突いて謝る義姉さん。
俺はばさっと布団に仰向けに倒れながら
「疲れた……」
と呟いた。
朝の騒動の後、二度寝して起きるともう午後一時。
ふわあ、とあくびしながら居間に行くと親父とお袋が御節を突付いていた。
「あら、起きたの雅人。ごはん食べる?」
「ん〜、雑煮だけくれればいいや」
パタパタと台所に去っていくお袋を見送ってコタツに入り、みかんを取って皮をむく。
「おお、酸っぺぇ」
今年初めて食べるみかんは、強烈に酸っぱかった。
「なあ親父、兄貴達はどこに行ったんだ?」
「ああ、初詣に行った。舞奈ちゃんはお前が起きるのを待つって言ってたんだが、
順一が待ち切れなくなって先に行ったぞ」
「ふ〜ん」
初詣、か。もう何年も行ってないなあ。
そういえば、アイツは元気でやってるだろうか?
「雅人、そういえば沙紀ちゃんから年賀状来てるぞ」
親父がまるで俺の考えを読んだかの様に言いながら、
輪ゴムで纏められた数枚の年賀状を放ってよこす。
「サンキュ」
俺は礼を言いながら受け取った年賀状の一番表側に書かれた
「工藤沙紀」と言う名前を数回、読み返した。
沙紀か……俺の脳裏に、元気な少女の姿が甦る。
「雅人、沙紀ちゃんは去年こっち帰ってきて、神社手伝ってるのよ。
初詣に行けば、きっと沙紀ちゃんが巫女さんやってるわよ」
「へぇ」
台所から戻ってきたお袋が、俺に雑煮を渡しながら説明する。
「あんたと沙紀ちゃんは結婚まで行くと思ってたのにねえ」
溜息をつきながらしみじみと言うお袋に向かって苦笑しながら
「まあ、男と女なんて解らないもんだよ」
と知った様な口を利きつつ雑煮をふうふうと掻き込む。
後で、初詣行ってくるかな……
雑煮を食べながらそんな事を考えていると、
「ただいま〜」「ただいまです!」
と声が聞こえ、兄貴達が帰って来た。
「おー寒!今年は久々に冷えるぜ」
「でも、いっぱい人が居ましたねー」
来ていたコートを脱ぎ、コタツに入ってくる二人。
「舞奈、もうちょっとそっち行ってくれ!」
兄貴に押されてコテン、とコタツからはみ出てコケた義姉さんが
「むー!順一さんの意地悪ぅ!いいもん、雅人さんの横に入れてもらうもん」
と口を尖らせながら俺の横に入って来た。
「わー!雅人さんあったかーい」
嬉しそうに言いながらピトっと俺にくっつく。
「義姉さん、冷え冷えになってるねぇ」
苦笑しながら言う俺に、
「はーい!だってお外とっても寒いんだもん!」
と無邪気に笑いながら答えた。
右手に抱き付き、俺の顔を見上げる彼女を改めてじっと見てみる。
さらっとした黒髪は肩の辺りで切り揃えられ、艶やかだ。
細い眉の下には、少し栗色掛かった大きな黒目の
大きな瞳がくるくると良く動いている。
つん、と上を向いた鼻とすっと通った鼻梁、小さな桃色のおちょぼ口。
ネコの絵の付いた可愛いトレーナーを身に着けた肉体は、華奢で細いが
胸の辺りは中々のボリュームを見せている。
年齢なりのあどけなさを持ちつつも、俺や沙紀の同じ頃よりも
すっと大人っぽく見えるのは天涯孤独だったからだろうか。
それにしても、やべぇ……俺のストライクゾーンど真ん中じゃねぇか……
「やだ、雅人さん。あたしの顔になんか付いてるかな?」
寒さで赤くなっている頬を更に赤く染め、恥ずかしそうに俺の顔から目を逸らす。
「あ、ごめん。義姉さんが可愛いからつい見惚れちゃって」
自分の口から飛び出した台詞に、自分が一番驚いた。
「ええええええ!」
耳まで真っ赤に染めた義姉さんが目を白黒させながらえ、を連発している。
「おっ!?雅人がそんな気の利いた台詞を言えるなんて思わなかったな」
兄貴が愉快そうに笑いながら俺をからかう。
「ホント!あの頃それを言えてれば、沙紀ちゃんと上手く行ってただろうに」
お袋の言葉がぐさっと俺の胸に突き刺さる。
「放っとけ!俺もちょっと出掛けて来る」
俺は雑煮を食い終わり、すいっと立ち上がった。
「雅人、神社に沙紀ちゃん居たぞ。お前が帰ってきてるって話したら
絶対来るように言って!ってさ。沙紀ちゃん、凄く綺麗になってるぞ。
って、痛てて!なにするんだよ舞奈!」
兄貴の悲鳴が聞こえたので何事かと見てみると、
義姉さんが兄貴の横に移動して背中を抓っている。
「知りません!」
ぷん、と頬を膨らませてぷいっと横を向く舞奈さん。
「ご馳走さん」
俺はお袋と兄貴の両方に向けて言いながら、着替える為に客間に戻った。
客間で着替えながらふとあの事を思い出す。
ちょうど九年前の正月、沙紀が神社の手伝いで巫女さんやって、
その後俺の家に着替えもせずに遊びに来た時だったな……
(雅人、あたしの事好きなんでしょ?雅人だったら、あたしをあげてもいいよ)
(沙紀……お前も俺の事好きなんだろ?じゃあ、貰っちゃうぜ)
(あん!もっと優しくしてよ!初めて、なんだからぁ……)
(俺だって初めてなんだよ!えと、ここ、かな?)
(!っはう!痛い、痛いよ!!バカぁ!!)
(入った!お前の中、凄く熱いんだな)
(あ…ん…もう!バカぁ!)
巫女さんの衣装のまま、あんな事しちまったから俺達は罰が当たったのかもな。
あれ以来、俺はどうも和服系統に弱いんだよな。
思わず自嘲的に笑いながら、
「義姉さんの晴れ着も見てみたかったな」
と呟いた瞬間。
「え〜と、後で着物着ましょうか?」
俺は、突然後ろから響いた可愛らしい声に飛び上がるほど驚いた!
「どわあっ!!ねねね義姉さんいつからそこに!?」
「巫女さんの衣装のままあんな事しちまったから、辺りからです」
頬を赤く染めながら、しかしなぜかちょっと楽しげな表情で微笑む義姉さん。
って……
「な、何で客間に義姉さんが居るの!?」
「あ!そうだ!雅人さん、さっきリビングに携帯忘れたから
届けに来たんです。でも、ノックしたのに返事が無いからどうしたのかな、 って思って開けたら雅人さんがニヤニヤしながらブツブツ言ってたから
心配になって……それより、巫女さんの衣装のまましたあんな事、
ってどんな事ですか?誰とそんな事したんですか?」
キラキラと瞳を輝かせながらジリジリと俺に詰め寄る。
なんだなんだ!なんなんだこれは!?
「だーっ!なんでも無いってば!!」
俺は義姉さんの背中を押しながら客間の外に押し出し、ピシャッとドアを閉める。
「何よー!雅人さんの意地悪ぅっ!!」
キーキーと文句を言いながらしばらく騒いでいたが、
「べーっだ!」
という声の後トタトタと廊下を去っていく足音がして静かになる。
「ふう……とりあえず、初詣に行くか」
俺はコートを羽織り携帯を財布を持ち、
「ちょっと出掛けてくる」とリビングに声を掛け家を出た。
十分ほど歩くと結構大きな鳥居が見えて来た。
「懐かしいな……」
思わずボソッと呟き、鳥居を見上げる。
昔はここで良く遊んだよな。
流石にこの時間じゃあ、初詣の参拝客もチラホラとしか居ない。
俺は手水を使った後、社へと向かいお賽銭を入れて手を合わせて目を瞑った。
一分ほどお祈りしてからふっと瞼を開くと、
目の前に懐かしい微笑を浮かべた巫女さんが立っている。
「やあ、沙紀。あけましておめでとう」
「あけおめ、バカ雅人。やっと帰って来たのね」
大きな瞳に少し涙を溜めた沙紀が口を尖らす。
「なんだよ、数年ぶりの再会だってのにいきなりバカ呼ばわりかよ。
そんなんだから出戻るんだぜ」
「余計なお世話よ!さっさと御神籤引きなさいよ」
俺の目の前にバッと御神籤の箱を差し出す。
ん〜と、どれどれ……
「おっ!こりゃツイてんな!」
俺の引いた御神籤は、生まれて初めて引いた大吉だった。
「あら、ご愁傷様!今年の運はもう使い果たしたわね」
最高の笑顔で最低の事を言いやがるな、この女。
俺は久しぶりに見る、沙紀の笑顔を見詰めた。
あの頃より少しだけ大人っぽくなってはいるが、
基本的には殆ど変わっていない。
卵形の輪郭に、切れ長の大きな瞳。すらっとした鼻梁につんとした鼻。
赤い紅を差したおちょぼ口は、楽しそうに笑っている。
巫女衣装に包まれた体は、十代の均整を保ったままなのを主張し、
腰まで有る艶やかな長い黒髪は先っちょを赤い和紐で結んであり、
いかにも巫女さん、と言った風情を演出している。
そう、昔から神社の手伝いをする時には必ず着ていた巫女衣装は
まるで沙紀の為にデザインされたのではないかと思える程に似合っていて、
小学生の頃からの看板娘だったよな……
「何じろじろ人の事見てんのよ」
赤い唇を再び尖らせて、俺に文句を言う沙紀。
「ああ、相変わらず外見だけは最高だよな、お前」
次の瞬間、予想通り飛んできたパンチをするっとかわし、俺は笑い声を上げた。
「まーくん、ホントに久しぶりね」
「あ、お構いなく」
沙紀に言われるまま、沙紀の部屋に上がり込んだ俺に
沙紀のお母さんがお茶を淹れてくれた。
「沙紀、もう一段落着いたから今日は良いわよ。
まーくんと遊んでなさいね」
「ありがと、ママ」
しかし、この歳でまーくんって呼ばれるのには流石に抵抗が……
お茶セットを沙紀に渡し、パタパタと部屋を出て行くお母さんを苦笑しながら見送る。
コタツに座る俺の右側に沙紀が座り、お茶とせんべいを俺にすすめながら話し出した。
「雅人、今日は何か予定有るの?」
「いや、別に。お前は無いのか?」
「ん、別になんにも無いわよ」
じっと俺の目を見詰める沙紀。
付き合っている頃、沙紀が俺に甘えたい時はこうやって目で訴えてたっけな。
コタツの中で、沙紀の足と俺の足がぶつかる。
「あ……」
沙紀が一瞬ビクっと体を震わせ、俺の足を自分の足で撫ぜ出した。
「くすぐったいぜ、沙紀」
俺も笑いながらお返しする。
「きゃ!もうバカ!」
沙紀がコタツに手を突っ込み、俺の靴下を脱がした。
「お!?やったな!」
俺も同じく、コタツに手を入れて沙紀の足袋を脱がそうとするが、
靴下の様に簡単には脱がせられないぞこれは!
「やんっ!ちょっとぉ!」
脱がそうと悪戦苦闘している内にする、と手が太腿に触れた。
「あんっ!」
滑らかな絹の様な感触と沙紀の上げた艶っぽい声に思わずドキっとする。
「わ、悪ぃ」
口では謝りつつも、その堪らなく良い感触に手が離せない。
「ん……」
静かに喘いだ沙紀がふ、と黙る。
シュッ、シュッ……
俺が沙紀の太腿に当てた手を柔らかく動かしてその感触を楽しんでいると
コツン、と沙紀が俺の肩に小さな頭を預けて来た。